第三十三話 演者勇者と魔具工具師3
「お? 団長じゃねえか、どうしたよ?」
時刻は早朝、朝食前。ライトがまだ人気のない訓練場で素振りをしていると、ソフィが姿を見せた。――相変わらず訓練場だと自動で狂人化するらしい。
「お早う。ソフィの訓練程じゃないけど、時間のある時は朝、素振り位はしておこうって思ってて」
ライトの手には愛剣となりつつあるアルファスから渡された剣があった。
「自主的にか。流石、そういうとこ真面目だな」
「ソフィは? 早朝訓練の帰り?」
「いや、途中だ。今日は素振りに魔力込めようと思ってな。流石に魔力込めて素振りするのは訓練場でやらねえと――と、「私」が思って足を運ぶと基本こうなる」
「成程」
今のソフィは「別に早朝ならちょっと位構わねえだろ」と思っている顔だが、普段のソフィが足を運ぶ以上結局こちらで毎回やっている、といった所か。
「ま、今日は団長しかいねえけど、偶に早朝から訓練してる奴とかいるしな。時々そういうのとっ捕まえて模擬戦とかしてるぜ」
「模擬戦か……」
毎日訓練を続けていると、自分の実力を測りたくなるのが性、というものではある。自分が弱いままなのは認識しているが、何もしていなかった頃に比べてどの程度「弱いまま」なのか、気にはなる所であった。
「あー、でも団長とはまだ模擬戦出来ねえな」
「ああ、やっぱり?」
「あ、誤解すんなよ、団長が頑張ってるのは知ってる。ただアタシ、手加減とか防御専門とか苦手でさ。全力でやって団長大怪我させるのはアタシも「私」も嫌だから。――だからさ」
「うん?」
「今は無理でも、もうちょい団長が強くなったら模擬戦、やろうぜ。団長はちゃんと強くなれる。アタシ、楽しみに待ってるからさ」
「わかった。頑張るよ、相手して貰えるように」
「うん」
慰めとかではなく、本気でそう思っている力強い目だった。――その期待に応えたい。ライトに、また一つ、訓練を頑張る理由が出来た。
「レナなんかは受け流しとかそういうのちゃんと出来るんだけどな。ただあいつ訓練とかしてんのほとんど見た事ねえ」
「そういえば、休みの日はぐうたらするのが好きって言ってたしなあ」
ライトとしても、レナが張り切って訓練している姿は想像し難かった。
「才能だけであの能力があると思うと恐ろしくなるぜ。底が知れねえわあいつはホント」
「見えない所で努力とかしてるのかも」
「本気でそう思うか?」
「…………」
護衛の依頼等、要件があって探すと必ずと言っていい程部屋でごろごろしていた。――してなさそうだ。その考えが顔に出ていたか、ソフィが笑う。釣られてライトも笑った。
「さて、喋ってても仕方ねえ、さっさとやるかな。――団長、飯まだだろ? 終わったら一緒に食おうぜ」
「うん」
こうして、一定距離を取り、それぞれの武器を改めて手にして、素振りを始めると、
「あ、え、お、お早うございますでございます。ご機嫌麗しゅうですます」
少しして、あまりこの場に似合わない人影が。
「サラフォン?」
ボサボサヨレヨレでお馴染みとなってきた(!)サラフォンだった。――いつでもボサボサヨレヨレというのは本当らしい。今も見事にボサボサヨレヨレであった。
「あ、あの、精一杯邪魔にならないようにするので、ボクも訓練場、使わせて頂けてくださいです」
そして相変わらずライトに対して過剰な恐縮は続いていた。嘘かと思える位言葉使いがおかしい。
「構わないよ、別に俺達専用の訓練場じゃないんだし」
「寧ろアタシ達しかいないのに邪魔になるわけねえだろ。――どうせいつものだろ?」
「あ、はい、人がいない時間帯にやりたいので。では、失礼します」
そう言ってペコリ、と頭を下げると、サラフォンは離れた箇所に移動、持っていた荷物を下して何か作業を始めていた。
「ソフィは結構訓練場でサラフォンと会うの?」
先程の言葉からして、ソフィがサラフォンと時折この場で会うことが伺えたのでライトは素直に尋ねてみた。
「この時間被る事が時々あるな。アタシは団長に説明した通り早朝でここで斧振る時があるし、あいつはあいつで人気のない時間帯を選ぶからこの時間帯になる。結果としてな」
「でも、サラフォンって魔具工具師だよね? 工具師も訓練ってするもの?」
「普通はしないし、あいつのは訓練って言うよりか……まあ、始めるみたいだから見てみた方が速いぜ」
そう言われたので、ライトは一旦手を止め、さり気なくサラフォンの様子を伺うことにした。――ジロジロ見てたら緊張で倒れたりし出すかもしれない、という配慮が込められている。
「よいしょっと」
ガシャン、ガシャン!――機械音を響かせてサラフォンが組み立てたのは、
「銃……?」
先日魔具工具室で見かけた片手で持てるハンドキャノンとは違い、両手でしっかりと持つタイプの銃だった。スコープも付いている辺り、遠距離狙撃用だろうか。
「ふーっ……」
「!?」
そしてサラフォンが大きく息を吹いて、銃を構えた時、ライトの「さり気なく様子を伺う」から「さり気なく」が消えた。サラフォンの周囲の空気が整っていくのが、素人のライトにも伝わってくる。見た目はボサボサヨレヨレで同じのはずなのに、まったくの別人に感じてしまう程だった。
「中々のモンだろ。アタシとしては、魔具工具師だけにしとくのは惜しい才能だと思う。まあ、普段のその他が足を引っ張ってるってのもわかるけどな」
ソフィの解説。完全に認めている――つまり、「戦闘向け」の才能は、本物ということらしい。
ズバシュッ!――サラフォンが引き金を引くと、整った高密度の魔法波動が綺麗に放たれる。ライトには細かくはわからないが、やはり結構な威力であることは伝わる空気で感じ取れた。確かにこれはその辺ではい、じゃあちょっと、では撃てないだろう。それ程の威力である。
ズバシュッ、ズバシュッ、ズバシュッ!――そのまま連続で放たれる魔法波動。高威力だと思われるのに連発、更に銃を放つサラフォンにも銃の反動があるはずなのに、まったくブレることなく綺麗に立ったまま連発している。
その時間がどれだけ続いただろうか。実際にはほんの一、二分なのだが、ライトは時間を忘れて見ている感覚を覚えた。まるで競技を見ているような美しいスタイル。それをサラフォンの射撃から感じた。――素直な、感動である。
「うん、ちゃんと調節出来てるな……後は、もう少し軽量化を……」
撃ち終えたサラフォンが銃を下ろし、銃を色々弄り始める。やはりというか、自分の作った銃の試し撃ちに来ていた様だった。――が、ライトはそんな事はどうでもよくなっていた。
「凄いじゃないか、サラフォン!」
「ひゃうっ!」
気付けばサラフォンに近付いて、興奮のまま話しかけていた。――元々あの日、部屋でハンドキャノンを見た時から興味はあったが、まさかここまでの品物と実力とは思わなかった。
「何て言うか、色々あるけど、その銃も撃つサラフォンも凄い格好いいな! 見てて感動したよ!」
「わかってくれますか!?」
そしてやはり銃の話をすると、サラフォンから緊張というのはぶっ飛ぶらしい。目を輝かせて流暢に喋り出した。
「これは中距離の攻撃は勿論、遠距離への狙撃も可能にしたんです! スコープを使って正確に標準が合うようにするのに苦労したんです……普通の弾丸と魔法波動じゃ質が違うから……でも、今回の調整で上手くいきました! そうだ、持ってみますか?」
「いいの?」
「はい! 魔法波動をこれで撃つのはコツがいるので無理かもですが、持つだけなら」
銃を手渡され、持って構えてみる。実際持ってみるとわかるが、結構な重たさだった。これを持ってブレずに射撃をするサラフォンにも関心したが、
「うん、やっぱり格好いいな。浪漫だよ、憧れだよなあ」
というのが先にきた。不謹慎かもしれないが、これを持って戦う姿を想像したら気持ちが興奮した。
「そうなんです! 勇者様がわかってくれて嬉しい……勇者様……あっ!」
そして何かに気付いたような言葉を発すると、不意にその流れでサラフォンがライトに向かって土下座をした。
「も、申し訳ございません、つい勇者様に向かって! お、お許し下さい!」
不意に興奮が冷め、緊張が襲ってきたらしい。――毎回会う度にこれではキリがない。
「サラフォン、聞いて。俺、本物の勇者じゃないんだ」
「本物じゃない……か、影武者ですか!?」
ズルッ。――そういう発想で来るのか。ライトは滑りこけそうになる。
「ボク、試されてたんですね……! つ、つまり、本物が何処かで監視……あ!」
ズダダダダ、ガバッ!――サラフォン、ダッシュで移動、再び土下座。
「ソフィさん、勇者様だったんですね……! 普段のあの気品あるお姿は勇者様だからこそ……!」
「いえ、そうではないです。団長はそういう事が言いたいのではなくてですね……」
相手はソフィだった。土下座されて気を抜かれたか、ソフィの狂人化も解けていた。
「ソフィさんでもない……となるとここにいる人間で残っているのは……ボク!? ボクが本物の勇者でボクを見張っている……!? つまりボクはボクに対してでもボクはボクであってボクが」
「落ち着けぃ! どういう理論だよそれ! ちゃんと説明するから話を聞いて!」
「え?」
ハルはいつもこんな感じなのかな、大変だなあ。――サラフォンを落ち着かせながら、何となくライトはそんな事を考えてしまった。
改めてライトは簡単に自分が演者勇者であることの説明をする。――軍の人間なら経緯を説明してもいいよな、寧ろ何故知らないのか。まあでも今までの流れからすると知らなくても驚きはないけど。
「だから、そんなに畏まる必要ないんだよ」
「で、でも、それでも国王様が認めた勇者様ですし、ハルも」
「任務が終わったらただの人だよ。それに……ハルとも、この前ちょっと踏み込んで仲良くなれた。だから気にしないで、何だろう、同じ感覚を持つ友達……位の気持ちでいいよ。何なら別に敬語だっていらないし」
ハルが悩んでいたのを思い出した。その悩みに、サラフォンと自分が仲良くなって、少しでも現状打破に繋がれば。また、それとは別に単純に銃に浪漫を追い求めるサラフォンと仲良くなりたいと思ったのだ。
ハルの名前を出されて気持ちが落ち着いたのか、サラフォンが土下座から顔を上げ、遠慮がちだがライトを見る。
「同じ感覚の……友達……」
「そう。サラフォンの銃とか作った物とか、話聞いてみたいわけ」
「ボ、ボク、でも、ハル以外に喋れる人、いなくて」
「じゃあ俺が二番目になろう。サラフォンが嫌じゃなければ、だけど」
「嫌だなんてそんな! ボクも嬉しかったし……えっと……」
少し目を反らし迷ったが、やがて意を決したようにサラフォンは再びライトを見た。
「じ、じゃあ、ライトくん……とか……」
「うん、そんなんで全然いい。宜しくな、サラフォン」
「う、うん!」
少し遠慮がちだが、それでも嬉しそうな返事と共に、サラフォンは土下座を止めてくれた。――良かった、時間はかかったけど、普通に話せばわかってくれるじゃないか。
「そうだ、これから朝飯食べるんだけど……ソフィ、三人になっちゃってもいいよな?」
「勿論です。行きましょう、団長、サラフォン」
「うん!」
こうして、ライトは新たな「友人」とソフィと三人で、食堂に向かうのであった。