第三百三十三話 演者勇者と勇者10
「この奥だ」
暫くは大きな戦闘も無いまま進めたが、不意に先頭で歩くソフィの足が止まる。チラリ、と後ろを振り返り、ライト達に向かって軽く頷くと、角を曲がる。その先には大きな広い空間があり、
「ゴオォォォォ……フゥゥゥゥ……」
「ひっむぐっ!」
全長三メートルはあるだろうか、巨大な熊のモンスターが。思わず声をあげかけたローズの口をハルが塞ぐ。――当然の反応だろう。日常で見る光景ではないし、普通の熊はここまで大きくはならない。溢れるどす黒い気配が、普通のモンスターよりも数段上の凶暴さを感じ取れた。
「ハル、ネレイザ、サポート! レナは団長とローズを守れ!」
「承知しました」「はい!」「言われなくてもー」
そして躊躇わずにソフィが指示を出し、その通りに動き出す。ソフィは突貫、更に位置をずらしてハルも接近、更に位置をずらしてネレイザが魔法詠唱を開始。
「っらあああ!」「グオオオォォ!」
ガキィン!――ソフィの両刃斧と、巨大熊の右手の爪がぶつかる。まるで剣と剣がぶつかる様な音。それ程までに熊の爪が固く鋭い事が証明される。巨大熊は勿論左手ででもソフィに攻撃を仕掛けようとするが、
「ふっ!」
潜り込んだハルの格闘が左の腿に連続ヒットし、バランスを崩し、反撃に届かない。だが普通のモンスター相手なら吹き飛ばせる程のハルの攻撃を持ってしてもバランスを崩す程度にしかならない。こちらも固い。
「ボルティック・アロー!」
バリバリッ!――ネレイザは距離を保ったまま、鋭い電撃の矢を放つ。ソフィとハルが接近戦中なのもあり、範囲を絞り、威力を上げた攻撃魔法。それを動き回る巨大熊の顔面に綺麗にコントロールしてヒットさせる。
三人が各々の役目を理解し、見事な連携。
「凄い……!」
その光景に、状況を忘れてローズはのめり込む様に見入ってしまう。
「レナ、解説を頼む」
「本日持参した枕はこちらです。ライト君と添い寝出来る様に大きめのふかふかを用意しました」
「誰がそんな解説を今しろと!?」
本当に枕持っていた。洞窟内の何処で寝る機会があるというのか。というか何処に持ってたそんなの。
「んー、あの熊、結構な奴だと思うよ。今三人で優位に進んでるじゃん? 一般平均値なら三人なら撤退をお勧めするね。私もそうだね、ライト君を守る為なら戦ってもいいけど、そうじゃなきゃ面倒だもん」
ライト騎士団が優秀であるのと、巨大熊の危険性。それをシンプルにレナは説明してくれた。――直後、
「ガオオォォォォ!」
「っ! 絶対来ると思ったぜ、アタシも学習したもんだ! レナ、そっち行くぞ!」
「ほら、こういうの来るじゃん? これは中々混戦では回避し辛いんだよね」
巨大熊が口を大きく開き、こちらもどす黒い波動砲を発射。一番近くで戦っていたソフィは予測していたのか回避。
「ほいっと」
射線上にいたレナがライトとローズを守る為に一歩前に出て、バッ、と一瞬炎の翼を広げ、炎の防壁を作る。数秒間防壁と波動砲がぶつかり合った後、波動砲が綺麗に消えた。
「どう? もう一発分位撃たせる?」
「十分だ、もう直ぐ終わらせる!」
巨大熊は今の一発に結構な体力を使った。それを失敗した以上、もう持ち手が無くなる。そうなれば、元々有利に事を運んでいた三人は一気に「決め」に入る。
左右からハル、ネレイザが体制を崩しに入り、
「おおおおおおっ!」
ズバシュッ!――ソフィが真上から一刀両断。巨大熊、討伐完了となった。
「皆、お疲れ様。ソフィは左手、ハルは右手に少しダメージ貰ってたよね? 勇者グッズがある、直ぐに治療しよう」
「サンキュ、団長」「ありがとうございます」
ライトは直ぐに全員を労う。かすり傷に近い負傷だったが、接近して戦っていた二人の治癒に。
「……師匠は」
「うん?」
「師匠は、見ている所が私とは違うんですね……私はあのモンスターが倒れる所ばかり見ていました。でも師匠は、皆さんの負傷具合をしっかりと見ていた」
「そういう人なのよ、ウチのリーダーは」
「私、手伝って来ます。――師匠!」
ローズが尊敬の眼差しで二人の治療に動くライトに駆け寄り、手伝い始める。
「むっ……私が怪我してないのを見透かされてるのは喜ぶべきか悲しむべきか……」
「……ネレイザちゃん、その発言は普通に危ういから止めときな」
悩むネレイザ、呆れ顔のレナもそのまま近寄り合流。
「恐らくこれがここのダンジョンの主と考えてもいいでしょう。これ以上の脅威は無い物と思われます」
「じゃあ後は行方不明の人の捜索ですね! この調子なら直ぐに見つけられますよね?」
ハルの説明に、ローズの顔が明るくなる。――直後、顔を見合わせるソフィ、ハル、レナ、ネレイザ。
「ローズちゃん」
ぽん、とローズの肩に手を置き、レナがローズの体の向きを変え、視線を誘導させる。その先には、ボロボロになって落ちている装備品、衣服、そして……血痕。この場所に入って直ぐは巨大熊ばかりに目が行ってまったく気付かなかった物。
(! そうか、そういう……事か……)
そこでライトは遅ればせながら気付いた。レナとニロフが、ソフィを推薦した理由を。
「え? あ、あの、あれって」
「勿論全部何て揃ってるわけないし、原型無いのばっかりだけど、情報と照らし合わせてみて」
依頼者から聞いていた服装、装備品。合致する物がいくつもある。――そこでようやくローズも理解し始める。
「そんな、でもまだ――」
「ダンジョンに入る時は、基本期日を決めて入ります。その期日を越えた時に異常が発生したと見なされる事になるからです。そして勿論、期日から日付が経過するにつれ、「安全に発見出来る」確率は減ります。各々の実力によって当然確率は上下しますが、この規模のダンジョンに、三日連絡取れないパーティの生存率は、平均すると一パーセント以下と言われています」
「っ!?」
そして、冷静なハルの説明。ローズはショックを隠し切れない。――つまり、依頼して捜索したパーティは。
「で、でも、一パーセント以下でも、ゼロじゃないんですよね!? だったら!」
「と、ローズちゃんが言ってるけど、ライト君どうする?」
可能性。――演者勇者成り立てだったら、探してたかもしれない。皮肉な話、自分の知ってる人だったら探してたかもしれない。でも、これは。……これは。
「ソフィ。――「元に」戻れる?」
「ああ」
ライトがそう尋ねると、ソフィは軽く自分の頬をパンパン、と叩く。
「それでは、浄化魔法を使いますね。皆さんも、お祈りを」
直後、狂人化を解除して、聖魔法でせめてもの供養を始めた。――ソフィが選ばれた理由はこれだったのだ。生存率が著しく低いのを見越して、現場で浄化魔法。祈りを捧げ、綺麗に遺品等を持って帰れる様に。
「ローズ。一緒に、祈ろう」
ライトは動揺を隠せないローズの手を取り、一緒に祈りを捧げた。隣でレナ、ネレイザも祈りを捧げる。
こうして、ライトとローズの初めてのダンジョン探索は終了となった。そして――
「あっ……ああっ……あああああっ……!」
依頼主の元へ、出来る限りの遺品を持ち帰り、調査結果を報告した。――依頼主は泣き崩れた。遺品を抱き締めて、息子の欠片を抱き締めて、泣き崩れた。
「心中お察しします。もう少し早く、この依頼を俺達が受けられたら良かったのですが」
それは紛れもない本音だった。後一日早ければ、生存率も違った。生きていたかもしれない。――悲しい「if」だった。
「覚悟はしていたつもりなんです……でも、もしかしたら、って……! 本当に、本当に息子が……!」
「……っ」
ダンジョンを出ても、ローズはライトの手を離さなかった。ライトも無理矢理離そうとはせず、今もこのまま。そのローズの手に、ぐっ、と一瞬力が入る。チラリと見れば、目には涙が浮かんでいた。
「元凶となる大型モンスターは討伐しました。今後暫くの間、あのダンジョンで大きな事故は起きないでしょう」
事務官としてネレイザがそう報告。「仇は取りました」の意味合いも込められてはいるが、彼女には届かない。
「――行こう」
残酷だが、これ以上ここに自分達が居ても何も出来ない。ライトは皆を促し、依頼主の家を後に――
「あの……!」
――しようとした所で、絞り出す様に依頼主はライト達を呼び止める。
「ありがとう……ございました……息子を……見つけて、下さって……!」
そして、涙が混じったままの声で、お礼を告げた。ライト達は改めて依頼主に頭を下げると、家を後にした。
「…………」
ダンジョン内で祈りを捧げてから、ローズは今の今まで一言も発していない。……発せていない。
「ローズ。俺達は王女様で勇者様だけど、神様じゃない。だから、全ての人は救えない時がある」
そんなローズに、ライトは諭す様に口を開き始める。
「勇者になるっていうのは、助けを求める人達に手を伸ばして、助けて、助けられなくて、それでも前に進むって事だと思う。助ける為に精一杯戦う。きっとローズなら大勢の人を助けられる。でも、どうしても助けられない人が出てくる。それを背負っていかなきゃいけないんだ。きっと想像しているより、辛い」
「……師匠は、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないよ。きっと今日の事も忘れない。でも、だからこそ俺は出来る限りの事をしようと思ってここまで来た。一人でも多く、悲しむ人を減らせる様に。正しく皆が生きていける様に」
何を大袈裟な、と思わないでもない。所詮自分は演者勇者。それでも、今は勇者だから。
「ローズの選択を責める事はしない。それは約束する。ローズが普通に暮らしたいのなら、その暮らしも俺達がちゃんと守るよ」
「…………」
ローズは再び口をつぐみ、目を閉じてゆっくりと考える。――自分が憧れていた物。現実。そしてその現実を歩く人達への憧れ。
「師匠」
ライトの手をようやく離し、ローズはライト騎士団全員の顔を見て、
「うん?」
「私、なります。勇者になる為に、師匠達について行きます」
そして、落ち着いた表情で、でも力強い目で、そう宣言するのであった。




