第三百四十二話 演者勇者と聖剣1
「うーん……っと」
すっきりとした目覚め。部屋のカーテンを開け、朝日を浴びる。
「昨日までと変わらないけど、単純だな俺は」
そう呟いてライトは苦笑。――忘れられない、昨日の出来事を思い出す。
この城を離れて、旅に出る事を決め、それを伝える決意を固めた矢先、全員に同行を求められ、ヨゼルドに止められ、特別な立場を貰った。それが自分にとって「新しい旅」となるならと思い、感謝して受けた。
ライト騎士団の団長も継続。勇者ではないが、勇者ローズを支える立場として、今度は目前に迫る魔王討伐に向けての準備に入る事になる。魔王が討伐されたら……今度こそ、まあどうなるかわからないが、またそれはその時。
よし、と気持ちを入れて、着替えてさて部屋を――と思っていると、
『うむ、今日も爽やかな良い朝だな! 一緒に頑張ろう!』
…………。
「……ちょっと待て。エクスカリバーだな?」
『ああそうだが』
見慣れた聖剣が、「いつも通り」部屋に立てかけてある。……あるのだが。
「正式に俺は演者勇者じゃなくなって、ローズに手渡したはずなのに何で俺の部屋にある?」
そう、本物の勇者で、ヨゼルドにも認定されたローズに、昨日ついに手渡した。なのに何故かこの部屋にある。
『ちょっとホームシックに』
「そんな聖剣いるかああ!」
エクスカリバーがローズと認めていない。理由は年齢。しかも個人の好みの問題。その結果ライトの部屋に夜な夜な帰って来てしまった……
「いや俺部屋鍵かけてたはずだけど」
『馬鹿にするなよ、私は聖剣だ。その程度』
凄いのはわかったが有難迷惑ホラーである。
「兎に角、もう俺は持ち主じゃないの! いい加減認めろよ!」
というわけで、何もかも順調に……は進んでおらず、目の前に問題が転がっていたりするのであった。
「流石に知るか」
ローズはこちらに来たばかり。まずは日々の生活環境に慣れる為に城での生活を勉強中。と、ライトの師匠であるアルファスにも挨拶がしたいとの事で、今日はライトとレナに加え、ローズも一緒にアルファスの店を訪れていた。初対面で師匠ライトの更に師匠という事で「師匠師匠」「大師匠」「超絶師匠」と呼ぼうとしてアルファスに名前呼び以外を禁止されていた。――姉弟子フロウの事は「お姉ちゃん」と呼んでフロウが恥ずかしがったが拒まなかったのでそれに決まりそうだった。見ていた面々が恥ずかしがるフロウが可愛いと思ったのは余談。
それでついでに国でトップレベルの武器鍛冶師にエクスカリバーの事を相談してみた結果、冒頭の返事が返ってきたのである。
「俺が出来るのは俺が作った武器をどうにかする位だ。流石に他人が作った伝説の剣、しかも意思持ちをどうにかしろって言われてもどうする事も出来ねえよ」
「ですよ、ね……」
ライトとしても駄目元だったのでその返事は覚悟はしていた。
「ふーん、ライトの剣、面白い魔力あるな、って思ってたら、そんな剣だったんだ。――私はどうだろ? ああでも私二十歳越えてるかどうか自分でもわかんなかった。あ、でもそれじゃセッテならいける?」
そんな不思議な話に一ミリも驚かないスティーリィと、
「私はアルファスさんにしかこの身を捧げないと決めているので」
キリッ。――いつも通りのセッテである。
「はっ! たあっ!」
一方でローズはライトの稽古に感化されたか、お姉ちゃんことフロウ相手に稽古をつけて貰っていた。
「アルファスさんの目からして、ローズはどうです?」
「お前には悪いが才能の塊だな。あれはやべえだろ。例えば今日だったら経験が一切足りないから俺はあいつの為に武器を作ろうとは思わないが、まあ時間の問題になるだろうな。ま、どっちにしろエクスカリバーがあるから俺の武器はいらねえか」
「ところがですね、そのエクスカリバーが」
無限ループの発生である。――実際はしないが。
「だから私がこの前から提案してるじゃん。ライト君がローズちゃんを早く「大人の女」にしてあげたらそれでエクスカリバーも納得」
「俺が納得しないから!」
やったとしても五年が後二、三年になる位で――いやそういう問題じゃない。
「でも、ライトさん国王様からお認めになられて、以前よりも凄くなられたんですよね? ライトさんじゃ駄目なんですか?」
「いや、前よりも凄くはなってないです。演者勇者の代わりの立場が頂けただけで」
「そもそも今以上凄くなったらライト君がエクスカリバーを手放した分情熱のエクスカリバーが暴走してハーレムに歯止めが」
「そもそもハーレムを作るつもりはありません! というか情熱のエクスカリバーって何だよ!?」
お前じゃあ今後どうするつもりだ、という言葉をアルファスは寸での所で呑み込んだ。……そこまではマジで俺も知らないぞ。
「ああそうだ、レナ。遅くなって悪かったな。剣、出来たぞ」
と、炎翼騎士になった時に依頼していた剣が完成したらしく、アルファスがレナに完成品を手渡す。
「……!」
鞘から抜いて握った時、レナの目が変わった。――驚きの目だ。
「お気に召したか?」
「今の私にピッタリの物は作ってくれると思ってたけど、想像を超えて来た。アルファスさんには勝てないってしみじみ思った。――ありがとうございます。大切に使います」
「おう。メンテにもちゃんと来いよ」
最後の真面目な口調の時、レナはしっかりとアルファスにお辞儀をした。それ程の品だったのだ。――横のセッテが「流石私のアルファスさんです!」と顔で語っていたのは余談。
「……ん? 私アルファスさんに一本しか頼んでないよね? レインフォルみたいに二刀流になったりはしませんけど」
と、レナの視線の先、アルファスの傍らにもう一本、新しい剣が。
「ああ、これはな。――ほれ」
アルファスが持って差し出したのは、
「え? 俺……?」
ライトだった。事情が飲み込めずに混乱していると、
「いい加減今使ってる剣には慣れたろ。次のステップに進む剣だ。今使ってる剣はお前の弟子にやれ。才能の塊とは言ったが、それでも振り方を覚えるか覚えないかじゃ話が違ってくる。やらせておいて損はねえぞ」
「!」
ステップアップ。最悪自分には来ない話かとも思っていた。アルファスは妥協でそれを認める人間じゃないのは知っている。――ライトは、一段階上へ進む事を認められたのだ。
「ありがとうございます! 頑張ります」
「弟子続けるっつったのはお前だからな。それ相応の評価と今後を考えたまでだ」
と、ローズとフロウの稽古もひと段落ついた様で、丁度良いとばかりにライトは事情を説明し、今まで使っていた方の剣をローズに手渡す。
「ありがとうございます! 私も、素振りします!」
ローズもライトとアルファス両者からの贈り物という事で、嬉しそうにその剣を受け取る。
「それじゃ、俺達は城へ帰ります。――フロウもありがとうな、ローズの稽古」
「気にするな。兄者の為妹の為」
すっかり三兄妹になってしまった。
「さっ、エクスカリバー! 帰りは私が持つからね!」
と、ローズがエクスカリバーに手を伸ばす。持ち運ぶのは(エクスカリバーの阻害があると)時間がかかるので今日はライトが行きは運んで来たのだが、ローズとしても勇者としてこのままでは駄目だという想いがある様で、何とかコミュニケーションを取ろうとしている。
ライトとしても勿論ローズと打ち解けてくれないと困るのでその姿勢を応援する形であり、ローズにエクスカリバーを手渡そうと――
「ぬおぅ!?」
ズシン。――手渡そうとした瞬間再び重くなってベンチに張り付いてしまう。
「お前なぁ……」
返事こそ無いが、拒み続けるエクスカリバーの答えなのだろう。試しにアルファスやスティーリィなどが持ってみようとするが持てない。アルファスも素直に凄え現象だな、と驚いていた。
「もう、我儘ばかり言ってたら駄目でしょ」
と、そんなエクスカリバーに向かって再びローズは手を伸ばし、
「せーのっ!」
ぐいっ!――勢いをつけて一気に「持ち上げた」。……え? 持ち上がるの? いや勇者だから持てて当たり前なんだけど。
「さ、帰りましょうねー」
そのまままるで赤子をあやすようにエクスカリバーを抱き上げて、ローズは岐路に着く。
「レナ、あれはどういう現象なんだ……?」
「多分だけど、勇者の立場と、魔力を思いっきり手に込めて、凄い力を出してるんだと思う。しかもそこそこ本人は無意識じゃないかな。本人はただエクスカリバーを自分が持たなきゃ、っていう気持ちだけだと思う」
ローズ、エクスカリバーを持つ。これにて解決。……じゃないよな。多分戦闘とかは出来ないよなあれ。
「あ、そうだ! あの、セッテさん……でしたっけ。剣関連の小物を作られてるって伺ったんですけど」
「はい、一応あそこのワンコーナーは私の手作りですよ。何か欲しい物ありました?」
「剣専用の抱っこ紐ってありますか? 後はリードも欲しいです」
ローズ、エクスカリバーをペット化。――解決はある意味遠のいていた。
「うーん……」
アルファスの店から帰城後、ローズは自室にて悩んでいた。――当然エクスカリバーの事である。
国王ヨゼルドからは正式に勇者として認定された。その才能も認められ、実際動いてみると自分に特殊な力が備わっているのも何となくだがわかった。その力を持つ者として、勇者として、精一杯自分に出来る事をしよう。そう改めて決意を固めた。
だがその勇者の為の武器であるエクスカリバーだけが自分を認めてくれない。一生懸命話しかけてもライトと違って声が聞こえて来ない。綺麗に拭いてあげたり、勇者パワーで持ち歩いたりしても全然心を開いてくれない。
原因は、声が聞こえるライト曰くローズが勇者として駄目なのではなく、エクスカリバーの好みの問題との事。女性だったら大人な女性がいいらしい。
しばらくすれば、王妃ヴァネッサがローズに会いに帰還してくるらしい。その時に現状を相談するつもりではいたが、だからと言って何もしないで待つのも何か違う。少しでもローズはエクスカリバーと近付きたかった。
「大人な女性かぁ……」
ローズは現在十五歳。美少女と十分言えるレベルの持ち主であり、エクスカリバー自身も認めている様に、将来はそのまま魅力ある大人な女性になれるだろう。――でも、今。今抜きたい。今認めて貰いたい。こんな事なら街に居る事に近所のお姉さん達にもっと色々聞いておけば……
「……あ、そうか」
よく考えたらライト騎士団の女性陣は全員魅力的な女性ばかり。――訊いてみよう。大人な女性とは何なのか。
「エクスカリバー、待っててね! ちょっとでも認めて貰える様に頑張ってみるから!」
部屋に(今は一応)あるエクスカリバーにそう告げると、ローズは部屋を出る。すると程よく通りかかる女性団員が。
「あっ、ネレイザさん!」
ネレイザである。
「ローズ、お疲れ様。どうかしたの?」
「あの、ネレイザさんから見て、大人な女性の条件って何ですか?」




