第三百四十八話 演者勇者と聖剣7
「――出来た!」
その喜びの声と共に、私の意思は生まれた。私の運命は、定まった。
「お前は最高の剣だ! 誰にも何にも負けない、無敵の剣だ! 誇っていいからな!」
自信満々でそう告げる彼の想い。嫌いじゃなかった。作って貰って、自分を誇りに思ってくれるなら、その想いに応えよう。――そう、思っていた。だが。
「クソッ……何でだ、どうしてこんな事に……!」
その時間は長くは続かなかった。彼の腕も、私の力も、予想よりも遥かに圧倒的だった。圧倒的過ぎたのだ。誰も扱えない。扱おうとした人間は壊れていく。
最初から誰にも持たせないという前提ならばまた違っただろう。だが彼は多く公表し、そして多くに持たせ過ぎた。そして――全てを壊していった。
別に誰かに持って貰えなくても良かった。彼が嬉しそうに誇らしげにしているのを感じられたら、それだけで十分だった。
「……出来、た」
そして彼は自分を追い詰めた。その失敗を糧に、その上を目指した。届くはずのないその上を、命を懸けて目指した。そして――辿り着いた。
「これで……これで、今度こそ、証明出来る……」
その代わりに、色々な物を彼は失った。家族を失い、時間を失い、信頼を失い、
「……後、は……っ!? ごほっ、ごほっ! がはっ……!」
そして最後に、命さえ失った。
私は何の為に存在しているのだろう。私は何の為に意思を持ったのだろう。私は何の為に。
全てを壊す為だけに存在しているのなら、もう、誰にも持たれたくない。
そう、私は――
「この鉱山ですね」
ネレイザが地図を見ながら確認する。――翌日になり、魔剣の調査を開始。まずは武器鍛冶ガーディで入手した情報を元に、隠しルートで魔剣を作る為に必要な鉱石群を見に行く事に。
「サラフォンかドライブ、連れてくれば良かったかな」
サラフォンはその手の素材に目が無いし、ドライブは騎士団に入る前は鉱山の街で暮らしていた。ノウハウはあるだろう。
「ドライブ君は兎も角、サラフォンはどうだろ? 珍しさのあまり鉱山から帰ってこなかったとか鉱石を舐めまわしてお腹壊したとか」
「レナ、それは流石にサラフォンを……馬鹿に、その……し過ぎ、だと思わない事もない」
「なら語尾を強めなっての」
だってちょっと想像出来ちゃったんだもん。
「ライト、心配いりませんわ。ライトの師匠は、誰で普段何をしてると思ってますの?」
「あ」
そうだった。エキスパートがいるじゃないか。こんな時の為に来て貰ったんだ。
「アルファスさん! 鉱石を舐める位なら私を舐めて下さい!」
「安心しろ両方舐めねえ」
兎にも角にも、アルファスの存在の大きさを再確認出来たライトであった。
「エクスカリバー、何かあったらいつでも言ってね」
一方のローズは相変わらず一生懸命エクスカリバーに語り掛けていた。未だ返事を返した事は無い。――どうしてそこまで語れないのか。ライト自身には中身こそ説明してくれないが警告程度はしてくれるのに、何故にローズにはあそこまで頑なに口を開かないのか。そこにまだ知らない何かがある気がしてくる。
「ライト君、何かあったらいつでも言うね。鉱山は寝る所無さそう残念」
「俺の横は逆にそういうのを我慢する事を覚えようか!」
「ライト君には隠し事しないって決めたんだもん」
「ニュアンスが違う!」
逆にこちらは何か一言言わないと気が済まないのかもしれない。そんな気すらしてくる。
「オホン!――では出発しましょう。常日頃から利用されている鉱山らしいので、モンスター等の危険はないと思いますが、警戒は怠らない様にしましょう」
ネレイザの咳払いとその出発の合図で、ライト達は鉱山へ。確かに既に開拓された後も多く、歩き難いといった障害も無い。
「っつってもセッテ、お前は無理すんなよ。お前は一人だけ完全に一般人だからな。まあ最悪歩けなくなったら俺が棺桶に入れて引っ張ってやるけど」
「普通におんぶだっこの選択肢は無いんですか!? 私何処の勇者パーティのレベル上げ失敗者ですか!?」
セッテ、教会でお布施を払って復活。……じゃなくて。
そんな他愛のない会話をしながら歩いていると、
「あの武器鍛冶のオーナーから聞き出した秘密通路の場所はこの辺りですわね」
目的地の隠し通路に到着……したらしいのだが、全然その隠し通路が見当たらない。一本道で行く道来た道しか無い。
「恐らく……これ、でしょうか」
と、リバールが不意にしゃがみ込み、足元にあった掌サイズの石を握り、回す様に捻る。すると――ガココッ!
「うお」
音と共に壁だと思われてた箇所が開き、道が現れた。――隠し通路があるとわかっていたとはいえ、流石のリバールである。
方向転換し、その隠し通路へ。通路側にもギミック用の石があったので念の為他の人が入れない様に一度道を塞ぐ。そのまましばらく歩くと、パッ、と大きく開けた場所に出る。採掘場だろう、色々な光を放つ鉱石が――
「ライト君、迂闊に触んないでね。一応危ない感じもするから」「セッテ、お前は不用意にその辺のモン触るなよ。何かあってからじゃ遅え」
――あったのだが、直ぐにライトとセッテにレナとアルファスから忠告。
「魔剣の材料って……やっぱり、そんなに危険なんですか?」
真剣な注意に、流石のセッテもふざけず、真面目な質問をした。
「普通は触った位じゃどうにもならねえけどな。ここは何かきな臭い感じがするんだよ」
ふーむ、といった感じでアルファスも辺りを見渡す。
そのまま各々、とりあえずの探索を開始。ライトはレナに付き添われ、セッテはアルファスに付き添う。
「その武器鍛冶の店の人達が入ったせいでしょうね、新しい痕跡ばかりで……何か古い手がかりでもあれば」
「こう魔剣に使える程の鉱石が多いと、魔力の感知も若干の違和感を感じますわね……」
「もしかしたら隠し通路がここだけではない可能性もあります。ある程度探して何もない様であれば、私は更に踏み込んで捜索を」
ネレイザ、エカテリス、リバールも少々苦戦気味。
「……うーん」
一方でローズが一人、何処か明後日の方向に向かってゆっくりと歩いていく。
「ローズ、どうした?」
「あ、師匠。こうやってエクスカリバーを持ってると、何となくこっちに進んだ方がいい気がして」
ローズはエクスカリバーを前に差し出す感じで両手で持っていた。最早エクスカリバーがコンパスかダウジングの為の道具に見えてきた。またダイナミック入室をしなければいいが……と思っていると。
「あ……もしかして、ここかな」
ピタッ、とローズの足が止まった。
「今度はどうした?」
「何かエクスカリバーが反応した気がしたんです」
そうは言っても周囲には特別な風景は何も無い。――いや、待てよ。
「リバール、ちょっといいかな!」
そこでライトはリバールを呼んで、辺りを調べて貰う。すると直ぐに、
「これですね。……中々の隠蔽具合です、これは」
ガコッ、という音と共に近くの壁が動いた。ここに入ってくるときのギミックよりも数段上の難易度だった様子。――リバールが居なかったら一向にここに辿り着けなかったかと思うとその存在に安堵した。
「ただこの先は、私の技術とはまた違う物になりそうです」
壁が動いた先には一枚のドア。ノブを回しても開く様子がない。つまり鍵がかかって――
「――え、ちょっと待って、鍵かかってるのに鍵穴ないぞこのドア」
――いた気がしたが、開かない理由は鍵ではなかった。何せ鍵穴が無い。つまりリバールの技術外の問題になってしまった。内側からだけ鍵をかけているのだろうか。
「マスター、それだけじゃない。特殊な魔力で包まれてるわこのドア。これが三百年前からだとしたら相当の技術だし……余程、誰かを無許可で入れたくなかったのかも」
ネレイザが手をかざしてその魔力を感じ取る。かなりの技術により封印されたドア。ただ逆に言えば、この先に何か重要な物がある事への裏付けにもなる。
「エクスカリバー。ここに、貴方の答えがあるの?」
ローズが再びエクスカリバーに語り掛ける。相変わらずエクスカリバーは答えない。
「大丈夫。貴方にどんな秘密があっても、私は逃げないから」
それでもローズは諦めない。そう声をかけて、意を決して封印されたドアのノブを握った。――カチャッ。
「開いた! 皆さん開きました!」
謎の封印により開かないと思われたそのドアだったが、ローズがドアノブをゆっくりと回すと普通に開いた。勇者だからか、エクスカリバーを所持しているからなのか。
「…………」
「ん? どしたんライト君」
「いや……何でこのドア、開いたんだ?」
「それは入ってみないとわからないし、入っても解明出来るかどうかわかんないでしょ。ローズちゃんが勇者だからなのか、エクスカリバーの力なのか――」
「エクスカリバーはローズに持たれる事を拒んでるなら、ここを開ける必要性はないし、間接的にローズを導く必要はないだろ。その程度のコントロール、出来たはずだ」
「……あ」
ローズと出会ってから、頑なに持ち主をローズにする事を拒んでいたエクスカリバー。絶対に持たれたくないならヒントのヒの字すら与えなければいい。だが今回、明らかにエクスカリバーの力でこの部屋も見つけ、開かせている。この行動は矛盾だ。
調べなきゃいけないが、調べてはいけない。そんな気がしてくる。過ぎるエクスカリバーの警告。――この部屋に、知ってはいけない何かがある……!?
「晩年、亡くなるギリギリまでここで暮らしてたのかしら」
その間にもメンバーは先行して部屋に入り、探索を開始。――流石に三百年の年月は部屋を劣化させるには十分だったが、でもしっかりと形としては残っている。
「鍛冶部屋も見つけたぜ。間違いないな、確実にここで何かを作ってた。恐らく三百年前だったら相当の鍛冶道具だっただろうな」
アルファスが鍛冶台や道具、炉などを見ながら現役鍛冶師としての意見を述べる。――ここで、エクスカリバーは作られた。その対なる魔剣も作られた。始まりの場所。
「これは……手記、でしょうか。数冊程棚に……っ!?」
本棚らしき物を調べていたリバールが突然驚きの表情になり、顔を強張らせる。――いつでも冷静沈着なリバールのあそこまで驚く顔は珍しい。その手には一冊のノートらしき物。
「リバール、どうしたの? そのノートに何が書かれてるの?」
「……姫様。私達は、大きな思い違いをしていた様です」
「え……?」
その様子に全員気付き、リバールの下へ集まる。リバールがゆっくりとエカテリスにそのノートを手渡す。勿論全員がそれを覗き見する。
「な……っ」
そして全員、それを見た直後漏れなく衝撃を受け隠し切れなくなる。そのノートには、タイトルが書かれている。――タイトルは。
「『聖剣カリバーンと魔剣エクスカリバーについて』……!? つまり」
エクスカリバーは、そもそも――聖剣では、無かったのだった。




