第三十二話 演者勇者と魔具工具師2
「こちら、先日勇者に就任なされた、ライト様よ」
「ゆ、勇者様……!? あ、あの、大変無礼なご無礼をしたんです! サラフォン、ボクっていいます!」
サラフォンと名乗った(?)ライトの目の前のボサボサヨレヨレは、わざとじゃないかと思える位動揺していた。――いや、俺が本物の勇者だったとしても緊張し過ぎだろ。……ハルも呆れの溜め息をついていた。
「ど、どうしようハル、ボク、これでも反省してるんだよ……! ゆ、勇者様、どうか、命だけは、命だけは……」
ササッ、と動いてハルにしがみ付くサラフォン。……ライトへの感情は緊張というより恐怖だったらしい。命を取られる様なことをした覚えでもあるんだろうか。
「サラ、そういう考えのを持つ方が余程失礼、ライト様はそんな方じゃないわ。――ライト様、本日は何のご用件でここへ?」
「うん、マークに訊いたんだけどさ」
ライトは諸事情を二人に説明する。
「あ、た、確かに国王様の指示でほとんどをボクが作りました」
「サラは魔具工具師です。魔力を介して普通の品よりも特殊な道具や装備を作ります。才能は一流なのですけれど」
ハルはその先の言葉を濁した。ライトも察する。……まあ、言いたいことはこの短時間でわかったよ、うん。
「あ、あの、リストか何かございますです? 今補充出来る物もあるですし、作らないと駄目な物も……あ、新作もあります、今取ってわっぷっぷ!」
ドシン、と急いで方向転換して移動しようとして、サラフォンは散乱しているゴミに躓いて転んだ。
「ほら、片付けを怠ってるから!」
「う、うん、ごめん」
手を貸して呆れ顔で起きるのを手伝うハル。……すると、その反動からか、サラフォンがいた辺りのゴミの山から何か金属の筒状の物がライトの方へ転がって来た。
「これは?」
素直にライトは拾ってみる。十センチ程の筒状の金属で、持ち手用のグリップ部分もある。
「あ、それは、その、魔力を介して使う、ハンドキャノンです」
「ハンド……キャノン?」
物騒なというか、明らかに武器的な名前だった。
「ふ、普通の杖と違って、予め一定量そこに魔力をチャージしておいて、簡単に魔法波動が撃てる武器です。別途チャージ用のタンクも作ったんですけど、応用が利かないって、魔法使いの人には不人気で」
魔法は多種多様である。例えばレナ一人を思い浮かべても、属性は炎の魔法ばかりだが、それでも炎を色々な形で使いこなしていたのをライトとしてもよく覚えている。それが魔法波動というシンプルな攻撃一種類では、確かに魔法使いの人からしたら必要ない品になってしまうだろう。……でも。
「何だか格好いいよなあ、こういうの」
自分自身が魔法がほぼ使えないというのもあるかもしれないが、それでも手持ちの魔法波動砲というセンスにライトは心惹かれる部分があった。
「わかりますかっ!?」
と、そのライトの一言を聞いた瞬間、サラフォンが目を輝かせてガッ、とライトに踏み込んできた。ボサボサヨレヨレのままだが目が一気に輝いた。
「あ、うん。浪漫っていうか、格好いい気がする」
「そうなんです! これには、浪漫と格好良さも含まれているんです、効率だけじゃないんです! こう懐からガッ、パッ、ズバン! っていうのが格好良いとボクも思うんです! やっとわかってくれる人に出会えました!」
先程までのおどおどした口調は何処へやら、興奮のせいか口調もハッキリしており、音量も若干大きく、最早別人。
「他にもあるんですよ! 連射用、狙撃用、接近戦用……色々あるんです、ぜひ見て下さい!……わっぷっぷ」
クルッ、ダッ、ドシン。――でも部屋が汚いのと、それに躓くのは特に変化はなかった。ああ、こうして自分が好きな物に集中しちゃうから部屋が汚いまんまなんだな、とライトとしても実感すると同時に、
「そんな事より、先に片付けでしょう! いい加減にしなさい!」
ハルの怒りが、部屋を突き抜けるのであった。
「……ん?」
午後、レナを護衛にアルファスの所へ訓練に行った帰り。城内に入り、レナと別れ、中庭を歩いていると、途中のベンチにハルがポツン、と座っていた。
ちなみに魔具工具室でのハルの怒りの一声で、本格的清掃が開始されていた。ライトも手伝おうかと思ったが「ライト様にやらせるわけには参りません」とハルに断られ、仕方なく勇者グッツの補充用リストだけを置いて部屋は後にしていた。
「ハル、お疲れ様」
「ライト様。――お疲れ様です」
ライトは前述通り直ぐに部屋を後にしてしまっていたので、その後の事が訊きたくて声を掛けると、スッと表情を引き締め、立ち上がり、礼儀正しくお辞儀。――流石の仕草であった。
「ああ、いいよそんな畏まらないで、休憩してたんでしょ? 俺も隣、いい?」
「はい。――失礼致します」
ライトが先に座るのを確認した上で、ハルもベンチに改めて腰を掛けた。
「あの部屋、片付いた?」
「とりあえず大まかな所は。細かい箇所に手を出せば丸一日掛かってしまうので今日は諦めました。――また直ぐに元に戻ってしまうのですけど」
その光景を想像したか、はぁ、とハルは隠さず溜め息をつく。
「でも、新鮮だったよ」
「あまり魔具をご覧になったことがなかった?」
「あ、いや、ハルが。畏まったハルしか見た事なかったから、普段はあんな感じなんだな、って」
そう素直に告げると、ハルは少し顔を反らし、咳払いをした。――恥ずかしかったらしい。
「……本来なら仕事の場ですので、使い分けてはいけないのですが、あの子相手だとつい癖で」
「二人はどういう関係なの?」
「幼馴染です。物心付いた時には隣同士に住んでいました。昔からあんな感じで、手先は物凄く器用で子供の頃から大人顔負けの技術を持っていたんですが、それ以外が本当に駄目で、ずっと面倒を見てきました。城にスカウトされたのもあの子です、その腕を買われて。でも一人で行かせるのは心配で、私は自ら士官しました」
「成程ね」
サラフォンの事を昔からあんな感じというハル自身も、きっと昔からこんな感じで面倒見が良かったのだろう。改めてライトはハルを見て思った。
「……でも、今思えば失敗だったかもしれません」
「どうして?」
「大人になってからも、城で正式に魔具工具師となった今でも、あの子は一人で何も出来ないし、工具師としての作業以外の何がしたいとかも極端にないんです。原因は……やはり、私が必要以上に面倒を見てしまったからだと思います」
「…………」
ライトは返事に戸惑う。――軽々しくそんな事ないよ、は何か違う気がしたからだ。深く彼女のことを知っているわけでもない。
「私に何かあった時、あの子はどうなってしまうのか。私がこの場所を離れなくてはいけない事情が出来た時、あの子はどうしたらいいのか。それを考えれば、もっと厳しい、突き放した対応が必要なんだと思います。でも、あの子に自らの意思の力が宿らない限り、私がそれを説明しても実践してもどうにもならない。そして私はまた面倒を見てしまう。――どうしていいか、わからなくて」
他人を動かす悩み、というのは非常に難しい話である。ライトは自分自身の様に自分の才能に悩みを抱えている分、自分自身で葛藤すればいいのだが、これで他の誰かを一人でどうにかしなくてはいけない……と考えた時、その苦労は何倍になるだろうか。その悩みを、ハルは抱えていたのだ。
「――申し訳ございません、ライト様に必要のない話を」
「いや、俺が訊いた事だし。それに、俺で良かったらいつでも相談に乗るよ。聞いてくれる人がいるだけでも違うよ」
「勿体なき言葉です。ありがとうございます」
礼儀正しく、お礼を言うハル。
「ハル、言っておくけど俺は本気だぞ?」
そのお礼が、悩みを零した時よりも何処か他所他所しく感じたので、ライトは釘を刺しておくことに。――真面目なのはいい事なんだけどな。
「確かにハルからしたら俺は国王様直々の人間だから敬う立場なのかもしれない。でも俺からしたら、ハルは騎士団に入ってくれたんだから、騎士団の仲間っていう輪の一人だよ。まあ、確かに騎士団でも俺が団長で上なのかもしれないけど……でも、ハルは「騎士団のメイドさん」じゃなくて、「騎士団の仲間」のつもりだよ俺は。だからもう少し、遠慮とかを無くしてくれた方が俺は嬉しい」
ライト個人としては、どうも自分が偉い、立場が上、というのに未だ慣れないし、そもそも自分が偉いとも考えていない。言ってしまえば、ハルと立場こそ違えど身分がそこまで違うとは考え難いのである。
ハルはライトの言葉を聞いて、数秒考えたが――不意に、優しい笑顔になる。
「ライト様がそういう方というのは認識していたつもりでしたし、自分でサラに変に畏まった態度は失礼と言い聞かせておきながら、私自身も無意識にそうしていたのですね。――改めて、申し訳ございません」
「うん、その謝罪は受けるよ」
先程よりも、口調こそ丁寧なままだが、何処か素直な言葉に聞こえた。――良かった、わかってくれた。
「それでは、そろそろ仕事に戻ります。――お言葉に甘えて、行き詰った時は相談に乗って下さい。ライト様は、不思議と解決する力をお持ちな様な気が致しますから」
「それは大げさだけど……でも、相談はいつでも」
「はい。――あ、でも」
立ち上がり、数歩進んだ後、ハルは振り返ると、
「この事は、とりあえず二人だけの秘密でお願いします。サラ本人は勿論、ヨゼルド様とかにバレても面倒になってしまうので」
そう言いながら、口元に人差し指を当て、軽くウインクをしてみせた。
「う、うん、わかった、うん」
そのハルの突然の仕草に、ライトはとりあえず返事はしたが――逆に言えば、返事をするので精一杯な位、見惚れてしまった。……可愛かった。可愛い。うわ何だよもう。
ハルはそのまま笑顔でもう一度だけライトにお辞儀をすると、今度こそ本当に仕事に戻る為にこの場を後にした。……何となく、取り残されるようにそのまま座って景色を眺めるライト。――いい天気だった。何だか素敵な空だなあ。
「……あれ? 勇者君こんなとこで何してんの?」
と、通りかかったのはアルファスの所から戻った後一度別れたレナ。別件で通りかかったらしい。
「え? あ、いや、何してたわけじゃないけど」
「ふーん……何だか恋する乙女みたいな顔してたよ? 勇者君、男なのに」
「ぶっ」
「私誤解の嫉妬で刺されるのかなー。「いつでも傍にいるあの女は誰なの!?」みたいな」
「何の心配を勝手にしてるんだよ! しなくていいよそんな心配!」
とりあえず、急いでその場で両手で顔を拭うのであった。……何してんだ俺は。思春期の少年かよもう。