第三百三十二話 演者勇者と勇者9
「時間もあることですし、何か間食出来る物でも用意致しましょうか」
こちら、ダンジョンの外で待機組。その名の通りひとまず待機なのでする事が無い。暇を持て余したニロフがそう提案、支度を始める。
「お手伝いします」
「ありがとうございます。ではこちらを――」
直ぐにリバールが手伝いを申し出て、二人での作業になる。簡単につまめる物と飲み物を五人分用意し、座れそうな品も用意。
「長達だけ中で動いているのに申し訳ないな」
「ですが、あまりこちらで気を張り続けるのをライト殿も求めてはいないでしょう。いざという時に動ければ良い。なので今はリラックスしていても」
「あれなら、明日別の任務では私達が率先すればいいですわ。ダンジョンだけでなく、ローズに違う事も体験させてあげましょう」
本人のやる気はある。なのでそのやる気が維持出来たまま正式に勇者として迎えられたら任務は成功となる。その足掛かりを作るのがある意味役目なのだから、焦って空回りする位なら、時間をかけてローズと向き合っていきたい所。
「あの、ニロフさん。ニロフさんとレナさんは、あの時どうしてソフィさんを推したの?」
と、サラフォンからそんな質問が。
「ボクだったら、折角だから王女様を選んでた。ローズちゃんも憧れてたし。でも意図的にニロフさんとレナさんはソフィさんをライトくんに選ばせたでしょ? 大切な意味があるんだろうな、って思って」
「ふむ。なら、サラフォン殿には説明しておきましょうか」
実際サラフォン(とライト)以外の団員は薄々ニロフとレナがソフィを推した理由は察している。ローズもここにはいないので、ニロフはそのままサラフォンに説明しようとすると――
「そこの者共!」
馬に乗った数名の騎士風の男達が颯爽と現れ、団員達の前で足を止める。
「我々と同じ格好した女を見かけなかったか? 恐らく一人でいるはずだ」
確かに男達はお揃いの白い服にマント。一人だけ迷子にでもなってしまったのか。
「申し訳ないですが見かけてないですな。街に行けばまた違うかもしれませぬが、ここはダンジョンの入り口ですので、人の行き来などは限られて――」
「本当に知らないんだろうな? 隠さない方が身の為だぞ! もしも関わってるなら――」
「おい」
ニロフの返答を最後まで待たずに男達は畳みかけ、その畳みかけを最後まで待たずに今度はドライブが立ち上がる。
「何処の誰だか知らないが、それが人に物を尋ねる態度か?」
「何だと?」
「お前達は俺達の何だ? 上官か主人か? 馬に乗ったまま偉そうに見下ろして物を尋ねられる様な立場なのか、と訊いている」
ドライブの言葉は最もであったし、仮に相手がある程度の位があったとしても、こちらにはエカテリス――王国第一王女がいる。中々それ以上の存在はいないだろう。――リバールは紙一重でドライブが先に立ち上がったので我慢している。
「ハッ、少なくとも貴様らよりかは権威ある立場だ! 我々は――」
「何の騒ぎだ」
と、今度最後まで待たずにそう尋ねてきたのは、男達より遅れ数分、やはり馬に跨り同じ格好をした人間。違うとすれば性別。女性だった。男達とは違い落ち着いた様子で、整ったオーラを感じさせる。
「キュレイゼ様! この者達がこちらの問いに対し反抗的な態度を!」
「反抗的……うん?」
女は最初特に興味も無さそうな顔でドライブの顔を見たが、
「!?」
視界にエカテリスが入った瞬間、急ぎ馬を降り、エカテリスの目前で片膝をついた。
「謝罪で許されるとは思っておりません。ですが謝罪をしないというのは間違いでしょう。申し訳ございません」
「ふむ、貴女はこの方がどなたかお分かりの様ですね。殊勝な態度で何よりです」
エカテリスより先に返事をしたのはリバール。女の態度に満足したか、怒りが多少収まる。
「え? え? あの」
こうなってくると混乱するのは馬に跨ったままの男達である。自分達の上官が、自分達が見下した人間に片膝を付いて謝罪をしている。誰が偉くて何が正しいのか。目の前の光景が理解できない。
「貴様らいつまでそうしてるつもりだ! 王国第一王女、エカテリス様の御前だ!」
「!?」
だがその混乱も、女のその怒号により消し飛んだ。
「も、申し訳ございません!」
男達も急ぎ馬を降り、エカテリスに向かって土下座。上官に怒られると同時に国のトップに近い人間に無礼を働いたというダブルパンチが男達を襲う。
「王女様、この者達は命を持って責任を取らせます。どうかお許しを」
「ひいっ!」
「お止めなさい。そこまでする必要はありませんわ。私もこの様な格好でこの様な場所にいれば、分かり辛くもなるでしょう」
「寛大な処置、誠に感謝致します」
「いいいい、致します!」
男達は地面におでこを擦り付けての土下座。――命が助かったのだ、この程度の土下座で済むなら安いだろう。
「申し遅れました。我々はタカクシン教教徒。私はキュレイゼと申します」
その名乗りに、大小あれど反応を見せてしまう。――タカクシン教。敵か味方かも実際わからない、謎多き宗教団体。
「先程我々の団員が答えたけれど、実際貴方達と同じ格好の女性は見てはいないですわ。何の情報も提供出来なくて申し訳ないのだけれど」
「滅相もございません、そのお言葉だけでも感謝致します。――お前達、この辺りはいい、出発するぞ」
「は、はっ!」
その指示に部下達は立ち上がり、馬に跨る。キュレイゼはもう一度頭を下げると、自分も馬に跨り、部下達を引き連れこの場を後にした。
「あれがタカクシン教か……俺は初めて見るが。この場に居合わせたのは偶然だろうか」
「自分達と同じ格好の女性と言っていましたから、勇者を探しに来ているわけではないでしょう。偶然……だといいのですが」
「きな臭いですなあ。そう都合よく遭遇してしまうというのにも」
「で、でも、本当に自分達と同じ教徒を探してるとして、案外派閥とかあったりするのかな? あんな風にピリピリしながら探すって事は」
「何にしろ、今はそちらは深追いは出来ませんわ。私達は、ライト達が戻ってくるのを待ちましょう」
こうして、少しだけ不穏な空気を残して、エカテリス達は間食を再開するのであった。
「ふーっ……よしっ!」
ヤザックの剣を持ち、身構えるローズ。まだまだ弱いとは言えアルファスの下で剣の腕を日々磨いているライトは直ぐにわかった。――完全に素人。剣を持った事の無い人間の構えだ。
(……なのに)
それを差し引いても感じる圧倒的オーラ。――勇者。ローズが勇者の血を引く者であるというのがよくわかった。理屈じゃない、ローズの纏うオーラ。
「行きます!」
そのままローズは地を蹴り、二メートル弱はあると思われる巨大スライムに戦いを挑む。スライムもタダでは倒させてはくれない。その体質を利用し形状を変化させ、ローズに反撃開始。
「こんなものっ!」
だがローズはそれを素早くかわし、攻撃を続ける。重ね重ねになるが戦いは素人、動きに無駄が多いはずなのに、その無駄を感じさせない反応速度。――即ち、
「センス」
レナのその一言が、全てを物語っていた。常人とは違う、圧倒的才能。
「私達は種を知ってるし、王妃様とかアルファスさんとか凄い人の戦いっぷりを知ってるからそこまで驚いたりしないけど、知らない人、後はちょっとだけ戦いをかじってる人からしたら異常って言ってもおかしくないよ。これが初戦とか。……そりゃ、怖くなって逃げる人も出てくるわな」
「…………」
ローズの母、ヤザックの妻はヤザックの才能を見て去って行った。「そういうこと」なのだろう。
「ローズ、怖がんな、踏み込め! お前の動きなら出来る!」
ソフィの声援を受け、ローズは剣を握り直し、足に力を込めて、
「はあっ!」
ズバシュッ!――大きく一歩踏み込んで、斬撃。巨大スライムは真っ二つに割れると、溶ける様に消滅した。
「や……やった、出来た、私にも出来た! 師匠、見てくれてましたか!?」
「うん。凄かったよ。ローズの才能が本物だって良くわかった」
ライトは笑顔でローズを称える。――この先ローズがどの道を選んでも、勇者の才能自体は消えない。なら精一杯、自分は認めてあげなくては。……ヤザックと同じ道を歩ませるわけにはいかない。
「今更だけど、本物の勇者様なんだな、ローズは。ローズなら、皆の憧れの勇者様になれるよ」
「なら、私の憧れの勇者様は師匠です!」
優しくローズを受け入れようとしていたら、そんな返事が返ってきた。
「師匠は私を見つけてくれました! 私の可能性を見出してくれました! もし私が正式に勇者になっても、師匠は私の勇者です」
「いやいや、俺は本物の才能は無いし、何より俺一人で見つけたわけじゃ――」
「でもやっぱり、君がいたから見つけられたってのは私はあると思うけどなあ」
「そうね、マスターあってのライト騎士団なんだから、マスターの功績よ」
「ライト様の謙虚な所、利点ではありますが、ここは皆様の仰る通りではないかと」
「アタシも「私」も団長無しじゃ存在しなかったわけだし、当然だな」
否定の途中で一気に褒め称えられ、ライトも恥ずかしくなる。――いや本当に俺そんなに凄い事してないはずなんだけどな。
「よし、それじゃ先に進もう。ローズの体験もそうだけど、俺達の任務は行方不明者の捜索だ」
そうなったら話題を変えるに限る。そう判断したライトは改めてそれを切り出した。
「そうだな。きな臭えオーラが段々近付いて来てやがるしな」
ソフィが洞窟の奥、まだ暗くて見えない先を見据えてそう言い切る。――こういう時のソフィの勘は外れない。大きな戦闘が近付いて来ている。
「ダンジョンには「主」と呼ばれる大型モンスターが生息している事があります。ソフィ様が感じているのがその存在だとすれば、自ずと私達の目的もそこを当たらないといけない可能性は強いですね」
「行こう。ソフィは先頭を、ハルは念の為に殿を。ローズ、俺達の指示無しで動いたら絶対に駄目だぞ」
「はい」
こうして、ライト達は更に奥へと進んで行くのであった。