第三百二十五話 演者勇者と勇者2
ラスダーン。ハインハウルス国内に数ある中規模の街の一つであり、厳しい言い方をすれば特徴らしい特徴の無い、普通の街。
「でも実際、どんな人なんだろうな」
その普通の街に、勇者は暮らしている。調べた住所は街の外れの方。
「ミスラルマの村長さんの息子って事は、まあ私達よりかは年上だよね。程よく中年太りが始まる年齢位かな。人によってはもう頭皮にもダメージが来てる。加齢臭も――」
「レナは全世界の中年男性を敵に回したいのか!?」
「そういう人も覚悟した方がいいって意味。勿論体系もスマートなナイスミドルの可能性だって十分あるけど、平均値はねえ」
言いたいことはわかるけど。いつか俺達もそういう歳になるんだぞ。
「姫様、槍をお預かりします」
「? リバール、急にどうしたの?」
「いえ、レナさんの話を聞いていたら姫様が勢いのまま串刺しにする可能性もあるのかな、と」
「いくら私が勇者様に夢見てるからってそこまでしませんわよ! ねえライト、リバールが酷いと思うでしょう?」
「ウ、ウン、ソウダネー」
「何で片言なのかしら!?」
だって最悪のパターンを想像しちゃったんだもん。
「確かに物語の中の勇者様は若くて美男子の方が多かったですわ。でも私とてもうわきまえてます。それに私にとっての勇者様はもう……ううん、これは今はいいですわ」
「?」
エカテリスはライトをチラリと見てその先を言うのを止めた。
「くぅ……影武者で若くてイケメンを用意しておけば王女様はそっちに流れてくれたかも……!」
「寧ろネレイザちゃんが中年太りの薄毛勇者様に流れたらいいんじゃない?」
「何でそうなるのよ!?」
そんな会話をしていると、ヤザックが暮らしているとされる家が見えてきた。街外れなので回りは自然が多く、裏には小さな畑も。
「ごめん下さい」
代表して事務官ネレイザがドアをノック。すると十数秒後、ドアが軽く開いた。
「どちら様ですか?」
顔を少しだけ覗かせたのは、四十代位だろうか、特に太っても髪の毛が薄くなってもいない(!)男性。
「こちら、ヤザックさんのお宅で宜しいでしょうか」
「ええ、そうですが」
「ヤザックさんは御在宅ですか?」
「ヤザックは私ですが、貴女は」
「ハインハウルス軍の者です。本国からやって来たライト騎士団と申します。実はヤザックさんにお話が――」
「っ、帰って下さい、軍の方にお話しする事なんて何もありません」
バタン!――ネレイザの挨拶の途中で、ヤザックは思いっきりドアを閉めた。突然の事に流石に対応出来ない面々。
「あ、あの、別に変な話でもないんです、お話だけでも聞いて貰えませんか? あの!」
ドンドンドン。――ネレイザが軽くドアを叩きながら呼びかけるが、返事すら返って来ない。埒が明かない。
「……どういう事なんだ?」
「前途多難だねー。あれじゃ心当たりがありますって言ってる様なものでしょ。つまり」
「ミスラルマ村長・ケミドト殿の発言通り、ご自分が本物の勇者、もしくは程近い特別な何かを持っている事に気付いている。そしてその力を振舞う事を拒んでいるのでしょうな」
何処かでその方向性も考えていた。何せそれが嫌で彼はミスラルマを出て行ってしまったのだから。
「でも、流石に面会もせずに諦めるわけにもいきませんよね。「アタシ」で無理矢理ドアを開けますか?」
「ならば裏から逃げない様に俺はそちらを警戒しよう」
「ハル、結界とか張った方がいいかな? 簡易的なやつならボクの道具で直ぐに出来るけど」
「あまり強引に出ていい場面じゃないわ。まずはライト様と王女様にお任せしましょう」
やいのやいので作戦会議をしていると、
「あの……ウチに何か御用ですか?」
何処か買い物にでも行っていたか、十四、五歳の少女が箱を抱えてこちらを見ていた。――もしや。
「ヤザックさんの娘さん、かしら?」
一番近くにいたリバールが優しく対応をする。
「はい、そうですけど」
「私達、ハインハウルス軍のライト騎士団というの。今日はお父さんに、少しお話があって」
「軍の方が、父に……?」
「ああ、誤解しないで。お父さんが犯罪を犯したから捕まえに来たとかそんな悪い話じゃないから。何の心配もいらないわ」
「そうですか……って、ああっ!」
ヤザックの娘は一瞬凄く驚くと、視線をガッ、と変え、
「も、もしかして、エカテリス王女様ですか!?」
目を輝かせ、エカテリスを見た。
「ええ。エカテリス=ハインハウルス。ライト騎士団の副団長もしているの」
「凄い、こんな近くで……! 以前、遠目で見かけた事があって、その、私、ファンなんです! あの、その、握手とか……」
「構いませんわよ、その位」
「わあっ! ありがとうございます!」
笑顔で手を差し出すエカテリスに、ヤザックの娘は持っていた箱を急いで落とす様に置いて――ドスン。
「……?」
感激の表情を浮かべて握手。エカテリスは手慣れた物だ。
「そうだ、ボク、カメラ持ってるから写真撮ってあげようか?」
「カメラ!? 流石、そういうの当たり前の様に持ってるんですね! で、でも、私なんかが」
「大袈裟な、写真も構いませんわ。サインも必要かしら」
「凄いっ、夢みたい……! ありがとうございます!」
そのままサラフォンに促され、有頂天になってヤザックの娘はエカテリスとツーショットの写真を撮って貰う。――その一方で。
「……!」
「? どしたのライト君」
「レナ、これ持ってみて」
「あの子が持ってた箱? 何で?」
「持てば俺の言いたい事わかるよ」
頭に「?」マークを浮かべたまま、レナは置かれた箱を――
「――え、ちょ、何これ重っ」
――持とうとして、躊躇してしまう。理由は単純に見た目以上の重さを誇っていたからだ。中に相当物が詰め込まれている様子。
「さっきあの子が置いた時結構な音がしたから、ちょっと気になって触ってみたら。普通の十四、五歳の女の子が平然と持てる重さじゃない」
「だね。……つまり、あの子」
その推測をしている所で、撮影会は終了。着ていたシャツの背中にサインも貰い、いざ本題へ。
「えっと、お名前を訊いてもいいかしら?」
「私、ローズといいます」
「ローズ、私達、貴女のお父様とお話がしたいのですけれど」
「あ、はい、お待ち下さい!――お父さん、ただいま! 王女様がお父さんに話があるって! 待たせたら失礼だよ!」
ヤザックの娘、ローズが声を強めて呼びかけ、ドアを開ける。すると、
「……お入り下さい」
ヤザックは憂鬱そうな表情を隠さず、でもローズの手前か諦めて上がる事を許可した。
「ふむ。我々は外で待ちましょうか」
「ローズちゃん、ボク、カメラの他にも色々あるんだ。見せてあげるよ」
そこまで広い家ではない、騎士団全員で入るのもどうかと思ったか、率先してニロフ、ドライブ、ソフィ、ハル、サラフォンは外での待機を選んだ。サラフォンがさり気なくローズも外に誘う。……地雷とか薦めなきゃいいけど。
というわけで中に入ったのはライト、レナ、ネレイザ、エカテリス、リバールの五名。用意された椅子に座り、ヤザックと向き合う形に。
「ミスラルマ村・村長のケミドトさんの息子さんで、ヤザックさんで間違いないですね?」
まず口を開いたのはネレイザ。事務官として冷静に話を切り出す。
「はい。もう父とは長い間連絡を取っていませんけれど。それが何か」
「マスター、お願い」
「うん。――ヤザックさん、突然になりますが、この剣、抜いて貰えませんか?」
ヤザックの質問には答えず、ネレイザはライトにバトンタッチ。ライトは腰のエクスカリバーをヤザックに手渡した。
「抜くだけでいいんですね?」
するとそう言って、ヤザックはエクスカリバーをゆっくりと「抜いた」。――何の躊躇いも障害もなく、「抜いた」。
「何か体に違和感があったりとかしませんか?」
「いえ別に。綺麗な剣だな、位ですが。これが一体何だと」
「ありがとうございます」
ますます怪訝な表情になってヤザックはエクスカリバーをライトに返した。ライトはエカテリスを目を見合わせて頷いて合図。そのままエカテリスに今度はバトンタッチ。
「今貴方が抜いた剣は、エクスカリバーといって本物の勇者にしか抜けない仕様になっていますの」
「!?」
「悔しいけれど、私にも抜けませんわ。この通り」
ライトがエカテリスにエクスカリバーを手渡すと、エカテリスはエクスカリバーを抜こうとするが、抜けない。いつも通りの仕様だった。
「つまり今この瞬間、貴方が勇者である事が証明されましたの」
「な……そんな……!」
「つきまして、我がハインハウルス軍は正式に貴方の勇者の就任を要請しますわ。その力で、魔王を倒す為に立ち上がって欲しいのです」
「馬鹿な! 勇者様はもう存在して、軍も魔王軍を追い詰めてるっていうのは」
「嘘じゃありません」
そこでライトが再び口を開く。――現「勇者」として。
「自己紹介が遅れました、ライトといいます。現時点で、国王様から勇者の立場を預かっています」
「なら何故私が招集されるのですか? 貴方がいればそれでいいじゃないですか」
「俺はエクスカリバーと意思疎通はしましたが、正式にはエクスカリバーに認めて貰えませんでした」
ぐっ、と力を込めてエクスカリバーを抜こうとするが、勿論抜けない。――ここで抜けたらどうしようとか内心少しだけ焦ったりもしたのは余談。
「なので、正式に扱える貴方が本物の勇者に相応しいんです。俺は、本物にはなれない、偽者です。――この世界の為に、立ち上がってくれませんか」
「…………」
ヤザックは神妙な面持ちでライトから視線を外し、考える様子を見せる。そして、
「それは、お断りする権利はありますか?」
次いで出た言葉はそれであった。
「勿論、無理強いはしませんわ。貴方の意思を尊重します。でも私達としては、出来れば貴方に――」
「でしたらお断りします。――私、数年前から体を壊してまして、そんな立派な事など出来ません」
そして迷わず断ってきた。――ピン。
「って、レナか」
ライトの隣にいたレナが、真実の指輪を指で弾く。使ってみたら、という合図。――実際に使ってみれば、
(「ヤザック……勇者の末裔……強固な意思」……か)
勇者である事は断定されたが、それ以上の事が断言出来ない。――恐らくレナは彼が体を壊している事も疑っている。理由はわからないが勇者就任に完全に後ろ向きだから、嘘の可能性を睨んだのだ。それに対して出た答えは「強固な意思」。
「可能性はあるけど、断言は出来ない」
ライトは小声でレナにそう伝える。するとレナはふむ、と一瞬考えた後、
「じゃあ、揺さぶりかけてみようか。少なくとも理由位知らないと私達も引き下がれないもんね」
そう言って立ち上がり、一旦外に出ると、
「あ、あの……?」
「ごめんごめん。ちょっとだけ来て貰っていい?」
外で待機中のメンバーと談笑していたローズを連れて来た。そして、
「ローズちゃんだっけ。これちょっと抜いてみてよ」
エクスカリバーを手渡した。
「この剣を……抜けばいいんですか?」
「っ! 待ってくれ、止めてくれ、ローズは関係な――」
「えいっ」
シャリン!――次の瞬間、何の障害も無しに、ローズはエクスカリバーを抜いた。
「わあっ、綺麗な剣ですね! 凄く軽くて持ち易くて!」
つまり――ローズも、勇者である事が認定されたのであった。