第三百六十九話 演者勇者と復讐の魔導士と魔王12
「そうですか……そう簡単に話が進むとは思ってはいませんでしたが……こうも簡単に介入、抵抗され始めるとは」
魔王城の奥まった所にある、静かな一室。ヨルマンは目を閉じて、自分が作り上げた精神世界での様子を見ていた。
自分で言った様に、ヨルマンの目的はあくまで心の傷を刻み付ける事。この戦いに勝てなくても、自分の存在と物語が後味の悪さとして残り、不完全勝利の様になればヨルマンは満足……はし切れないが、少しは報われる。そんな気がしていた。
だが隙を見て目をかけた青年は、後一歩の所で「堕ちる」事なく、仲間に助けられていた。他人が作った精神世界に助けに行くなど、危険極まりない中、仲間は迷わず助けに来た。それは彼が慕われている証拠。
「仲間、か」
自分には縁のない存在。もしも自分にそんな存在がいたら、何か違ったのだろうか。――あの子に自分以外にそんな存在が出来ていたら、何か違ったのだろうか。
「まあ……そんな事は、もうどうでもいい事ですけれど」
残された時間で、やれる事。目的も想いも、何一つ変わっていない。何一つ変えるつもりはない。
「さあ、いつでも来て下さい皆さん。消える事のない永遠の傷を、お送り致します」
そう何処までも落ち着いて、しかも何処か優しく呟くとヨルマンは立ち上がり、部屋を後にするのであった。
「がはっ! げほげほっ……」
「ライト君!?」
フリージアがライトの精神世界に突入して十五分前後が経過。不意にライトが咳き込んだ……と思ったら、
「っ……レナ、か……?」
「うん。君が愛して止まない絶対の存在のレナさんだよ」
「ははっ、その台詞、確かにレナだ」
よく見れば、その唯一無二の力である炎の翼を広げ、ライトを包む様にしていた。ライトに細かい事はわからないが、その力で自分を守ってくれていたのは直ぐに察せた。
「ありがとう」
「どういたしまして。無事で何より」
無事。現実世界に戻ってこれた――
「! そうだ、ジアは――」
「心配いりませぬ。直ぐに目覚めますぞ」
そう、戻ってくるのに直接助けに来てくれたフリージア。直ぐに気付き姿を探せば、ライトの隣で穏やかな寝息をたてていた。
「そうか、良かった……ニロフ、ありがとう。皆もありがとう。心配をかけて、申し訳ありません」
「ライト君が謝る話じゃないわ。こうして無事に戻ってきてくれてこちらとしても安心よ。――具体的に何があったのかは、話せる? 少し休んでからにする?」
「大丈夫です王妃様。話をさせて下さい。俺に何があったのか。――敵が、何を想っているのか」
「そう……」
それからライトは、フリージアが目を覚ますのを待って、精神世界での出来事を一から説明した。
「ヨルマンが嘘をついている様には思えませんでした。彼は本当にその理由で、魔王軍に手を貸して、俺達と敵対しているんだと思います。――同情の余地がまったく無いと言えば嘘にはなるけど」
「でも間違ってます! 自分がそんなに辛い想いをしたなら、一人でも多く同じ想いをしてしまいそうな人を救えば……!」
「仕方ないさ勇者ガール。絶望に堕ちてその絶望の中で足掻いてもう一度立ち上がれる人は多くない。二度と立ち上がれなくなる人の方が多いもんさ。その爺さんは、後者だったんだ。――どうする事も出来ないさ」
悲しみと怒りを混合させ、やり場のない想いを吐き出すローズをフウラが慰めた。
「……私達は、やはり魔族なのね」
「イルラナス様……」
「大丈夫、私は折れたりしない。私が折れなければ、必ず新しい一歩が出来る。新しい一歩を踏み出してみせるから」
当然この話は魔族であるイルラナスにはショックが大きかった。助けてあげられなかった。メイリリという魔族の少女も、その少女が慕ったヨルマンも。それを呑み込んだ上で、それでも彼女は立ち向かう。今は小さくとも、でも確実なる希望の光。
「王妃様。お願いがあります」
一通り話した後、ライトはヴァネッサの前へ。
「俺に――俺と俺の仲間達に、ヨルマンとの決着をつけさせて下さい」
「ふむ。――理由を聞かせてくれる?」
「まず一つ、ヨルマンは強力な魔導士です。状況からして抑えなくてはいけない相手ですけど、俺達の本命は魔王。王妃様をそこで消耗させるわけにはいかない。ならニロフ、ネレイザがいるライト騎士団が適任です」
「フフフ、ありがとうございますライト殿。同じ魔導士として、負けるわけにはいかないと思っていた所です」
「そうね。マスターの事務官としても、いち魔導士としてもそいつには負けたくない」
やる気を漲らせる魔導士二人。今までも油断をしていたわけではないが、こうしてもっと本格的に見据えた時、この二人は強い。
「二つ目。運命的な何かを感じました。――俺ももし、あの日ジアを失っていたら、あの人みたいになったのかも。その可能性はゼロではないと思うんです。だったらせめて、大切な物を失っていない俺が、俺達が引導を渡すのが筋かと思ったんです」
自分でも口にしていたが、同情の余地がないわけではない、寧ろ同情したい部分は多い。本当に辛い想いを、悲しい想いを背負っているのはわかってしまった。――だからこそ、許すわけにはいかない。
「最後三つ目。――売られた喧嘩は、買いたいんです」
「!」
「俺個人に対しても、ジアに対しても、そもそもハインハウルス軍に対しても。馬鹿にされたままで終わりたくない。俺を選んで接触してきたのなら、俺がやり返したい。それだけです」
自分の過去を、大切な人への想いを身勝手に利用しようとした。――その点に関しては、一切許したくない。
「格好つけて言ってますけど、実際に戦うのは俺の仲間達なのはわかってます。でも、俺自身の目で、直接見届けたいんです。お願いします」
ライトはスッ、とヴァネッサに向けて頭を下げる。ヴァネッサはそんなライトをジッと見ていた。
「ライト君」
「はい」
「君は私とヨゼルドから、「勇導師」の特別称号を授かってる。演者勇者だった時とは違って、何かあった時に、責任問題に到達する可能性は拭えない。それはわかった上で、私に意見をしてる?」
「はい。――寧ろ、その称号を背に胸に、戦わせて下さい」
ヴァネッサが今までにない位真剣な目でライトを見た。ライトは試されているのは直ぐにわかった。だから真っ直ぐな想いを、ヴァネッサに伝えた。
「いいわ。――ヨルマンは、ライト君にお願いする」
「! ありがとうございます」
そしてヴァネッサはライトを認めた。今までも当然認めてはいたが、改めてこの場でライトを認めた。――平凡な肉体に宿る、強い心。その特別な境遇は、ある意味自分よりも大勢の人間を率いるのに適しているのかもしれないと思う程。
「勿論作戦があるから、いくつか私の指示に従って貰う事になるけれど」
「それは勿論です」
「宜しい。それじゃ説明するわね。丁度いいわ、他の皆も聞いて」
ヴァネッサのその一言に、主力メンバーが全員、話を聞く体制が出来上がる。
「まず、もうこれ以上様子見はしない。短期決戦に持ち込むわ。相手がまだ何か隠し持っている可能性が拭い切れない。持久戦で様子見をすれば今回みたいに誰かがピンポイントで狙われたり、ヨルマンが魔力を駆使してパワーアップさせた魔族の兵士をどんどん作り上げる可能性がある事が今回の事でわかったわ。それを様子見する位なら、もう迷わずに全軍を投入する。――リンレイちゃん、決行は明朝六時。全部隊に伝達」
「承知しました」
リンレイが直ぐに数名の伝令に指示を飛ばす。――決戦は明日に決まった。
「まずは魔王城周囲での戦いね。今も増え続けているヨルマンの魔族兵士との戦いになるわ。――フウラ君。フウラ君にはここで全力を出して欲しい」
「承知しました。――エリートはボス討伐とかに拘りません。仲間が勝つ為なら、前座で十分ですから」
フウラらしい考えであるし、実際彼の能力は乱戦に特化している。適任であった。
「ある程度の周囲での戦闘での優位が確定された時点で、部隊を分けて一部部隊は魔王城に突入。城内での要所を徹底的に抑えていくわ。――ライト君。その際に君は、仲間の一部を率いてヨルマンを目指して貰う。ただしその際に君が確定して連れて行ってもいいのはレナちゃん、ネレイザちゃん、ニロフ、フリージアちゃんの四名のみ。他のメンバーに関しては、状況に応じて私が判断するわ。理由についてはこの次に説明する」
「はい」
寧ろ理由に関しては大よその理由は想像出来る為、それだけ確定して貰えるのはライトとしても心強かった。
「内部の制圧がある程度進んだ所で、全体の指揮はリンレイちゃんにバトンタッチして、私は本命――魔王討伐に行くわ。強引な作戦だとは思う。私達の戦力ならそもそも外の制圧から段階を踏んでいってもアクシデントにも対応出来ると思う。でも追い込んだ結果何かを「する」隙を与えたくないし、そもそも完全に「追い込んだ」と思わせる前に決戦に持ち込みたい。皆思う事はあると思うけど、私を信じて欲しい」
そんな事を言わずとも、ここまで来てヴァネッサを信じない者などこの場には居ない。その指示に、想いに従うのみだ。
「魔王討伐に先行して向かうのは、私、ローズちゃん、イルラナスちゃん達。ここだけは絶対。ライト君達と同じで状況に応じて追加はあるかもしれないけど」
これがライト達に関しても全メンバーを託すと断言出来ない理由である。魔王討伐。当然その為にローズはここまで来たのだから自然とローズはそちらに組み込まれ、イルラナス達もそれを見届ける為に来たのだからそちらに組み込まれる。
「魔王、並びにヨルマンさえ抑えてしまえば、勝利は確定。その為の作戦を選んだわ。――明日の戦いに、私達の全てを賭ける。皆、そのつもりで最後の準備を始めて」
「はい!」
全員の一致団結した返事で、この場は一旦解散となった。――決戦は明日。ついに始まるのだ。
「ローズ」
解散後、ライトは直ぐにローズを呼ぶ。
「ごめんな、本当は一緒に着いていってやりたいけれど」
「大丈夫です。私、師匠の弟子です。勇者です。覚悟して、ここまで来てるんです。王妃様も居てくれます」
「うん。――何かあったら必ず助けに行くからな」
「はい、頑張ります!」
軽く抱き寄せて、頭をポンポン、と軽く撫でる。ローズは笑顔で返事をした。――うん、大丈夫だな。
「ライト君ライト君、私も私も」
と、レナが手を広げてハグのポーズ。
「いやレナは一緒が確定してるだろ」
「不安で泣きそう。およよよ」
「誰よりも肝が据わってそうなのに!?」
とは言いつつも、何となく軽くハグ。レナは満足気な表情を浮かべる。――うん、こっちはこっちでいつも通りだから大丈夫だよな。
「よし、それじゃ残り頑張ってね」
「へ? それどういう意味?」
レナとのハグを終えると、気付けばハグ待ちの列が綺麗に出来上がっていて――
「って何これ!? ライト騎士団に加えてやっぱり王妃様まで! 珍しい所ではマクラーレンさんまで!」
「やらんと最後の戦列には加えないと今言われたからな」
「こういうのは全員やるのに意味があるのよ」
男女問わず主要メンバーは全員漏れずに並んでいた。
「ライト君、人気アイドルにでもなったん?」
「誰のせいだよ!?」
「最初にローズちゃんにハグしたライト君のせいじゃない?」
こうして、翌日の準備は、ライトのハグ回が終わってからになるのであった。