第三百五十一話 演者勇者と聖剣10
「聞き覚え、あるんですね」
ケイルの名を出した瞬間、明らかに館長は動揺した。魔剣伝説は知らないと言ったが、ケイルの名を知る人間がその伝説を知らないわけがない。
「……いいえ、知りません」
だが館長は否定する。冷静さを取り戻した「フリ」をして。
「否定したいお気持ちはわかります。知る人からしたらその名前は魔剣を作り出して世間からは悪人のレッテルを貼られている。関係者と名乗りたくはないでしょうから」
「…………」
「その名を公にして貴方を追い詰めたいわけではないんです。寧ろ内密にしておきます。貴方の地位を脅かしたりはしません」
館長の瞳が揺れる。――後一押しといった所か。いつもならこの辺りで……
「……あれ?」
そう、いつもならこの辺りでぐいぐい攻めるレナがいつの間にか隣に居ない。――おかしい。自分からこの人に話を訊こうって言いだしたのに何故。
「まさか!」
ハッとしてライトは急いで周囲の床を見渡して――
「私が悪いのは認めるけど流石にこのシチュエーションで寝るか!」
「痛え!」
ベシッ。――突然昼寝を始めた可能性を考えていたら戻ってきたレナからツッコミが入った。――何が「まさか!」よ。そんな深刻な顔で床探さないでよもう。さっきも誤解されたしやっぱりもうちょっと頑張った方がいいのかな私。
「で、レナは何処行ってたんだ?」
「そう簡単にいかないと思ったから、簡単にいく方法を用意しました」
そう言う傍らには、
「師匠? レナさん? どうしたんですか?」
ローズの姿が。――背中にはエクスカリバー。ライトは直ぐにレナの意図を汲み取る。
「ローズ、ちょっと借りるよ」
ライトはそのままエクスカリバーを受け取り、館長に見せる。
「その剣が、何か」
「エクスカリバー。――ケイルさんが情熱を注ぎこんで作り上げた名剣ですよ」
「!」
「そして俺達は、エクスカリバーの導きで、この街に、この場所に来たんです。もう一本の剣――カリバーンを探す為に」
ついに館長は驚きを隠しきれなくなっていた。ジッとエクスカリバーを見ると、
「……柄の部分を、拝見しても構いませんか?」
そうライトに尋ねて来た。ライトが頷き、直接は持たせないものの柄の部分を見せる。
「その柄……言い伝え通りです。――本物の、エクスカリバーなんですね」
そのまま十数秒、館長はエクスカリバーの柄を見ると、ふーっ、と大きく息を吐いた後、そう呟く様に口にした。――認めた、瞬間だった。
「本物のエクスカリバー、そして王女様御一行。お話しないわけにはいきませんね。――全てお話します」
そこで全員本棚の調査を止め、ライトの下へ集まる。
「お察しの通り、私は鍛冶師ケイルの血筋の者です。もっとも、鍛冶はケイルの代で途絶えたので私は技術は何一つ持ち合わせていません。ただ代々の言い伝えで、これ以上ケイルの名を広めるな、汚すな、そして……作られた聖剣と魔剣は、この世に出すな。そう言われてきました」
「? ならばこのエクスカリバーは、何故ハインハウルス城に存在したのかしら? 本物なのでしょう?」
「王女様の仰る通り本物です。言い伝え通りの柄が柄に彫られていましたから。――私が産まれた時には既にエクスカリバーは紛失したとの事でした。曾祖父の代だったとか」
偶然か運命か、それともエクスカリバーの意思か。今となってはわからないが。
「私からも一ついいですか? 「菓子ブルネア」は何か関係していますか? エクスカリバーが反応していたので」
ネレイザである。エクスカリバーとローズのダイナミック入店もそうだが、ロゴに剣のマークがあったのも思い出す。
「元々あの土地で鍛冶屋を開いていたという言い伝えです。ケイルが鍛冶屋を閉めて、土地を売り、人の手に渡り、今となっては無縁です。ただケイルがご厚意にしていた人の手に渡ったので、悪い噂等は無かったとか」
そうなると、あのロゴも譲り受けた人がケイルの事を想って残したのかもしれない。
「では私からも。――武器鍛冶ガーディが魔剣伝説の噂を掴み、魔剣を作っていました。それに関しては何か関係していますか?」
続いて声を挙げたのはリバール。落ち着いた口調だが、内容が内容なので、少しだけ威圧感を感じる。
「!? そんな事があったんですか……!?」
それに対し驚く館長に、ライトは事情を説明。解決済みである事も含めて。
「そうでしたか……ありがとうございます。ご先祖様の名を汚さずに済みました」
館長はライト達に向けてお辞儀。嘘をついている様には見えない。チラリ、とリバールを見るとリバールも頷く。本心からのお辞儀とお礼だろう。
「では、一番重要な事をお尋ねしますね。――館長さんは、聖剣カリバーンの現在の在り処を知っていますか?」
そう、結局行き着く先はそこである。情報がいくらあっても肝心の品が無ければ。
「それを聞いて、知って……皆さんは、どうされるのですか?」
「ベタな言い回しですが、正義の為に。この国の為に。ここにいるエカテリスはとても愛国心の強い王女様ですし、それに彼女……ローズは、勇者の血を受け継ぐ者です」
「勇者……」
「教えて下さい。カリバーンは、今何処に?」
「…………」
その質問に館長は再び口を閉ざす。――だがそれも一瞬で、ふーっ、と息を大きく吐くと、
「こちらへ」
そう切り出し、歩き出す。部屋の壁付近に設置してある大きな本棚の前に行くと――ガコッ、ズズズズ。
「! 隠し扉……」
本棚が音を立てて横にスライド。そしてその本棚に隠されていた大きな扉が姿を現した。館長は鍵を取り出し扉を開けると、そのまま先導を続ける。一本道の通路の先に再び扉があり、その扉も鍵を使って開け、
「中へどうぞ」
ライト達を部屋に案内する。――部屋は至ってシンプルな部屋で、余計な物は何一つない、殺風景な部屋だった。その部屋の真ん中に、ガラスケースに入った、一本の剣。
「……!」
それが視界に入った瞬間、誰もが言葉を失った。物理的に光っているわけではないが、何物にも代えられない、神々しい光を感じた。あれが剣なのか。最早剣を越えた圧倒的何か。そんな気がしてしまう程。
聖剣カリバーン。――誰もが、説明無くともそれである事が直ぐにわかった。
「圧倒的……過ぎますわね……」
「はい。輝くとかそんな次元ではないですね……」
「ハッ、俺も武器鍛冶としてそれなりの腕は持ってるつもりだったが、あれは作れねえ。――伝説の鍛冶師、か」
「何だか……魔導殲滅姫とか、そういう自分が、凄い小さく感じちゃう……」
「ね。流石の私もあれは言葉無くしちゃうわ。何よあれ……」
誰もが驚きを隠せない。近付く事さえ躊躇う程に。
「私の家系は、代々この場所を、この剣を守り続けて来ました。使ってくれる人が現れるまで、なんて事も思っていません。ただひたすらに、永遠に、ここで眠らせておければ。そう言い伝えられてきました。――ですが」
勿論館長は初めて見るわけではないので、驚く事なくそのガラスケースの前に。
「本当に、託せる人に出会える日が来るとは思ってもいませんでした。先祖の、ケイルの願いを叶えてくれる方々に出会えるとは思ってもいませんでした。――貴方達なら、先祖もきっと納得してくれるでしょう」
そのままゆっくりと館長はガラスケースを持ち上げ、カリバーンを手に取り、一緒に飾ってあった鞘に仕舞う。両手で優しく持ち上げる様にカリバーンを持つと、ゆっくりと振り返る。
「どうか正義の為に、皆の為に、弱者の為にこの剣を。それが、私の先祖の……ケイルの、願いだったはずです」
そして、ライト達に向かって、カリバーンを差し出した。
「約束しますわ。私達は、聖剣の名を汚す事の無い様、その力を預からせて頂きます。――ローズ」
「はい!」
代表してエカテリスが館長の気持ちを受け取ると、直接受け取る存在、使用する者――勇者であるローズを促す。ローズも意図を察し、いつも通り元気な返事と共に、館長の下へ歩を進めて――
『見 ツ ケ タ』
「!?」
さあ受け取ろう、としたその瞬間、その言葉が聞こえた。それはいつもライトがエクスカリバーと会話する時、エクスカリバーが脳内に直接語り掛けて来る感覚と同じ。――だが違う点が二つ。
「何、今の……変な声聞こえなかった?」
「俺もだな、頭に響く感じで」
「アルファスさん、私にも聞こえました。ハッキリとは聞こえなかったですけど、でも何か響く様な」
一つ目は今回聞こえたのはライトだけではなく、部屋にいる人間全員。ライトよりも戦闘能力の低いセッテにまで聞こえている。
「しかも……あまり気持ちの良い声ではありませんでしたね。重く暗いというか。基本私はいつでも精神関与されない様にしているのですが、それを掻い潜って、しかも何か剥き出しな物を感じました」
「私も魔力でガードしようとしましたが駄目でした。――マスター、何か嫌な感じ。もしかして、エクスカリバーと話をする時っていつも」
「いや、感覚は似てるんだけど、こんなに重く引っかかる様な感じじゃない」
勿論ある程度聞き慣れたエクスカリバーの声でも無い。――円満に終わりかけていた儀式が、不穏な空気に染まり始める。
『逃 ガ サ ナ イ』
「っ!」
そして二回目の言葉。
「あ、アルファスさん、今度はハッキリ聞こえました! そ、その」
「落ち着け。――絶対に俺の傍を離れるな。俺の指示に従え。いいな」
セッテが怯えながらアルファスに助けを求める。流石のセッテも冗談が言える空気ではない。それ程までに、この部屋が重く何かが圧し掛かっているかの如く。
「でも……エクスカリバーじゃないとすれば、考えられるのって」
レナが誰もが到達しかけていた言葉を一番に口にしようとした、正にその時だった。
『ユ ル サ ナ イ !』
「があああああぁぁぁ!」
「っ! 館長さん!」
三回目の言葉が聞こえたと思った直後、館長が発狂した。今までの声とはまるで別物の声でモンスターの様に叫ぶ。
「館長さん、カリバーンを手放して! 直ぐに――」
「うああああああああ!」
ライトの遅すぎた警告と、二回目の館長の雄叫びはほぼ同時。そして、激しい轟音と爆発共に部屋が光に包まれるのであった。




