第三百十五話 演者勇者と勇者の血筋が眠る村1
そもそも勇者は、何処で産まれたのだろうか。
勇者とは、いわゆる才能の一つである。その特別な存在と力は、努力で身につくものではない。血筋で受け継がれる物であり、圧倒的実力者がどれだけ鍛錬を重ねても、その者が勇者の才能を持っていなければ、決して勇者にはなれない。
だが産まれて直ぐ、その者が勇者であるかどうかを判別する事は難しい。勇者とて一人の人間であり、平和な暮らしをし続ければその才能に気付かないまま一生が終わってしまう。
この世界は、長らく平和であった。勇者の才能は血筋だけひっそりと受け継がれ、その存在の行方はわからぬ所となっていた。
そんな時である。魔王が出現してしまったのは。人類は、ハインハウルス軍は勇者を欲した。
ハインハウルス軍は優秀な人材が集まっていた。だがそれでも、勇者抜きで魔王に終止符を打てるのか? その保証は何処にも無い。だからこそ魔王軍の討伐と共に、勇者の痕跡、血筋を探していた。
「そしてついに今回、勇者様が産まれたとされる村が発見されたのですわ! これはとても喜ばしい事実です!」
さてさて、時刻は夕食後。恒例となっているハルによるライトの授業の時間。いつも通り一部屋キープし、いつも通りヨゼルドを縛って(!)連れてきたら、何故かエカテリスによる教鞭が始まっていた。
「素晴らしい……素晴らしい熱意です姫様! 生徒姿の姫様も素敵でしたが、教師姿の姫様も愛おしい……!」
「うむ、我が娘ながら実に透き通る声で耳に残る素敵な授業だった! 大人になったエカテリスもパパ一段と楽しみになったぞ!」
そして最前列の席で授業を受けているのはライトではなくリバールとヨゼルドであった。リバールは一体何処からやって来たのだろうとはもう思っても仕方ない。二人共エカテリスの勇者の話より教鞭を振るうエカテリスの姿に夢中であった。
「……まあ、知らない事も沢山あって為にはなる授業なのは幸いだな」
「ですね。最悪まとめて二人共対処しなければならなくなるかと思いましたが、王女様のお話は多少個人的な感情は含まれていますが勇者の歴史という観点ではお見事だったと思われます。私が知らない話も多々ありましたし」
その少し後ろで並んで座って授業を受けていたのはライトと普段は教師役のハル。
「姫様! 教師の姫様のお写真を記念に撮りましょう」
「エカテリス、パパにサインを! このエカテリスが用意した教材にサインを書いてくれ!」
「……まあ、あの二人抜きで聞いてみたかったというのはあるけど」
では何故今回エカテリスはハルによるライトへの授業に乱入……もとい特別講師としてやって来たのかといえば。
「というわけで、事前講習はこれで完了ですわ。ライト、参考になったかしら?」
「うん、十分過ぎる程にね。ありがとう」
実はこの度、ハインハウルス国勇者調査団がついに本物の「勇者の血筋が産まれた形跡のある村」を発見。調査の為、明日後ライト騎士団が正式に調査に向かう事が決定したのだ。
このニュースと任務を聞いて当然一番喜んだのはエカテリスである。本物の勇者の糸口が掴める可能性が出てきたのだ。なので本日そのハイテンションのままサプライズにて特別授業が始まったのである。
放っておいたら何時間でも語っていそうなエカテリスだったが、そこはハルが時間制限を設け、本日の授業は終了。エカテリスとヨゼルドをリバールが、ライトをハルが部屋まで送る形となった。
「にしても、本当にこれで上手くいけば本物の勇者様が見つかるかもしれないんだな。もしかしたら、俺ももう直ぐ勇者じゃなくなるのか」
いつかは終わる任務、演技。それでも、この城や仲間達に囲まれた生活にはもう慣れ過ぎた。それが、終わるという事。――ついに、現実味が帯びてくるのか。
「ライト様は、もしも本物が見つかって、今のお役目が終わったらどうなさるおつもりですか?」
「それなんだよな……もう真剣に考えなきゃいけないのかも」
最悪無職放免である。貯金は出来たが一生暮らしていけるわけでもない。
「まあ、なるようになるよ。少なくとも、今みたいに国家に関わる死線を掻い潜ったりはしないだろうし。一般人になったら皆とも距離が出来て、普通に話せなくなるのかな」
一部事案を除き自ら戦わずとも、それでも命の危機には遭遇してきた。それはやはり演者とはいえ勇者だったからであり。勇者じゃなくなれば、そんな生活を送る事は無くなるはず。そして何だかんだでエカテリスの王女という立場を始め、軍の中でも中々の立場にいる人間ばかり。演者勇者でなくなったら、もう何のつり合いも取れないじゃないか、という想いが――
「寂しい事を仰らないで下さい」
――少なからずあったが、ハルに怒られた。
「もしライト様が逆の立場でしたら、役目が終わった途端立場が違うからと話す事もしないのですか? ライト騎士団の絆はその程度の物なのでしょうか」
「……そうだよな。うん。ごめん」
言われた気付いた。逆に自分だったら。距離を置くなんて事は絶対にないだろう。
「ライト様がもし、宜しければ……その」
「うん?」
「任務を終えた後、私……個人でになりますが、その……色々お世話しても構いませんので」
「本当に? ありがとう、もしもの時は頼ろうかな」
ライトは深く考えないで感謝してお礼を言った。ハルの表情は確認していない。――ハルの頬が、少しだけ赤く染まっていたのに気付いていない。ハルの言葉に、色々な意味合いが含まれているのにも気付いてはいない。
「それじゃ、見送りありがとう。本当なら男として俺が見送らなきゃいけない立場なのに」
「お気になさらず。こうしてライト様の意思をしっかりと確認出来たので有意義な時間でしたから。――おやすみなさいませ」
「うん、おやすみなさい」
パタン。――ライトの部屋のドアが閉まる。ハルは一人、自室へ戻る。
「いっその事、見付からなければいいのに……なんて」
言ったら王女様に怒られるわね。でも、私にとって、ライト様は――
「ミスラルマなんて街? 村? 聞いた事無かったよ。本当にハインハウルス国の領土内?」
「領土内ですわ。海に面していて主に漁業で生計を立てている村よ。小さい村だけど、海を大事にしていて、海産物はとても美味しいとの評判もありますわ。献上して貰った事もありますもの」
レナのストレートな疑問に、エカテリスが答える。この辺りの知識は流石王女、愛国心といった所か。
さて、ライト一行は「勇者の血筋が産まれた形跡のある村」に向けて移動中。村の名前はミスラルマ。
「レナさんに同意するのは癪だけど、私もあまり聞いた事のない地名だったわ」
「我は昔、主と訪れた事がありますぞ。城下町の様な賑わいこそなかったですが、でも静かで暮らし易そうだった覚えがあります。昔からある村でしょう。やはり得てしてそういう所に手掛かりがあるものなのでしょうな」
実際知名度は低い様で、知っていたのはエカテリスとニロフのみという中々の場所であった。
「では、任務の再確認をします」
目的地も近付いて来た所で、ネレイザの再確認の説明が始まる。
「私達の目的は、あくまで視察です。本格的な調査は別途調査団が後日行う予定ですので、私達は調査団が手を伸ばしにくい箇所の確認、言い方こそ悪いですが必要ならば王女様を中心とした抑圧等を考えてます」
ここは勇者の血筋がある村だ、じゃあ何か国から大きな権限を寄越せ!……とか言われたらそれはそれで問題になる。その為のエカテリスの顔見せというのも含まれているのだ。
「後はマスターのエクスカリバーね。いざとなったらそれで」
「抜ける人間がいるかどうか確かめればいいんだよな?」
エクスカリバーは本物の勇者にしか抜けない仕様となっている。もしも勇者の血筋を受け継いだ存在が今ミスラルマに居るならば、エクスカリバーが反応するはずなのだ。……ライトは一般人でエクスカリバーを三回も抜いたある意味貴重な存在である。
「懸念事項は確かに存在しますが、基本的にはこれも言い方が悪いですが何もない小さな村です。そこまで身構えなくても、あくまで簡単な調査査察です。特に今回は初回ですし。私達が本格的な行動を起こすとなれば、第二回、第三回となるはずですから」
「つまり適当でいいって事でしょ? ぐぅ」
「だからと言って寝てもいいなんて事があるかー!」
べしっ。――ネレイザが持っていた資料を丸めてレナの頭を叩いた。
「でも、油断するつもりはないですが、本当にのどかな所ですね。モンスターの気配もほとんど無くて、「アタシ」もすっかり寝てます」
ソフィが少しだけ馬車から顔を出して外の景色を眺める。天気の良さも相まって、自然豊かな草原の道はとても気持ちの良い空気を運んでくれている。任務じゃなかったらピクニックでも行きたくなる様な。
「不公平な。ソフィが寝てて私が寝たらいけない理由は」
「ソフィさんはメインが起きてるでしょうよ!」
そんな漫才(!)を耳にしつつ、馬車に揺られる事もうしばらく。
「みんなー、村、見えてきたよ!」
馬車に取り付けてあるスコープ(!)を覗いていたサラフォンからの報告(そもそもこの馬車もライト騎士団専用のサラフォン設計特別仕様)。ライトも顔を出して確認すると、この穏やかな景色に正にマッチしそうな風景の村が近付いて来ていた。
「行ったら来訪祝いの感謝祭とか、村自体が燃えててビックリとかはなさそうだな」
「そう思っているのはライト君だけなのでした。そうあれは敵の罠」
「冗談だよね!?」
入口前に到着(罠は無かった)、馬車を降りると一人の青年がこちらへ小走りでやって来た。
「失礼ですが、ハインハウルス軍、並びに王女エカテリス様ですよね?」
「ええ、そうですわ」
「ようこそいらっしゃいました、ミスラルマへようこそ! 自分は「入口の勇者」ラギー、宜しくお願いします!」
そして――謎の自己紹介をされたのであった。