第三十五話 演者勇者と魔具工具師5
「ど、何処か高級なお店でやるのかと思ったら、お城の中でやるんですね」
セッテは流石に緊張気味で辺りをキョロキョロしながら、エカテリスとレナの後に続く。
「今回は期限が迫っていますから、専属専用で人を雇って迅速に作り上げて貰います。なので城に直接職人を集めるのが一番ですわ」
昨日はアルファスの店を後にして直ぐにレナはエカテリスの元へ行き、二人のパーティ参加を直談判。エカテリスは二つ返事で承諾、本日のドレスのコーディネートに至っている。前述通り何処か高級な店でやると思っていた(それはそれで緊張するが)セッテだったが、午前中の内にレナに迎えに来られ、そのまま城まで連れてこられてそして……といった所。
「私は緊張はしないけど、まあ達観はしちゃうよ。レベルが違うよねえ。そもそも一回だけなのに最高級ドレス作って貰う時点で」
「あら、レナはライトが勇者を務め続けている限りは機会がまだきっと出てきますわよ」
「うえええ……勘弁して下さい……」
そんな会話をしつつ、一つの部屋の前に辿り着くと、エカテリスがドアを開けて中へ入る。レナとセッテも続いて部屋へ入ると、
「お三方、ようこそいらっしゃいました! 私はデザイナーのバフォメットルテ! お三方にベスト・ピッタリ・ビューティフルなドレスを作ることをお約束致しましょう!」
陽気で人の良さそうな中年男性が笑顔で出迎えてくれた。そんなデザイナーを名乗る男にエカテリスは速足で詰め寄ると、
「お父様? 何をしていますの?」
と、アッサリと言い放った。――え、意味がわかりません、と言った感じでキョロキョロするセッテと、ああそう来るか、と言った感じで軽く溜め息をつくレナ。
「な、何を仰るのです姫様、私はデザイナーのバフォメッソレイヤ! あなたのお父様では――」
「先程とお名前が変わってますわよ」
「聞き違いでは、私は――痛い! 止めて!」
言葉の途中でエカテリスは自称デザイナーの顔面にアイアンクロー。容赦がない。
「娘を含む若い女性三人のドレスのコーディネートの場に変装して現れるなんてどういう了見なのか、納得行く説明をして頂けるのでしょう? 内容次第ではお父様はこの国から追放ですわ! 正直に喋りなさい!」
「痛たたたた、違っ、違うんだ! やましい気持ちは微塵もない! 心配だったんだ! 自分の娘が必要以上に肌を露出するような過激なデザインを選ばないようにと! イヤらしい男達の目に娘の肌を見られたくな痛たたた!」
「言われなくてもそんな変態染みた格好なんてしませんわよ! 第一ドレスの時点で多少肌が出るのは当たり前、それをやましく思うことに繋げるお父様の方が余程やましいですわ!」
そこでやっとデザイナー……ではなく、変装したヨゼルドからエカテリスは手を離した。
「兎に角、さっさと部屋を出て行って下さい! 心配は無用ですわ!」
「う、うむ……レナ君、くれぐれも頼むぞ」
「大丈夫ですよー、私だってそんな無意味に露出なんてしたくないですから、ちゃんと見ておきますって」
そうレナに頼んでいく辺り、本当に心配しての登場だったのが伺えた。――やり方は兎も角だが。
「あ、あの!」
と、そこで去ろうとするヨゼルドをセッテが呼び止めた。
「今回は、私の様な者にまで本当にありがとうございます!」
国王だとわかったセッテが、ここぞとばかりに今回のお礼を言い、頭を下げた。
「国王様、彼女がセッテ。アルファスさんの」
「ああ、そうか……君が、アルファス君の」
レナの説明を聞くと、何処か感慨深くセッテを見ると、ヨゼルドはゆっくりと頭を下げたままのセッテの前に。
「堅苦しい挨拶はいらない。頭を上げなさい」
その言葉に頭を上げて表情を伺うセッテに、ヨゼルドは優しく笑いかける。
「アルファス君は今でこそ軍を離れているものの、今でも私は大事な軍の貢献者であり、仲間だと思っているよ。そのアルファス君の紹介なら遠慮はいらないさ。そして君はエカテリスの友人でもあるのだろう? 先に挨拶すべきは私の方だったよ、申し訳ない」
「国王様……」
「私とエカテリスのお墨付きなら、誰の文句も出ないだろう? だから君も、深く気にせず遠慮なく楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます……!」
再びお礼を言うセッテに対し、ポン、と優しく肩を叩くと、ヨゼルドは部屋を後にするのだった。
「ハンカチは持った、最低限の勇者グッツも持った、招待状も持った、トイレには行った、後は……」
そして日時は過ぎ、社交パーティ当日。ハインハウルス城内広間に全員集合して、この後出発する予定だった。集合場所に先に到着したのはライトと、
「お前は母親に初めてのおつかいを頼まれた子供かよ……仮にも勇者としてだろ、堂々としてろよ」
何だかんだで結局一緒に行くというか断れないというか、そういう流れでこの場にいるアルファスの二人であった。
「アルファスさん堂々としてますね……こういうの、行った事あるんですか?」
「ねえな。無縁の人生だ」
そうあっさり言い切るアルファスだが、タキシードも見事に着こなしており風格を見せつけていた。……一方のライトはどうしても「着せられている感」が拭えない。
「適当に飲み食いしてニコニコしてればどうにかなるだろ。後は姫さんが上手くやってくれるさ。……逆に言えば、お前姫さんからはぐれるなよ。ボロが出るぞその様子だと」
「ですよね……」
一応上流社会での最低限のマナーと知識は身に付けたつもりだが、自信はなかった。
「というか、確か俺達の他にここで集合して一緒に行く貴族の娘さんがいるんじゃなかったか? 行く前でアウトとか洒落になんねえぞ」
「はい、気をつけます」
この場に集合するのはライト、アルファス、エカテリス、リバール、レナ、セッテの他に、パーティに参加するラーチ家の令嬢が来ることになっていた。何でも所要で城におり、会場までこちらがついでに護衛を兼ねて一緒に行くとのこと。
「アルファスさんじゃないですか! お久しぶりです!」
と、そんな会話をしていると、一人の騎士がアルファスに声をかけてきた。
「おう、お前か。少しは立派になったのか?」
「第三番隊の隊長になりました!」
「へえ、そこそこ出世したな。お前軍は十年目位か? 結構な速度で上に行ってるな。……ちょっと剣、見せてみろ」
「あ、はい!」
騎士の男からアルファスは剣を受け取ると、マジマジと刃の部分を見る。
「要所要所の粗さが抜けてねえな……でも昔に比べたら上手くはなった」
「ありがとうございます!」
「この雑さが無くなったと思ったら俺の店来い。テストしてやるよ」
「本当ですか? 頑張ります!」
騎士の男は嬉しそうにアルファスにお礼を言うと、ライトにも挨拶がてら頭を下げ、この場を後にした。
「お知り合いの方だったんですか?」
「軍にいた頃な。融通の利かない剣筋の使い手でな、当時見てて腹が立ってケツ蹴っ飛ばして軌道修正させて以来、丸くなった」
「成程……」
今は小隊の部隊長だと名乗っていた。つまりそこに至る流れの中に少なくともアルファスは関わっていたことになる。
「アルファスさんって……どうして、軍辞めたんですか?」
それは何気なく出て来た疑問だった。――剣術を教わるようになってよりわかった。ぶっきらぼうだが、面倒見のいい大きい人間だ。彼のように慕う人間はきっと他にもいるのだろう。加えて武器鍛冶も剣技も一流。引く手は数多だったはずだ。街の小さな鍛冶屋で収めていい人間じゃない。
「軍を辞めた理由、か。――つまんねえ理由さ、本当に」
アルファスが少しだけ遠くを見て、苦笑する。何処か悲しそうなその表情を見ていたら、ライトはそれ以上は追及出来なくなってしまった。――つまらない理由、か。
「お待たせしましたわね」
と、そこで憂いを断ち切るようにエカテリスの声が。その方を見て見ると、
「おお……」
ライトは思わず感嘆の言葉を漏らした。ドレスを身に纏った女性陣は、華やか過ぎて困る程だった。
「何て言うか……言葉が出てこない。兎に角、みんな綺麗だよ」
「そういう時は簡単で素直な言葉でいいのよ。ありがとう、ライト」
笑顔でお礼を言うエカテリスは、普段よりも大人びた魅力を醸し出していた。
「案の定動き辛くて仕方ないんだけど、これで私護衛とか務まるのかね? 勇者君服交換しない?」
「俺パーティ入る前に捕まるよねそれ!? というか窮屈でも多少我慢しなよ。滅茶苦茶似合ってるぞ。護衛としてじゃなくても隣にいてくれたら鼻が高い」
「…………」
ペシン。
「痛っ、何故デコピンする!?」
「何となく勇者君っぽいなって思って」
「理由になってない……」
実際にレナも見事な装いになっていたのでライトは正直に褒めたのだが。……と、そんなライトにリバールが近付いて小声で伝えて来た。
「レナさん、ライト様に褒められて照れ臭かったのだと思います」
「そうなのかな……あ、リバールも凄い似合ってる。エカテリスと並んでどっちが王女だかわからなくなる位」
「姫様を越える評価は不本意ですがお褒めのお言葉は嬉しいです。ありがとうございます」
こちらは笑顔でお礼。実際何度かエカテリスの護衛で経験もあるのだろう、着こなしに慣れが感じ取れた。
「あ……あの!」
そこでエカテリスの後ろに隠れるようにして立っていたセッテが意を決して声を出す。ササッ、と(当然だが)アルファスの前に。
「どうですか、その……アルファスさんから見て」
「安心しろ、贔屓目無しに似合ってるよ。自信持っていいぞ」
アルファスのその言葉に、セッテの緊張は一気に解れ、満面の笑みになった。――確かにライトの目からしても、セッテも負けず劣らずだった。
「社交パーティという特別な場で高まる二人……そのまま愛を誓い合って結婚……!」
「一生緊張してろこの妄想娘」
そして解れれば当然いつものセッテになるわけで。――この二人、この先どうするんだろうか、というシンプルな疑問がライトの頭を過ぎる光景であった。
「すみません、お待たせしました」
と、そんな一行に声を掛ける人物が。――意外な人物だった。
「ハル?」
ハルだった。ライト騎士団の団員として、警備に参加する予定はあったが――ドレス姿であった。つまりは。
「ハルもパーティに参加するの?」
「はい、ラーチ家従者の代行として参加させて頂きます。親交があるもので」
「へえ……家柄云々は俺は疎いけど、でもハルのドレス姿が拝めたから俺としては嬉しいかな」
淡い青が際立つ綺麗なドレスが、ハルによく似合い、元々の美しさを際立てていた。
「お上手ですね。――でも素直に受け取っておきます。ありがとうございます」
褒められたハルも悪い気はしていないのだろう。少し頬を染めて、真っ直ぐにお礼を言った。
「姫様、全員見事に褒めましたよ。あれはもしや勇者君じゃなくてタラシ君なのでは」
「私達だけならまだしも、会場で見境がなくなったら処置を考えましょう」
何か不穏な声が聞こえたが、聞こえなかったことにするライトであった。――どうしろってんだ。素直に褒めただけなのに。
「ん? ということは」
「はい。こちらが、ラーチ家のご令嬢になります」
ハルの後ろに一人の女性。――綺麗な金髪は宝石を纏った髪飾りで飾られ、汚れを知らないかのような白い肌が優しいピンク色のドレスを着ている。エカテリス、レナ、リバール、セッテ、ハルとはまた違う、まるで物語にいそう、もしくは新品の高級人形のような美しさであった。
流石に名家の令嬢は違うな……と思ってつい見ていると、その令嬢と目が合う。
「えっと……今日は宜しくね、ライトくん」
そして先にそう笑顔で挨拶された。――って、あれ? 俺の名前……
「あの……何処かでお会いしましたっけ?」
名前で呼ばれるような親交があるのはこちらに来てからはほぼ騎士団関係の人間しかいない。名家の令嬢に知り合いなどいるはずもないのだが。
と、その疑問をぶつけられ、令嬢は一瞬ポカンとしたが、直ぐに優しく笑い、ライトにとって衝撃の答えを口にした。
「やだなあ、ライトくん……ボクだよ、サラフォンだよ」
…………。
「ええええええええ!?」
ライトの驚きは、まるで勇者グッツを使ったかの如く、エコーが掛かって広間に響き渡るのであった。




