第三百二十九話 演者勇者と勇者6
「んで? どんな案があるの?」
「えっと……その、あれだ。皆で頑張る!」
「その一言で通用するのは年齢一桁の子供だけだぞー」
「うっ」
レナの冷静なツッコミ。反論出来ないライト。苦笑する他の団員達。
ライトはヤザックの前で高らかに師匠宣言した後、半ば強引にローズを一緒に連れて宿に戻って来てしまった。ただあの場のあのヤザックの応対が納得いかなかったので、ならばこちらも……と気付けば行動に出てしまっていたのだ。
「師匠、私嬉しかったです! 師匠が、私の事認めてくれた事! 弟子として、一生ついて行きます! これからご教授の程、宜しくお願いします!」
「えーと……うん、その、あのですね」
百歩譲って今直ぐ円満に解決したとしても、ライトとしてはやはりどうしてもローズの師匠という立場には前向きにはなれなかった。あれだけ宣言しておいて、ではあるが。――そもそも師匠って何教えたらいいんだ。俺教えられる事ないぞ。
「正しい犬の愛し方」
「素敵な美女美少女との会話術」
「姫様の素晴らしさ第十八章」
「寝る子は育つ」
「だからってそんなの教えないからな! というか最後最早教える教えないの話でもねえ!」
どれが誰かなのかはお察しといった所。
「オホン。――ローズ、俺は何かを教える教えないとかじゃなくて、君達を理想の状態にしたい」
「理想の……状態?」
「まず、大前提として俺達が来て話をしたことで、君とヤザックさんの間に距離を作ってしまった。それに関しては、俺達が悪い。謝りたい」
ライトが頭を下げると、エカテリスも続く。そうなると他の団員も当然続く。
「っ、そんな、止めて下さい! 師匠に王女様まで! 皆さんが悪いわけじゃないです! 私が我儘言ったからで」
「あれは我儘なんかじゃないですよ。希望一つ言えない関係なんて、そんなの信頼し合える関係とは言えません。それに対してヤザック氏も意見を言った。そう受け止めましょう。そこをベースに、その先へどう進むのか。――団長は、それを仰りたいんですよね?」
ソフィが優しくローズに話しかけながらライトを促す。――とりあえず狂人化の心配がないのはありがたい。「アタシ」の方だったら既にヤザックは殴られてるかもしれない。……とは言えない面々。
「うん。直ぐに結論を出したら駄目だ。ローズの想い、ヤザックさんの想い。その全てを、ちゃんと汲み取りたい」
実際このままローズを無断でハインハウルスに連れて行った所で、ローズの心に傷が残り続ける。それは許したくない。
「ヤザックさんとの協議の結果、ローズが一緒に来る事になっても、この街に残る事になっても、心から納得出来る結果にしないと意味が無い。――ローズは、お父さんの事が大切だよな? ちゃんと、分かり合えた結果の先に進みたいよな?」
「……はい」
「それはヤザックさんだって同じだ。本心から、君と絶縁の様なお別れしたいだなんて思ってるわけがない」
最初にローズが勇者の素質があると話した時、自らの体を張って彼女を庇おうとした。守ろうとした。――大切だからに、決まってる。家族だから。当たり前じゃないか。
「勇者だからとか、俺の弟子だからとか、そんなの関係無しに、ちゃんとした一歩を進めよう。その結果が全てだ」
後悔なんてして欲しくない。長い時間を棒に振って欲しくない。――仮に本当に俺の弟子だっていうなら、俺と同じ過ちなんて犯させるものか。
「勿論頑張るのはローズだ。でも、答えが出るまで俺達は傍にいる。応援出来る。手を貸す事が出来る。だから、大丈夫。ローズなら、きっと出来る」
「師匠……ありがとうございます! 私、勇気が出てきました! 師匠のおかげです! 皆さんも、ありがとうございます!」
ガバッ、と元気よくローズが頭を下げた。頭を上げた時の目には、力が籠っていた。――そうだよ。諦めちゃ駄目だ。目の前にある大切な人を、諦めたら駄目だから。
「ローズ。これがライト騎士団。ライトが、団長である所以ですわ」
「はい! 弟子になれて光栄です!」
「あー、うん、その、うん」
自分で言ってしまったとはいえ、本当に弟子になってしまった。……どうしたらいいんだろうなこの辺りは。
「ライト様、具体的にはどうしましょうか? 私達は中に入ってないので話を皆さんから伺っただけなので断言は出来ませんが、はいそうですかでもう一度訪ねても何の解決もしませんよね?」
「まあ、しつこく行って話が解れるならそれでもいいですが、そう上手くはいかないでしょうなあ。ある程度の長期戦を覚悟すべきかと」
ハルとニロフの意見は最もであった。だからこそライトは、
「一、脅迫する。二、城に戻って美人を数名連れて来てお持て成しして貰う。三、薬漬けにしてわけがわからなくする」
「四、ローズに実績を積んで貰う、だよ! 俺の話聞こえてたよね俺の横にいるんだから!」
円満解決にしたいって言ってるのにそんな案を出すんじゃない。
「マスター、実績を積んで貰うって?」
「ローズが俺達と一緒に城に行くと仮定して、ヤザックさんの不安の一つはやっぱりローズの経験不足だ。ローズが俺達と行動を共にしても大丈夫だと証明して少しでも不安を取り除こう。まずはそうやって出来る事を一つ一つやってみよう」
「もし正式に城に来て貰う事になったら、専用の装備が用意されると思うけど、それまでの繋ぎでこの街でまずは装備を用意してみよう」
ライトがまず考えたのは、ローズに「実体験」させる事。その結果、ローズにやる気が満ちてそのやる気が更にヤザックに伝わればよし、ローズが怖気づいてここで終わりになってしまうもまた一つの答え。なのでローズにもしっかりとした装備を――
「んじゃ、まずはお菓子屋さんだねー」
「? 何で?」
「お饅頭の箱必要でしょ。手土産に持っていって蓋を開けたら金貨がざっくざく」
「俺達の任務に今の今まで一度でもそんな内容の任務あったっけ!?」
「あれ? 勇者チケットは?」
「賄賂の為の道具じゃねえええ!」
――装備を整えにまずは防具屋へ。というかローズが変な影響を受けないか心配になってくるライトであった。
「んー、実際にいきなり最前線に立ってあれこれじゃなくて、あくまで保険だから……これとこれ、後は……こんな感じじゃない?」
防具屋に入ってローズの装備を選んだのは意外にもレナだった。先程の賄賂饅頭とは打って変わってピッタリの装備を見繕う。ライトとしてはビキニアーマーとか言い出すと思ってツッコミを覚悟していたのに少々予想外。
「何? 着て欲しいの?」
「違うから! 後読心術止めて!」
顔に出しているつもりは無いのに何故だろう。
「私は軍に入る前の傭兵時代があるからねー。自分で装備選ぶのには慣れてるわけ」
「成程な……後ニロフとサラフォン、こっそり棚に仮面を置くの止めなさい。百歩譲って商品だとしてもつけさせないぞ」
そんなこんなで防具一式を無事購入完了。
「あの、普通に買って貰ってる形なんですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫。経費で落とすから心配ないわ」
ローズの質問に対し、そういえば、と思う前に事務官ネレイザがそう返答。まあ最悪ライトは自腹の覚悟もしていたが。
「ありがとうございます。――こういうの、憧れてたんで実は嬉しいです」
戦うお姫様のファンなのだ、そこに辿り着くのは当然なのかもしれない。
「例えば俺達がここに来る事が無かったら、将来こういう道に行きたい、とかは無かったの?」
「無かったと思います。憧れは憧れですけど、小さい頃から父には止められてましたから。お前には向いてない、優しい子だから、って」
「そっか……」
この街自体も最前線とか戦火とかそういった物ではない。そうなると言われ続けたら選択肢からは消えたかもしれない。
「ヤザック殿は懸念されていたのでしょうな、自分の才能がローズ殿に受け継がれてしまっている事に。結果、ローズ殿がそういった道に進み、離れてしまう事に。――運命か偶然か、今日という日が来てしまっていますが」
「ボクはどっちの気持ちもわかるなあ……ボクもお父様お母様の希望とボクの希望ですれ違ってたから。でもだからこそ、ローズちゃんの本当の気持ちをしっかり決めて、迷わないで道を進んで欲しいな」
罪人の如く両手を縛られたニロフとサラフォンが、感慨深げに――
「……何で縛られてる?」
「買い物が終わるまでのペナルティとさせて頂きました」
――感慨深げに良い事を言っているのだが、ハルに握られた手綱で若干格好良さが落ちていた。まあ放っておいたらローズの装備に何を仕込むかわからない。
「さて次は……武器屋か」
「? 武器はエクスカリバーじゃ駄目なん?」
「流石に最初からエクスカリバーは危ないだろ……というのは建前で、実際の所」
ライトがエクスカリバーをローズに手渡そうとすると――ドシン!
「こいつが梃でも動かない」
急に重みが増して、ローズに手渡せなくなる仕組みになっていた。――勇者の為に作られた聖剣とは一体。勇者が持てなくなってるじゃないか。
というわけで、エクスカリバーの説得は後に考えるとして、一向は今度は武器屋へ。
「いらっしゃい……おっ、ローズじゃないか、どうしたこんな所に」
「こんにちは!」
性格からして街でも顔馴染みが多いか、ローズは笑顔で武器屋の店主に挨拶。そして勇者の可能性は流石に隠しつつも上手く事情を説明する。
「そうか……ローズもそんな選択肢を選ぶ様になったのか。懐かしいな」
「懐かしい?」
「そうか、お前は覚えてないか。小さい頃、ヤザックに連れられて店には来てたんだぞ」
「え……?」
知らない事実だった様で、ローズは驚く。その事実はつまり、
「お父さん……昔は武器屋にお世話になってたんですか?」
という事である。
「ああ。ヤザックの武器を用意してたんだよ、前はな。――ああそうだ、ちょっと待っててくれ」
そう言って店主は一度店の奥へと消えた。そして、戻って来た時に、一本の剣を持ってきた。
「これは……」
「ヤザックの為に用意した最後の剣だ。渡せず仕舞いだったんだよ」