表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
337/383

第三百三十五話 演者勇者と勇者12

「…………」

 ブン、ブン、ブン。――ローズにライト騎士団全員で短期間で集中稽古をすると決めた翌日の早朝。ライトは日課の素振りを宿の裏庭を借りてこなしていた。

(まずは何をして貰ったらいいんだ……? 剣の握り方? 振り方? ああでもローズは戦えてたから実戦?)

 だが流石に今日は無心で素振りとはいかず、どうしてもその事ばかりが頭を過ぎる。他の皆の武器が確かに違うとはいえ、それでも他の誰かに教えて貰った方が効率的かもしれない。誰かにいてもらうべきか。

「おはよう。隣、失礼しますわね」

 と、やって来たのはエカテリスだった。朝の素振り仲間。そのまま並んで素振り……かと思いきや、

「ふふ、緊張が剣筋に出てますわよ」

「あー」

 自分のを始める前にライトの素振りを見てその指摘。直ぐに緊張の事がバレた。流石と言えばいいのか。

「誰かに何かを教えるって無いからさ……ケン・サヴァール学園でも勿論してないし。――エカテリスは誰かに戦闘の稽古をつけてあげた事は?」

「そういえばないですわね」

「でも、緊張は……してなさそうだな」

 気付けばエカテリスも素振りを始め、並んで素振りをしながらの会話になっていた。エカテリスの素振りはライトとは対照的にいつもと同様であり、鈍りは感じられない。

「ライトには申し訳ないけれど、将来の勇者の為ですもの、緊張してる場合じゃないですわ。ライトも、迷わなくても大丈夫ですわ」

「でも色々あるよだって。エカテリスが言う様に国の未来に関わるかもしれない、そうじゃなくてもローズの人生を左右するかもしれない、アルファスさんの名に泥を塗るかもしれない」

「大袈裟ですわ。それに、ライトに出来る事を真っ直ぐに伝えれば、失敗なんてしない。そう思うもの。――ライトは、ローズに何を伝えたい?」

「ローズに……伝えたい事」

 武器を振るうという事。勇者であるという事。――自分が居なくなった後の事。

「……そうか」

 そこで不意に決まった。ローズの剣の稽古。

「決まったのかしら?」

「うん。エカテリスのアドバイスのお陰だよ。ありがとう」

「どういたしまして。私達にしてくれた様に、ローズの事も、導いてあげてね」

 こうして、二人きりの素振りの時間がもう少しだけ続くのであった。



 そしてその日から、ローズの稽古が始まった。

 常人ならば一人当たり一、二時間、その程度では微々たる差だが、教える側が一流、そしてローズの吸収率の高さもあり見事にローズは教わった事を物にしていく。

 それでも人数も項目も多いので一日二日では終わらない。学校に通う生徒の様に、ローズは朝教わりに来て、夕方帰るという日々が始まっていた。

「踏み込みが雑ですわ! もっと間合いを気にして!」

「はい!」

 そしてライトはほぼ全ての訓練を見学する形で見守っていた。今はエカテリスと模擬戦中。

「レナから見て、ローズはどう?」

「んー、こういう言い方したら駄目なのをわかってて敢えてここだけの話言うけど、ゾッとするね。何時間か教わっただけであんなに綺麗に動きが整ったりしないよ普通。まだ私達負けはしないけど、将来的には確実に負けるね」

「そんなにか……」

 そしてその結果、ヤザックは大切な人を一人、失ってしまった。もしも相手の女性を知っていて話をする事が出来たら、同情とかしてしまうかもしれない。

「勇者、か。世界救えるけど、一歩間違えたら世界を潰せるんじゃない? 勿論ローズちゃんがそんな事をする様には今の所は微塵も思えないけど。力があるから勇者なのか、勇者だから力があるのか。似てる様で、全然違ってくるよね」

 レナの意見は鋭かった。そしてその真相を知る術はライト達には無い。

「だからこそ、ローズを中途半端な形で連れて行くわけにはいかないよ。勇者にならなければ良かった、なんて思って欲しくない」

 自分が辿り着けない、自分が演じてきた物の本物が今そこにある。それを壊すわけにはいかないから。

「そこまで!――見事ですわ、教えがいがあります。私が教えた基礎を守れば、今のローズならそう簡単に誰かに負けたりはしませんわ。戦いで、冷静さを失わない様に」

「はい、ありがとうございます!」

 エカテリスの授業が終わる。ローズは十分の休憩を挟んで、

「師匠! 宜しくお願いします!」

「うん、こちらこそ宜しく」

 ライトの授業に入る。

「皆の授業はどうだった?」

「ビックリする事ばかりでした! 一つ一つの動作が、意識するだけで何もかも変わってきて! 受けれて良かったです!」

「それなら良かった。――正直な話、皆からそれだけ教わってれば、俺から教えられる事って何も無いんだ」

「え? ならどうして……?」

 実の所、他の団員は数回機会を設けたのに対し、ライトの時間は今回一回だけ。しかも最終日最後の時間。そうしてくれる様に、皆に頼んだ結果である。

「ローズ。剣を持って」

「あ、はい! 最終試験的なやつですか?」

「違う違う、今ローズと戦っても俺ボロ負けだから。――素振りしよう」

「素振り……ですか?」

「うん。一緒に、素振りしよう」

 そう言うと、ライトはローズの横に並び、自分も剣を抜き、素振りの体制を取る。一瞬唖然としていたローズだったが、ライトが本気なんだとわかると、直ぐに自分も構えた。

 ブン、ブン、ブン。――そこから始まる、二人の素振り。

「今更だけど、ローズが望めば、ローズは勇者になれる。ローズは、どんな勇者になりたい?」

 そしてライトは、素振りをしながら話を始めた。――ライトが選んだ稽古はこれだった。素振りをしながら、話をする。素振りに深い意味は無い。話をするだけなのだから、素振りは無くてもいいかもしれない。

 でも、素振りをしたかった。ずっと続けてきたこの努力の形を、伝えておきたかった。

「沢山の人を助ける勇者になりたいです! その為の力だから、私に出来るなら」

「うん。それは正しい姿だと思う。でも、勇者だからって、決められた箱の中に居続けるだけじゃなくても、俺はいいと思ってる」

「決められた……箱の中?」

「勇者である前に、君はローズ。一人の人間だから、色々な想いを持っていて当然だよ。その気持ちを、押し殺す必要は無いって事。勿論考えが間違えだったら止めてくる人はいる。でも気持ちを押し殺したら、それが間違いかどうかすらわからなくなる。――ローズが勇者になれたら、この先色々な事が舞い込んでくると思う。ローズが勇者として大勢の人を助けるなら、ローズだって誰かに助けて貰ったっていいんだ」

「それが……師匠が見てきた、勇者としての姿ですか?」

「俺は皆に助けて貰ってばかりだったけど」

 ライトは苦笑する。――結局俺、一人じゃ何も出来ないままだったな。まあ当然なんだけど。

「ローズ、君は一人じゃない。勇者になっても、仲間がいる。仲間と一緒に、皆で戦うんだ。それを、忘れないで」

「師匠……」

 伝えたい想いはそれだった。自分が演者とはいえ勇者として歩いて来た道。いつでも近くに仲間が居てくれた。仲間が居てくれたから、今までやってこれた。心から信頼し合える仲間達が居れば、それが例え特別な存在だったとしても、前を見て歩き続ける事が出来る。

 後悔して欲しくない。道を外して欲しくない。その為の想いを、ライトは伝えた。

「ほら、素振り止まってるぞ。まだまだ。素振りは基礎なんだから」

「あっ、はい!」

 それからもうしばらくは、ライトは自分の事を話した。演者勇者になってからの事は勿論、なる前の事。そしてローズの話を聞いた。この街での暮らし。憧れた勇者の形。そして、大切な人の話。

 このライトの稽古で、ローズが得られた「技術」は何も無かった。でもローズにとっては、忘れられない時間となるのであった。



「リバール、どうだった?」

「ライト様のお考えの通りでした。つまりは」

「そういう事、か」

 ローズの稽古期間が終わり、今日はついに街から見える山に、風天狗の討伐に向かう日がやって来た。そしてローズとの合流前に、ライトは数日前にリバールに頼んでおいたとある調査結果を耳にした。

「どうすんのライト君。調査結果出たのはいいけどそれってさ、ハッピーエンドの可能性から超絶バッドエンドの可能性まであるよね? 後者の場合その名の通り取り返し付かなくなるかもだけど」

 ライトの推測は団員達には共有している。そのレナの指摘をライトとしても考えないわけではない。……でも。

「信じるよ。信じるしかない。ローズが勇者だからじゃない。人として、良い子だからだ」

 勇者としての力じゃなくて、ローズの人としての優しさが、きっと全てを上回る。そう信じる。

「わかりました。ライトがそう言うなら信じましょう」

「勿論だからと言って何もしないわけではありませんよね? いざとなったら」

「うん。俺達も全力で動く」

 ハルの問い掛けに、ライトも頷く。

「お早うございます!」

 と、その直後、いつも通り元気な挨拶と共にローズが姿を現した。

「あっ、私が最後ですか!? すみません、早く来たつもりだったのに!」

「大丈夫、十分時間前よ」

 ソフィが笑顔で宥めると、ローズは安心したのかふぅ、と息を軽く吐く。

「ローズちゃん、これボクが改良した装備品だよ! シンプルに使い易く、それでいて品質向上させたから!」

 待ってましたと言わんばかりにサラフォンが装備品を渡す。マント、籠手、ブーツ等、見た目からの違いはわからないが、

「! 凄い、凄いですこれ! 装備しただけで性能が違うのが直ぐわかります! ありがとうございます!」

 身に着けたローズが興奮してサラフォンに報告。サラフォンは流石の腕を発揮した様だった。

「良かった、気に入って貰えて。今回はローズちゃんの試験が目的だから、ギミックは敢えて入れないでおいたんだ。正式にボク達と一緒に行ける様になったら、色々ギミック付きの装備も用意してあげるね!」

 そしてある意味サラフォンは手加減をした様だった。ハルが溜め息をついていた。

「今回もローズの討伐に同行するメンバーと念の為に山の入り口で待機するメンバーに分けよう。ローズと一緒に行くのは、俺、レナ、エカテリス、リバール、ニロフ。後の皆は何かあったら直ぐに対処出来る様に準備だけしておいてくれ」

 自分とレナ以外は前回同行しなかったメンバーに変えた。――実際の所、全員優秀なので違う意味で選びきれない部分はあったりはするのだが。今回は前回の様にソフィが必須、の様な条件もない。

「それじゃ、出発しよう」

「皆さん、改めて宜しくお願いします!」

 こうして、ローズの勇者への旅立ちを懸けた試験及び任務が、幕を開けたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ