第三百八話 演者勇者と炎翼騎士15
ライトがエクスカリバーを抜いた。皆ある程度の事情は知っている。その秘められた圧倒的力に関しても、ライトとの特別な関係性も。――勿論レナも。近くでそれを見てきた一人。
「……成程? それであの巨人も私もまとめて灰にしちゃえばそれで終わりって魂胆? 私の存在を抹消して無かった事にさえしちゃえば」
「馬鹿にするなよ、それは俺の中で解決じゃない。レナを消すなんて以ての外だ」
「…………」
「というかそれやったら場合によっては俺も吹っ飛ぶよ。未知数な事はしない」
場合によってはライトではコントロールし切れない程の力なのは、イルラナスを助けた時に実証されている。その時はヴァネッサの助けがあって出来た事。
「今、俺がレナに勝つ。一人でレナに勝つ。それでレナの力に溺れるだけじゃない事、勇者の座に溺れてるだけじゃない事、証明してみせる」
「エクスカリバー使うのに?」
「レナだってその翼、隠してたじゃないか。お互い様だ」
「屁理屈だね」
「どっかの誰かの影響かもな」
ライトとレナ、お互い冷静を「装う」。ライトを襲うのは緊張。実際エクスカリバーを使うが何の自信もない。レナを襲うのは動揺。ここでエクスカリバーを使うとは流石に思っていなかった。
『構えろ、ライト』
ライトだけに聞こえる、エクスカリバーの声。
『お前は自分に出来る事を全力でやれ。お前が考えている様に、普通に私を使い続ければお前など直ぐに「壊れる」。だから私がお前に合わせてサポートする。――お前の修行する姿も見てきた。それを示す時だと思え。お前に出来る全てをここで出すんだ。後は私を信じろ』
「わかった」
スッ、とライトが構えた。いつもアルファスの店の稽古の時に見る見慣れた姿。唯一違うのは、その手に持つ剣のオーラ。……なはずなのに、何処かライトにもオーラを感じた。それはエクスカリバーの余波か、それとも。
「まあ、もうこれ以上ウダウダ話してても仕方ないか。君が納得しないなら、君を殺すしか私には選択肢、無いんだし。――お別れだよ!」
僅かな動揺を隠しつつ、レナが地を蹴った。翼を広げたその姿での突貫は圧倒的で、ライトなど普通なら直ぐに、いや今のライト騎士団のメンバーを蹴散らしたレナなら普通じゃないライトでも直ぐに――ガキィン!
「!?」
――蹴散らせない。レナの剣とライトのエクスカリバーがぶつかり合った瞬間、明らかにレナが驚きの表情を見せる。押し切れない。力を込めているはずなのに、押し切れない。これはエクスカリバーの力……というよりも、
(っ……ミラージュ……!)
ライトがアルファスから教わっている特別な技、ミラージュ。剣がぶつかり合う瞬間の力加減を変則的にする事で、相手に感覚を錯覚させる技。種がわかっていればどうにでもなる技。寧ろお試しでレナはアルファスの「完成形」すら受けている。だから効かないはず。それなのに今自分がぶつけている剣の力具合がわからなくなっている。――完全に、ミラージュの効果に陥っている。
(エクスカリバー……こんな事まで出来るなんてね……)
勿論ライト一人でここまでの事は出来ない。エクスカリバーの助力あってこその完成形の一歩上を行くミラージュが出来上がっている。だが、逆に言えば、エクスカリバーだけでもこの技は完成しない。ライトの努力あってこそでもあった。
そこから始まる激しい接近戦。何度もぶつかり合う剣。――ライトが、一歩も退かない。互角のぶつかり合いを見せていた。
「ライトくん、大丈夫だよね!? エクスカリバーが、守ってくれるんだよね!? レナさんを、助けられるよね……!?」
自然とライトとレナの一騎討ちを見守る形となった他の面々。各々驚きを隠せない。ライトを心配したサラフォンが焦りの声を出す。
「サラフォン、勘違いをするな。確かにエクスカリバーは凄い。エクスカリバー無しではこの戦いは実現しないだろう。だが……エクスカリバーを今操っているのは長だ」
「!」
「エクスカリバーが守ってくれるんじゃない。エクスカリバーと共に、長がレナを止めるんだ。――今の長は、強いぞ」
ドライブだけじゃない。前衛職の人間は皆気付いている。これは、ライトの努力の結果なのだと。もしもライトにもっと才能があって、それでいて今まで同じ様に努力を続けていたら、エクスカリバーが例え無かったとしても、きっとライトは戦えたであろう事を。
今のライトは、エクスカリバーの助力によって、「if」のライトの完成形に程近い存在なのだ。本物の勇者に程近い力を振るっているのだ。――ライト自身の努力の成果で。
「それに、それだけじゃありませんわ。――私達と戦った時よりも、少しだけ、レナの動きが鈍くなってる。ミラージュのせいじゃない、根本的なレナの動きがほんの少しだけ、先程よりも鈍くなっていますわ。あの翼を使い続けてるせいで消耗という可能性もあるけれど」
「動揺、でしょうな。ライト殿の強さに。ライト殿と戦っているという事に。――守るべき存在を、守ると決めた存在を、自分の手で消そうとしているという事実に」
「じゃあ、レナさんは、まだ……マスターの事を……!」
その事に気付いたネレイザが一歩前に出る。
「レナさんの馬鹿ぁぁ! 何してんのよ!」
そして、精一杯叫んだ。
「言ってくれたじゃない、私に! マスターを一緒に守る仲間だって! 仲間なんでしょ!? 私達、マスターを支える存在なんでしょ!? 何やってんの!? いい加減……いい加減止めてよこんな事! いつものマイペースで、でも絶対にマスターを守るレナさんに戻りなさいよぉ!」
ネレイザの目には、涙が浮かんでいた。――あの日、ライトの過去をレナだけが先に聞いた日、悔し涙を流す自分に一緒に守る仲間だと言ってくれた。あの時の想いは本物だったはず。だったら、今のこの戦いはレナにとっても。
「レナさん!」
次いで声を挙げたのはマークだった。
「どうしてライトさんを信じないんですか!? 信じてましたよね、誰よりも! 僕は貴女がライトさんの護衛になる前から貴女の側近でしたが、ライトさんの護衛になってレナさんは変わりましたよ! 貴女は間違いなく、単なる護衛じゃなく、ライトさんの為を思っての戦いをしていた! そんな貴女なら、ライトさんの言葉、想いを信じられるでしょう!?」
マーク・ネレイザ兄妹の想いが、激しい戦いを続けるレナとライトの間にも当然通り抜ける。
(五月蠅いんだよ……私は、私はそんなに出来た人間じゃない……! 君達に何がわかる……!)
余裕があったら苛立ちに任せてマークもネレイザも攻撃していただろう。だが今はそこに手を割く余裕がない。
「わからないから、精一杯の想いを伝えてるんだよ!」
「!?」
ライトだった。――心を読まれた。表情に出ていたのか。それは正にいつもとは逆の――レナがライトの心をあっさりと読むのとは逆の行為。
「でもな、本当にわからないとは言わせない! 皆がどんな想いで、レナと剣をぶつけて、想いを叫んでいるのか! レナの気持ちはわかる、でも俺達はそのレナの辛い想いを抱えて歩いていけるんだよ! 仲間だから、大切な仲間だから!」
「五月蠅いっ! これ以上、余計な口を開くな!」
「何度だって開くさ! 今のレナに届くまで!」
ガッ、と一旦間合いが開く。直後、ライトが身に着けていた腕輪のスイッチを入れる。ライトの両腕に、それぞれ風、雷の激しい魔力が纏われる。そしてライトの構えが少し変わる。
これはケン・サヴァール学園でシミュレーションルームでデモンストレーションをやった時、サラフォンがライトの実力を誤魔化す為に作った道具である。実際は纏うだけで何も出来ない。ライトの構えもその時にアルファスに相談し、それっぽく見せる為に開発された物。
「ははっ、君と敵対する事になったって、君との事を忘れたわけじゃないんだよ!? 今更そんなハッタリなんて――」
「うおおおおおお!」
だが、ライトの手にエクスカリバーがある限り、それはハッタリではなくなる。
「っ!?」
エクスカリバーが風の魔力、雷の魔力を吸収し本当に纏い、一時的に属性付与された強力な魔法剣に変わる。攻撃範囲も広がり、ミラージュの時とはまた違ってレナはライトの攻撃が読めなくなる。――互角だった戦いが、少しずつレナが防戦気味になっていく。
「調子に……乗るなっ!」
ズバァァン!――レナが一気に魔力を込め、ライトの魔法剣に対抗する様に強力な炎の魔法剣を振るう。ぶつかり合う二つの激しい魔法で、二人の間合いが再び開く。
「何がしたいの!? 大人しくフエノガージを諦めればそれだけで済む話じゃん! 何でここまでするの!? エクスカリバーなんて抜いちゃってさ! 今回一つ間違えた位じゃ、君の立場は揺るぎやしない! 命を賭けて私と戦う理由にならない!」
「ふっざけんな!」
レナの怒りに対し、それを覆う怒りをライトはぶつける。
「さっきから言ってるだろ! レナの為だって! フエノガージを見捨てて、本当にそれでいいと思ってるのかよ!? その先に何があるんだよ、何も残りやしないだろ!?」
「その先なんて私は求めてない! 私は今、こうして剣を抜いてる時点でもう戻れないんだから! それでいい!」
「良くない! 絶対に良くない! レナが良くても、俺が良くない! いや違う、ここに居る皆、それじゃ納得しないんだよ! こんな理由で事件でレナが居なくなるのを、認めるわけにはいかないんだよ!」
「っ……! 何もわかってない、そんな綺麗事だけじゃ私の想いは晴れやしない!」
「ならどうして直接手を下さない!? そこまで憎いなら、後先考えないなら、自分であの街の人を滅ぼしに行けばいいだろ!? 今こうして翼を広げておいてそれでもそれをしないのは、レナがまだ――」
ボワァン、キィン!――ライトの言葉の途中で放ったレナの攻撃魔法は、エクスカリバーによって弾かれる。
「私が止めて欲しいからとか言おうとした? 違うよ、あの巨人に滅ぼされる方が面白いでしょ? 父さんが命と引き換えに倒した巨人。もう助けてくれる人は居ない。父さんに頼り過ぎたから。それを知るべきなんだよ」
「本気でそう思ってるんだな?」
「しつこいよ」
「わかった。――なら、決着を付けよう。「約束」を、守るよ」
そしてライトはエクスカリバーを握り直し、再びレナに向けて地を蹴るのであった。