第三百二十七話 演者勇者と勇者4
「ローズさんは、恐らく姫様もしくはライト様に会いに向かわれたと思いますよ。私がここに来る途中ですれ違いました」
リバールはヤザックが尋ねてくるより先に、その答えを告げる。
「わかりました、だったら――」
「彼女が話をするのすら駄目だと? 彼女が、姫様に憧れていたのは御存知ですよね、だったら話をする位はいいじゃないですか。――まさかそんな事すら知らないわけがないですよね。そして、その事すら禁止するおつもりですか?」
「…………」
勿論知っている。前々からローズはエカテリスに憧れていた。いつもだったらその話をするローズが輝いていて、ヤザックも見ていて幸せだった。だが今日は違う。……違うんだ。
「ローズさんが席を外す事でご家庭内に支障が出る様でしたら、僭越ながら私が少し家事をこなしましょう。ヤザックさんはお体が丈夫ではないとお聞きしています。代わりに夕食の支度でも致しますね」
「待って下さい、貴女一体何の為にここに」
「最初に申し上げましたよ、お話がしたいと。――あ、ちなみに姫様ライト様からの命令ではありません。私個人として、少し話をしておきたかったものですから」
そう言いながらリバールはその場所から見える位置にあるキッチンに移動。置いてある食材を無駄遣いしないレシピを直ぐに頭の中で組み立てて作業を開始。――何だかんだで使用人歴は長い。最初の頃出来なかった料理も今はハインハウルス王女専属使用人として恥ずかしくない腕の持ち主となっていた。
「私の父は、私が丁度ローズさん位の歳の頃、亡くなりました」
作業をし始めると同時に、リバールがそう切り出し始める。
「特殊な家の生まれでして、一般的な家庭の父と娘の関係性は殆ど無かったです。その手の世界で一流の仕事をする父、その部下、そういった関係性の方が圧倒的に強かったと思います」
誇張はしていない。思い返しても、本当にそんな関係だった。
「一般的な家庭の関係を羨ましいとは思いませんでした。その世界が私にとって当たり前でしたし、何よりも私は父を尊敬していた」
その背中を見て育った。一味を束ねるカリスマ、忍としての技術。全てが一流だった。
「そして亡くなる時、父は「父」として、私に大切な事を教えてくれました。その教えが想いがあるから、今があります」
心から信頼出来る人間に、忠を尽くせ。――その言葉通り、今エカテリスに忠義を誓い、幸せを感じている。
「……一体何の話ですか? その話を私に聞かせたいだけですか?」
「親子関係など様々です。色々な形があります。でも、子供はやはり親の背中を見ています。親は、見られても恥ずかしくない背中を、子供に見せるべきだと思うのです。――ヤザックさんは」
そこでリバールは一瞬手を止め、ヤザックを見る。
「胸を張って、何の躊躇いもなく、ローズさんに恥ずかしくない背中を見せていると、言い切れますか?」
そして、冷静に、そう尋ねるのであった。
「父が、失礼な態度を取ってしまって申し訳ありません」
ペコリ、とローズがライトとレナに向かって頭を下げた。
「大丈夫、気にしてない。前もっての連絡無しに突然訪ねた俺達の方が悪いよ」
「そうなの?」
「そうでしょ俺の横! そんな無垢な顔で分かり切った事訊かないで!」
その場を和ませる為のジョークだと思いたい。
「んー、何にせよローズちゃんがそんな謝る話じゃないから、大丈夫っていう点は私もライト君と同意見だよ。気にしない気にしない」
「そう言って貰えると助かります」
先程の謝罪も本気でそう思っているのが伺えた。良く出来た子だな、という感想をライトとレナは同時に持った。
「ローズちゃん。ローズちゃんとヤザックさんの事、話してくれるって言ってたけど……俺達は知りたいけど、でもローズちゃんが一人でそれを俺達に話しちゃって大丈夫?」
「はい、大丈夫です。皆さんになら、お話しても大丈夫な気がしたんです。……寧ろ、知っておいて貰いたいです」
「ありがとう。無理なく話せる範囲でいいからね」
そのまま三人は手近な所にベンチを見つけたので、並んで座った。
「父は、優しい人です」
飲み物を買ってきて手渡すと、ローズが話を始める。
「体を壊して思う様に動けない時がありますが、私はそれを支えるのを苦に思った事はありません。家族なんだから、助け合って当たり前。それを偉いとかそんな事、無いと思うんです。寧ろ時々私に全部押し付けてる、みたいな目で見て来る人がいるのが腹が立つ位で」
「そうなんだ。――今のローズちゃんにはごめんかもだけど、俺もそれは偉いと思うよ」
「だねー。中々出来る事じゃない。皆が皆出来てそれが当たり前だったら、世の中戦争なんて起きないでしょ」
「ありがとうございます。皆さんにそう言って貰えるのは、嬉しいです」
そう言って笑顔を見せた。年相応の、眩しい笑顔だった。
「じゃあさ、いつ頃からローズちゃんのパパさんは体が悪くなったの?」
「母が居なくなって直ぐだったと思います。私が五歳の時、母は他の男の人とこの街を出て行きました」
「…………」
何気ないレナの質問だったが、結構な所を抉ってしまった。思わずライトとレナの目が合う。直後、レナがローズには悟られない様に口パクで、
(本物の勇者って、ハーレムの素質ないんだね)
(それ今俺に伝える必要ある!?)
そう真面目に伝えて来た。ライトはこっそり溜め息。――必死に解読したのが馬鹿だった。
「元々父は生まれの村から母と一緒にこちらへ移り住んだらしいです。でも私が産まれてからは次第にすれ違う様になったって。私と父の姿を、母は見てられなくなったとか」
もう一度ライトとレナの目が合う。――自然とライトは自分が先になる様に口を開いた。
(もしかして……勇者の力を垣間見て、付いていけなくなったのかな)
(かもね。ヤザックさんもローズちゃんも、きっと魔力とかも一般人とはジャンルが違ってくる。それに距離を感じたのか、恐怖を感じたのか。いざという時普通の自分は……っていう気持ちになった所で、でしょ。まー、だからと言って他にあっさり男作っていいかっていう話ではあるけどさ)
会話のすれ違いや、ヤザックとローズにしかわからない世界を目の前にして、疎外感を感じてしまったのだろうか。今となっては想像しか出来ないが。
「私も五歳だったので一から十まで覚えてはいないけど、でも母は最後に私に言いました。「貴女の事が嫌いになったわけじゃない。寧ろ愛してる。だからこそ、ごめんね」って」
「それって……ああいや、何でもない」
裏を返せば、もうヤザックの事は……という事にも聞こえる。流石に口に出すのは憚られた。
「それ以来、父は体調を崩しがちになりました。幸い貯蓄はあったみたいで、それを切り崩して生活はしています。私もこの歳になって何でも出来る様になりましたし。簡単なお仕事だったり、畑で野菜を作ったり」
「ヤザックさんの体調は? ずっと悪いままなの?」
「日によって良かったり悪かったりです。回復している様子も悪化している様子も無くて。でも無理はして欲しくないから、私が支えになればと思って」
「……ふーむ」
察するに、完全に立場が逆転している様な状態。家を支え、面倒を見ているのは最早ローズの方。――彼女はそれ以外の生き方を知らないのかもしれない。年相応の幸せを知らないのかもしれない。果たしてそれは、本当の幸せなのだろうか。勿論今日来てこの話を聞いただけのライトとレナにそれをああだこうだ言う権利は無い事はライト達自身も良くわかってはいるのだが。
「取り敢えず、また詳しい話は明日以降するけど、大前提として俺達は無理矢理ヤザックさんやローズちゃんを何処かに連れて行ったり、二人を引き離そうとかするつもりはないよ。あくまでこっちから色々な可能性から選択肢を用意出来るから、落ち着いて話が出来ればいいな、と思ってる」
「色々な、話……」
ローズは一瞬考える素振りを見せ、ぐっ、と手に力を入れ、覚悟を決めた様に口を開く。
「あの、私に勇者の素質があるっていうのは、本当なんですか!?」
そして出た質問はそれだった。勿論あの時の言葉を聞き逃してはいなかった。
「うん。ヤザックさんとローズちゃん、二人共ね。俺達は、勇者として招く事も視野に入れてるんだ」
「私が、勇者として……!」
直後、ローズの目が輝き始めた。そしてぐっ、と食い入る様に迫る。
「じゃあ、もしかしたら、私が聖剣を持って、魔王を倒すとか!」
「有り得るよ。実際聖剣を持てたでしょ? あれならもう一回持ってみる?」
『やだー!』
「何でお前が子供みたいに拒むんだよ!?」
駄々をこねるエクスカリバー。再びライトが揉める。声が聞こえないローズとしては「?」なのだが、
「この人、一応現勇者。エクスカリバーは抜けないけど会話は出来るんだよ」
苦笑しながらのレナの説明。だがそんな可笑しな光景にもローズは綺麗に納得し、
「凄いです、王女様と一緒で何かある人だと思ってたんですが、やっぱり! 流石なんですね!」
と、尊敬の眼差しでライトを見た。
「私、ずっと憧れてたんです! 剣や魔法で悪を倒すっていうの! 女の子らしくないかなって思った時もあったけど、でもやっぱりそこが憧れで!」
「大丈夫、変じゃないよー。私は憧れで軍には入ってないけど、そういうの好きな女子、ウチの軍……部隊に一杯いるし」
筆頭が王女なのだから何の文句もあるまい。――ローズがエカテリスに憧れてるのも良くわかった。
「あのっ、今までも色々な事件や戦いがあったんですよね? お話、聞いてみたりしたら駄目ですか? あっ、でももう帰って家の事しないと……」
ライトが返事をする前に、ローズは自分自身で答えを――残念な答えを出してしまっていた。ライトは直ぐに明日以降もまだ居るから時間がある時においで、と言おうとすると、
「宜しかったら、今日は私達と同じ宿にお泊りになったらどうでしょう?」
姿を見せたのはリバールだった。
「食事中や食事を終えて何かをする予定はございません。その時に、姫様ともゆっくりお話出来ます。姫様もローズさんの様な意思をお持ちの方ならば喜んでお話して下さいますし」
「そう言って貰えるのは嬉しいんですけど、でも家で父が待っていますし、まだ家の事も」
「僭越ながら私が代理である程度の事はこなしておきました。ヤザックさんにお話したら、折角憧れの王女様と沢山お話出来るチャンスだから、自分の事は気にせずにぜひ行ってこいと仰っていましたよ」
「本当ですか!? 父が!?」
「ええ」
笑顔でリバールは返事する。――ライトとレナは気付いていた。その笑顔がいつもの笑顔と若干違う。何かしたでしょ、という視線をレナは送るが、リバールはレナとライトにも笑顔を見せるだけ。……まあ、変な事はしないだろう。
「ありがとうございます! 夢みたい……! 王女様と一緒に泊まれるなんて!」
勿論ローズは気付かない。――まあ、ローズを想っての事ならば、それでいいかな、と二人は納得。
「それじゃ、宿に行こうか。改めて皆とローズちゃんの自己紹介だ」
こうして、ローズにとって夢の様な時間が幕を開けたのであった。