第三百五十三話 演者勇者と聖剣12
先程のカリバーンと同じく、脳内に直接響く声。だが今聞こえた声は決して重く追い詰める様な声ではなく、ただ落ち着いたトーンの声だった。
「エクスカリバー! そうだよね?」
『ああ』
それがエクスカリバーの声だと理解するのに、時間はかからなかった。
「やっとお話出来た! 師匠だけお話してずるいって思ってた、私もずっと話がしたかったよ!」
『そうか。――私はお前と慣れ合うわけにはいかなかったからな』
「え? それってどういう――」
『ローズ、力を貸してくれるか』
ローズの問い掛けに答える前に、エクスカリバーはそうローズに頼み込む。
『奴の――カリバーンの狙いは、自分の力の証明。自分こそがケイルの、この世の中の最高傑作である事の証明だ』
エクスカリバーはカリバーンの言葉を感じて、直ぐに全てを察していた。
『自分で言うのもあれだが、ケイルは私程真っ直ぐに想いを注いで奴を作ってはいない。奴を作り始めた頃には、既にケイルの心は壊れかけていた。――執念で作り上げたカリバーンは確かにこの世の中の最高傑作かもしれない。だが私の様にケイルが心から望んで作り上げた品ではない。結果、非常に不安定な「念」が籠ってしまっている』
「それが、あの時の言葉?」
『奴の恨みの対象はケイルを破滅に追い込んだこの街、そして他の人間は兎も角ケイル自身が最高傑作だと信じた私だ。その二つを消滅させる事で、自分自身の証明になると信じているのだろう』
「そんな……」
強者の孤独。――ローズにとって、大切な人の背中が直ぐに被った。
『残念ながら救う手立てはない。だからせめて、この手で葬ってやらなければならない。――私を忖度無しで扱えるのは勇者であるお前しかいない。やってくれるか?』
「勿論。苦しみから、解放させてあげよう。――でも、一つだけ訊かせて? どうして私と慣れ合うわけにはいかなかったの?」
『私が、魔剣だからだ。――お前は、きっと誰よりも私の力を解放出来るだろう。だが私を大きく解放するという事は、それだけの反動を受けるという事だ。それこそあの頃、何も知らずに私を持って壊れて行った者達以上の、な』
「…………」
『お前は世界を救う勇者だろう? だから私を抜けた、持てた。だがそれは私が聖剣だからではないんだ。――私は魔剣だ。もう二度と誰かを壊してしまうわけにはいかない。それがケイルの願いだろうからな。だから一度だけ。今回だけ。それで、全てが終わる』
「そんな事ないよ」
寂しそうに語るエクスカリバーに、ローズは優しく語り掛ける。
「師匠から聞いてる。エクスカリバーは、師匠を壊してない。師匠を守ってくれた。――今言ったよね? もう二度と、誰かを壊してしまうわけにはいかないって。もう、出来るよ。出来てるよ。大丈夫」
『だが、過去に何人もの人間を壊した。結果ケイルも壊れた。カリバーンの精神も壊れた。……私が壊した様な物だ』
「なら責任を取って、私と一緒に世界を救おう。世界を平和にしよう」
迷わずそう返事をするローズに、エクスカリバーは言葉を失う。――この娘。
「私は勇者だから、沢山の人を救いたい。エクスカリバーの力があれば、もっともっと沢山の人が救える様になる。そして、エクスカリバーの事も救ってあげる。魔剣だなんて言わせない。聖剣になろう、本物の。勇者の剣になろう、本物の」
ローズがぐっ、とエクスカリバーを握り締める。その手から、想いが伝わる。
『これで五年後だったら、本当に言う事無しだな』
「あ、それやっぱり本当なんだ……でも大丈夫、私王女様に色々教わるから、一年位は早くなるよ」
『ハハハ、そうか。ならそれまで我慢しよう。それまで――お前の剣として、見届けさせて貰おう』
「うん」
そしてローズはそのままゆっくりとでも力強く、エクスカリバーを抜くのであった。
「う……が……があああ……!」
カリバーンを追いかけて空いてしまった穴から図書館の屋上に到達したライト、レナ、エカテリス、リバール、アルファス。その屋上の更に上空に制止するカリバーンと、
「チッ、何人かレプリカを抜きやがったな」
街から聞こえ始めるうめき声。――カリバーンが降らせたカリバーンの分身を抜いてしまった者の声。館長と同じく精神を乗っ取られてしまったのだろう。放っておけば街に被害が出る。その量は予測もつかない。
「姫様、街には私が参ります、ネレイザさんも動けるはず」
「いいわ、任せます」
タッ、と消える様にリバールが移動。
「さて。――その状態なら、手加減は必要ありませんわね! 聖剣だとしても、無関係の人間を傷付けるのならば、容赦しませんわ!」
館長の手から離れた事により、館長を気にする必要が無くなった。エカテリスが力一杯地を蹴り、得意の風魔法で上空に向けて突貫。槍は勿論、全身に激しい風を纏い、空を飛ぶ。――ガキィィィン!
「おっと、邪魔はさせねえぞ」
カリバーンは更に自分の周囲に分身を作成し、エカテリスを狙うが、それを喰い止めたのはアルファス。気付けば二刀流になっており、夢幻斬を発動。牽制しつつ自らも地を蹴り一時的に宙へと舞い、人間業を越えた動きでカリバーンの分身を一人で抑え込む。
「んー、姫様が迷いなく動ける様になったのはいいけど、でも足りないかなー」
その戦いの様子を落ち着いて分析するレナ。その評価は中々に厳しい。
「レナが加勢したら変わるか?」
「可能性はあるけど流石に私は今は動かないよ。不確定要素が多過ぎる。万が一の事を考えたら君の隣は離れられない」
「…………」
俺の事はいいから行ってくれ、とは言えない。行って欲しいが、レナが何の為に称号を得たのかを考えたら、その発言は軽率になってしまう。実際、不確定要素が多過ぎるのだ。
「なら、アルファスさんがカリバーン本体に攻撃出来れば」
「それも可能性としてはあるけど分身相手で今の所は限界だね。寧ろあの数の分身を空中戦で一人で何であの人相手に出来るのよっていうレベル。あの人羽でも生えてるかも」
アルファスを動かしたくてもアルファスは自分の想像以上の仕事をしていた。――手が空いてるのは相変わらず戦力外の自分だけ。
(駄目だ、諦めるな俺)
戦力外の自分が、戦力外じゃなくなる方法を。いや戦力外のままでも、体制を変えられる方法を。
「! そうだ、これだ!」
そこでライトは閃く。レナとアルファスの足かせを両方外す方法を。
「レナ、信じてるぞ!」
「へ?」
ライトは鞄の中の勇者グッズ――そういえばもう勇者じゃないのに持ちっぱなしだった――の中から、「勇者の魅力玉」と書かれた掌サイズの球体を取り出し、地面に叩き付ける。パリィン、という音と共に球体は割れると、不思議な煙が生まれ、それがライトに吸い込まれていく。
勇者の魅力玉。――割る事で使用者に一時的に注目を集めさせる為の道具である。一定時間その特殊なオーラは、ライトに圧倒的存在感を醸し出される。それはカリバーンとて例外ではなかった。
「あー、そういう事」
「頼むぞレナ、俺は正直これ以上は何も出来ない」
「オッケー、寧ろ十分仕事したんじゃない? 大丈夫、君は絶対に傷付けさせない」
カリバーンの周囲でアルファスと激闘を繰り広げていたカリバーンの分身が、アルファスを狙うのを止め、ライトを狙い始める。ライトは危機に晒されるが、ライトの近くで戦えるなら、こちらにもライトにとっては最高の護衛がいる。
「成程。あいつはああやって、騎士団回してんのか。やるじゃねえか」
そしてカリバーンの分身がライトに向かっていき、そこに立ちはだかるレナが一人で抑えるとなると、当然アルファスの手が空く。手が空けば、エカテリスの援護に入れる。――戦局を、動かせる。
「にしても、俺はもう現役じゃねえってのにな! 姫さん、行くぞ! 踏ん張りどころだ!」
「問題ありませんわ! 私は天騎士ヴァネッサの娘、剣聖である貴方にも負けるわけにはいきませんもの!」
始まるアルファスとエカテリスの共闘。勿論実力はアルファスが上なのだが、日々の鍛錬のおかげか、エカテリスも足手纏いには一切ならずについていく。――しかし。
(チッ、決定打の方法がわかんねえな……こういうのはヴァネッサさんの得意分野なんだが)
体制は安定するものの、特殊なオーラを纏うカリバーンに決定打が撃てない。アルファスは剣士としての頂点にいるが、魔力を纏った相手、特殊な血筋を使った力を持った相手等に関しては一歩ヴァネッサには劣る。つまり、ヴァネッサならこの場を抑えられたかもしれないが、アルファスにその力が無いのだ。
長引かせたくない。街に必要以上に被害が出る可能性はあるし、まだ何かを隠し持っている可能性もある。――どうすれば。
「ライト、聞こえるか! 何とかしてお前の弟子連れて来い!」
「! それって」
「俺と姫さんだけじゃ解決に時間がかかる! 抑える事は出来ても無力化はどう見ても特別な力が必要だ! お前の弟子はそういう「力」を持ってる! それに賭けるしかねえ!」
アルファスの導き出した結論はそれだった。勇者ローズの奇跡の力。アルファスも近くで見て感じていた。あの力が強く発現すれば、カリバーンを打ち破れる可能性は十分にある。
「でもアルファスさんどーすんの、ライト君外すって事は私も外すって事だよ!?」
現状この場のカリバーンの分身を抑えているのはライトとレナ。ライトと共に一時的とはいえ場を抜ければ、先程までの苦戦に逆戻り、寧ろ更に危険になるかもしれない。
「んなことわかってる、お前に任務放棄しろとは言わねえ! 安心しろ、ここまで来たらどうにかしてやるよ!」
確かにアルファスならどうにか出来るかもしれない。でもライトとしてはもっと「どうにかしたい」。
「っ!」
ライトは急ぎ建物の下周囲を見下ろして該当者を探す。――居るはずだ。来てるはずだ。彼女なら。
「ネレイザぁぁ!」
そして駆けて来るネレイザを見つけた。セッテを安全な場所まで誘導した後か、一人こちらに向けて駆けて来ていた。
「マスター! 直ぐにそっちへ――」
「ネレイザ、「俺の事を頼む」!」
傍から聞いたら意味が伝わらない言葉だが、ネレイザは直ぐに意図を汲む。そしてライトの横で戦う彼女も。
「ネレイザちゃん、少しの間だけだからね! その間に何かあってごらん、マーク君に告げ口所じゃ済まないよ!」
「当たり前でしょ、レナさんより駄目だったなんて評価真っ平ごめんだから! そっちこそ集中してなさい!」
一時的にライトの護衛をネレイザに任せる。――マークから聞いていた。レナがその仕事を任せる意味合いを。重さを。お互い憎まれ口を叩くが……それは、信頼の証。それを裏切るわけにはいかない。
「よし、行ってくる!」
レナがこの場に残ってカリバーンの分身を抑え続ければアルファスとエカテリスの負担が全然違ってくる。そしてローズを連れて、ローズの力が上手く発現すれば。――ライトが急ぎネレイザと合流しようと移動を開始しようとした、その時だった。
「はあああああっ!」
神々しいオーラを纏って現れたのは、ローズであった。――その手に、エクスカリバーを抜刀した状態で。