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第三百五十六話 幕間~演者勇者の凱旋 中編

「母さん、父さん、俺、この街を出てく」

 それはジアがこの街を去って――俺がジアを裏切ってから、しばらくしたある日の事。

「このままこの街に居ても、駄目になる。この街に甘えても駄目になる。――何もしないままじゃ、駄目だから」

 表向きの理由はそれだった。言い訳にもなるけど、その気持ちがまったく無かったわけじゃない。でも本当は、逃げたいだけだった。この街から、ジアと思い出から、逃げたいだけだった。

 誰も俺の事を責めない。皆俺に優しい。それが嬉しいよりも、辛かった。誰も俺を知らない場所に、一度行きたかった。――俺とジアの事を何も知らない場所に、行きたかった。

「そう。――行く場所は決まってるの? 具体的な目的はあるの?」

「いや、まだそこまでは。でも、危ない真似はしないよ」

 そもそも今の俺にそんな実力無いし……という自虐を飲み込む。

「落ち着いたら連絡するよ。だから、心配はしないで」

「ライト、ちょっと待ってろ」

 父さんはそう言うと一旦奥の部屋へ行き、

「これ、使いなさい」

 戻って来た時には、一定量のお金を持ってきた。

「これって――」

「言っておくが、これはお前が産まれてから直ぐに貯め始めたやつだからな」

 俺が凄かったからそれに期待して貯めてたの、という質問を、父さんは先回りして否定した。

「親が子供の将来の為に貯金する。なんら可笑しな話じゃない。――お前は、俺達の大切な子供だ。お前が自分の事をどう思っていようと、他人様がお前をどう思っていようと、俺達の大切な子供なんだ。そんな息子が、一人立ちしたいと言っている。餞別を送るのは、何の間違いでも我儘でもないと俺は思うぞ」

 その父さんの言葉に、嬉しさと、悔しさが混じり合い、涙が零れそうになるのを堪えた。

「ありがとう」

 俺は素直にそのお金を受け取った。

「ライト。強くても弱くても、立派でも立派じゃなくても、ライトはライト。自分らしく行きなさい」

 その母さんの言葉を背に、それから数日後、俺は街を後にした。そして――



「…………」

 視界に入るその家は、最後に見た時と何ら変わりはない。記憶の中の自分の生家と同じ。――ポンとの再会後、両親の事を尋ねたら健在で、特に問題もなく暮らしているとの事で、足を運んで来たのだが、家を前にしてライトの足は止まっていた。というのも、

「ライトって、家を出てから一度でも帰ったり、連絡入れたりした?」

「……実はしてない」

 そうなのだ。この歳になるまで、結局あれから一度も連絡をしていない。落ち着いたら。何かあったら。二十歳になったら。転機を迎えたら。その機会を、全て逃していた。思わなかったわけではない。だがそれでも、躊躇し続けて、今に至ってしまった。――約束してたのに、連絡するって。親不孝だな俺は。

「情けないよな。自分自身に甘えてたよ。――心配、してるだろうな。してただろうな」

「でしょうね。おじさんとおばさんだし」

 横のフォローのないフリージアらしい言葉が胸に刺さる。でも、下手に慰められるよりも今は断然有難かった。

「ジアは? どの位の頻度で連絡してたんだ?」

 唯一の救いは、フリージアと仲直りして、一緒に帰って来れた事。何も両親に怒られたくなくて仲直りしたわけでもここに連れて来たわけでもないが、この要素は大きかった。最悪の事態は免れる。

「…………」

「ジア? どうした?」

 が、ライトの質問にフリージアが答えない。え、どうしたんだ、と思っていると。

「……実はあたしも連絡してない」

「ええ!?」

 予想外の答えが返って来てしまった。――ジアも連絡してないだって?

「何となく、手紙に何を書いても嘘になりそうで書けなかった。ライトが家を出たのも知らなかったからこっちに帰るのもはばかられてたし、そのままズルズル」

「その……ごめん。俺のせいだよな」

「ライトが謝る事じゃない。あたし自身の気持ちの問題だから、あたしがしっかりしてれば手紙位出せたのに、あたしもそこから逃げた。……情けない」

「俺達、そういう意味じゃ一緒だったわけか……」

 勿論そんな事がお揃いになっても全然嬉しくない。内心でお互いがお互いを頼ろうとしていたらお互いが駄目だった。――というわけで、いざ里帰り完了を目前に動けなくなってしまったライトとフリージアである。すると――コンコン。

「ごめんくださーい、こちらライト君の御実家で宜しいですか?」

「え?」

 ガチャッ。

「はいそうですが、えっと」

「ライト君のお母様ですか? 私、ヴァネッサ=ハインハウルスといいます。いつもライト君には家族全員お世話になってまして」

「ヴァネッサ……ええっ、もしかして王妃様ですか!?」

「はい、そういう事になります」

「あなた、あなたちょっと来て! 王妃様が!」

「あ、そんなに畏まらなくても大丈夫です、ご挨拶に伺っただけですから。これ、つまらないものですがウチの人からです。ウチの人からも宜しく伝えておいて欲しいと」

「ウチの人……もしかして国王様!? 国王様から直々の贈り物!? そんな頂けません!」

「ご心配なく、お菓子ですよ。美味しいですからどうぞ」

 …………。

「ごめんください、御挨拶が遅れましたわ。エカテリス=ハインハウルス、王国第一王女でライト騎士団の副団長ですわ。ライトとは同じ団の仲間、そして同じ志を持つ者。公私共に仲良くさせて頂いてますわ」

「王女様!?……と仲良く!? 公私共に!?」

「姫様はプライベートでもライト様とよくお忍びで城下町へお出かけになられております。専属使用人の私が証人です」

「公務では団長として私達を導いてくれてますわ。一度ご両親にもお目にかかっておきたかったのです。今日叶って良かったですわ」

 …………。

「失礼。ここが旦那様の実家だろうか」

「え、今度は誰ですか」

「レインフォルという。旦那様に忠誠を誓う身として、しっかりと挨拶をすべきだと思い参上させて貰った」

「だ、旦那様……もしかしてウチのライトの事ですか? え、旦那様……って、結婚とかそういう」

「契約済みの主従関係だ。ただ誤解しないでくれ、旦那様は主として相応しい方だ。私に選ぶ権利はないが、旦那様が望むのであればいつでもこの身は差し出す覚悟は出来ている」

「王妃様……王女様……更に美人と契約して……う、うーん」

 ドサッ。

「ちょっ、あなた、気絶しないで! 私一人じゃ情報整理が追い付かないから!」

 …………。

「こんにちはー、そして初めまして。私ライト君の護衛担当のレナです」

「ご、護衛?」

「はい。ライト君が危険な目に遭わない様にするのが私の役目ですね。なので基本何処でも一緒です。一緒のベッドで寝るなんて日常茶飯事です。一緒にお風呂も入りましたし、お互い色々と――」

「一回全員止まれえええええ!」

 そこでようやくライトが我に返って間に入った。レナの後ろにも見事にライト騎士団の団員達が順番待ちしている。

「君達全員何なの!? 俺の両親に挨拶したいっていう気持ちは汲み取るけどもうちょっとこう、何かあるよね!?」

「そうよね、やっぱり王妃として、国庫からもっとお土産を持ってくるべきだったかしら」

「お母様、最前線とは言わなくとも、ライトの御両親にはお父様も直接ご挨拶して貰うべきでしたわ。私とお母様だけじゃ失礼に当たりますもの」

「レインフォル、ライトさんのご両親への挨拶、どう? 私達もそろそろ顔を出して大丈夫かしら?」

「イルラナス様、もっと私達の忠義を見せる必要性がありそうです。私はとりあえずこの街周囲にいる被害を及ぼす可能性のあるモンスターを全て狩ってきます」

「えー、私もうこれ以上無いよ、どうしよ。ライト君への奉仕を実演でもするかなー」

「そういう意味合いのツッコミでもねええええ!」

 そこでフリージアが冷静に区画整理(?)を開始。渋る面々を一旦解散させ、順番待ちの列は何とか消える。

「はぁ、はぁ、はぁ……な、何なんだ相変わらずだけど……俺達は慣れたけど」

「そのあたしはもう慣れたみたいな言い方止めて、あたしだってまだライト程は慣れてない」

 そんな会話をしてて、ふと冷静になって気付く。区画整理の結果その場には、ライトとフリージアと、ライトの両親(父親気絶中)だけ。

「あ……えっと、その」

 結局心の準備も何もないままの対面となってしまった。第一声に悩む。どう謝罪すればいいのか――

「二人共、おかえり」

「!」

 ――という心の葛藤を、その優しい一言が消し去ってくれた。ライトの母親は、ライトとフリージアがまだこの家で一緒に暮らしていた頃、迎えてくれた時と同じ笑顔で、その出迎えの言葉をくれた。思わずライトとフリージアは、お互い目を見合わせてしまう。

「ただいま」「ただいま」

 でも、この場に相応しい言葉は、これ以外見当たらなかった。二人自然と声を揃えて、その言葉を告げる。

 思わない事が無いはずがない。でもそれを全て飛び越えて、ライトの母親は笑顔で出迎えてくれた。その暖かさに、二人共涙が零れそうになるのをグッと堪える。

「さ、いつまでもそこに突っ立ってないで、中に入りなさい。それからお父さん起こすの手伝って」

「うーん……ライトが……王都でハーレム……」

「父さんレナが喜びそうなうわ言言うの止めて!?」

 この場にまだレナが居たら「血筋だったか」とか言ってくるに違いない。血筋であってたまるか。いやそもそも俺はハーレムを作りたいわけじゃない。

 こうしてライトとフリージアは、気絶したライトの父親を運びつつ、何年かぶりにライトの実家へと帰ってきたのであった。

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