第三百四十四話 演者勇者と聖剣3
私は剣である。世にも珍しい、意思を持つ剣である。――実際に珍しいかどうかは知らない。ただ自分の周囲に意思を持つ武具を見た事がないだけだ。なので恐らく珍しいのだろう。
だが、意思を持ってしまったとしても、私は剣だ。剣とは、何かを斬る為に存在する物。あれは斬りたいがこれは斬りたくないとか、持ち主に対する忠義だとか裏切りだとか、そんな物は存在しない。
私とて――本来は、そういう品だ。私の切れ味を見て、普通に使ってくれたらそれだけで良かった。
だが人々は、あの日、私の事を――と呼んだ。私はただ剣として、持ち手の操るままに斬っただけなのに、いつしか――と呼ばれる様になり、そして誰も持たなくなった。
それが人々の答えならば、私はそれに従おう。そう決めて、私は鞘で眠る。
そして、長い長い月日が流れ、いつの日か、私は――
商業都市アイアコル。ハインハウルス王国内でも数百年の歴史を持つ大きな商業都市であり、その規模も大きく、交易も多く発展した都市である。文献によればそこで三百年前にエクスカリバーは誕生した。そのルーツを調べにライト達は向かっている。
ライト達と言っても流石に全員で向かう程の案件ではないので、ライト、レナ、ネレイザの三人、勇者ローズ、国一番の勇者博識家であるエカテリスとお付きのリバール、そして、
「私、アイアコルは行った事ないんです! 観光名所とか名物とか沢山あるんですって! 楽しみですね、アルファスさん!」
アルファスと、セッテの計八名――
「いや待て。俺は相当重要な依頼だからどうしてもって言われて半ば強引に連れてこられたんだが全員物凄いリラックスしてるじゃねえか。何だこれ」
「あ、すみません、武器屋鍛冶屋に関する事なんでアドバイス欲しいなって思ったら国王様が連れて行っていいって」
「あのオッサンめ……! 百歩譲って俺はあのオッサンに国レベルの招集喰らったがセッテは何で居るんだよ!?」
「私はアルファスさんの保護観察対象なのでアルファスさんの視界の外に出られないじゃないですか。フロウさんとスティーリィにお土産も頼まれましたし」
「何で俺の前にあの二人は知ってるんだよ!?」
――改めてその腕を見込んでヨゼルドに推薦されたアルファスと、更にヨゼルドが「偶には一緒に旅行にでも連れていきたまえ」の気分で許可が下りたセッテ、合計八名である。現在馬車で移動中。
「まあいい。ここまで来て帰るとは言わねえ。さっさと終わらせるぞ。そのエクスカリバーのルーツが探れればいいんだろ?」
「はい。この子の事ちゃんと知れたら、私も改めてどう接するのが正解なのかがわかる気がするんです」
ローズは今も(半ば無理矢理)セッテ作成長剣用抱っこ紐(?)でエクスカリバーを背負っている状態。本当に赤ん坊をあやす様に持ち歩いている。全然剣じゃない。
「アルファスさんには申し訳ないですが、どんなに早くても日帰りは無理です。なので、まずは宿を手配して、そこから数手に別れて調査がいいと思います。地図等も必要でしょうし。――マスターも王女様も、構いませんか?」
「うん」「構いませんわ」
「コミュニケーションならセッテにお任せ、私も戦い意外なら戦力になりますね!……ハッ、私の立場上、宿はアルファスさんと二人部屋……!」
「アホか。この面子で俺の監視いらねえだろ。俺は普通に男同士でライトと二人部屋だ。流石にレナだっていつも部屋は――」
「あ、遠征先はライト君と私、結構一緒の部屋。護衛だし。今回も特に意義が無ければそうなります」
…………。
「アルファスさん。私、シャワー浴びてきます」
「気が早えよってそこじゃねえツッコミ所は! 意義ありだ! 要は部屋にいる間はレナの代わりにライトを俺が守れば問題ねえんだろうが!」
「でもその場合、ライト君が色々抑えきれなくなった場合の処理が」
「そんな機会今まで一度も無かったよ!? アルファスさんにまで誤解を広げるの本当に止めて!?」
一緒の部屋に泊まるとレナは本当に気にせず着替えだしたりするので時折色々大変なのは余談。
そんなこんなで宿に到着(ライトはアルファスと同室になった)、少しの休憩後、早速商店街の方に出てみる事に。パーティはライトとレナ、ネレイザとローズ、エカテリスとリバール、アルファスとセッテの四組に別れる。
「これが地図とパンフレットを兼ねた物らしいです」
出発前、ある程度の方向を決めておく為に軽く会議。ネレイザが宿で貰って来たパンフレットを各々に配る。
「流石歴史ある商業都市、武器屋鍛冶屋も一つ二つじゃありませんわね」
「でもエクスカリバーは三百年前に作られたんだから、それだけの歴史がある店って考えれば絞れそうだ」
そう言いながらライトも各武器屋鍛冶屋をチェック。成程伝統ある店も多く、五十年続く店、百年続く店、二百年続く店。
「……あれ?」
が、そこまでだった。二百年続く店はあるが、それ以上――つまり三百年以上続いている店が無い。そうなると、エクスカリバーは一体何処で誰に?
「とりあえずここで情報無しに推測していても仕方ありませんわ。予定通りの組に別れて調べてみましょう」
「まーそりゃ三百年あったら色々あるでしょ。震災で店が無くなって閉店したかもしれないし跡継ぎが出来なくて途絶えたかもしれないし」
「それもそうだな……」
こちらお馴染みライトとレナのコンビ。パンフレット片手に街を探索中。
「一番近くの武器屋に行ってちょっと話訊いてみるか……あ、でも図書館もあるな。ここで歴史とか調べられるかも」
「ライト君ここは? 三百年続いてるって書いてある」
「あ、本当だ……伝統の味を三百年守り続けています……ってお菓子屋だよここは! 武器と真逆の店!」
「いやーわかんないよ? 武器一本で暮らしていけなくなって趣味だったお菓子も売り出したらそっちの方がヒットして長い年月の間にお菓子一本になったかもしれないじゃん。後お菓子食べたい」
「最後本音隠さないのをある意味褒めてあげたくなるわ!」
だが三百年の歴史があるのは大きい。何かヒントがあるかもしれないと一応足を運んでみる事に。――五分程そのまま歩くと、「菓子ブルネア」と書かれた看板と中々に大きな建物が見えて来る。お持ち帰り、イートイン、更に軽食もある様子。
「いらっしゃいませ! 店内で召し上がりになりますか?」
「あ、いえ、俺達は」
「二人で」
「畏まりました、あちらの空いてるお席へどうぞ!」
…………。
「おい」
「いやータダで話訊くのも悪いじゃん。こういうのって、チップじゃないけどしてあげた方がお互い気分良いでしょ。後このドーナツ美味しそう」
「だから最後の本音!」
そんな会話をしつつ、気付けば二人で席に座っていた。――ああなんて意思が弱いんだ俺は。皆ごめん。
「ご注文はお決まりですか?」
「私このドーナツとコーヒー。……あれ? このカップル限定メニューって何?」
「俺はこのクレープと紅茶で!」
何だか怖いフレーズが聞こえたのでライトは強引に遮った。――レナが嫌いってわけじゃない、寧ろ……いやそうじゃなくて。
「あの、俺達こういう者なんですが」
と、そこでライトは店員に軍の腕章を見せる。
「この店の偉い人っていうか、事情に詳しい人に少しお話を伺いたくて。ああ、安心して下さい、この店が何か悪い事をしてるとかそういう話じゃないんです」
そのまま出てきたドーナツとクレープを堪能していると、店主だと名乗る男が姿を現した。ライトが簡単に事情を説明。
「なので、三百年前の事とか、何かわかるかな、と思いまして」
「そうでしたか……確かに当店は三百年続く菓子店ですが、街の歴史や他の店、ましてや武器に関する事までは」
「そうですよね……すみません、お手数おかけしました」
「とんでもございません。ごゆっくりどうぞ」
店主は笑顔でお辞儀をすると、店の奥へと戻って行った。
「うーん、嘘は言ってないね。戦える様な人じゃないと思うし、お菓子の匂いしかしない」
「やっぱり大人しく他の武器屋か図書館をあたろう。これ食べ終わったら」
そう言って、残りを食べ始めた直後。――ガシャァン!
「!?」
突然近くの窓ガラスが割れた。ゴロゴロゴロ、と転がりながら人が入ってきた。何処かから吹き飛ばされて勢いで――
「ごめんなさい、ガラスは弁償します!……もう、駄目でしょ急に飛び出したら!」
――勢いでダイナミック入店してきたのは、他でもない、エクスカリバーを抱えたローズであった。
「アルファスさんって、他の武器鍛冶の人に対抗心とかってあるんですか?」
こちら、アルファスとセッテのコンビ。創業五十年とされてる武器屋を目指して移動中。
「別にねえな。そもそも商売にするつもりは最初は無かったし、今も商売の為にやってるわけじゃねえし。まあでも、ヴァネッサさんとかが認めてくれて役に立ててるならこの才能も悪くはねえとは思ってる」
何かが違ったら、今も剣聖として最前線で剣を振るっていただろう。――こうしてセッテと歩く事も無かっただろうな。人生わかんねえなホント。
「だから店入って俺の方が凄いとか騒いだら追放だからな」
「しませんよぉ」
「小声でも駄目だからな。ジェスチャーでも駄目だ。クイズでも駄目だ」
「もう少し信じてくれてもいいんですよ!?」
そんな会話をしてる内に見えてきた大き目の店舗。「武器鍛冶ガーディ」と書かれた看板を抱えたその店は、
「うわー、繁盛してますね」
「ああ。武器一本でこれだけ繁盛してりゃ大したモンだ」
人の往来も多く、一目見て繁盛しているのがわかる店だった。そのまま店内に。
「どうです?」
「まあ別に普通の武器だな。しっかりしてるが特別感は感じられない。――何でこんなに繁盛してんだ?」
数本剣を手に取って見てみたが、何処の武器屋でも買えそうなレベル。値段が特別なわけでもない。――と、
「アルファスさん、あのコーナーのせいじゃないですか?」
と、セッテが促す先には、「ワンランク上へ、ガーディ特別仕様コーナー」と書かれた場所が。確かにそのコーナーに人が賑わっている。そのまま二人でそのコーナーに行き、アルファスは一本剣を手に取って――
「――!」
「……アルファスさん?」
――直ぐに表情を変えた。とても厳しい物に。手に取ったその剣は……