第三百十二話 演者勇者と炎翼騎士19
「まずは当たり前だけど、謝罪から。護衛という立場でありながら、君に剣を振るってしまった事、ごめんなさい。そして何より――君を信じ切れなかった事、本当にごめんなさい」
レナはそう言うと、ゆっくりとライトに向けて頭を下げた。
「今は、どんな気持ち?」
ライトがそう尋ねると、やはりゆっくりとレナは頭を上げて、再びライトを見る。
「勿論君や皆に剣を振った時の気持ちは本気だったし、今ここで全部すっからかんになりました、って断言出来る自信は正直ないんだ。でもね、それ以上に皆が君と一緒にここへ向かって行ったのを見送った時、一緒に行けないのが何よりも辛かった。その時わかったんだ。肩書に拘り、肩書に心を染めてたのは、他でもない、私自身だったんだな、って。それに気付いたら、ここへ向かってた。――君を守りに、来てた。だから、変な気持ち」
「正直だな……もっと言い方を変えればもっと印象が良くなっただろうに」
「そんな嘘をついてまで戻りたいとは思わない。今の、ここにいる私で、もしも許されるなら、戻りたいから」
真っ直ぐな目で、レナが見てくる。今まで見た事のある目で、それでいて初めて見る様な。そんな目をしていた。
「だから、後は君次第。他の全員が許してくれても、君が駄目なら、私はもう二度と君の前に姿を見せない」
そしてその決意を表明した。――本気なのだろう。でも。
「レナ」
「はい」
「俺は後にも先にも、臨時の時以外、護衛はレナしか考えてない」
その答えは、最初から決まっていた。――その為にエクスカリバーを抜いて、戦ったのだから。大切な相棒を取り戻す為に。
「いいの?」
「ああ」
「本当に?」
「うん」
「これを機に真面目になったりはしないよ?」
「でも俺を守ってはくれるだろ?」
ライトが優しく笑う。――釣られる様に、レナも笑った。
「わかった。こんな私で良ければ、また君を守る為に一緒にいるよ。――宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
そして二人で、律儀に頭を下げ合った。――頭を上げた時、目が合って、また笑った。
「皆さんも、本当にありがとうございます。また元鞘に戻ります。こんな私ですが宜しくお願いします」
更に改めて、他の団員にそうレナが挨拶をしたその時だった。――ボワッ。
「あ……」
一瞬、レナの背中に翼が生まれると、不思議な、でも優しい光が天へと昇って行った。ゆっくりと昇っていくその光は、途中で朧気だが人の形になり、優しい表情でレナを見ていた。
「父……さん」
ああそうか、あれがレナの父親で、レガリーダか。……そう認識した時には、その光は人の形ではなくなり、やがて空へと消えた。だが、その完全に消える直前。
『レナ、幸せにな。――娘を宜しく頼む』
何処からともなく、そんな声が耳に届いた。――大丈夫です、俺に、俺達に出来る精一杯で、一緒に居ます。そう誓った。
「レナ……やっぱりお前は、炎翼騎士の、レガリーダの娘なんだな……! この街の英雄なんだ!」
と、戦いも落ち着いて避難から戻った町人達が、レナを見て歓喜の声を挙げる。一部の人間がレナの炎の翼も見ていた様で。
「やっぱり炎翼騎士は、この街を救ってくれた! レガリーダの再来だ!」
「これでこの街も報われるな! レガリーダが死んで十年、我慢した甲斐があった!」
「ありがとう、レナ! ありがとう、レガリーダ! フエノガージ、万歳!」
そして勝手に何の反省も無しに盛り上がり始める。自然とレナを守る様に仲間達は町人達の前に立ち塞がるが、
「あー、いいよいいよ皆。今から最後のケジメ、つけるから」
そう言ってレナは皆を窘め、町人達の前に。一瞬町人達はビクッ、と身構えるが、
「うーんと、言いたかったら好きなだけ? 炎翼騎士の街でも何でも言っていいよ。父さんの名前だろうが私の名前だろうが、好きに言ってればいい」
特に威圧感も出さずに、アッサリとレナはそう言い切る。ついに戻って来てくれるのか、位の勢いで町人達は安堵の表情を浮かべ始めるが、次の瞬間、レナはスッ、と手を上にかざした。すると――ボワァァァッ!
「あんたらがわざわざ用意してくれた、父さんの墓もどき? 跡形もなく燃やしておくから」
「え?」
「な……おい、本当だ、レガリーダの墓が燃えてる!」
レナが魔法で、町人達がモニュメントとして作ったレガリーダの墓を燃やし始めた音だった。
「言っておくけど、あんたらじゃ消せないよ。これでも炎翼騎士の娘が出した炎だからね。跡形もなく燃える。――私の生家も片付けて潰していくから。証拠は残さない。そういうの得意な仲間がいるし。これでもう、私は二度とこの街には戻らない。ここから先は、本当に炎翼騎士のご加護も無くなるわけだ。どれだけ叫んでも、もう助けは来ない。精々頑張って、「炎翼騎士の街」で暮らしていきなよ」
「レ、レナ、そんな……! せめて、せめて少し位は何か繋がりを」
「いらないいらない。第一あっても私、二度と戻らないって言ったよ? 意味無いって」
「レナ、頼む、俺達は――」
「それじゃ皆、行こう。私の家から持っていきたいのは私が用意した父さんのお墓位だから、後は纏めて潰してくれたら」
「では私達にお任せ下されば。――先輩」
「ええ。レナさんが居た証拠、何一つ残さない様にしますね」
「流石ツートップ、助かる。ありがと」
ハルとリバールが先立ってレナの生家に向かって歩き始める。
「レナ。貴女がもう一度ライトの護衛として共に行くと決めたのなら、王女として権限をこの街に振るっても良いのだけど」
「あー、ありがたいですけどそれもいらないです」
「おう、二、三発ぶん殴っておくかその辺の五月蠅えの」
「それもいらない。つーかあんた最近狂人化のチェンジのコントロール上手過ぎ。早いよ」
「ボ、ボクの地雷で脅すのは」
「若干面白そうかなとは思うけどそれもいいや。何もいらない、なーんにも」
それがレナの答えだった。怒りも悲しみも、この街に関して微塵の興味も消えたのだ。心にずっとあった靄も嫌な思い出も、全てが綺麗に消えたのだ。
「私は私。他人にどう思われても、今皆の前にいる私が全部だから」
そうレナは笑顔で言い切ると、ハルとリバールの後に続くのであった。
フエノガージでレナの生家の片付けをして、遅くなるのを覚悟の上でライト騎士団はフエノガージを後にした。途中目を覚ましたモリダがしがみ付く様に最後の執着を見せたが、ドライブに遠くに放り投げ飛ばされそれで終わった。
ロッテンに到着したのは既に日は暮れており、街が夜の賑わいを見せる頃だった。単純な移動の疲れ、兎角フエノガージで色々あった疲れ、諸々の疲れが溜まっていた一行は食事を終えると真っ直ぐに宿へ。
「疲れた……」
特に一番疲れているのはライトである。エクスカリバー使用の反動は大きい。何とか自力で歩いてはこれたがあとほんの少し限界を越えたらおんぶを本気で要求しそうになる程。
「ふぁぁ……」
欠伸と共に着替えもままならないままベッドへ倒れた。正直食事もしないで寝たい位だったが心配をかけるのも嫌だったので皆と一緒に食事はした。食事中もしかしたら寝てたかもしれない。――とりあえずちょっと寝たら着替えて、シャワーも浴びるから、とりあえずちょっと横に……
「わあああああ!」
「ぬおおおおお!?」
バァン!――猛烈な睡魔に負けて意識を失いかけた時、勢いよく部屋にあったクローゼットが謎の叫びと共に開いた。流石に眠気が吹き飛んだ。
「レナ!? 何してんだ!?」
「全てのしがらみから抜け出せたレナさんはもう怖い物は何もない」
「何の話だよ!?」
レナだった。先にライトの部屋に入っていたらしい。そういえば部屋割りを確認するのも忘れていた。いやそんな事よりも。
「どうした? まだ何かある?」
「うん。ライト君と、どうしても二人「だけ」で話がしておきたくて。皆の前だけじゃなくてさ」
よいしょ、とクローゼットから出てきて、そのままレナはベッドに起き上がったライトの隣に座った。
「ああ、安心して。基本的事項を覆すつもりはないよ。もう一度ライト君の護衛としてやるって決めたし、あの街はどうでもいいし、その辺りは心配いらない」
「そっか。……あれ?」
その事は一安心だが、何かレナに違和感が。
「どした? 大丈夫大丈夫、何も怖くない怖くない。いや寧ろ痛い怖いの方がライト君は興奮するとか」
「違え!?……ってあ、そうか、わかった。違和感の正体」
「ん?」
「名前。俺の呼び方。「勇者君」じゃなくなってる」
「あー」
指摘すると、少し恥ずかしそうにレナは自分の頬を軽くかく。
「長い付き合いだけど、初めてだな、レナに名前呼ばれるの」
「だね。嫌だった?」
「いやそんな事はないけど。でも急にどうした?」
当然の疑問ではある。思えばレナは頑なにライトの事を名前で呼ばなかった。ライトの事だけを名前で呼ばなかった。任務上勇者という肩書が使えない時は「団長君」にしてまでも。
ライトとしては特別嫌悪感は無かったが、疑問に思った事が無い訳ではなかった。他のメンバーに対しては普通に名前で呼ぶのに対し、自分だけには何故かその拘り。かといって自分だけが他の団員と比べて嫌われてる様にも感じられない。嫌いなら嫌いで隠す様な人間ではない。……なら、どうして?
「私なりのね、保険だったんだ」
「保険?」
「うん。――私が肩書に捉われてたのは知ってるでしょ? 当然君に出会った時だってそうだった。国王様に選ばれた君は違うかな、とは思ったけど、君もいつかその勇者っていう肩書に溺れると思ってた。護衛で守ってあげてる私を、国王様を、ある意味で裏切るんだろうなって思ってた。だから、最後の一距離を置いておきたかったんだ」
「それが……俺が「勇者君」だった理由?」
「いつか君がその肩書に溺れてあの街の人達みたいになった時、ああやっぱり、私の思った通りだ、ってなった時――心を許してない証拠が欲しかった。裏切られても大丈夫っていう様にしておいたんだ。純粋だった君が変わって行くとしたら、私には止められないだろうからね」
「そっか……」
言われると合点がいった。現に一度、レナはライトが信じられなくなった。一度裏切られ、肩書にトラウマを覚えたレナの、心の保険だったのだ。
「ごめんね。君を今まで、最後の最後に信頼してなかったって話になる。――幻滅した?」
「いいや、レナの事はずっと見てきたから。俺の中で何て呼ばれていたとしても、それが全てだよ」
本当にレナはライトの事を想って隣で戦ってくれていたのは、ライトはわかっている。それは言ってしまえば、保険という名のレナの心の弱さ。それを否定するつもりはライトには微塵もない。――弱さなんて、誰にだってある。
「でも、それならどうして急にそれを止めた?」
とまあ、次に行き着くのは当然その疑問になる。
「うん。だってさ、もうその保険、私にはいらない。ライト君は私の事、命をかけて救おうとしてくれた。それが全て。君を疑う理由が、私には無くなっちゃった。――だからさ」
スッ、と一歩分、レナはライトに近付き、ライトの左手を両手で包み込む様に優しく握る。
「もう君が、勇者でも勇者じゃなくても、どっちでもいい。これからずっと君の隣で、君を守らせて。ライト君っていう、その存在を、私にずっと守らせて」
そして、その近いを立てた。ライトを真っ直ぐ見つめるその目は、とても優しくて。薄明りに見るその頬も、少しだけ染まっていた。
「レナ……」
「ふふっ、何だろう、変な感じ。でも、嫌じゃないよ、うん」
その目に見つめ続けられ、その目を見続けると、胸の鼓動が高まった。何かを言ってしまいそうな、込み上げてくる想いが溢れそうな、その衝動が――
「ふぁーあ」
「え」
――爆発しかけた所で、レナが大きな欠伸をした。
「全部伝えきったら安心しちゃった。眠い。もう私も限界。おやすみー」
「ちょ、待っ……ええ……」
ぽすん。――レナはそのままベッドに倒れ込み、寝息を立て始めた。確かに今回の任務中はあまり寝ていなかった(!)が、
「今このまま寝るのか……寝れるのか……」
誰よりも一番眠かったライトの眠気が吹っ飛ぶシチュエーションを持ち込まれたのに、持ち込んだ相手は先に寝てしまった。
「まあ、レナらしい、か」
その穏やかな寝息と寝顔を見ると、いつも通りに戻れた安堵感があった。また明日から、隣に居てくれる。自分の弱さを打ち明けて、それでいて自分を守ってくれる。そう言われて、嬉しくないわけがない。
「……俺も眠くなってきた。というか最初から眠かったんだ」
次いで来るのは、やはり眠気。
「ありがとうな、レナ。レナが護衛で、本当に良かったよ。これからも、こちらこそ宜しくお願いします」
その言葉を何とか伝えると、ライトも眠気に負けるのであった。
…………。
「……え、嘘、本当に寝た? この私ですら誤魔化して寝たふりが限界なのに?」
静かになってしまったので目を開けて確認すれば、ライトはぐっすり眠ってしまっていた。
「マジですか……ここはもっと勢い任せで色々あっても可笑しくないシーンだよ……本当に寝たかどうか確認とかしなさいって……」
ぺしぺし。――言葉の通り、自分はライトが本当に寝たか軽く頬を叩いてみたが、微塵の反応もない。すっかり熟睡していた。
「ま、仕方ないか。そりゃ疲れてるよね。……今日は、これで許してあげる」
そう言うと、レナは先程叩いたライトの頬に、軽くキス。
「それじゃ、今度こそおやすみ」
そして、レナも再びベッドに倒れ、本当に眠りにつくのであった。
トントン。――響くノックの音。
「マスター、お早うございます。起きてる?」
翌朝、他の団員が全員起きて朝食を終えても、ライトとレナが起きて来ない。疲れているのはわかっていたが、流石に朝食を終えても起きて来ないのはスケジュールとしてもまだ先があるので問題であり、ネレイザが起こしに来ていた。
「マスター、疲れてるのはわかってる。でも流石に今日はもう起きて。サルマントルに今日中には着いておきたいから」
トントン。――返事が無い。ネレイザからしたらレナも居るがレナが起きている事に微塵も期待していないので、そうなるとライトに起きて貰うしかないのだが、そのライトがここまで起きないのは中々ない。
「マスター、ごめんなさい。入るわね」
ガチャッ。――埒が明かないので、部屋に入ると、ライトはまだ寝ていた。
「……え」
そう、ライトはまだ寝ていたのだ。レナと同じベッドで穏やかな寝息を二人で立てていた。
「ってちょおぉぉぉい! おっ、起き起き起きて!」
「ん? うーん……ネレイザ……? ごめん、寝坊した……?」
「寝坊なんてどうでもいい、何で二人で同じベッドで寝てるの!? 何してるの!?」
「え……?」
そう言われて確認すると、確かに直ぐ隣でレナがまだ寝息を立てていて――
「ってあれ!? 何で!? いや確かにちゃんとベッドで!」
「ちゃんとベッドで何、何してんの!? まままま、まさか……!」
「いや違う、多分違う! レナ、起きろ、どういう事だ!?」
「うーん……もう寝れない……むにゃむにゃ……」
「「どんな寝言だー!」」
――結局、この話の弁明が長引いたせいで、サルマントルに到着したのはまた夜になってしまったのであった。




