第三百五十八話 演者勇者と復讐の魔導士と魔王1
復讐したい。――そんな気持ちになる事は、誰にでもある事だろうか。
覆せない現実、やりきれない悲しみ。それに対する怒りの矛先。――復讐。
復讐は、正義ではないと誰かが言った。
復讐をしても、何も生まれないと誰かが言った。――ならば、諦めるのか?
「…………」
いつでも肌身離さず持っている「それ」を見て、気持ちを確かめる。
正義じゃなくていい。
何も生まれなくていい。
後悔してしまってもいい。
それでも、この想いを、力に変えて――
「あー、あー……あー」
ハインハウルス軍最前線。今や最前線は魔王城を視界に捉えられる位置にある。つまりここは、ギリギリ魔王城が視界に入る程の位置。その最前線の中でも特に最前線、先鋒に当たる位置で、不安気な声を出してウロウロする人間が一人。
「その不安気な声いい加減止めて下さい。兵の士気に関わります」
「実際不安なんだって! 何で先鋒で監視するの俺の部隊なの!? リンレイかマクラーレンさんでしょ普通!」
「リンレイさんは本城にライト騎士団を迎えに行った王妃様の代理を担当中、マクラーレンさんはこことは別の位置でちゃんと待機中です。うちの部隊だけじゃないです」
さてこちら、ここの部隊長であるキースと、その副官であるテラージャの二名である。キースは性別は男、年齢は三十代半ば。魔導士で、攻撃魔法から補助魔法、更には治癒魔法まで高レベルで使いこなせるという中々の逸材。テラージャは性別は女、年齢は二十代前半。こちらは両手剣を扱う騎士。
「というかさあ、何で隊長俺なの? テラージャでいいっていうか寧ろ相応しいでしょ。こんな俺だぞ?」
「私もいつかは部隊を持ちたいとは思っていますがまだ経験不足ですし、王妃様が隊長を選んでるんですから」
「ホントに? 伝令途中で捻じ曲げてない?」
「怒りますよ?」
「止めて怒らないで!」
ひいっ、といった感じで本当に怖がるキース。テラージャは溜め息を漏らす。
「寧ろ隊長は何で軍人なんてなったんですか? 性格的に合わないでしょう」
「前いた傭兵団がブラックでさあ……そこ止めてハインハウルス城の警備課に応募したんだ。つまる所兵士。本城だからそんなに危ない仕事もないじゃん? 実際研修中は平和だったんだよ。そしたらある日一日だけ欠員が出て、国王様の出向の警備を担当したわけ。そこでやらかした」
「? やらかしたら普通出世しませんけど何やらかしたんです?」
「野盗が出てさ……三十人位の。一人で倒しちゃったんだよ」
…………。
「普通はそれやらかしたって言いませんけど」
「やらかしたよ! 国王様に表彰され、王妃様に話が行ってあれよあれよと今だよ! 俺こんなの求めてなかった!」
「なら辞めるって言えば国王様だって認めてくれるんじゃないんですか?」
「言えないよ……お給金いいし……会うたびに凄い褒めてくれるから言い辛いんだよ……」
実際この部隊、何だかんだで戦績を挙げており、その結果が今の布陣である。
「でも、魔王倒したらこの戦いも落ち着く。この戦いが終わったら俺、普通の警備兵に戻るんだ」
「隊長今物凄い戻れないフラグを自分で……いえ何でもありません」
そんなやり取りをしていた時だった。――カッ!
「は……?」
「魔王城が……光った?」
一瞬だったが、ハッキリとそれでいて大きく、魔王城が光った。今までそんな物が発生したなどという話はない。
「テラージャ」
「直ぐに伝令を送ります。王妃様の到着もそう遠くないはずです。それまでは警戒を強めて――」
「……え? 危ないから退却じゃないの?」
「え?」
「え?」
…………。
「私達何の為にここにいると思ってるんですか! 光った位で退却してたら蛍見る度に退却しないと駄目じゃないですか! リンレイさんには伝令を送りますから、次の変化があるまでここで警戒態勢でしょう!?」
「だ、だって怖いじゃん! 俺の七式魔法通じなかったら俺死んじゃう!」
「サラッと凄い物習得してますね相変わらず!」
七式魔法は一流も一流、本当に極一部しか会得出来ない難易度の魔法である。――この前までこの人六式までだったのに。
「兎に角、次の動きがあるまではここで警戒待機! いいですね!」
「わ、わかった……」
ガックリと不安そうに肩を落とすキース。一方でテラージャは、その魔王城の変化に違和感を感じるのであった。
「さながら一つの街だな……」
ヘイジストを出発して数日、ついにハインハウルス軍、最前線の駐屯地へとライト達は到着した。簡易とは思えないレベルの建造物がいくつもあり、ライトとしては驚きを隠せない。
「ライト君ライト君、はいこれ」
「? メモ用紙?」
「読めばわかる」
レナから渡された紙には、「うおお……」と書かれて――
「ってそこまでして俺に言わせたいか!? 確かに驚いたけど!」
「あの頃にはもう戻れないんだね……」
「そんな哀愁たっぷりに言われても言いません!」
乗って来た馬車を降りる。何だかんだで大所帯である。常駐のライト騎士団が十一人、出張という形でフリージア、イルラナス陣営四人の計十六人。注目を集めてしまう。
「ヴァネッサ様! お帰りなさいませ!」
そしてそれを率いているのが王妃ヴァネッサなのだから更に注目の的である。――小走りで出迎えてくれたのはリンレイ。
「お疲れ様、リンレイちゃん。代理ありがとうね、変わりない?」
「はい、特に大きな変化はありません。最終進撃に向けて調整中です」
そう、ここで落ち着いて、次の出発は魔王城に向けて。つまり最終決戦なのだ。
「まずは一旦腰を落ち着けましょ。そうね、二時間後にライト騎士団と……もう新生ライト騎士団でいいわね、の皆に現状と今後の説明をするから」
とは言ってもいきなり突撃では流石にない。というわけで、ヴァネッサとリンレイから二時間後に会議兼で説明がある様子。それまでは旅の疲れを一旦癒して――
「あの!」
「? 貴女は――」
「ローズといいます! ライト騎士団所属、団長ライトの弟子、尚且つ勇者の称号を預かっています! 宜しくお願いします!」
「貴女がそうなのね。――リンレイよ。ヴァネッサ様の補佐を担当してるわ」
余談だが一言で補佐と言い切るが、自分の部隊も持っているし、ヴァネッサ不在の代理は勿論重要も重要。それだけの実力と信頼を兼ね備えた存在である。
「あの、出来ればここの駐屯地の皆さんに挨拶がしたいのですが……勇者といっても私はまだまだ新参者ですし」
「おー、勇者ガールは謙虚なんだな。見た目も中身も可愛いか、いいね」
そう言って会話に割り込んできたのは、
「フウラさん!」
「久々だな、勇者ボーイ。ああもう勇者ボーイじゃないのか。まあ気にすんな」
三大剣豪の一人で、以前イルラナスの事件の時に知り合い、手を貸してくれたフウラであった。――そうか、最前線だもんな。居て当たり前だよな。
「話聞いたぜ。そういう事なら俺に任せておきな。個性豊かなこの駐屯地のメンツを紹介してやるよ。リンレイ、いいよな?」
「まあ、そういう話でしたらフウラさんなら大丈夫ですね」
「決まり。――それじゃ行こうか、宜しくなローズ」
「はい! 師匠、ちょっと行ってきます!」
「うん。フウラさんもありがとうございます」
「気にするな、俺はエリートだからな」
はっはっは、と笑いながらフウラがローズを連れて行った。――相変わらず気さくで面倒見の良い人だ。というか、
「俺達も挨拶行った方がいいのかな?」
「大丈夫よライトさん。ライトさんは勇導師の特別称号持ちでしょう? ライトさんはそれをひけらかしたりはしないだろうけど、でも敢えて言うならば下手な部隊の長よりもライトさんの方が位は上よ」
「つまり、敢えて言うならばライト君の所に皆が挨拶に来る方が正しい姿、ってわけね。そもそも私とエカテリスが一緒で、部隊内で言うならばエカテリスの方が部下になるのよ? どれだけ位が上なのか、って事よ」
「ええ……」
言いたい事はわかるが、そう言われると複雑な気持ちになるライトであった。――俺、最終決戦だって正直何も出来ないんだけど。
「何にせよ、一度宿舎で落ち着いてくれて大丈夫よ。時間になったら声掛けをするから。――ヴァネッサ様も」
「私は大丈夫よ、色々見て回らないと」
「お気持ちはわかりますがヴァネッサ様が休憩を取らないと他の者が取り辛くなるので」
と、困っていると半ば強引にリンレイに宿舎休憩を案内された。
「今から緊張してたって仕方ないじゃん、大丈夫大丈夫。無事にローズちゃんも見つけたんだし、王妃様もフウラさんもいるし、君の事は私が守るし。ぶっちゃけこの面子で勝てなかったら世界はもう滅亡だからそれはそれで諦めて」
「……まあ確かに」
新生ライト騎士団だけでも圧倒的戦力なのに、ここには他にも三大剣豪の内二人、それに次ぐリンレイ。この場には居ないだけで主力級の部隊が勢揃いしているはず。これで負けたら確かに打つ手はない。
「というわけで私は昼寝するよ。一緒にする? 添い寝してあげよっか? 寧ろ時間になったら私を起こして」
「最後の本音!」
というわけで、それぞれ一旦移動の疲れを癒す為に休憩を開始するのであった。
「改めて、こうしてここまで足を運んでくれてありがとう」
二時間後、ヴァネッサ、リンレイと新生ライト騎士団による軍議がヴァネッサのその挨拶で始まった。
「ライト君、ローズちゃんは特に厳しい、辛い部分もあると思う。ハインハウルス国を代表して感謝するわ」
「止めて下さい王妃様、俺ももう「勇導師」、一員です、仲間です。その為に、今まで頑張ってきたんですから」
「私も自ら望んで勇者になりました。この国の為に、存分にこの力を振るいます」
「そう言ってくれると嬉しいわ。本当にありがとう」
ヴァネッサは笑顔でお礼を言った。ライトとローズも、今の気持ちと言葉に嘘偽りはない。
「それじゃ、リンレイちゃん」
「はい。――現在、魔王軍は魔王城に完全に籠城状態で、均衡が続いています。一定距離を保ち数部隊で城を取り囲んでいる状態ですが、しばらくの間大きな変化は見られません。私達としても、どうしても「勇者の力」の必要性の有無に自信が持てなかったので、現状維持を続けるしかありませんでした。でも、それもここまでです」
地図を広げ、現在位置から魔王城までのルートに、リンレイはペンで印をつける。
「このルートを、ヴァネッサ様直属の精鋭部隊、私、フウラさん、ライト騎士団の皆さんで進行します。進行開始と共に魔王城を取り囲んでいる部隊は私達のフォローが出来る形に移行するので、その辺りの心配もありません」
「魔王城までの道のり、及び内部での案内は任せてくれ。その為の私達だ」
レインフォルである。確かにこれ以上の適任者は居ない。
「その代わり、私達――イルラナス様を、最後のその時まで、見届けてさしあげて欲しい」
魔王軍の壊滅は、イルラナス達にとって古巣を壊滅させるという事。特にイルラナスからしたら、実の父に反抗、終止符を打つという事でもある。中途半端な形にはしたくはないだろう。
「勿論。イルラナスちゃん達も、私達の大切な仲間なんだから」
「ありがとうございます、ヴァネッサ様。ありがとうございます、皆さん。――もう、私達も覚悟は出来ています」
その力強い目は疑い様がない。イルラナス達にとって、本当に新しい一歩が、そこから始まるのだ。
「念の為、ギリギリまでローズちゃんは温存。私も気を配るけど、ライト騎士団の皆もお願いね」
ローズには魔王相手に最大出力で戦える様にしておきたい。当然の作戦である。
その後もリンレイから細かい説明が続く。各々がしっかりと耳に入れていた――その時だった。
「申し上げます! キース隊からの伝令です!」
「どうしたの?」
「はっ! 何でも、魔王城が、「光った」との事!」
「魔王城が……光った……?」
最終決戦は、少しずつ予定通りの道から外れていくのであった。