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第二十九話 演者勇者と手品師の少年9

 ガキィン!――響き渡る金属音。剣と剣がぶつかる音である。ソフィ、エカテリスとトラル一座数名との戦い、更にはリバールとオランルゥとの戦いが終わり、多少静かになったせいか、その金属音は余計に部屋に響き渡った。

 剣の片方はケンザー。トトアに振り下ろした剣である。もう片方はそのトトアを守る為に身構えられた剣。――予想外の持ち主だった。

「勇者……様……」

 そこにいたのは、ライト騎士団の実力者ではない。――演者勇者、ライトであった。アルファスに渡されていた特訓用の剣で、ケンザーの一振りを防いでいたのである。誰よりも何よりも早く察し、体が動いていた。

 普段のライトなら、自分自身の動きに驚いている所だろう。だが今はそんな事は頭の隅にも過ぎらない。ケンザーの剣を食い止めつつ、怒りの目で、ケンザーを睨み返していた。

「お前……本気で、彼女を殺そうとしたな……?」

 剣から伝わる殺気は本物であることをライトは感じ取っていた。この辺りはアルファスの指導・稽古が生かされつつある証拠である。

「だったら……なんだと……?」

「ふざけんな! 彼女はお前の事を想って、お前の事を信じてあの言葉を投げかけた事位わかるだろ! 跳ね除けるのは勝手だけど、それが気に入らないから殺す!? それが大人の、仮にも集団のトップにいた人間のやる事かよ!」

「っ……!」

「今ならわかる、彼女はお前達が騙して巻き込んだネイとトラル一座と自分の立場の板挟みでずっと悩んでたんだ! その答えを、今やっと弾き出したんだぞ!? ああそうだ、遅いよ、もっと早く答えを出してれば違う流れにネイが悲しまない流れになったかもしれない! でもな、遅くても、どんなに遅くても、やり直そうとしてる人間を、自分の我が侭で止める権利なんて、誰にもないんだよ!」

「若造が……! 勇者だか何だか知らないが、恵まれた環境で生きて来た人間に何がわかる!」

 恵まれた環境。――そのケンザーの言葉が、ライトの心の鍵を一つ、無理矢理こじ開けてしまう。

「勝手に決めんな……! 俺は恵まれちゃいない! いつだって端っこで、何も出来なくて、約束も果たせなくて、周りに差を付けられて生きてたよ! 今だってそうだ、仲間に助けられてるって言えば聞こえはいい、でも所詮俺は仲間がいなけりゃ何も出来ない人間だよ、ちっぽけな人間だよ! でも、それでも俺はもう一回努力するって決めた! 自分自身と、周りと向き合ってもう一回生きてみるって決めたんだ! 馬鹿にしたけりゃ勝手にしろ、でもな、自分は投げた癖にやり直そうとしている人間の邪魔をすることを、俺は許すつもりはない!」

 それはライトの心からの叫びであった。今までに聞いたことのない感じたことのないライトの咆哮に、ライト騎士団の仲間達も驚きを隠せないでいた。

「許して貰えなくて結構だ! 綺麗事の説教も聞き飽きたよ! そんなに綺麗事が好きなら、あの世で神様に首を垂れるがいい!」

 ケンザーがあらためてグッ、と腕に力を込める。わずかにライトが押され始めた――その時だった。

「ぐはっ……」

「一対一を邪魔してごめんねー。――その人、傷付けさせるわけにいかないんだよね」

 ブオォン!――ケンザーの背中に、綺麗な炎の斬撃が走る。その一撃で、ケンザーはその場に倒れ、ピクリとも動けなくなった。

「まったく、中々に無茶してくれちゃって。まさか一番に反応するとは思わなかったよ」

 勿論、斬撃を放ったのはレナである。いつもの落ち着いた、緊張感のない口調に、ライトの緊張も一気に解け、その場にペタン、と座り込んでしまった。

「ありがとうレナ、助かった」

「言ったでしょ? 見える範囲に居てくれたら、ちゃんと守ってあげるって」

 余談だが、一手間違えてライトがトトアを守るのに失敗していたとしても、レナはその前に反応して、ライトは助けられた。――あくまで「ライトは」であるが。そしてその「if」をレナが口に出すことはない。その考えに、今のライトが気付く余裕はなかった。

 こうして、ライト騎士団とトラル一座の戦いは、幕を閉じたのであった。



「ネイ、ごめんなさい……お母さんがもっとしっかりしてれば、こんな事にはならなかったのにね……ごめんなさい……」

「お母さん……」

 傷が浅くそのまま連行されていく者。担架に乗せられ運ばれていく者。――現場の収拾その最中、ライト騎士団に見守られる形で、トトアはネイを抱き締めながら謝罪していた。

「しばらく会えなくなるわ、ごめんね……お母さん、ちゃんと罪を償ってくるから……それまで、周りの人の事をよく聞いて、ちゃんと生きてね……お母さんに言う資格はないけど……」

「大丈夫だよ、お母さん。僕、頑張るよ。今度こそ正義の味方になって、お母さんを迎えに行くから。だから、一緒に会える日まで頑張ろう」

「ネイ……!」

 トトアの目から、大粒の涙が零れる。ネイも笑顔でトトアを抱き締めながら、やはり涙を零していた。――強い子だ。見ていた誰もが、そのネイの姿を見てそう思った。

 トラル一座が連行されるに至って、トトアが連行されるのも避けられない事実であった。唯一自ら罪を認め自首の様な形を取ったとはいえ、犯行を知って見過ごしていたのは事実。しかるべき場所で罰を受けなければならなかった。また、それにネイも一緒に……というわけにもいかなかった。ネイはネイで、騙されていたとはいえ、犯行に大きく加担してしまっている。こちらもしかるべき場所で教育・更生といった過程を受けることになる。

 親子は、しばらくの間会うことは出来ない。それが一年なのか、二年なのか、それとももっと短いのか長いのか。直ぐに答えは出ないだろう。――だからせめて今少しだけは、親子の温もりを。もう一度やり直す為の約束の証のように、親子は抱き締め合っていた。

 やがて促され、親子の抱擁は終わりを告げた。トトアは最後にライト騎士団全員に向かってゆっくりと頭を下げ、

「ネイを、宜しくお願いします」

 そう懇願し、兵士に連行されていった。やがて少しの時間差で、ネイを連行する兵士も現れる。

「勇者様! お母さんを助けてくれて、ありがとうございました」

 見えた兵士が自分を連れて行く為の人間だと察したか、ネイは今一度、ライトの所へお礼を言いにやって来た。

「間に合って良かったよ。怪我もなくて安心した」

 寧ろよく俺間に合ったな、体動いたな、というのが落ち着いた今のライトの本音であった。――火事場の何とかってやつかな。一歩間違えたらトトアさんの前に俺が怪我してるよなあれ。

 そんなライトの本音をネイが知るはずもなく、本気で謙遜している様に見えたのだろう。その姿にネイは目をキラキラさせる。

「やっぱり、勇者様はヒーローです。強くて格好良くて……僕の憧れです」

「……ネイ」

「僕も必ず、勇者様みたいに、誰かを助けられる格好いいヒーローになります! 勿論勇者様には敵わないけど……でも、いつか「昔助けてくれた勇者様に憧れてこうしてる」って胸を張って言えるような事がしたいです! 本当に、本当にありがとうございました! 勇者様に会えたこと、ずっと誇りに生きていきます!」

「…………」

 そのネイの純粋過ぎる言葉に、ライトは言葉を失う。――違うんだよネイ、俺はそんな立派な人間じゃない。結局一人じゃ何も出来ないし、君のお母さんを助けられたのだって、自分の気持ちの高揚のせいかもしれないんだ。俺なんかに憧れたら駄目なんだよ。俺は所詮偽者、演者なんだから……

「ネイ!」

 気付けばライトは兵士の所へ自ら行こうとしているネイを呼び止めていた。振り返るネイ。

「あの……その、本当は、俺……」

「勇者様……?」

 緊張する。今から言わなくてはいけない言葉を、頭の中で組み立てると、ライトの唇が震えた。――それでも気持ちを奮い立たせ覚悟を決め、再び口を開こうとすると、

「ネイ君、沢山努力していつか自分の才能がちゃんと誰かの為に使えるようになるっていう自信が出来たら、訪ねておいで。ライト騎士団は、優秀な人材をいつでも募集中だよ」

 その口を塞ぐように――後ろから、レナの言葉が割り込んで来た。そのままネイに合わせて屈んでいたライトに後ろから抱き着いて肩から顔を出し、笑顔でピースサインを見せる。

「ありがとうございます! 僕……頑張ります、勇者様と仲間の皆さんに認められるように!」

 ネイは嬉しそうな笑顔でそう宣言すると、兵士に連れられて、この場を後にした。何となく、屈んだまま、そしてその屈んだ後ろから抱き着いたまま見送ったライトとレナ。

「……勇者君さあ」

 そして更にその状態のまま、ネイの姿が見えなくなると、レナは口を開く。

「あの子に、自分は本物の勇者じゃないってばらそうとしたでしょ」

「う」

 バレていた。ネイに対する態度の他に更に罪悪感が生まれてしまう。――レナは溜め息をつく。

「気持ちはわかるけどねー。でも、勇者君の仕事は「勇者を演じる事」なんだから、簡単に気持ち流されちゃ駄目だって。辛くても慣れてかなきゃ。――覚悟の上で、選んだ道なんでしょ?」

「選んだ……道、か」

 責めるわけじゃない、諭すような優しい口調に、ライトの心も落ち着いていく。――落ち着いて思うのは、反論の余地がまるでない、ということ。レナの言う通りであった。

 そう、これは自分が選んだ道。他人を欺いて、誰かに恨まれても、前を向かなくちゃいけないんだ。

「ありがとう。――もう、大丈夫」

「ん」

 抱き着いたままのレナの腕をポンポン、と軽く叩くと、軽い返事と共にレナは体を離した。――思えば抱きしめてくれていたのも、気持ちを落ち着かせた状態で話をする為だったのかもしれない、と思うと、レナには頭が下がる想いであった。言うと怒られそうなので言えないのだが。

「それにさ。勇者君がネイ君を騙したのは事実だけど、勇者君が頑張ってネイ君を助けたのも事実だよ? もしも将来、ネイ君が事実を知ったとしても、ネイ君の中で勇者君が命がけでネイ君の母親を守った姿はきっと消えないよ。その時何を思うのかは、ネイ君次第だよ。勇者君の責任じゃない。――少なくとも、私はそう思うよ」

「ネイの……将来、か」

 自分の事は恨んでくれても憎んでくれてももう構わない。それと引き換えに、ネイが、あの親子が幸せになれるのならば。――ライトはそう願わずにはいられないのであった。



 翌日。――ライトは、エカテリス、リバールと共にハインハウルス城下町の中心部に来ていた。

 収穫祭は、無事に二日目を迎えられていた。あれ程の騒ぎがあったのにも関わらず一晩で大方の処理を終え、何事もなかったかの様に街は賑わっていた。この辺りは、ハインハウルス王国軍の手際の良さが素直に光る部分であった。

 そしてライトは、何時ぞやの約束通り、エカテリスに収穫祭を案内して貰うことになったのだ。

「…………」

 それでも、昨日の今日である。心に引っかからない物がないと言えばそれは嘘になる。つい、どうしても、勇者に憧れていた、ヒーローになりたいと目を輝かせていたネイの姿を想い浮かべて――ペシン。

「痛っ」

 不意にエカテリスに、両頬を軽く叩かれた。ハッとしてエカテリスを見れば、ライトの頬に手を置いたまま、優しい表情でこちらを見ていた。

「ライト。彼らの事を、今日だけ忘れなさい――とか、そんな無茶な事を言うつもりはありませんわ。寧ろ、いつまでも覚えておかなければならない案件よ。でも、それ以外の事も、この街の他の人の事も、ちゃんと見てみなさい」

「この街の……」

 エカテリスが手を離してくれたので、あらためてライトは周りを見てみる。普段から賑わっている街が、祭りで更なる賑わいを見せている。店側も、客側も、歩く人達も、皆笑顔で楽しそうにしているのがよくわかった。

「私達は、トラル一座を、ネイとトトアを捕えるのと同時に――今ここで収穫祭を楽しんでいる人達の、笑顔を守ったのよ」

「あ……」

「その二つを秤にかけなさい、でもないですわ。でも、ネイの事で落ち込むのなら、同じ位この街の人達の笑顔を守れたのを、喜んでもいいんじゃなくて?」

「……うん。そうか。そうだよな」

 自分だけが辛い想いをしているわけではないのだ。きっとこうして励ましてくれているエカテリスだって、隣にいるリバールだって、思う所があるに決まっている。同じ気持ちを共有出来る、仲間達がいる。

 その仲間が、笑顔で前を向いているのだ。――喜びも悲しみも、分け合うんだ。

「第一、この私が直々に案内して差し上げますのよ。そんな暗い顔で行こうだなんて」

「私が許しません。姫様との交遊が楽しくないなどと」

「そこ本人より先にリバールなんだ!?」

 相変わらず至って真面目にそう告げるリバール。――直後、三人で笑った。……ライトに、笑顔が戻った。

「さ、時間は待ってくれませんわ、お勧め山ほどありますのよ。ハインハウルス収穫祭ツアー、始まりですわ!」

 こうしてその日、三人は暗くなるまで収穫祭を堪能するのであった。

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