第三百六話 演者勇者と炎翼騎士13
「な……んだ、あれ……!?」
モリダが謎の行動した直後現れた謎の巨人。距離はあるが、その距離がどれだけなのかわからなくなるサイズ。全身を炎に包まれた正に「巨人」が、のし、のし、とゆっくりとこちらに向けて歩を進めて来ていた。
「サラ!」
「皆聞いて! 周りの木と比較して推定大きさ五メートル、あのペースであの巨人が歩き続けたとして、フエノガージ、もしくはここまで到着するまでに大よそ一時間!」
ハルとサラフォンの判断は早かった。ハルに促され既にサラフォンは自作の双眼鏡で測量を開始していた。サラフォンの実力は誰もが知って信頼している。情報通りだと考えて良いだろう。――だとすると。
「一時間あると見るべきか、一時間しかないと考えるべきか」
「長、後者だ。やれる事は限られる」
確かに余裕を持って相手してあげられる存在とは思えない。
「なら、って……レナ!? 大丈夫か!?」
ライトがそこで気付くと、皆も気付いた。――ライトの隣にいるレナが、震えている。まさか。
「レナさん、辛い所をすみません、確認させて下さい。あの巨人、もしかして」
「十年前……街を襲って……父さんを、殺した奴……っ!」
「っ!」
マークの質問に、震えながらもレナは答えた。――最悪の展開が、待っていた。
「テメエェェェェ! 何しやがった何の真似だ、答えろ!」
当然次に行き着く先は決まっている。モリダだ。――ソフィが襟を掴み持ち上げる様に問い詰める。
「レナが言う通り……あれは、十年前と同じ……巨人です……」
「んなことはレナが言ったんだからわかってる! 要はテメエが何でそれを呼べて今この場で呼んだんだって話だ! 何がしてえ、街を潰してえのかアタシ達を潰してえのか何なんだ、ああ!?」
「これは……私の贖罪です……レナへの、恩返しです……!」
「は……!?」
真面目な顔でそう告げるモリダ。驚きの余りソフィも少し力が抜け、モリダがガクッ、と膝をつく。
「私達、貴方が何を言っているのかわかりませんわ。あの巨人を呼ぶのがレナへの恩返し……?」
「レナには……本当に、辛い思いをさせました。レガリーダを失わせ、この街を出て行く決断をさせてしまった。もしもレガリーダが生きていれば、この街で今も穏やかに暮らしていたかもしれない。いや、自分達がしっかりしていれば、レガリーダがいなくても今でもフエノガージで暮らしていたかもしれない」
スッ、とモリダがライトとエカテリスを見る。懇願の目で。希望を求める目で。
「王女様、勇者様、お願いします! レナに、「あれ」を倒す事の栄光を捧げてあげて下さい!」
そして、縋りながら叫ぶ様にそう頼み込んだ。
「ハインハウルス軍の一員として、勇者様の騎士として、あれを倒したとなれば、レナには絶大な栄光が捧げられますよね!? レガリーダの後を継いで、「炎翼騎士」の称号を正式に名乗る事も許されますよね!? ううん、生きて帰ればレガリーダ以上の存在になれる……!」
「な……」
だが、懇願の内容は――狂っていた。
「ちょっ……ちょっと待って、レナさんにそうさせる為にあれを呼んだ!? 嘘でしょ!?」
「十年間、レガリーダへの謝罪、レナへの謝罪がずっと頭から離れませんでした……どうしたらレナが、炎翼騎士の名がこの地を轟かせる様になるのか……同じ栄光が与えられるのか……だから、だから私は必死に……」
「……目的の中身は兎も角、未知の解明への道は途切れない意欲から生まれるものです。……やられましたな、これは」
驚きを勿論隠せないネレイザ、ニロフに対して、少し落ち着いてモリダはそう説明する。――例え僅かな時間しか無かったとはいえ、ニロフが解明出来なかったこの岩の謎を、素人のモリダは解明した。十年の月日を懸けて。ただ、希望の象徴であった「炎翼騎士」の偶像を見つめて。
「レナ、今まで本当に済まなかったな……! でもこれで、やっとお前も報われる……! レガリーダと同じ、それ以上になれる! 炎翼騎士が復活するんだ! これで天国のレガリーダも――」
「触るなぁぁ!」
ドガッ!――そのまま震えるレナの腕を掴もうとしたモリダをレナは感情のままに蹴飛ばし、
「ぁぁぁああああ!」
迷わず剣を抜き、倒れたモリダに振り下ろした。――ヒュン!
「リバール!」
「っ……大丈夫です、モリダ氏は無事です!」
勢いのまま振り下ろした先にモリダは居ない。――リバールが瞬時に庇い回避させたのだ。逆に言えばリバール程の速度が無ければ今頃モリダは真っ二つになっていた。
「レナ! 駄目だ、落ち着いてくれ!」
「レナさん、気持ちはわかるけど今この場で私達が本当に殺したら駄目! レナさんならわかるでしょ!?」
「レナ様、どうかお怒りを、剣をお納め下さい……!」
「レナ、命令ですわ、落ち着きなさい!」
同時にライトを中心に数名で抱き着く様にしてレナを止める。
「離して! 離せ! あいつを――」
「離さない! 今この場で勢いだけでその剣を振るったら駄目だ!」
レナも抑えられても止まらない。必死にその体を動かし、モリダを目指す。目は赤く、涙も溜めて、でも無情な程に力を込めて動こうとする。
「ふざけんな! どれだけ……どれだけ父さんを侮辱すれば気が済む!」
「違うっ、侮辱なんてしてない、俺達はいつでもレガリーダを! お前が幸せなら、天国のレガリーダも喜んでくれるだろう!?」
「父さんの何がわかる!? 父さんの何を知ってる!? 私達の何を知って、何を語ってる!? 私は父さんの後を継ごうなんてこれっぽっちも思ってなかった! 父さんも私の自由に生きて欲しいって言ってくれてた! そもそも父さんだって、好きで炎翼騎士になったわけじゃない!」
「でも、レガリーダは俺達の、フエノガージの為にいつでも!」
「ならもし父さんが炎翼騎士じゃなかったらフエノガージから追い出したの!? ただ純粋な想いでフエノガージを愛してた父さんを、炎翼騎士じゃなかったら使い道がないから追い出したの!?」
「そ、そんな事は……! でも」
「アンタらにとって、炎翼騎士って何だったの……!? 父さんって何だったの……!?」
「大切な住人だったさ……! レガリーダもお前も」
「どの口がそれをほざくっ! アンタらが見てたのは私達親子じゃない、炎翼騎士っていう肩書だけ! 街を守ってくれる炎翼騎士っていう肩書だけ! その肩書さえあれば、別に中身が父さんじゃなくてもいいわけでしょ!? 現にアンタは、私に炎翼騎士の称号を継がせてフエノガージに戻そうとした! またあの栄光に縋る為に、利用する為に、肩書で溺れる為に!」
「レナ……」
レナがまったく力を抜かないのでライト達も力を抜けないが、それでもその吐き出されるレナの想いが染み込んだ。肩書を嫌い、そこに付け込み溺れる人間をとことん嫌う。レナのポリシーが――トラウマが、その全てであった。
「離せ、離してっ! あいつだけは、あいつだけは!」
「離さない! 俺は、俺達はレナにそんな事をさせるわけにはいかない! モリダさんを斬ったその先に何がある、何もないだろ!? ただただ現実が広がるだけじゃないのか!?」
「っ……でも……っ!」
「そうだレナ、レガリーダだってそんな事は望んでない! あいつだってきっとお前の幸せを――」
「五月蠅えテメエこれ以上喋んな! 話がややこしくなるだろうが!」
ドカッ!
「あ」
ドサッ。――怒りのままにソフィが腹を蹴飛ばした結果、ダメージでモリダは気絶した。
「おいテメエ喋るなとは言ったがダウンしろとは言ってねえだろうが! 起きろ謝罪しろ!」
ゲシドカッ。――起こす為にソフィが再度蹴るが、
「ソフィさん、相手は素人なのでこれ以上はもう無理ですよ」
「チッ、根性無しが」
リバールに窘められ、やっと蹴るのを止めた。――本気で蹴ってないと思いたい。
「レナ、少しは落ち着いたか?」
「…………」
返事はないがモリダが気絶したせいか、レナも少しだけ落ち着いた様で、力を抜いていた。ライト達もゆっくりと抑えるのを止める。
どんな言葉をかければ良いのか。どんな想いならレナに届くのか。――誰もが言葉を選び、そして選べず口を開けない。
「……それでも、俺達はレナの傍にいるよ。どんな時でも」
だからライトはその唯一無二の事実を告げた。――自分達はモリダとは違う。それを証明するには、これからもレナを裏切らずに生きていけばいい。レナからトラウマが消える、その日まで。
「! ライトくん、あの巨人はこっちじゃなくてフエノガージに向かってる!」
と、再度巨人の動きをチェックしたサラフォンからの報告。――そう、大問題が待っていた。十年前悪夢を引き起こした存在が今再びフエノガージに向かっている。
「何も出来ない俺が言うのもあれだけど、放っておくわけにはいかないよな。――皆、行こう。あいつを倒そう」
言わずとも全員の意思は同じだった。気持ちを改め、あの巨人を見据え、
「……放っておいても大丈夫、だよ」
いざ出発――と思った矢先に、他の仲間達とは違う意思を持った者が一人だけ。……レナであった。
「十年前もそうだった。あれは呼び出した根本にしか興味がない」
「……つまり、フエノガージを潰したらあの巨人も消える?」
「うん。十年前は父さんと相討ちだったから街は残ったけど、今回は街そのものと相討ちになって終わりだよ。私達が危険を冒す必要はない」
言いたい事はわかった。……わかった、けど。
「でもそれじゃ、フエノガージが、街の人が」
「自業自得でしょ。利用するだけしておいて、一度痛い目に遭ってるのにまたやろうとして。反省の欠片もないじゃん。私達が助ける義理も義務もないよ」
いつものレナの考え方だった。いつもそうやって現実的な話をして、ライトに冷静さを促してくれた。……だから、
「それでも、見過ごすわけにはいかないよ。放っておけない。――俺達は、勇者様と王女様とその騎士団だから」
精一杯の正義を振るう。レナは呆れながらも苦笑しつつもライトの護衛として着いて来てくれる。――そう思った。
「……何で?」
「え?」
そう、思っていた。――でも、今回は、今回だけは違った。
「何で? 何で助けなきゃいけないの? 今私が言ったよね、モリダの言い分も聞いたよね? 自業自得だって、わかったよね?」
「それでも無実の人だっているだろ。助けなきゃ」
「いないよ無実の人間なんて! あの街に暮らしてる人間は皆同罪なんだよ! 助けて貰う権利なんて無い! 私達が助けたら結局あいつらの思う壺じゃん!」
「レナ!」
ガッ、とライトはレナの両肩を両手で掴んだ。
「大丈夫だ、俺達は負けない、俺達だけは変わらない!」
そして精一杯の想いを伝えた。……伝えた、つもりだった。
「……ああ、そっか」
でも、今のレナには伝わらなかった。
「結局……結局君は、「そっち側」の人間なんだね……」
「レナ……?」
レナの目から、一筋の涙が零れた。
「結局君も、私の力を利用してただけだったんだよ。私を炎翼騎士にして、優越感に浸りたいだけなんだ」
「レナ、そんなわけないだろ、俺は」
「信じた私が馬鹿だったんだね……結局、結局皆そう、肩書に溺れて何も見えなくなって! どいつもこいつも私を馬鹿にして!」
「レナ、違う、俺達は!」
「っあああああああああ!」
「! マスター危ない、離れて!」
「ライトさん!」
レナが叫んだ。マーク・ネレイザ兄妹がライトをレナから引き剥がす。バァン、という衝撃波がレナを中心に迸り、全員が少し間合いを置いて待機する形に変わる。
「行かせない。行かせないよ誰も。――例え君をここで殺す事になっても」
そしてレナの背中に、二枚の炎の翼が生まれていたのであった。