第三百七話 演者勇者と炎翼騎士14
「炎の……翼……!?」
冷たい目とは裏腹に、レナの背中には二枚の燃え盛る翼が生まれていた。直ぐにわかった。「炎翼騎士」と呼ばれる所以を。
「これもさ、ずっと内緒にしてたんだよ。誰にも言わなかった。誰かに見せるのは初めて。だって見せたら、皆私の事を「炎翼騎士」としてしか見てくれないじゃん? 都合よく使うだけじゃん? そんなの腹立つだけ」
「違うっ、レナ落ち着け! 俺は――」
「最終警告。フエノガージを見捨てるか、ここで死ぬか。選んで」
ただただ凍る様に冷たい目で、レナはライトを見る。それは今までずっと隣でライトを見てくれていた目とは、まるで別物。まるでライトを敵として見る様に。――本気、なのか。
「俺はどっちも選ばない。フエノガージを守って、生き残る」
なら揺るがない想いを伝えるしかない。ずっと隣で守ってくれていたレナの為に。
「そっか。――変わらないね、君は。そうやって真っ直ぐに正義を振りかざして」
「変わらないさ。レナが隣で俺の事を守ってくれていたから、俺は変わらないままなんだ」
「でもさ、私気付いたんだよ。その正義すら、君が「勇者」の座に溺れた結果なんだって。しかも私の名前まで出してさ。もううんざりなんだよ。だからさ」
ボワッ!――背中の翼がより炎の凄みを増した、と思った次の瞬間。
「死んでよ」
真っ直ぐに、ライトに向けて剣が振り下ろされていた。――ガキィン!
「レナ、テメエぇぇ! 団長に向かって何しやがる!? 冗談じゃ済まされねえぞ!」
勿論圧倒的速度だったのでライトは反応出来ず仕舞いだったが、代わりに直ぐに守ってくれたのがソフィ。愛用の両刃斧で振り下ろされたレナの剣を防ぐ。――ただその光景は、本当にレナがライトを殺そうとしたのだと、ライトは痛感する事となった。
「だって冗談じゃないから」
「ふっざけんな! 自分の言ってる事やってる事理解してんのか!? テメエはそんなに馬鹿だったか!?」
怒りの目でレナを見るソフィに対し、レナはただ淡々としていた。
「ソフィは戦うの好きだよね。それも強い相手と。――これが最後だから、戦ってあげるよ」
「テメエ、人の話を――!」
「勿論、私が勝つんだけど」
そこから否応無しに始まるレナ対ソフィ。今までなら得意分野こそ違えどほぼ同程度の戦力指数を持つ二人だった。つまり一対一なら互角の戦いになる。――なった、はずだった。
「っ!? な……にっ!?」
「ね、この力強いでしょ。これに第三者が溺れようとしてくるとか何なの? って話なんだよね。ちょっと助けたら調子にのって都合よく考えてさ。――どいつもこいつも!」
「ぐっ……!」
ズバァン!――レナの一振りでソフィが吹き飛ばされる。ソフィは受け身を取って体制を立て直すが、明らかに押され苦戦していたのが良く分かった。
「俺は他の皆よりも日が浅いから説得力は無いかもしれないが」
ズバァン!――その時、既にドライブは地を蹴っていた。両手に紋章を大きく光らせ、薙刀を振るう。
「長は肩書に溺れる様な人間ではない。いつでも自分を見つめ、等身大のままにいた。それはいつでも長の隣にいた、お前が一番良く分かってる事じゃないのか、レナ! 何故長を信じない!?」
「何故って言われても、信じられなくなったものはしょうがないでしょ。――綺麗事、うんざりなんだよ!」
「――っ! これ程の力が……」
そのままレナとドライブは数合渡り合うが、やはりこの状態のレナが上の様で、ドライブも激しい炎の斬撃によりダメージと共に吹き飛ばされる。
「レナ! これ以上はもう許しませんわ、剣を収めなさい! これは命令、ハインハウルス第一王女の命令ですわ!」
直後、気迫と共にエカテリスがレナに向けて叫ぶ。広がる覇気。
「ああそっか、私犯罪者になるんですね。勇者様に向けて剣を振るってるんだから。――じゃあいっその事、死刑にでもして貰おうかな」
だがレナは剣を収める事無く、次の瞬間、ターゲットをエカテリスに変更し、地を蹴り――ガキィン!
「貴女は今、私の前でしてはいけない事をしました。――過去がどうであれ、許すわけにはいかない」
振るった剣が、素早くエカテリスを庇いに来たリバールの短剣とぶつかり合う。
「誰が許して欲しいって言った? 姫様が攻撃されたのが気に入らないんでしょ? ほら、さっさと殺しに来なよ、全力で。――それともぬるま湯に浸り過ぎて殺すのに躊躇する?」
「ならば、お望み通りに」
今度はそこから始まるレナ対リバールの戦い。――リバールも本当にレナを殺すつもりなどないが、殺すつもりで戦わないと負ける。なので全力を振るった。広がる……広がり過ぎる殺気。
「ハル、全力で頼みますわ」
「心得てます。――サラ、サポートをお願い」
「う……うん!」
そしてもうこれ以上一対一では埒が明かないと判断、エカテリスは援護に入る。以前編み出したハルの気功術との連携突貫に、更にサラフォンの襲撃による援護を入れた、強力な一撃である。
「これ以上味方同士で争うわけにはいきませんわ! 止めます!」
ガッ、ブオオォォォォ!――激しい風を纏い、ハルのサポートで圧倒的速度でエカテリスが飛び出す。
「そうそう、そうやってもっとジャンジャン来てよ。私を倒しに。君達の正義を証明するには、今の私を倒すしかないんだからさ」
だがそのエカテリスの攻撃も防ぎ、リバールとのツーマンセルになっても決して追い込まれる事なくレナは剣を冷静に振るっていた。翼を広げてからは今までのレナとは段違いの強さであった。――そこまでの力があったのか、レナに。炎翼騎士の血に。
「ライト殿」
と、間合いを置いてマーク・ネレイザ兄妹に守られていたライトの所に、ニロフがやって来る。
「我は参戦しても宜しいですか?」
「それって」
「流石のレナ殿も、姫君とリバール殿のツーマンセル相手にはまだ決定打が撃てていません。例えばここに更にハル殿、サラフォン殿の援護が入れば、我が何をしたとしても邪魔を入れる事は不可能でしょう。時間をかけて禁術に近い拘束魔法を使えば、我ならば抑える事が可能です。――ですが」
スッ、とニロフが再び戦っているレナを見る。仮面の下の表情は、きっと。
「そんな方法で解決する事が、果たして真の解決と呼べるのでしょうか」
「……ニロフ」
「あんなに悲しそうなレナ殿の顔は、見た事がありませぬ」
一見すると今のレナは冷静無表情。知らない人からしたらそうとしか見えないだろう。――でも。
「わかっております。そんな事を言っている場合ではないと。今のレナ殿はそれ程までの力を暴走させております。今どんな手を使ってでも、止めなければならない。でなければ、本当にライト殿も姫君も皆殺されてしまう。躊躇の理由は本来ないのです。――だからお伺いに来ました。我が、止めてしまってもいいのかと」
本来ならばこんな事を聞いている暇もないはずなのに、ニロフは穏やかにライトに確認を取ってきた。本来なら許可など無しで、本気で拘束すべきだとわかっているはずなのに。
「……俺だって」
そこで、ライトの覚悟が決まった。勇気を、レナへの想いを胸に。
「俺だって、そんな終わり方微塵も望んでない。――レナは、俺達の大切な仲間だ。俺の大切な護衛だ。失うなんてさせない」
「お気持ちはわかりました。――案がおありですか?」
「ああ。――もしも駄目だったら、それは俺が死ぬ時だ。その時はニロフ、どんな手を使ってでもレナを止めてくれ」
「承知致しました」
ニロフが一歩下がった。その答えを待っていたと言わんばかりに。
「ちょっ、マスター、気持ちはわかるけど、マスターじゃもう無理よ! 今のレナさんにはどんな言葉も届かない! マスターが説得してももう逆効果になる! 私は反対、今直ぐニロフさんに――」
「ネレイザ。――ライトさんを、信じよう」
「お兄ちゃん!?」
「僕達は、ライトさんを信じてここまでやって来たんだ。――ライトさんとレナさんの絆を、ライトさんの想いを信じるんだ」
「っ……」
マークとてわかっている。それがどれだけ危険な罠なのかを。今のレナは自分達が知っているレナではないのは一目瞭然。それでも、レナなのだ。自分達の仲間の、ライトの隣でライトの事を守り続けてきた、レナなのだ。だったら。
「危ないと思ったら、直ぐに止めるから! だからマスター、絶対に無茶はしないで」
「わかってる」
「それに……絶対に、レナさんを止めて。あんなの、レナさんじゃないから……!」
その一言に、ネレイザのレナへの想いが込められているのが、ライトにも、そして何よりマークにもわかった。――ああネレイザ、レナさんと仲良くなれたんだね。
「必ず止めるよ。直ぐに元のライト騎士団に戻れる」
そう決意を告げると、ライトは一歩前に出て、
「全員、止まれ!」
そう、叫んだ。――ヨゼルドの様な特別な気迫があるわけじゃない。それでもその一言に、一瞬戦いは止まり、バッ、と全員一定の間合いを取る。
「何? 覚悟決まった? フエノガージ、諦めてくれるの?」
だがそれも一瞬。レナは直ぐにライトに向き直り、ライトに冷たい殺気を飛ばす。
「諦めないよ。フエノガージも、レナも」
その殺気に負けそうになりながらも、ライトは視線を反らさずにレナにそう宣言。
「だから、レナの事は、俺が止める」
そして続け様にそう宣言した。
「ははっ……あははははっ! どれだけ自惚れてるの、どれだけ自分の立場に酔いしれてるの!? 今までみたいに皆が何とかしてくれると思ってるからそんな偉そうな事言って! もうどうにもならないんだよ? 君を守る私は居ない、代わりに居るのは君を殺す私だけ! どれだけ君が叫んだって、もう私は君の事を守らない!」
そのレナの言葉は、色々あれど他全員も同じ考えであった。今までならばそれで解決してきたし、それがライト騎士団の強みであった。ライトの強い想いを、仲間達が引っ張っていく。ライトの実力的な弱さをレナが隣で助けていく。
でも今はその両方が出来ていない。仲間達がレナに勝てない。ライトを守るレナが居ない。ライト騎士団の強みが、崩壊しているのだ。そんな中、ライトのその宣言。誰もが、何よりレナが無意味だと思った。
「それが君の最後の言葉でいい? 私はもう迷わない」
ひと笑い終え、レナは「準備」を終えた。
「わかってないな、レナ」
そんなレナに対して、更にライトは一歩前に出る。
「俺がレナを「実力」で止めれば、全部解決する話だろ?」
そう言って、ライトはゆっくりと身構える。
「は? 追い込まれて頭おかしくなった? 天地がひっくり返っても君が私に勝とうなんて」
「勝つんだよ。俺の全てを賭けて」
その時、ライトが握っていた剣の柄はアルファスから貰ったあの剣ではなく、
「エクスカリバー、最後の一回、今使う」
伝説の勇者の剣、エクスカリバーであった。バッ、とエクスカリバーが光り、エクスカリバーの言葉がライトの脳に伝わってくる。
『……自分が何を言ってるのか、わかっているのか? 私の力は知っているな? 魔王を倒し世界を救う力だぞ。仲間の小競り合いに使う力ではないぞ? 自分で言っている様に、これが最後の一回だぞ?』
エクスカリバーとの約束。勇者でないライトにも、三回だけ手を貸してくれる。残りはもう一回しかない。
「わかってるさ。でも今使いたいんだ。今レナを救えないなら、この先なんて意味がない。例えお飾りの勇者でも」
『それでこの先、私が必要な時が来てしまったらどうするつもりだ?』
「本物の勇者様を探すさ。血眼になって。見付からなかったら、見付からない分だけ頑張るさ。仲間達と。レナと」
ぐっ、と柄を握る力が強くなる。――その手から、エクスカリバーもライトの覚悟を感じた。
『くっ……はははっ、面白い、何処までも本当に面白い奴だ! いいだろう。約束だしな。いつ使おうが、お前の自由だ』
「ありがとう」
『使うからには必ず解決させろ。この私を意味無く使った事実が残るなど許さんからな』
「わかってるさ。――短い間だけど、宜しく頼むぜ」
そしてライトは、エクスカリバーを抜いた。
「な……」
驚きを周囲も隠せない。何よりレナも。
「もう一度言う。俺はレナを止めて、フエノガージを救う」
ライトの再三の宣言が、この場に響き渡るのであった。




