第三百六十五話 演者勇者と復讐の魔導士と魔王8
「人間の力を、借りた……!?」
観念して胡坐をかいて座るニューゼの口から出て来た言葉は、予想外の内容だった。
「ああ。ヨルマンっつー人間の魔導士さ。何か胡散臭い爺さんでさ。――大体王女様達が姿を消した少し後の事かな。魔王様に接近して来たんだよ」
「ニューゼちゃん、つまり魔王は、そのヨルマンって名乗る人間と手を組んだ、っていう事?」
「ニ、ニューゼちゃん……え、あたし敵なんだけど何とかなんないかその呼び方」
「観念なさい。ヴァネッサ様のその呼称を拒否するのであれば厳しい拷問と罰が待ち受けてるわ」
「何か理不尽極まりねえなハインハウルス軍!」
うん、それはわかる。――と、ヴァネッサ以外の誰もが(剣をチラつかせて睨みつけるリンレイさえ)思った。
「まあいいや。――あたしとしては、別にそいつが魔王軍に入りたいってんなら構わないと思った。志が一緒なら別に構わないだろ。でもそいつは、志以上にやったら駄目な事をしやがったんだ」
「成程、そういう事でしたか。確かにそれは我としても受け入れ難いですなあ」
そのニューゼの一言だけで、ニロフが察する。誰もがどういう事、という視線をニロフに向ける。
「イルラナス殿の魔法を見ればお分かりになると思いますが、人族と魔族の魔力は根本的に質が違います。例えばそうですな、イルラナス殿の治癒魔法をライト殿にかけても回復効果は得られますが、イルラナス殿の魔力そのものをライト殿に一定以上注入した場合、ライト殿が人種を越える力を手に入れる代わりに、精神的には再起不能になるでしょうな」
「え」
アッサリとニロフはそう言い切る。予測がついた者、知識があった者は驚かないが、当然知識のないライトはゾッとした。――再起不能だって?
「そういう物なのですよ、種族別の魔力という物は。ああ重ね重ねの注意ですが、魔法として第三者に使う分には何の問題もありませぬ。なのでいざという時イルラナス殿が回復魔法を使うのは何の問題も無し、寧ろ大助かりです」
「つまり、ヨルマンっていう魔導士が、魔族に人間の魔力を直接注入して、パワーアップさせてる……?」
「自我の崩壊と引き換えに、ですが。――そうなのでしょう?」
「ああ。――勿論あたしは拒んださ。でもパワーアップの為に受け入れる奴、そもそも拒否権の無い奴が大半だ。結果としてお前等に一矢報いる代わりに一緒に朽ち果てる軍団の出来上がりってわけだ」
苦虫を噛み潰した様な表情を見せるニューゼ。本当に納得がいっていないのが良くわかった。――でも。
「そんな……そんなのって……! どうして……!?」
ニューゼよりも、そもそも誰よりもショックで納得がいっていないのはイルラナスである。――魔族と人族との懸け橋となり、手を取り合う世界を目指す彼女にとって、自らの命を捨てる行為など到底納得がいかない。
「追い詰められて変な物に手を出すのは、人間も魔族も一緒なのかもねー。許容は出来ないけど」
レナらしい冷静な感想である。確かにある意味追い詰めたのはハインハウルス軍の進撃かもしれない。だが。
「敵を庇うつもりは無いが、お前等のせいじゃない。先に戦争吹っ掛けたのは今の魔王様だ。それに負けそうになるからってそんな方法しか選ばないとかただの弱者だろ。戦って散る覚悟が無い位なら、逃げる方がまだマシだ。更に言うなら、お前等に負ける方がマシだ。あいつらはもう、あたしの知ってる魔王軍じゃねえ」
良くも悪くも、真っ直ぐな性格なのだろう。鋭い視線を一度魔王城の方に向け、ニューゼは言い切った。
「気をつけろよハインハウルス。ヨルマンは慎重な奴だ。今回使った部隊なんざ実験の一環に過ぎない。魔王様に近付けば近付く程ヨルマンが用意した部隊が多くなるし、あたしにも予想が付かない位の強化が施された奴が出てくるかもしれない」
「…………」
そのニューゼの言葉に、ヴァネッサが一度深く考える仕草。数秒間目を閉じて思考を集中。
「リンレイちゃん。このまま進撃の予定だったけど、一旦ストップ。ここで一度布陣し直すわ。直接戦ったマックさんとアンリちゃんの話も聞きたいし、可能なら斥候部隊の調査ももう一度」
「承知しました、直ぐに」
このまま突撃すれば再び予想外の展開が起きるかもしれない。時間が無いわけではない。こちらが有利なのは変わらない。結果、今一度体制を見直す事をヴァネッサは選んだ。直ぐに指示を出し、リンレイもそれに合わせて動き出す。
「……なあニロフ、ちなみにニロフの魔力って「どっち」なんだ?」
その間、ふと気になった事をライトは尋ねてみる。性格こそあれだが、見た目は最早なので。
「フフフ、御安心あれ。我は両方を使いこなせます」
「……はい?」
「ライト殿の想像通り、そもそもは魔族側の魔力しか持ち合わせておりませんでした。だが主に出会って色々試した結果、人族の魔力も取り込む事が出来たのです。記憶はありませぬが、我も元々は人間だったのかもしれませぬな。――まあ残念ながら我のこの体と主の技術ありきの話なので、他の方に応用は出来ませぬが」
「流石だな……」
存在もやってる事も属に言う「チート」に近い存在だった。
「ただそのヨルマンと名乗る魔導士も後一歩の所までは来ておりますな。普通ならば注入して軍隊で動かす事など出来ませぬ。主程ではないですがかなりの実力の持ち主なのでしょう。――何故そんな事にその才能を使ってしまったのか」
魔術師としての頂点を目指すニロフからしたら、普通とは違う視点でヨルマンの行動に疑問を感じている様子。
「何にせよ、喰い止めよう。何せウチには、世界一の魔導士がいるからな」
「フフフ、言ってくれますな。――そのご期待に応えられる様、尽力致しましょう」
剣にしろ魔法にしろ、力とは、正しく使ってこそ。力無きライトだからこそ、余計にそう感じる。その想いを汲み取ったニロフも、ライトのプレッシャーを快く受け止める。
「さて、今度こそここまでだな。あたしは負けた。普通にやったって負けなのに、わざわざ天騎士と一対一で戦わせて貰えた。それで負けたんだ、これ以上の負けがあるか。――捕虜とかつまんない真似は止めてくれ。ヨルマンの案に反対してるあたしに人質の価値も無いしな」
一方のニューゼ。怯える様子も躊躇う様子もなく、そう言い切った。本当に覚悟が出来ているのだろう。
「……ヴァネッサ様」
「構わないわよ、勿論。イルラナスちゃんの手腕次第になると思うけど」
そんなニューゼに対し、イルラナスがヴァネッサの「許可」を得てゆっくりと膝をついて、目線を同じ高さにする。
「ニューゼ。貴女が死ぬ必要性なんてないわ。私と一緒に来て欲しい。――貴女に、死んで欲しくない」
そして、その説得を持ち出した。
「王女様にそう言って貰えるのは光栄です。でもあたしは魔王軍なんです。ああだこうだ言いましたけど、魔王軍の騎士です。二君に仕えるつもりはありません。意地っ張りだと言われてもいい。あたしは剣を握った時から、そう生きようと決めてました。――申し訳ないです」
「ニューゼ……」
だがニューゼの意思は固かった。――イルラナスの気持ちはわかった。ライトも同じ立場なら彼女を死なせたいとは思えない。彼女は真っ直ぐな性格の持ち主だ。分かり合えたら、心強い仲間になれる。だからこそわかる。無理矢理引き込んでも何の意味も無いという事も。
「ニューゼ」
少し諦めの空気も流れ始めた時、スッ、とやって来たのはレインフォル。
「何だ? 王女様の誘いを断る奴は許さん、とかか?」
「いや、お前に再考の余地を与えようと思ってな。――これを見ろ」
スッ、とレインフォルが取り出したのは、ライト騎士団の腕章。
「? それがどうかしたのか?」
「聞いて驚くな。これがあればなんとハインハウルス城の食堂で食事が無料だ!」
ででん、と若干ドヤ顔でレインフォルがそう言い切る。――あ、うん、まあ確かに無料だけど。
「今イルラナス様のお誘いを受けるなら、私が旦那様に頼んで、直ぐにでもお前の分も発行して貰うぞ」
「え、いや、その」
「味の心配もいらない。寧ろ魔王領で食べる食事よりも断然美味い」
「いや、あたしが気になってるのはそこじゃなくて」
「わかってる。デザートも無料だ!」
「そこでもねえ! お前いつからそんな食いしん坊キャラになったんだよ!?」
ハインハウルス城に来てからです。――魔王軍にいる頃は中々安定した食事が出来なかったのもあり、食いしん坊キャラは自ずと封印されていたが、初めてライトに連れられて食堂で食事したその日から完全解放されてしまっていた。食べても太らない体質もあり、食堂でイルラナス達と美味しそうに食事している姿をよく見かける。ハインハウルス城内の人間とは特に親しくなったりしない癖に食堂の職員とだけはやたらと親しくなっていた。
「フフフ、食事だけじゃないッスよ! 自分もこれ持ってるッス」
と、今度はドゥルペがレインフォルに並んで腕章を見せて自慢する。――そもそも相手が欲しがっていないので自慢にならないのは余談。
「何と! これを持ってると、城内の施設も自由に使い放題ッス! 運動場で汗を流すもよし、遊具を借りて遊ぶもよしッス!」
「別にあたしはそんなのも気にしてねえ!」
「じゃあ何で駄目なんスか!?」
「お前さっきのあたしと王女様の話聞いてたか!?」
聞いてたけどそんな事気にするキャラじゃない。勿論ドゥルペは今も気にしていない。
「ロガン! ロガン! ロガンもアピールするッス!」
「え? え、えーっと……」
いつもなら止める側のロガンだが、イルラナスがニューゼを引き留めたいのは本当なので行動に迷いが生まれた。――そして。
「そうですね……ニューゼさん、僕、最近毛並みが良くなったんです。触ってみて下さい」
「ああ、確かに……ってこれが何だって」
「今こちらに来てくれると、品質のいいシャンプーとか化粧品とか手に入り易くなりますよ! 僕もペット用のシャンプーを特別に用意して貰ってるんです」
「だからあたしが気にしてんのはそこじゃねえええええ!」
ニューゼ、流石に立ち上がってツッコミ。
「つーかお前等そっち行って変わったな、楽しそうになったな! 平和ボケか!?」
「ニューゼ」
そこでもう一度、イルラナスが改めてニューゼの前に。
「私が目指す世界は、こうして人間の国でも、魔族が笑って暮らせる世界。人間と手を取り合って共に生きていく国」
「え……」
「私達は魔族である誇りを捨ててなんていない。魔族として、新しい世界を生きたいの。貴女の志も捨てなくていい。寧ろその志を持つ貴女と共に、私はそういう世界を作り上げたいの」
「……魔族と、して」
「そう。魔族として、私達の同胞として、一緒に生きていきましょう?」
そこでニューゼはイルラナスを見て、レインフォル達を見て、更にその周囲――ヴァネッサやライト達を見た。全員が、仲間としてイルラナス達を見ているのがわかった。魔族としてそれを認めた上で、仲間として見ているのがわかった。
「あたし、偉そうな事言ってますけど、結局剣を振るうだけの存在ですよ?」
「でも、大切な物の為にその剣を振るえるでしょう?」
「あたしが大切にしてるのは、あたし自身の信念です。誰にでも優しくとか、出来ないですよ?」
「大丈夫。その信念が、志が、きっと私達の力になるわ」
イルラナスの強い目が、自分を見ている。――ああ、この人、知らない間にこんな目をする様になったんだな。これがこの人の志か。だったら、あたしは。
「わかりました。――こんなあたしで良かったら、お供させて頂きます」
ニューゼが、折れた。――いや違う。折れたのではない。その強い志をより強固にして、歩み寄った。
「本当に!? ありがとう……ありがとう!」
こうして、ライト騎士団イルラナス小隊に、新たな優秀な人材が加わったのであった。