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第三百九話 演者勇者と炎翼騎士16

「今更なんだけどさ」

 とある日の午後、アルファスの店へ稽古の為に向かう途中。いつも通りライトとレナは二人、他愛のない話をしながら歩いていたのだが。

「勇者君はさ、突然私が裏切ったり、実は私が悪の黒幕とかだったらどうすんの?」

「へ? 何その質問」

 突然過ぎる質問に、つい間抜けな顔をしてしまった。――レナが裏切ったら?

「驚いて、色々追及するかな」

「まあそりゃそうだろうね。逆にノーリアクションだったら裏切った私もショックだよ。いってらっしゃいとか笑顔で見送られたりしたら裏切りの意味合いが薄れる」

 それは最早裏切りと呼べるのだろうか。……は兎も角。

「裏切る……レナが裏切るってどういうシチュエーションなのかが具体的に想像出来なくて」

「んー、ほら、大きな裏切りとかじゃなくてもさ、意見の食い違いから関係性が悪化して突然、みたいな。私は勇者君一筋だけど勇者君はハーレム前提でその辺りとか」

「レナが裏切るってどういうシチュエーションなのかが具体的に想像出来なくてぇぇ!」

 無かった事にする為に多少声を張ってもう一度先程の言葉をライトは言う。――そんな揉め事起こさないからな。多分。いや絶対。

「というか、いきなりどうした? 裏切りの予定あるのか?」

「無いけどさー、勇者君無防備過ぎるなー、と思って。例えば今ここで私が裏切ったら勇者君大ピンチじゃん」

「大ピンチ所か即死な気がする。それは裏切られても防げないだろ」

「あ、そっか、そりゃそうだ」

 レナは強い。何だかんだで強い。ライトでは真正面から戦ったとしても勝ち目など一ミリも無い。だからこそライトは安心して横を任せられる。

「結局さ、俺はレナの事護衛として仲間として、人として信頼してるから、裏切られたら俺の負けだよ」

「成程、そういう考えも確かにだ」

「第一俺、勇者でいる間はレナを裏切らせるつもりはないぞ。もしもレナが俺に剣を向けて道を間違えそうになったら、全力で止める。俺に力は無くても、でも何としてでも止める。逆にレナがピンチになったら全力で助ける。どんな方法を使ってでも助ける。正直、もう俺はレナ以外の護衛は考えてない」

 本音だった。付き合いも長くなってきてわかる。彼女が護衛で良かったと。出会えて良かったと。

「うーわ、よくまあ街中でそんな恥ずかしい台詞言ってくれるね」

「言わせたのは誰だと思ってる?」

「うーん、まあそうなんだけど。――ま、勇者君の気持ちはわかったよ。私としてもこれからも勇者君は守ってあげるからまあそれなりに安心していいよ」

「じゃ、約束だな。普段の俺はレナが守る。いざとなったらレナの事は俺が助ける。そして、お互い道を踏み外したら、全力でその道を元に戻す。――俺達に、裏切りは無い」

「えー、何か重いんだけど。もっと気楽に行こうよ。そういう名前でしょ?」

「とりあえず俺をライトって名付けてくれた両親に謝って!?」

 そんな他愛のない話。でもこの時、確実に約束は交わされた。そして――



 激しくぶつかり合う剣と剣。時折展開される魔法も混じり、そこは既に他者の介入の余地が無い空間。

「っ……いい加減に」

「諦めるかよ! 寧ろそっちが観念しろ!」

 翼を広げた事で皆が知らない力を出すレナに、互角の戦いを見せるライト。演者勇者になってからだけでない、幼少からの積み重ねた努力を、エクスカリバーが最大以上に引き出している。今この瞬間、ライトは本物の勇者に程近い存在になりつつあった。

『ライト、時間は多く残されていない。決着を付ける覚悟をしておけ』

「わかった」

 エクスカリバーからの指示。実の所、時間がもう無いのはライトも実感していた。――自分の体が、悲鳴を上げ始めている。

 エクスカリバーの絶対なるサポートがあるにせよ、実際それを扱っているのはライトであり、ライトの身体である。本来の自分を遥かに超えた動きに限界を近付け、本当ならば今直ぐにでもエクスカリバーを使うのを止めた位であった。

 それでもライトは動きを止めない。この瞬間に全てを賭け、剣を振るう。自分が壊れるのも恐れない。――目の前の、信頼すべき相棒の為に。

 一方のレナ。上記の通り互角の戦いになっているとはいえ、ライトにはいつか限界が来る。このまま時間を稼げばレナの勝ち。それはいつもライトの稽古を見てきた(そこそこ寝ていたが)、そして何より今本気で剣をぶつけているからわかる。

(何で……何でまだ「仲間を見る目」で私を見るのさ……! 私はもう敵なんだよ……!? ほんの些細なズレだけで、今君の命を消せる、敵なんだよ……!?)

 だが今のレナにその結論が生まれない。代わりに増幅していくのは動揺。この手で消し去る覚悟があったはずなのに、その覚悟が徐々に揺らいでいく。

 一番最初に、演者勇者に就任したライトの仲間になった。

 エカテリスと共に孤児院で助けた時、他の人間とは違う。そんな気がしてしまった。

 ラーチ家の騒動の時、自分の手から離れた時、初めて本気でこの人を守らなくてはいけないという想いがある事に気付いた。

 タカクシン教の脅威が裏に広がりつつある中、そんな物に彼の考えを汚されてはいけないと思った。

 数々の任務をこなしていく内に、仲間が増えていった。誰も彼も一癖二癖あったが、皆ライトを信頼し、ついて行く事を決めた人達ばかりだった。心の中で、最初は自分だよ、なんて冗談で対抗心を出してみたりもした。

 秘められていた過去を知った。彼の始まりを知った時、何かあってもせめて自分は隣で守ってあげようと思った。

 気が付けば、かけがえのない人になっていた。自分とは違うから、自分にな無い想いを持っているから、自分じゃ隣に居るのは相応しくなくても、いつか離れるその日まではと思った。

(……なのに)

 なのに、なのに、どうして、今こうして本気でその人を自らの手で消そうとしているのか。

 止めてしまえば楽なのに、でも彼と同じ様に自分の奥底に眠る自分の成り立ちが絶対にそれを許さない。認めるわけにはいかない。それだけは、捨てるわけにはいかない。――過去の自分が、捨てさせてくれない。捨ててしまいたいけど、十年前の自分が、冷たい目でそれを拒む。

「お兄ちゃん……レナさん、もしかして」

「うん。……泣いてる。辛いんだ。ライトさんに剣を振るっているのが」

 本人も気付かぬまま、レナは目に涙を溜めて戦っていた。ライトに剣を振るっている辛さ、過去の呪縛の辛さ。その二つが混じり合い、彼女に許されるのは唯一、涙を流す事だけ。

「っあああああ!」

 ズバァァン!――その悲しみとは裏腹に、いやその悲しみのせいか、レナの攻撃力が増した。均衡していた戦いがついに傾く。レナがライトを押し切り、ライトが吹き飛ばされる。

「くっ!……え?」

 ライトも勿論そこで終わるわけにはいかない。体制を立て直すが、肝心のレナからの追撃がない。ハッとして見れば、レナはライトに一撃を与えた場所に立ち尽くしていた。

「……気付いちゃった。終わらせる方法」

「……レナ?」

 そして、先程まであった殺気が消え、憔悴した様子で口を開き始めて、

「勇者君。その剣で、私の事、殺して」

 そうライトに願った。

「もう、疲れちゃった。色々考えるの。この状況にも、君達に……君に、こんな私を見せるのも」

「レナ……」

「自分でケジメつければいいのかもしれないけど、でも君に終わりにして欲しい。我儘なのはわかる。君が辛くなるのもわかる。でも、今まで君の我儘に付き合って、君を守ってきてあげたお駄賃だと思ってさ、お願い聞いてよ。……そうすれば、丸く収まるじゃん?」

 レナは笑った。……とても笑顔とは言えない様な笑顔だった。

「レナ、俺の想いは変わってない。レナを助ける為にこの剣を抜いた。――レナを殺すのは、レナを助けた事にならない。だから」

「もう、無理なんだよ……!」

 そんな事は出来ない、レナは俺が救う。――そのライトの返事を拒み、レナはライトの前に歩く。目前に辿り着くと、持っていた剣をカラン、と落とし、両膝を付く。

「君の綺麗事じゃ、私の過去は消せないの! 君にはフリージアが居た、でももう私には父さんは居ない! 憎むべき相手しか残ってない! それがいる限り、遅かれ早かれこうなったんだよ! わかってよ、もう私は救えない! 私だって、もう少し君の横に居たかったよ! でも、君を疑う心が出来た、もうそれを抱えては生きていけない、生きていきたくない……!」

「…………」

 言う通りなのだろう。今この場で、レナは救えないのかもしれない。――なら、どうしたらいいのか。

「……それでも俺は、レナを殺さないよ」

 今直ぐに救えなくても、時間をかけても、救える道を選びたい。

「何でよ……! これだけお願いしてるじゃん……! 後何したら許してくれるの……!? 後どれだけ苦しめば私はいいの……!?」

「レナの想いを知った。それでも俺が、レナを裏切らない事を証明すれば、レナはいつか俺を信じてくれるだろ?」

「それが無理だから今こうして――!」

「それを諦められないのが俺だって知ってるだろ?」

「っ……」

 止まらない涙でぼやける視界の中で、ライトはいつもと変わらぬ真っ直ぐな目で、自分を見ている。――その事実さえ、辛いだけなのに、ライトはそれでも。

「それじゃ、そうだな。差し当たっては、レナが見た夢のデジャブを消し去ってくる」

「は……?」

「あの巨人を倒して、無事に戻ってくるよ。レナのお父さんとは違う未来を、見せてやるさ。――サラフォン!」

 ライトがサラフォンを呼ぶと、直ぐにサラフォンも察し、再び距離を計測。

「! フエノガージに大分接近してる! 直ぐにでも行かないと、フエノガージが被害に!」

「行こう皆。俺達の手で、証明するんだ。あの巨人を倒しても、帰ってこれるって」

「勇者君っ――!」

「レナ、そこで待っててくれ。倒して生きて帰ってくるから。そしたら、もう一回話をしよう」

 ライトはそう言って戸惑うレナを残し、自ら先頭に立ち、フエノガージへと急ぐのであった。覚悟を決めて後に続く仲間達。

「……何で……何で……これ以上、私を苦しめないでよ……私を、一人にしないで……!」

 レナはただ絶望と悲しみの重みでそこから動けないまま、その背中を見送る事しか出来ないのであった。

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