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第三十話 幕間~教えて! ハル先生

「――本格的に勉強を教わるなんて何年ぶりだろ」

 ある日の夜。ライトはハインハウルス城内にあるとある個室で待機してハルを待っていた。部屋には椅子と机、黒板が置いてあり、汎用の会議室の様な使い方が出来る部屋らしい。

 事の始まりはライトがアルファスに弟子入りする直前。ハルに密着取材をした時に、簡単な政治情勢の勉学を教えて貰う約束をしていた。ライトとしてもハルが忙しいのは重々承知していたので、自分からいつがいい、とは言えず、無かったことになってしまっても仕方ないと思っていた所、ハルに日付と時刻の確認をされ、今に至っている。

 あらためてハルという人物をライトは考えてみた。初めて会ったのはレナとマークに連れてこられて、ヨゼルドに対面したその日に、ハルにも既にヨゼルドの使用人として対面している。あまり表情は崩さずクールに、でも自分の意見や行動を揺らがず持っているしっかり者、というイメージが浮かんだ。今回の件を考えると、責任感も強いのだろう。

 まだ若く、容姿はお世辞を抜きに可愛らしいと思った。前述通り冷静な表情しか見たことがないが、笑ったらさぞかし可愛いだろう。――そんなハルと、深夜ではないが夜に個室に二人きりで勉強会。

「……あー」

 やばい、ちょっと緊張してきた。――別に何も間違いを起こすつもりも起きる予感もないし、やましい気持ちもないが、それでもまったく緊張するな、というのはライトの性格上中々難しい問題だった。――いや違うぞ。俺は久々の勉強に緊張しているんだ。ハルに対して……何もないってのも失礼だな。うん、ハルの事は認めてるんだぞ。仕事も出来るしこんな俺にも礼儀正しく接してくれるしこうして二人きりで勉強まで教えてくれるし。二人きり。二人きりか……いやそうじゃなくて!

 ライトの緊張と葛藤がどんどん高まっていたその時だった。――ガチャッ。

「すみません、お待たせしました」

「は、はいっ!」

 ガラガラガラ。――ドアが開き、つい上擦った返事をしてしまうライト。ハルは台車を押しながら部屋に入ってきた。台車には、今回ライトに教える要点をまとめておいたか、何枚かの紙の束と、

「早速始めましょう。今日はまず、失礼ながらライト様が具体的にどの程度の知識がおありなのか、把握させて頂きながらの授業とさせていただき、次回以降に繋げていければと思っています」

「うん……えっと、その前にさ、ハル」

「? 何か不安なことでも? 遠慮なく仰って下さい」

「いや、勉強の前に……これは、一体?」

 そう、台車には何枚かの紙の束と、

「ふご! ふごふごふご!」

 椅子に縛られ猿ぐつわをされ、その椅子ごと運ばれてきた、ヨゼルドの姿があった。――緊張が、一気にぶっ飛んだ。



「……それで、今回は何をやらかしたんです?」

 とりあえずヨゼルドはライトの隣の席に縛られたまま配置された。流石に猿ぐつわされたままは不気味なのでハルに許可を得て外して事情を尋ねてみることに。

「誤解だライト君! まだ何も今日はしてないぞ!」

「そうですね、「まだ」何もしてはおりません」

 同意するハルの「まだ」に強調が入っていた。ライトはどういう意味? という視線をハルに送ってみると、ハルは軽く溜め息。

「私がライト様に今日この時間勉学を教えるという話を何処からか聞き付け、この時間私の監視の目が緩くなると踏んだのでしょう、城を抜け出して夜のお店に繰り出そうとしていました」

「ああ……」

 そういえばこっそりキャバクラに通ってるって言ってたな、国王なのに。――というか別に夜のお店目的じゃなくても国王がこっそり城抜け出しちゃ駄目だろ。その辺りは娘のエカテリスに血筋が受け継がれてるのかもしれない。こっそり城抜け出して名前偽装して街に行ってたし。

「また普段の言動からは一ミリも感じ取れませんが、この方の政治的手腕、知識は本物です。なのでライト様の勉学に役に立てればと思いこのまま連れて参りました」

「フフ、見直したかねライト君」

「はあ」

 その椅子に縛られた状態でドヤ顔をされても。――相変わらずお互い国王と使用人という間柄が信じられない行動である。

「それでは時間も惜しいので始めます。――先程申し上げた様に、今回は今後の授業内容の為にライト様の実力を測らせて頂きたいと思い、簡単なテストをご用意させて頂きました。制限時間を二十分としますので、解ける所まで解いてみて下さい」

 パラリ、とライトの机にテスト用紙が置かれる。――こんなことまで用意してくれたのか。ライトは感謝と共にハルの本気度を感じ取った。

「では二十分間、手が空くので私はヨゼルド様が集めた夜のお店の方々の名刺をハサミで細切れにしてみたいと思います」

「ノオオオォォォ!」

 そしてハルはわざわざ机を挟んでヨゼルドの前に座り、名刺の束とハサミを用意していた。――これはこれで本気らしい。しかも目の前でか。ドSなんだな……

「ハル君名刺は構わないだろう!? 名刺に如何わしい写真が掲載されてるわけじゃないんだし! 社交辞令の一環だよ!」

「そのお店の方々やお仕事を否定するつもりもありませんが、ヨゼルド様が立場上大事にしているというのが問題なのです。そうでなくても妻子ある男性としていかがなものかと思いますが」

 そういえばハルはヨゼルドの妻であり王妃であるヴァネッサからヨゼルドの世話を託されていると先日ハル本人から聞いていた。……王妃様か。

「国王様、俺も奥さんがいるのに隙あらばキャバクラに行くのはどうかと思いますよ……偶に付き合いとかで行くとかならまだしも、名刺を大量にコレクションする程とか……王妃様の事どう思ってるんです?」

 庶民派で親しみ易いのはいいが親しみ易過ぎるのも立場上問題である。

「ライト君までそういう事をいう! 勘違いして貰っては困るが、私はヴァネッサの事は世界で一番愛してるぞ! 美人で強くて最高の妻だ! 僅差でエカテリスな!」

「ならキャバクラ行く必要ないでしょう」

「偶にしか……偶にしか会えないから寂しいのだよ……!」

 そういえば未だにライトはヴァネッサを見たことがない。以前も公務でいないと言っていた。チラッとその辺りどうなの、とハルを見てみる。

「ヴァネッサ様はハインハウルス軍の総責任者ですので、今は最前線に」

「軍の人だったんだ……」

「ヨゼルド様とご結婚なされる前から、騎士としてその名を轟かせていました。剣聖、夢幻騎士と同じく三大剣豪の称号である「天騎士」の称号をお持ちです。恐らくですが、レナ様、ソフィ様でも勝てないでしょう」

「え、それは凄い……っていうか強過ぎの部類に入らない?」

 レナとソフィの圧倒的強さをライトは何度も目にして来ている。その二人でも勝てない強さとは……

「ですね、三大剣豪と呼ばれる方々は皆圧倒的だと言われています。「この手に剣がある限り、私は誰かの為に戦う」がヴァネッサ様のポリシーだとか」


『この手に剣がある限り、私は誰かの為に戦うわ。勿論君の為にもね。だから――』


「……あれ?」

 何処かで聞いたことのあるフレーズだった。うろ覚えの風景が一瞬過ぎる。――何で俺、聞き覚えがあるんだ?

「ですので、中々こちらには戻ってこれないのが現状です。それでも定期的には戻ってきますので、ライト様もお会いになる機会はあるかと思います」

「そっか……じゃあその時までに、出来る限りしっかりしておかなきゃな」

 思い出せない物を考え続けても仕方がないので、ライトは頭を切り替える。――折角の勉強の時間だ、そちらに集中しよう。

「わかってくれライト君……甘やかしてくれる女性に私は飢えているんだ……ハル君滅茶苦茶厳しいし……! あれならライト君が好きそうな子、何人かピックアップしてあげよう」

「だから俺を巻き込もうとするの止めて貰えませんかね!?」

 集中したいのに、横に縛られている人間のせいで集中出来なかったりもする。――と、集中出来ないのを察したか、ハルもため息。

「わかりました、ならこうしましょう。今から行うライト様のテストの点数が八十点以上だったら、名刺切りは今回は免除します。点数に合わせて切る枚数を変えましょう。だからちょっと静かにしていて下さい」

「うおおおおキター! ライト君ここは頑張り所だぞ! 未来を栄光をその手に掴むのだ!」

「全然俺にメリットないですけどね……まあ今後の為ですから頑張りますけど……」

 何が未来と栄光だ。――かくして、ライトの実力テストが開始された。



「採点の結果、今回のテストは六十点でした」

 二十分の奮闘の末解答欄を埋めたテスト、採点の結果がハルから告げられた。

「恐らくですが、本の物語から得た知識が事実と勘違いしている部分があるのではないかと。事実を元に描かれている物語は多いですが、一部フィクションを加えている物語も多いので、それを事実と認識してしまう人がいらっしゃるんです」

 ハルが用意してくれた解答と自分が間違えた所を照らし合わせてみると、成程確かに本で読んで得た知識を元に書いた所が間違えている。――この機会がなかったらずっとこれが正解だと思ってたな。

「うーん、全然駄目なんだな、俺」

「あっ、誤解しないで下さい。恐らく一般人の平均点は四、五十点位だと思いますので、ライト様は知識をお持ちの方です。それに、その足りない知識を埋めていく為の授業ですから、お気を落とさずに」

「そっか……ありがとう、ハル」

「いえ、私に出来る事は限られていますからこの程度の事でしたら。――頑張っていきましょう、一緒に」

 そう言いながら、ハルは優しく笑いかけてくれた。優しい笑顔、初めて見ると思われるハルの笑顔に、ライトは思わず見惚れてしまった。――いかんいかん。純粋な優しさにやましい気持ちを持ってはいけないぞ俺。

「ライト君……私という者がありながら……」

「最早意味がわからない! 何をどう引っ繰り返したらそのリアクションになるんですかね!?」

 横のヨゼルドはそんな二人のやり取りを寂しそうに見ていた。――何でだ。

「では、今日は残り時間、ライト様が間違えてしまった箇所の解説をして、本格的な授業は次回からにしましょう」

 チョキチョキチョキ。

「ちょっと待ってハル君、普通の表情で普通に説明しながら手でハサミ動かしてる! 名刺切ってる!」

「五点差ずつで一枚ですので、今日は四枚です。こちらのサクラ、ウメ、バラ、アジサイ様の名刺を細切れにさせて頂きました」

「ぎゃああ! フラワーガーデン(お店の名前)の子は中々名刺くれないのに! サクラちゃんなんて特にガード堅いのに……! サクラちゃん、すまん……っ!」

 そんなやり取りを挟みながら、授業初日は進んでいくのだった。



「お疲れ様です、ハルさん」

「リバール先輩。――お疲れ様です」

 ライトへの授業を終え、部屋を片付け、自室へと帰る途中。リバールとすれ違い、ハルは挨拶を交わす。――ちなみにこの二人、若干ではあるが年齢も勤続年数もリバールが上だが、お互いの仕事っぷりを認める良い仲である。

「聞きましたよ、ライト様へ勉強を教えて差し上げるとか」

「はい。ライト様は向上心がありますし、先輩と違って私は中々付きっ切りで騎士団の方に顔が出せないですから、この位は」

 そのハルの言葉に、リバールは苦笑。

「ハルさんは十分頑張ってますよ。私からすれば、体を壊さないか心配するレベルです。――有望な新人さんもいますし、仕事が分配出来るように教育してみてはどうです? ハルさんの立場なら、意見は通るはずですよ」

「新人ですか……そうですね、今は大丈夫ですけど、壊して迷惑を掛けてからじゃ遅いですね。考えてみます。――ありがとうございます」

「相談ならいつでも乗りますから。それじゃ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 笑顔でリバールと別れ、あらためて自室へ。――流石に今日はこれ以上仕事はない。仕事着から着替え、紅茶を入れ、軽く休憩。

「新人か……」

 既に頭の中で教育プランが練られ始めていた。そしてそれを考える時間も嫌いではない。――ライトが感じ取っていた様に、実際責任感は強かった。面倒見も非常に良い。

「……まあ、当分の間は私じゃないと駄目だろうけど」

 思い浮かぶのはヨゼルドの顔に、「あの子」の顔。――あの二人は……特に「あの子」は責任持って私が見てあげないと。ちょっと目を離すと直ぐ変な事になる。他にも騎士団にも顔を出したいし、ライト様の授業も本格的になるし、一般業務の間を縫って新人教育……

「先輩が心配するのもわかるか、仕事多いな私。――うん、また明日も頑張りますよ、っと!」

 うーん、と体を伸ばして、ハルは決意を新たにするのであった。

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