第三百四十三話 演者勇者と聖剣2
「大人な女性の……条件?」
普通に城内を歩いていたら突然ローズにそう尋ねられ、ネレイザは戸惑う。――そんな事、考えた事など無かった。ファッションや自分のプロポーションに気は配るが、年齢を背伸びしようとは思わない。寧ろその若さが今は武器だと思っていた。
「はい、ネレイザさんって、まだ十代ですよね? それなのにしっかりしてて、何だか大人っぽいなって思って! 大人な女性に訊くのは当然ですけど、でも私に近い歳の人が大人っぽかったらより参考になると思って」
「!」
だがローズがネレイザを選んだ理由を聞いて、心が疼いた。――え? 私って大人っぽいの? それはそれで何か嬉しいかも。ふーん、そっか。私結構大人っぽかったんだ。
「意識はした事ないけど、でもマスターの事務官としてっていうのを意識してたら、自然とそうなったかも。やっぱりマスターに選ばれた以上、恥ずかしくない様にっていうのは常にあるわ」
なので少々見栄を張った。――事務官は紆余曲折あって志願したのをローズは知らない。
「成程……師匠の隣に相応しい立場っていう事ですね」
「ええ。事務官となると公私共に支えなきゃいけない所もあるし」
そんな事務官当たり前でたまるか、というツッコミは他に誰かいたら直ぐに入っただろう。だがここには軍の事務官の生態(?)を知らないローズしかいない。
「! ネレイザさん、プライベートでも師匠を支えてるんですか?」
「まあ自然とそうなったわ。好きな物とか大体把握してるし」
最初にアンケート無理矢理取って良かった。あれはちゃんと頭に入ってる。
「じゃあ、ネレイザさんをもっと見てれば、自ずと大人な女性に近付けますね! 明日から勉強させて貰います!」
「おはー」
翌朝。いつも通り、朝礼を兼ねて団員は団室に集まる。レナが団室に来た時には既にほとんどの団員が――
「ん? 珍しいね、ネレイザちゃんまだ?」
――来ていたのだが、ネレイザだけがまだだった。
「うん。珍しいよな」
実際、事務官に就任してからネレイザは日々一、二番を争う形で団室に来ていた。事務官としての責任感だろうか。
「まー、ネレイザちゃんだって寝たい日位あるよね。わかるわかる。私も寝よう」
「ネレイザを理由に来て速攻でソファーで寝ようとするのは止めなさい!」
何処からともなく枕を取り出して転がろうとするレナをライトは無理矢理座らせる。
「あの!」
と、そんな様子を見ていたローズが、
「レナさんって、師匠の護衛なんですよね?」
そんな質問をぶつけてきた。その手にはペンとメモ帳が。
「うんまあ、そうだけど。ちなみに護衛だから寝れるっていう特権とかはないよ?」
「その体制でよくそんな説明が出来るな!」
隙あらば再び居眠りチャレンジしようとするレナ、そんなレナにツッコミを入れるライトを他所に、ローズはメモ帳に「護衛は……」と呟きながら何かを書き込んでいる。
「あの、そうなると師匠の側近として特殊な役割を持ってるのって、護衛のレナさんと、事務官のネレイザさんのお二人だけですか?」
「名目上はそうだけど、俺としては皆頼れる仲間だし、上下関係とかそういうのがあるわけじゃないけど……どうした急に?」
「あ、いえ、今後の為の参考にしたくて!」
そう言いながらもやはりローズはメモ帳にペンを走らせている。
「……どうしたんだ? 何か俺変な事言ったかな」
「張り切ってるんじゃない? 折角勇者になってライト騎士団の一員になれて。やらせておいてあげたらいいじゃん。ライト君に取り入る為に愛人になる計画を立ててるわけじゃあるまいし」
「そうだな、レナじゃあるまいし」
「いや私は既にコンプリート」
「何を!?」
そんないつもの夫婦漫才をしていると、
「ごめんなさい、遅くなりました」
ドアが開き、入って来たのはネレイザ。
「本日、団としての活動予定はありません。ですが、いくつか個別のお話はあります。マスター」
「…………」
「マスター? どうしたの?」
「ああいや、ネレイザ今日はどうしたのかな、って思って」
珍しく最後尾での登場もそうだが、服装もピシッとした大人びたスーツであり、髪型もいつもと違う。
「別にどうもしないけど? 強いて言うなら、マスターの事務官として相応しくありたいと思っているだけ。――はいこれ、目を通して欲しい書類」
そう言ってライトの前に数枚の書類を置く。――不意に良い香り。ネレイザからだ。香水だろうか。
「ネレイザ、化粧品も変えました?」
「あ、ええ、その、はい」
ソフィからの指摘に否定は無い。要は、大幅なイメージチェンジだった。ライトとしてはまあ今時の女子だし色々あるのかな、と思っていると、
「成程……これがネレイザさんの本気なんですね!」
ローズが目を光らせて一気にペンを走らせていた。
「それで、これからどうするんですか!?」
「え? いや私はその、まずは見た目をって思ったからであって」
「大人なオーラでさり気なく……この先が気になります! 私も少しでもあやかれたら」
…………。
「あっはっは、大人なネレイザちゃんあっはっは」
「う、五月蠅い! 私だって無理があるって思ってたし!」
そして呆気なく事情がバレた。レナは遠慮なく大笑い。ローズに頼られてつい背伸びをしてしまった。そういう風に頼られる事が今まで無かったので嬉しくもあり、断り辛くもあり、期待を裏切りたくないのもあり。
「俺が言うのも説得力ないかもしれないけど、ネレイザは普段の方が何て言うか、ネレイザらしくていいと思う。普通に可愛らしい恰好とかお洒落な格好とかしてるよな?」
「! 本当に、マスター私の事可愛いって思ってくれてる!?」
「うん、いつもの格好が――」
「じゃあ着替えてくるわね! マスターが可愛いって言ってくれるんだもん、仕方ないかな!」
そしてネレイザは物凄い勢いで着替える為に部屋を一旦後にした。最早ローズの事を気に掛ける様子もなく。
「相変わらずライト君は罪深いねえ」
「え、普段の格好褒めたら駄目だったの?」
「あれは洋服以上の事と受け止めてるよ。ま、そこがネレイザちゃんの可愛い所だけどねー」
とまあ、ネレイザの事は置いておいて、本題は、
「ローズ、気持ちはわかるけど焦る必要は無いよ。大丈夫、ゆっくりやっていこう」
勿論ローズである。ライトは宥めたが、逆に少し表情が曇る。
「でも私、このままじゃ勇者としてのお努めが果たせなくて。エクスカリバーに何とかして認めて貰いたいんです」
「うーん……」
気持ちは痛い程わかる。だがエクスカリバーがローズに心を開かない理由が理由なので物理的な解決が非常に難しく、ライトがアドバイス出来る事がない。
「……いや」
ローズをどうにかするのではなく、エクスカリバーを何とか出来ないか。エクスカリバーの好みを変えさせたら?
『私は伝説の聖剣エクスカリバー。私を持っていいのは十歳までの少女までだ。少女ハァハァ』
「……ちょっと下げ過ぎた」
下過ぎてローズがまた持てない。いやそういう問題でもなくてロリコン聖剣は色々とマズい。
もっとこう、年齢の垣根を越えた形になってくれたら……
『アタシ、伝説の聖剣エクスカリバーよ。あらやだそこのお兄さん、素敵な体してるじゃない?』
「……ちょっと垣根を何枚も越えさせ過ぎた」
性癖人種差別をするつもりはないが、これはこれでローズが持てない。
「後は……」
「ライト、どうしたのかしら? 私達にも共有して下さる?」
と、一人でブツブツ言っているのが気になったかエカテリスが要求してくる。
「ああうん、実は」
そこでライトは全員にエクスカリバーの方についてもっと知るべきではないか、という考えを説明。――冒頭でダッシュでネレイザが部屋に帰還したのは余談。
「そういえば、ボク達エクスカリバーが「聖剣」だっていうこと、ライトくんとだけ交流出来る事、今ローズちゃんじゃ嫌がってるって事しか知らないね。というか」
「それ以上の何かがあると考えた事も無かったな……寧ろ武器にそこまで情報は普通ない。俺とて自分の武器すら長の師に作って貰った以外の情報はない」
エクスカリバーをテーブルの真ん中に置いて全員で囲む様にしてつい考え込んでしまう。
「俺が国王様から預かった時は、三百年前に伝説の鍛冶師が作った剣だって聞いたけど――」
「残されている文献では、確かに今から三百年前にアイアコルの街に伝説の鍛冶師がいて、彼が作ったと記されてましたわ。でもそれ以上の事はわかってませんの」
勇者マニアであるエカテリスにもそれ以上の知識が無い様子。――それ以上の情報が無い?
「姫君宜しいですかな? とするとこの聖剣エクスカリバー、何故聖剣と断定され、何故勇者だけが持てるのか、その理由は記されていないのですか?」
「ええ。……そうですわね、それを逆に捉えると」
「勇者が持った事が無いのに、何故勇者だけが抜けるとわかり、聖剣と断定されたのか。その経緯にヒントがありそうですね。――コラ、抜けない剣なんてただのボンクラだなんて言わないの。団長が抜いてる所を見たでしょう?」
ただ(今は中にいる様子の)狂人化ソフィの気持ちもわからないでもない。このまま手こずってしまうと評価が下がってしまうのもフォロー出来ない。
「でも、この剣は確かに聖剣ですよ! だってほら」
メリメリメリ、とテーブルから鈍い音を出しながらローズが持ち、
「ふぅぅぅぅぅ……! ほ、ほら……抜けます……! 勇者の私が、抜けるんです……!」
ギリギリギリ、と気合を入れて鞘から三分の一位を抜いて見せた。――恐るべし勇者の力。
「ローズ落ち着いて、実際ヤザックさんとローズが抜いてるのを見てるからその辺りを疑ってはない」
ライトが宥めるとローズが力を抜いたか、磁石の如くエクスカリバーは鞘に収まった。――にしても。
「エクスカリバー。俺達に、お前の事を教えてくれないか? お前に込められた思いを知りたい」
改めてずっと持っていたのに、何も知らない事を思い知った。今更だが、知りたくなった。ローズの為もあるが、それだけじゃなく、今まで助けてくれた「仲間」として。
『…………』
エクスカリバーは答えない。答えられないのか、答えたくないのか。――ライトは決意を固める。
「よし、調べに――ううん、知りに行こう。エクスカリバーの事を」
「マスター、それじゃ」
「うん。行ってみよう。アイアコルへ」