第三百六十一話 演者勇者と復讐の魔導士と魔王4
親子とは、一体なんなのだろう。――昔はそんな風に思った事もあった。
「親父、俺戦功挙げたんだぜ」
「そうか、やったな! 流石俺の息子だ!」
「お母さん、今日の晩御飯なーに?」
「今日は坊やの大好きなのにしたわ。楽しみにしててね」
魔族にも細かく分類すれば色々な種族がいるが、一般的な親子関係が成立する種族の方が断然多い。でも私は、そんな親子関係を築いた事はない。――築けた事がない。
父は魔王。魔王軍の頂点であり、魔族にとって絶対の存在。――そう知らされたのは、物心ついてしばらくしてからの事。そして更に直接会ったのはそこから更にしばらくしてからの事。
「塩梅はどうだ?」
「魔力は魔王様のを受け継いでおられます。だが生まれつきでしょうか、お体が弱く、その魔力をコントロールするだけの力がありません」
「ふん、つまり使い道がないわけか。――何処か地方にでも放っておけ。看板としての使い道が見つかったら呼び戻す」
「はっ」
だが彼は、父親として私に会いに来たわけではなく、駒として使い道があるかどうかの確認に来ただけだった。そこに親子の会話も関係も存在しなかった。
だから私も、それを求めるのは止めた。私は私の道を行く。――そう、決めた。
そしてその道を進み続け、私にも大切な人達が出来た。その輪は広がり、やがて私はかつて敵だと信じて止まなかった人類と手を取り合う事を決めた。魔王を――父を、倒すと決めた。私が目指す道の為に。
その事に迷いは無い。
その事に後悔もしない。
私達の間に、親子関係などもう存在しないのだから。だから、私は――
「こう、家族で、兄弟で、友人同士でお風呂に入って、背中を流し合うんだけど、二人だと交代交代で洗わないといけないのに、人数さえいれば円状になって一気に洗えるの! それをする事で更にお互いの仲が深まるのよ? 知ってたかしら」
「いや知ってるけど!」
ライトが問題視しているのは勿論そこではない。下半身にタオル一枚のライト、体にタオルを巻いているので大事な部分は隠れているがその洗い方の説明でオーバーに身振り手振りでも説明するのでそのタオルが落ちそうな気がする(ライトの主観)イルラナス、そして信頼すべき相手には恥じらいがないのかタオルは手に持っているだけで身には巻いていないレインフォル。――勿論レインフォルが一番問題だがイルラナスも結構ギリギリだった。
「旦那様、イルラナス様は本で身に着けた知識を実体験出来そうな機会があるともうやらないと気が済まない質なんだ。そこで最初は誰とやるべきか考えた時、やはり旦那様だろうと思って私が推薦した」
「うっ……!」
イルラナスが眩しい。純粋な目が眩しい。そこに性的な気持ちは微塵も無かった。意識してしまう自分が恥ずかしい。――でも意識するなというのは無理な話。逆に辛い。
「話は聞かせて貰ったわ!」
バァン、とライトの葛藤の最中その台詞と共に乱入してくるのは、
「王妃様!? リンレイさんまで!」
ヴァネッサだった。隣にリンレイ。勿論二人共タオル一枚。
「イルラナスちゃん、三人じゃ三角形でちょっと洗い辛いでしょ。私達が参加する事で円形になって洗い易くなるわよ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
喜ぶイルラナスを満足気な笑みで見つめるヴァネッサ。
「ちょっ、ちょっと二人共!」
――を少し離れた所に引っ張るライト。付いてくるリンレイ。
「何で状況を悪化させてるんですか! ここは止めて下さいよ!」
「別にいいじゃない、一緒にお風呂入る位。ライト君の気持ちはわかるわよ? でも少し位なら気にしないから大丈夫。寧ろまだまだ私だってそういう目で見られる自身はあるわ」
「気にして下さい!」
自分で言う通りヴァネッサはライトとの年齢差を感じさせない美貌の持ち主である。今見ても素肌も綺麗だった。
「リンレイさんは!?」
「私は正直乗り気じゃないわ。ライトさんは信用してるけど、だからと言って簡単にこんな事をする程でもない」
「なら――」
「でもヴァネッサ様も言い出したら聞かないの。だから仕方なく参加する。私の事はあまり見ないでくれると助かるわ。――逆に言えばライトさんは信用してるから、多少見られるのは許容するから」
「何てこった……! 王族は変わり者しかいない……っ!」
「それに関しては同意ね」
というわけで逃げ場が無くなったライト。腹を括り洗い場へ。会話の間に既にイルラナスとレインフォルが風呂椅子を既に五個円形に並べて待っていた。――何で皆俺を警戒しないんだ。俺はもしかして男として機能してないとか反応しないとか油断されてるんだろうか。いっそ襲ってみるべき……いや返り討ちにあって天に召されるな俺。
五人はライト、イルラナス、レインフォル、ヴァネッサ、リンレイの順番で座る。つまりイルラナスがライトの背中を、ライトがリンレイの背中を洗う形。
「それじゃ、宜しくお願いします!」
元気良いイルラナスの一言で、皆がタオルにボディソープを混ぜて準備開始。ライトは元々腰にタオルを巻いているので問題無し、レインフォルは元々タオル未装着なので問題無し(ある意味問題だが)、残りの三人といえば、リンレイは前方をしっかりとガード、ヴァネッサは軽くしかガードしてないので七割未ガード、イルラナスはライトからはほぼ真後ろなので見えないが実はノーガードにチェンジ。
「世界は~今日も~輝いている~」
「? 旦那様その歌は何だ?」
「気にしないでくれ」
心を穏やかにする為に謎の歌を歌ってみる。そうでもしないと心の欲望のやり場に困る。
そんなこんなで円形洗い合いスタート。幸か不幸かリンレイは出来る限り素肌を隠そうとしているので真後ろのライトはまだ頑張れた。それでも気を抜くと厳しくなる。
「ライトさん。ライトさんの御両親、優しそうな人達だったわ」
と、洗い始めて少しして、後ろのイルラナスからそんな話題が。イルラナス達もヘイジストでライトの両親に挨拶をしている。――両親か。
「うん。確かに国王様王妃様みたいな凄い事をしてる夫婦ではないけど、でも俺をちゃんと育ててくれた、俺にとっては自慢の両親かな」
思い起こしても、今日この日までちゃんと自分を育てて、そして見守っていてくれていた。――にしても、この質問をしてくるという事は。
「私はほら、母親は物心つく前に病気で亡くしてて、父親の存在は知っているけど、そういう関係性は無くて。だから、どういう物なのかわからなくて。――親が居なくて不幸、なんてお話はあるけど、でもいれば誰でも幸せなのかしら、と思って」
気にしていないわけではなかったが、母親も既にいなかったのか。――にしても、両親か。
「そうとも限らないよ。詳しい話は出来ないけど、ジア……フリージアも両親とはもう決別してるし、ドライブも実の両親の顔は知らないし、ネレイザも実家とは疎遠みたいだし」
地味に両親疎遠率が高い騎士団になっていた。
「イルラナスちゃん。正直に言っていいわ。魔王……お父さんと、仲直りしたい?」
「……わかりません。優しい父。私と仲良くする父。想像が出来なくて。私が知る父は、皆さんの認識と同じ。人類の敵、魔王です」
ヴァネッサの問いに対してのイルラナスは、迷いの中にいた。彼女は、彼女のせいではないが、自分の父親の事を知らな過ぎるのだ。
「あっ、勘違いしないで下さい、どちらにしろ今更命乞いとかあっちに行きたいとかそんなつもりはありません! 恩義とかじゃなくて、私の、私達の居場所は皆さんが用意してくれたこちら側です。どんな結果でも、受け止めます。そして、その先に進みます。――レインフォル」
「はい」
「もしも、もしも私が父を前におかしな行動を取りそうになったら、貴女が私を止めて。私の忠義の騎士として、どんな手を使ってでも、貴女が。その約束があれば、私は怖くないから」
「イルラナス様……」
イルラナス自身が、迷いの中にいる事すら認識出来ていないのだろう。自分の感情の答えが、見付からないのだろう。――仕方がない話ではある。一度こちら側で生きると決めたが、実の父親を討つなんてそう何度も経験する話じゃない。最初で最後の話になる。その結果どうなるのかなど、今の時点では予測など出来ない。
「畏まりました。それがイルラナス様の命であれば、私は必ず」
「ありがとう。その言葉があれば、私は安心だから」
穏やかな笑みで、ライトの背中を洗いつつイルラナスあはお礼を告げる。――実際イルラナスにとって誰よりも何よりも信頼出来るのはレインフォルである。これ以上無い安心の約束。
「イルラナス」
「はい」
それを全て聞き遂げた上で、ライトが口を開く。
「もしも君が、父親――魔王に何かアクションがしたい、したくなったら、必ず俺達に相談してくれ。俺は君の仲間として、ちゃんとその言葉、受け止めるから」
「……ライトさん」
それは図らずとも先程のイルラナスがレインフォルに告げたニュアンスに似た言葉となった。――助けてあげられるかどうかはわからない。それでも我慢して何も言わないで終わって、後悔なんてして欲しくない。
「ありがとう。――約束するわ。何かあったら必ずライトさんに相談する」
「うん」
少しだけ、背中を洗う手の力が強くなった気がした。
「あ、今わかったわ。――理想の父親って、きっとライトさんみたいな人をいうのね」
「え」
意外な結論が出てきた。――俺が父親?
「旦那様がイルラナス様の父親という事は、母親は私かもな」
「あっ、それがいいわ! 私、二人の子供がいい!」
「ええ……ちょっと待って。流石に俺まだそこまで大きな子供が持てる年齢じゃないんだけど」
「いいじゃないライト君。あれなら奥さんは私でも構わないわよ?」
「冗談でも国王様に俺が追放されますから!」
そもそも今こうして一緒に入浴してる事を知れた時点で追放かもしれないのに。
「さて、そうなるとイルラナス様のお父上に背中だけというわけにはいかないな。旦那様、前は私が洗おう」
「いや、ちょっ、その気持ちだけで十分だから」
「じゃあ私は頭を洗ってあげるわね! さ、ライトさんこっちこっち」
「いや、いやいやいやだからその」
「じゃあ私は両腕両足かしら。はいライト君、リラックスしてー」
「いやいやいやリラックスなんて出来ないですって! 正面に来られるのはマズいですって! リンレイさん止めて下さい!」
「無理ですね。こうなるとヴァネッサ様を止められる人はいません。私も何度全身を洗われたかわかりませんから」
「ぬわああああ俺の理性頑張れえええ!」
こうして楽しい親子(?)の入浴タイムはもうしばらく続くのであった。