第三百五十七話 幕間~演者勇者の凱旋 後編
ライトの実家にライトとフリージアは帰り、気絶したライトの父親を起こし、二人は改めて連絡をしなかった事への謝罪、和解出来た事の報告をした。
もちろん一言二言で終わる話ではない。ヴァネッサに許可を貰い、ライトとフリージアは今日はライトの実家に泊まる事に。ゆっくり腰を落ち着けて、今までの話を報告した。両親はしっかりと耳を傾けてくれて、二人揃って帰ってきてくれて良かった、と改めて喜びの言葉を告げてくれた。
そのまま少し寛ぎ、夕食。久々の四人の夕食は、本当に楽しかった。思えば、後ろめたさの欠片もないこの四人での食事など、数える程しか無かった気がした。これからは定期的に連絡をするし、帰ってくる。その約束が、自然と出来た。
夕食が終わると入浴の時間。女性陣、父親の順番で優先させ、ライトは最後に。――実家の風呂も久々。勿論ハインハウルス城でいつも入っている風呂よりも狭い。でも湯に浸かれば懐かしさが込み上げ、十分にリラックス出来た。
「王妃様には、後でお礼を言わなきゃだな……」
最初ヘイジストへ行くと言われた時は正直複雑な気持ちだったが、今こうして振り返れば来れて良かった。何となく色々と見透かしていそうなヴァネッサに、ちゃんとお礼を言いに行こう。そう思いながら自室へと帰ると、
「おかえり」
「うおびっくりした」
ライトの部屋には先客。風呂上りの色気漂うフリージアであった。ライトのベッドに腰掛けて待っていた様子。――って、
「何か前もこんな事あった気がする」
「何処の女の人と?」
「ジアとだよ!」
「冗談。――ちなみにあたしはちゃんと覚えてるから」
「え」
フリージアが悪戯っぽく笑う。どうやら本当にあったらしい。――思い出せない。
「えっと……横、座っていいのか?」
「駄目だったらそもそもライトのベッドにあたし腰掛けないでしょ」
「……それもそうか」
大人しくフリージアの隣にライトは腰掛ける。前述通り風呂上りの色気と、薄着なのでハッキリとわかるボディラインにドキドキしながら。
「父さんと母さんと、ちゃんと話せて良かった」
その視界を紛らわす為というわけではないが、ちゃんとその話をしようと思い話題を切り出す。
「うん。文句の一つも無かった。あたし達の完敗」
「だよな。何年経ったよ? 思う事無い訳ないよな。でも、微塵も感じさせなかった。――俺、あの人達の息子で良かったよ」
「大丈夫。ライトはおじさんおばさんの血、しっかりと受け継いでる。あたしとは違う」
この場合の、フリージアが言う「違い」。直ぐにライトはハッとする。……でも。
「だからってジアが駄目なんて話じゃないだろ?」
もう一人ぼっちになんてさせない。皆が居る、俺が居る。そんな気持ちが高ぶったか、自然とライトはフリージアの肩に手を伸ばして軽く抱き寄せる。
「それにジアは、ジアが尊敬する俺の両親が認めた人間だぞ。誇っていいだろ」
「そうなの……かな」
ことん、とフリージアも抱き寄せられるまま、ライトの肩に頭を委ねる。
「……ここだけの話な、父さんも母さんも、ジアはもう自分達の娘だって思ってるって言ってた事がある」
「そうなの?」
「でも……ジアの事を考えたら、伝えられないって。その……ジアが、おばさんとおじさんの事、どう思ってるか。それ次第では、ジアを傷付ける事になるからって」
「……っ」
少しだけ、フリージアの瞳が潤んだ。
「ねえライト。あたし、ちゃんと幸せになれたよね?」
「……ジア」
「子供の頃のあの日よりも幸せになれる事なんて、絶対に無いと思ってたけど……今、あの日より幸せ。幸せだから」
それはハッキリとは言わないが、フリージアの母親の置手紙に記されていた「幸せになって欲しい」の願いを叶えた、という事でもある。時間はかかった。でも、幸せになれた。――本当に、良かった。
「俺はもっともっと、ジアは幸せになっていいと思うぞ」
何気ない言葉だが本心だった。フリージアは一瞬ライトを見上げると、ふっと軽く微笑み、
「あの日、本当はね。ライトがあたしを引き留めてくれるなら、何でもするつもりだった」
そう、少しだけ甘える様に告げた。
「……あ」
そこでライトも思い出す。何処でこのシチュエーションに似た事を体験したのか。――ジアがスカウトされた後の事。あの日、俺は。
「……ごめんな、あの時」
「今更謝ってくれなくてもいい。もう怒ってないから。それに」
「それに?」
「今のライトは、あたしにとっての「憧れの勇者様」なんだから」
遠回しな様で、何を伝えたいのか。ライトにも流石にわかった。
視線がぶつかる。
距離が縮まる。そして、二人の唇が――
「ししょーう! いますかー!?」
ガクッ。――重なり合う直前で、窓の外からそんな元気な声が。窓から顔を出せば。
「師匠も一緒に花火やりませんかー! 今日は街の広場でお祭りだそうですよー!」
ローズが両手に花火を持ってぐるぐると回りながらライトを誘ってきた。確かに前もって準備されていたのか、街はお祭りの雰囲気を醸し出していた。――何でこのタイミングで。行ってあげたいが、でも今、こちらはこちらで大切な瞬間が。
「行こうよ、ライト」
と、振り返ればフリージアが立ち上がり、上着を羽織って笑顔でそうライトを誘う。
「あたし達の話はまたいつでも出来るよ。もう一人ぼっちにはさせないんでしょ?」
「……ジア」
「お祭りは、今日しかない。ローズちゃんを悲しませたら師匠失格」
無理をして言っている様子は見られない。ライトもつい笑って根負けしてしまう。
「じゃ、一緒に行くか」
「うん。――初めて一緒に行った収穫祭の時みたいに、お洒落出来ないのが残念だけど」
「その……ジアは、綺麗だから。あの日よりも、ずっと綺麗になったから、大丈夫」
「ありがと」
こうして二人はお祭り会場に向かう為に、部屋を後にするのであった。
「ファイヤー! タマヤー!」
どーん。――ニロフが召喚したクッキー君、バッキー君、ドリアンドヴァイサー君が花火を打ち上げ、祭を盛り上げていた。
「勇者のお姉ちゃん! こっちもこっちも!」
「うん、今行くよ! それー!」
ローズは元の性格が光り、子供達に大人気であった。大勢に囲まれて魔法で一気に子供達の花火を着けてあげて、自分も花火を楽しんでいる。
「あそこでライト君を花火に外から誘ってたら大人な女性はまだまだだねえ、ローズちゃんも」
そんなローズの様子を見て、レナは苦笑。ライトとフリージアに何かが起きそうなのは大よそ予測がついていただけに。
「でもネレイザちゃん的にはありがたかったかな?」
「馬鹿にしないで。あそこで野暮を入れるのはどう考えてもフェアじゃないでしょ。マスターが困ったら意味無いじゃない」
「へえ。――じゃ、私は気持ちは子供だから乱入してこよっかな」
「止めなさいよ馬鹿じゃないの!?」
「あはは、冗談だっての。――私としては、二番目でも三番目でもいいんだもん。傍にいれたら」
「じゃあ私が一番になる時邪魔しないでよ?」
「フリージアなら一番でいいけどネレイザちゃんが一番なのは何か納得いかなーい」
「何でよ!?」
あっはっは、とレナが笑う。二人は何となく出店で菓子を買いながら一緒にいた。ふと見れば、家から出てきたライトとフリージアが街の人や仲間達、軍の関係者に挨拶をしながら歩いていた。と、レナとネレイザに気付いたか、こちらへ歩いて来る。
「その二人でいるのは珍しいな」
「まあ、普段私は外だとライト君の隣が当たり前だしね。ライト君抜きってのがそもそも珍しい」
「同じく」
「ネレイザちゃんはそこまででもないでしょ?」
「そんな事ないもん!」
いつもの痴話喧嘩(?)をそこまで目にする機会がないフリージアが、つい笑ってしまう。
「あ、そうだ。ライト、ヘイジストに居る間に、ライト騎士団の皆さんにお願いがあるの」
「? 皆にか?」
「うん。――本当はライト所かあたし一人でやらなきゃいけない事なんだろうけど、流石に大変だし時間がかかりすぎるから」
「皆さん、ありがとうございます。あたしの我儘にお付き合い頂いて」
「構いませんわ。フリージアは確かにライト騎士団には所属していないけれど、私達の仲間である事に違いはありませんもの」
「そ、そうだよ! それに流石にフリージアさん一人じゃ無理ですって。ボクの魔道具なら、大分能率上がると思うし」
フリージアがライト騎士団に頼んだ事。それはヘイジストにある生家の完全な解体・片付けであった。この機会しか無いと判断。
「しかし、完全解体で宜しいのですか? 僭越ながら、私とリバール先輩が主軸になれば、リフォームレベルの掃除が可能ですが」
「大丈夫です。もうこの家はあたしには必要ありません。あたしの帰る家はここじゃないから」
自分の帰る家はここじゃない。自分の実家は、故郷で待ってくれている場所は、ちゃんと他にあるから。――その想いが、今回の決断に至らせたのだ。
「そういう事なら遠慮なく手伝おう。力仕事なら任せてくれ」
「おう、要はぶっ潰していいんだろ? アタシの出番だな」
その依頼に快く応じたライト騎士団の面々が、それぞれの得意分野を生かして協力、というわけである。
「まあ、確かにこれはフリージアちゃんとライト君だけじゃ無理な話よね。そうそう、こういう時は遠慮なく頼んでいいのよ」
ヴァネッサも快く協力を――
「って王妃様!? あの、流石に王妃様にこんな事させるのはあたしも気が引けます! お気持ちだけで!」
「えー、私は仲間じゃないの? 私もフリージアちゃんと一緒で、騎士団には所属してないけど仲間よ?」
「そうかもしれないですけど流石に!」
「はっはっは、フリージア殿諦めなされ。お嬢は昔からやると言い出したら聞かないですからな。だからこそのお嬢」
「ニロフ、私それだと随分歳を喰ってるみたいに聞こえない?」
「我から見たら皆、赤子の様な年齢です。変わりませぬよ」
――協力をしてくれた。止めても止めないのだからもうどうしようもなかった。
「不思議だねえ」
「レナ?」
「ほら私もさ、実家片付けるの手伝って貰ったじゃん? 私は父さんの残った思い出の物、少しは持って帰ったけど、フリージアは何一ついらないって言ってる。でも二人とも、前を向いて歩けてる。幸せになれた。ライト君の傍でさ。――人生色々あるなって」
少し感慨深げに、レナはそう呟く様に告げる。
「そうだな。自分で言うのもあれだけど、俺の近くでそうやって幸せになれたって言って貰えたら、俺としては光栄だよ。俺は――」
「何もしてないのに、って?」
また先を読まれた。
「あはは、今の君が何もしてくれない君だったら、何かしてくれる君は一体何をしてくれるのやら。過労死でもするんじゃないかな」
「そんなつもりはないんだけどな……今からジアが「する事」も、俺はあくまで付き添いだし」
流石のメンバーの実力により、フリージアの生家の片付けはあっと言う間に終わった。
「あらおかえり。もう片付け終わったの? 手伝えなくてごめんね」
そしてライトとフリージアは二人きりで、再びライトの実家へ。
「大丈夫です、本当にライトの仲間達は凄い人達ばかりで。王妃様にまで手伝って貰って」
最後の方はヴァネッサは工事現場の親方みたいな雰囲気になっていた。知らない人から見たら最早王妃だと信じて貰えないだろう。
「それで、今日はおじさんとおばさんに、大切なお願いがあって」
「あら、何かしら」
フリージアは一度深呼吸。今から伝えることを、意味を、一度自分の中でゆっくりと噛み締める。
「あたしの事、今から……「ジア」って、呼んで貰えませんか」
「!」
そして、その想いを伝えた。勿論両親は知っている、「ジア」の意味。
「あたしの故郷は、実家は、この家です。本当の両親ではないけど、おじさんとおばさんは、あたしにとって、本当に大切な人です。だから……二人が嫌でなければ、そう呼んで欲しいんです」
「私達が、そう呼んじゃっていいの?」
「はい」
両親は、自然と一度顔を見合わせて、穏やかに笑った。そして、
「「ジアちゃん」」
声を揃えて、その名を呼んだ。
「っ……! ありがとうございます……! 寧ろ、今までそう呼んで貰わないでいてごめんなさい……!」
フリージアは涙を隠す様に、ゆっくりとお辞儀。ライトの両親はそんなフリージアを、優しく抱き締める。
「こちらこそ、ありがとう、ジアちゃん。この家を、実家って思ってくれて。私達の事、大切に想ってくれて。――今度は、いつでも帰ってきてね。待ってるから」
「はい……っ!」
こうして、行く前こそライトにとって不安しかなかったヘイジストの里帰りも、ライトとフリージアにとっては新しい一歩となって、終わりを告げるのであった。




