第三百四十七話 演者勇者と聖剣6
「いやー駄目だね、うん。これは厳しい戦いだよ」
図書館で四手に別れて探索中。ソロになった事で早速レナは眠気に襲われていた。冗談抜きにこういった作業は直ぐに眠気に繋がるタイプ。――本当に切羽詰まってないと駄目なんだよなあ。
「ライト君やローズちゃんの為に頑張ってあげたいし、ネレイザちゃんに怒られちゃうけど、ここで私を一人にしたのは判断ミス」
とりあえず本棚から離れ、休憩所で売っている飲み物を飲みながらベンチに座る。
「さてどうするかな。諦めて昼寝するかライト君と合流して頑張るかちょっと横になるか思い切ってがっつり寝るか」
もう一人で頑張るという選択肢は無かった。四択の内三つが寝ていた。――我ながら欲望に忠実だなー。
「よし、寝れそうな場所を探そう。途中でライト君かローズちゃんが居たら合流しよう」
口に出さないがネレイザと遭遇しそうになったら回避するという事である。脳内のネレイザが「せめて私に会っても諦めて頑張りなさいよ!」と怒っていたが見なかった事に。脳内のライトが「仕方ないなレナ、俺が後で起こしてあげるからな」と優しく微笑んでいた……いや誰よこれ。このライト君は偽者だわ。
そんな心の葛藤(?)の中、図書館を移動。運が良いのか悪いのか、誰にも遭遇する事無く随分と静かな場所に丁度良くソファーが設置されていた。――あ、これはもう駄目だわ。
ぽふっ、とソファーに枕を置いて、転がる。
「十分、いや十五分。そしたら誰か起こして」
誰も居ないのをわかっていて一応頼んでみる。横になれば、直ぐに睡魔が――
「……ん?」
――襲って来たのだが、同時に入った視界の先に、「関係者以外立ち入り禁止」の紙がぶら下げてあるロープ。そのロープの先には薄暗い通路と階段が見える。公共の施設、関係者以外が入れない場所があるのは当然なのだが、
(ロープに魔力が込められてる……普通の人じゃ乗り越えて入る事なんて出来ないし、入れても確実に感知される仕組みだ)
その仕組みは少々厳重になっており、レナは違和感を覚える。――図書館にここまで厳重に守る場所なんて普通いる?
「まー、今私が単独で踏み込む事でもない、か。――いざとなったら全員で来れば」
そう判断し、そのまま――十五分昼寝をするのであった。
「魔王を倒したかったら、エクスカリバーの事を調べたらいけない……?」
人払いをし、久々にエクスカリバーとの会話をするライト。だが内容は突然の警告であった。頭に響くその声が、嘘を言っている様にも聞こえず。
「どうしてだよ?」
『それを語ったら結果調べたと大差ないだろう』
それもそうか。
「でも俺達としては、ローズの事をお前に認めて貰いたい。ローズなら、お前の事を使いこなせるんだろ?」
『あの娘が頑張っているのは知っている。勇者としての才能に溢れているのもわかる』
「だったら――」
『それでも駄目だ。――あの娘に、私を握らせるわけにはいかない』
年齢の件は少し位我慢してくれよ、と駄目元交渉しようとしたが、その前にそう断りを入れられた。だがその断りは、今までの理由である「年齢」以外の何かを含んでいそうで。
『……あの娘だけではない。お前もよくやっていると私は思っている』
「俺も……?」
『ああ。勇者としての任を終え、今新たな立場を手にした。それはお前の努力の結果だろう。立派な事だ』
「ありがとう。でも、急にどうした?」
『そんなお前達なら、私の事を調べたり、そもそも私を使わなくとも道は切り開けるさ』
何処か寂しそうに諭す様に、そう告げるエクスカリバー。今までこんな事は無かった。ライトとしても流石に少し動揺する。
「……それでも」
でも、もう引き下がれない。今、そんな気がした。
「それでも調べたいって言ったら、どうするつもりだ?」
『私に止める権利は無いさ。あくまで警告だ。だが警告の意味はわかるな? 全てが駄目になる前に、止めておけ、という事さ』
全てが駄目になる? ここへ来てそんな事が起こるのか? エクスカリバーを調べただけで、そんな事になるのか? それじゃまるで破滅への一歩みたいじゃないか。演者勇者だった俺の為に力を貸してくれたこの剣は、そんな事を及ぼす物だったのか? だったら何故、俺に力を貸してくれた?
「お前の気持ちはわかった。警告は受け止める。――でも」
『でも?』
「俺は……俺達は、前に進むのを止めないよ。その先が破滅の一歩でも、その更に先を、ハッピーエンドの一歩にしてみせる」
「随分と不埒な伝説ですわね。魔剣を作ってその不の力を知らない人間に使わせて陥れるのが伝説ですの?」
武器鍛冶ガーディで発覚した裏の顔、そしてそれを暴いたアルファス。遅れてエカテリスも到着し、憲兵に差し出される前に直接話を聞いておこうという事になり、エカテリスが睨みを効かせる。
「……違います、この街に三百年前に居たとされる、伝説の鍛冶師の話です」
「!」
それはもしや、エクスカリバーを作った人間。エクスカリバーの物語の手がかり。
「その話を私達に正直に洗いざらい話しなさい。内容次第で罪が軽くなったり軽くならなかったりします。姫様は少なくとも喜びます」
お前それ絶対罪は軽くならねえだろ、とアルファスは思ったが勿論口にはしない。そしてオーナーは勿論信じて口を開く。
「三百年前、この街に神がかり的な腕を持った鍛冶師が現れたそうです。彼は武器鍛冶屋を開き、その店の品はとても品質が良く、とても繁盛した。でも研究熱心だったその鍛冶師はその現状に満足せず、更に上を目指した。その結果、彼は大よそ人が辿り着けない様なレベルに辿り着いてしまった」
「どういう意味合いですの?」
「一本の魔剣を作り上げてしまった。私達が作っている様な魔剣とはレベルが違い、意思を持ち、その一振りで全てを塗り替えるとまで言われた剣。鍛冶師は自らの最高傑作を喜び、大いに自慢、公表した。……ところが」
「そんだけの魔剣なら、持ち手を選ぶ。選ばれなかった持ち手は破滅。そうだな?」
アルファスのその問いに、オーナーは頷く。
「何人もの手に渡ったが、その持ち手漏れなく全ての人間が闇に堕ち、消えていった。魔剣はいつか行方知れずとなり、当然作成者である鍛冶師に大いに批判が集まった。自らの最高傑作を貶され、苦しんだ彼は、その魔剣を打ち破る為の剣を、命を削って作り上げたそうです。だが彼は、その剣の完成直後、亡くなった。汚名を晴らす事も出来ず、残された剣は聖剣と呼ばれ、消えた魔剣を打ち破る為にこの街の何処かに眠っていると」
「…………」
エカテリス達は無言でつい顔を見合わせてしまった。――彼の話が本当ならば、聖剣エクスカリバーは魔王を倒す為の剣ではなく、作成者が作り上げた魔剣に対抗する為に作られた剣だったのだ。
「私が見つけたのは、魔剣の源となったと思われる鉱石類が眠る場所です。隠れたルートを見つけて、その先にある不思議な感じがする鉱石を使うと、店で作っている魔剣が出来る様になったんです。きっと、三百年前に伝説の鍛冶師が残した物ではないかと」
「それじゃ、情報を照らし合わせて整理してみましょう」
夕刻頃になり、一向は宿に帰還。菓子ブルネアでのおみやげを食べながら、それぞれが得た情報を話す。
「――というわけで、菓子ブルネアが昔は武器鍛冶の店で、そこでエクスカリバーが作られた可能性がある」
ライト達からは、エクスカリバーが意図的に菓子ブルネアに飛び込んで来た事、店のロゴに隠されたマークからの推測を説明。ただ現オーナーは過去については知らなかった。その足で図書館に行ったが、
「その鍛冶師やエクスカリバーに関して書かれている本はありませんでした。この街にとっては大きな出来事では無かったのかもしれません」
図書館の成果が無かった事をネレイザが報告。そう、そちらに関しては何の手掛かりも無かった。――ちなみにレナは見事な程にネレイザに発見されていた。図書館なのでサイレント怒号という謎の説教を受けていた。
「そうなってくると、こちらで聞いた話との差が生まれてきてしまいますわね」
そのまま今度はエカテリスがアルファス達と合流して行った捕り物、そしてその時に語られたこの街に伝わるとされる伝説を説明。
「一般人は知らないが、業界人は三百年経ってもその歴史を知ってたって所だろうな。なまじ技術があるもんだから発見して直ぐに魔剣作りに走ったってとこだろ」
「アルファスさんは格好良かったんですよ! 啖呵を切って、こう悪人達を! そして私に愛を!」
「俺の話は今いらねえだろ! しかも誇張すんな!」
必死にアルファスの活躍を説明しようとするセッテをアルファスが抑える。
「でも、その伝説が本当なら、エクスカリバーは」
「魔王を倒す為の剣じゃなくて、魔剣を打ち破る為に作られた剣って事になるのか……」
流石のハインハウルス調査隊もその三百年の歴史で食い違ってしまった情報を信じてしまったのだろう。しかも特殊な力があるのは事実だ。そして、
「頑なにローズに持たせないのも、もしかしたらローズが普通に持ったら魔王討伐に出発して、魔剣を打ち破るっていう目的から遠ざかるからかもしれないな……」
「……エクスカリバー、そうなの?」
ローズが持ち上げて、エクスカリバーに問いかける。――エクスカリバーは答えない。ライトと図書館で言葉を交わした後、また無反応になってしまっていた。
「エクスカリバー、目的があるなら言ってくれていいんだよ? 私は貴方に力を借りるんだもの。貴方のしたい事も叶えて当然。――一緒に、エクスカリバーを作ったご主人様が託した願い、叶えに行こう」
エクスカリバーは、やはり答えない。その無言が肯定なのか否定なのか。現段階で知る術は無い。
(どうして黙っている……? 黙っていれば、俺達が動くのは想像がつくだろ……?)
勿論エクスカリバーが止めても、調査は続けるつもりだった(現にライトは釘を刺されている)。でもどうしても止めたいのなら、もっと実力行使に出たり、意見をもっと出してもいいはずなのに、エクスカリバーはまた何も言わない。
エクスカリバー。聖剣。――何かを、まだ隠している……?
「ライト君?」
「あ、大丈夫。――とりあえず手掛かりは見つかった。ここで終わりじゃない」
「ライトの言う通りですわ。――明日からは、魔剣について細かく調べてみましょう」




