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第三百六十二話 演者勇者と復讐の魔導士と魔王5

「……結局、未だあれ以上の動きは無しか」

 こちら、最前線で魔王城を囲む布陣の部隊の一つ、マクラーレン隊。隊長マクラーレンは静かに、その魔王城を見据えていた。

 マクラーレン隊は右翼。中央に布陣しているキース隊から伝令があった通り(何人も来た)、確かに魔王城は一度大きく光った。ただ本当に光っただけで、それ以上の変化も動きも無いのだ。

 勿論マクラーレン隊にもヴァネッサから作戦変更無しの指示は届いている。その指示に不満も疑問もない。マクラーレンとしても変化がない限りは同意見なのだが、

「何かが引っ掛かりますか」

 話しかけてきたのはマクラーレン隊副官・ゼル。色々な意味でマクラーレンの副官に相応しい男。――そうなのだ。マクラーレンは何か引っ掛かっていた。嫌な予感。長年の勘。そんな曖昧な物に振り回される質でもないのだが、でもその勘が何かを告げてきている気がする。

「ああ。だが布陣は変えない。下手に動きを取ってその隙を突かれても相手も思う壺だ。今の布陣が確実だ」

「はっ」

 ここは魔王軍との最後の決戦の場となるのだ。そんなシンプルにストレートに進む方が可笑しい。――そう思い直したその時だった。

「申し上げます! 魔王城から敵数部隊の出陣を確認!」

「本当か?」

「間違いありません! 数部隊がこちらに向けて進軍中との事!」

「わかった。本陣に伝令を送れ。――迎え撃つぞ。前に出過ぎるな。こちらの得意な分野で戦う事を意識しろ」

「承知しました!」

 バッ、と報告に来た兵士が走っていく。そのまま本陣へ伝令に行くのだろう。

「もう逃げられないと踏んでの決死の出撃でしょうか?」

「にしては部隊数も策も無い。今までもこの規模の戦闘で、こちらが勝利してきた。――何かあるぞ。油断はするな。俺は最前線に行く。お前は中央で周囲を見ながら指揮を執れ」

「はっ」

 こうして、少しの疑問を残したまま、ついに戦闘が開始されたのであった。



「皆、良く聞いて! 私達はこの日の為にずっと戦ってきた! 魔王軍に人類が脅かされて長い時間が経ったけど、その戦い、今日で終止符を討つ! 私一人じゃない、皆一人じゃない、全員で、必ず勝利を! 平和をこの手に!」

「おーっ!」

 ついに出撃の日が来た。ヴァネッサが高台に登り、全員に聞こえる様に号令。その力強い号令に、全員の士気が高まる。

「出陣する! ハインハウルスに栄光を!」

「おおおーっ!」

 輝く大剣を掲げ、最後の号令。それを封切りに、出陣する部隊が行動開始。先頭はヴァネッサ。白馬に跨るその姿は正に「天騎士」。その横にはリンレイ。長年ヴァネッサの片腕として活躍し続けた、最もヴァネッサが信頼する部下の一人。

「で、その次がもう俺達か……」

 次いで出陣がライト騎士団。ライトは謙遜しているが、魔王軍の姫、元黒騎士で現白騎士、勇者、炎翼騎士えんよくきし等戦力が勢ぞろいの部隊である。客観的に見ても文句を言う人間はいない。

「ほら、ライト君、手」

「あ、うん」

 幹部クラスは全員馬に乗っての移動。当然ライトも馬……なのだが馬に乗った事が無いので、レナに手綱を任せて二人乗りに。ちなみにレナと二人乗りが決まった際、

「ライト君、前に座って後ろから色々感じるのと、後ろに座って掴まるついでに色々触るのと、どっちがしたい?」

「そんなラッキースケベみたいなの求めません! 大事な局面です!」

 というやり取りがあったのは余談である(結局前に座った)。――今まで何も考えて無かったけど、馬に乗れて当たり前なんだな軍人って。乗れないの俺だけだし。ジアが何でもこなせるのはわかるけど、何気にサラフォンも乗ってるし。初めて乗るローズが乗りこなせているのは勇者だからかな。勇者凄いなホントに。……俺が駄目なわけじゃないよな?

「ライト殿、気になるのでしたら今度クッキー君で練習しましょう。クッキー君なら鞭一つでやりたい放題」

「普通の馬で練習させてくれないかな!」

 人型ゴーレムが四つん這いになりそれに跨る。何か違う。

「にしても……出陣、か」

 ライト騎士団として、(元)演者勇者として、戦いは経験してきた。自らが剣を握った時もあった。でも今回はその経験のどの時とも違う。自分達以外にも大勢いる人達。戦争。軍事。その重みが伝わる。

 俺は間違わずに、ここまで来れたんだろうか。その結果、ここに来れたんだろうか。そんな事をつい思ってしまう。

 ふと周りにいる仲間達の顔を見る。誰も迷いは見られない。目が合えば優しく笑いかけてくれる。

「そんなに気にする事じゃないでしょ。指揮執ってるのは王妃様だからライト君が何か指示出す事なんてほとんど無いし、百歩譲って間違ったって大丈夫大丈夫」

 後ろで手綱を握るレナだった。

「いつものメンバーに加えてフリージアにレインフォル達。こんだけいれば、間違ってたって誰かしらが訂正してくれるって」

「相変わらずの考え方だな……」

「でも事実じゃん? だから、その迷った顔止めときなって。こんな時だからこそ、真っ直ぐだよ。それが君」

 少しだけ振り返れば、いつでも隣でそのストレートな言葉で励ましてくれた笑顔があった。――迷いが、消える。

「最後まで、護衛頼むな。それがあるから、俺は立ち続けられる」

「おうよ。――相変わらず極限状態にならないとそういう弱気が零れるね。まあそれも君らしさかな。いつでも追い込んだら変わってくるかな?」

「そんなの試さなくていいからな!?」

 そんな会話を得て、ライトの気持ちもひと段落した時だった。

「伝令! 伝令! 王妃様へ!」

 明後日の方向から早馬でやって来る兵士が。その叫び通り伝令だろう。またヴァネッサへ急いでくれの促しかと思っていると。

「魔王軍の軍勢が数部隊出撃、マクラーレン隊と交戦中! マクラーレン隊、苦戦との事!」

「!?」

 ただならぬ一報だった。――突然の敵の攻勢。しかも主力部隊であるマクラーレン隊が苦戦。

「マックさんが苦戦……? 確かなのね?」

「はい! 圧倒はされていないですが、防戦一方! 戦況が思わしくないとの事です!」

 その報告にヴァネッサも流石に考え込む。――油断していたつもりはないが、予想外の報告だった。マクラーレン隊は隊長マクラーレンの元、兎に角堅実な強さ。そのシンプルさだけで屈強のハインハウルス軍でトップクラスの戦力なのだから、その実力は相当。そのマクラーレンが苦戦している。傭兵時代にバディを組み始めた頃から、彼が苦戦する姿はほとんど見た事がない。

 マックさん、私どうしたらいいかしら? こんな時、マックさんだったら――

「ヴァネッサ様。私が行きます。今ここでマクラーレン隊の布陣が崩れては台無しになります」

 横のリンレイが直ぐにその提案。確かにリンレイの部隊も本人含めて相当である。向かわせれば体制を立て直せる可能性は高い。そしてマクラーレン隊をここで失うわけにはいかないのも事実。――だが。

「ううん、リンレイちゃんはこのまま」

 ヴァネッサはその提案を受け入れない。

「ですが、このままでは!」

「リンレイちゃんの言いたい事はわかるわ。最もだし、これが他の戦場ならそうした。でもここは魔王城、魔王、最終決戦。敵地に乗り込む私達の部隊の戦力を減らしたくはない。寧ろその為の敵の策略の可能性すらある」

「っ……」

 ヴァネッサは、あくまで自分達の作戦を揺るがされない方法を選んだ。確実に魔王を倒す為に。確実にこの戦いを終わらせる為に。

「勿論マックさんを失うわけにはいかない。信じてはいるけど、気にならないって言ったら嘘になる。――アンリちゃん!」

 そしてヴァネッサはその名を呼んだ。声がギリギリ届いたのか、伝令役がいるのか。どちらにしろ十数秒後、ドドドドド、という轟音に近い音で馬を走らせて来る一人の人影。

「お呼びですか、王妃様!」

 ヴァネッサが跨る白馬よりも一回り大きく、力強い速度を見せつけたその黒馬に跨るその女性、アンリ補給隊隊長・アンリである。

「緊急でマクラーレン隊に届けて欲しい物があるの」

「はい、何なりと! 何を運びましょう?」

「戦力。貴女達という名のね」

 その言葉の意味が浸透すると、アンリは勝ち気な笑みを見せる。

「お任せ下さい! 誰よりも何よりも早く、確実にお届けします。それが我が隊の流儀」

「ごめんなさいね。補給隊の貴女達に頼むなんて、ある意味指揮官失格なのだけれど」

「とんでもないです! こんな時の為に私達の部隊は日々鍛錬を怠らず過ごして来ましたから。――マックさんへ言伝は」

「耐え切って。必ず魔王は打ち破るから。私を信じて耐え切って、って」

「承知しました。――アンリ補給隊、緊急指令に従い、出発します!」

 直ぐにアンリが部下達の下へ戻る。――アンリ補給隊ならば機動力も早い。万が一の時の伝令もどの部隊よりも早く出来るだろう。その実力も含めての選抜である。

「ふーっ……」

 アンリを見送り、移動を止める事のないまま、ヴァネッサは軽く溜め息。

「自分のピンチは緊張しないけど、仲間のピンチは緊張するわね」

「当然です。――少し速度を上げましょう。キース隊に合流出来れば、彼らもマクラーレン隊の援護に回せます」

「そうね」

 少し緊張度が高まり、進行再開。そのまましばらく進むと。

「伝令! 伝令! キース隊より王妃様へ!」

 今度こそ(?)キース隊からの伝令だった。

「「ぎょへえええ何か強そうなの出て来たぁぁ王妃様早くぅぅぅ! みたいな感じで俺のピンチを凄く緊迫した感じで伝えて! いいか、テラージャにはくれぐれも内緒だぞ! 知られたらまた俺怒られちゃうから!」との事!」

 …………。

「……ごめん、それをキース君が私に伝えたいの?」

「あ、いえ、我が隊の伝令は隊長は内緒にしたがっている事も全て一度副隊長にお伝えした上で、それでいて伝令を飛ばす仕組みになっていまして、副隊長が今回はそのまま伝えれば王妃様に現状が伝わるだろうと」

 隊長とは一体。――良い様に手綱握られてるわねキース君。まあだからこそテラージャちゃんを副隊長に任命してるんだけど。と、それよりも。

「ヴァネッサ様、今の内容を吟味すれば」

「キース君の部隊も交戦を開始。でもマックさんの部隊と違ってそこまで苦戦はしてない。――マックさんの部隊もキース君の部隊も戦力差はそれ程無いわ。なのにそこまでの差が出ている。……何かが起きてるわ」

 決戦を前に、前哨戦にて不穏で不思議な空気が流れ始めるのであった。

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