第三百四話 演者勇者と炎翼騎士11
「ドライブさん、右前方、左前方に三体ずつのグループがいるわ! 突っ込み過ぎないで!」
「了解」
フエノガージの祠周辺の調査を開始。――明らかに、ロッテンよりもモンスターは更に強化されていた。個々の能力もそうだが、小隊になっていたり、連携を取って来たりと中々の歯ごたえ。
それでもライト騎士団の面々が負けるような相手ではないが、並の実力者なら場合によっては命の危険を伴うレベルであった。
「我々が現着出来て良かったですなあ。この規模が万が一フエノガージの街に雪崩れ込んだら相当の被害が出ますぞ」
「戦い甲斐があるのはいいが、原因がわからねえのは気に入らねえな。ボスがいるなら叩きてえぜ」
「実際、ボク達がいる間はいいけど、逆に言えばいる間に何の問題も無い様にしないと、後で何か起きたら困るよね……」
「マスクドで前もって資料を読み返してはいたんですが、ここ数年こんな異変は無かったはずです。僕の調査が甘かったのかもしれませんが……」
そして各々やはり危惧する事となる。――何かがおかしい。
「戻りました」
シュタッ。――エカテリスの命を受けて周辺の偵察に行っていたリバールが何処からともなく帰還する。
「現在の所モンスターの気配は消えた様です。ただ殲滅したというわけではなく、生きていながら気配を消しているという可能性が捨てきれません」
「リバールでも完璧には感じ取れないなんて、相当ですわね」
ふーむ、とどうしても難しい顔になってしまう。さてどうすべきか、とそれぞれが悩んでいると、
「……レナ様に、十年前の出来事を詳しく尋ねるべきではないでしょうか」
ハルだった。
「今回の異変が、レナ様が体験した十年前のフエノガージの危機に近い物の予兆だとしたら、かなり危険であると同時に、前もって防ぐヒントがレナ様の中にあるかもしれません。……ただ」
「レナの中で、それは昔のトラウマを無理矢理掘り返す様な物だろう。果たしてそれを俺達がしていいのか。長が許してくれるか」
「マスターに相談したい所だけど、やり方が見つかりませんよね。あの人勘鋭いからこの流れでマスターちょっとなんて言ったら」
「十年前の事? 私がわかる範囲でならいいですけど」
全員悩みながらひとまず帰還し、腹を括りエカテリスが代表してレナに尋ねた所、特に嫌な表情一つせずあっさりとそう返事された。
「レナには良い思い出ではないでしょう? 辛い事を思い出させる様で申し訳ないのだけれど」
「気にしなくていいですよー。任務終わらせなきゃ帰れないし、皆には励まして貰ったし」
実際そこまで気にしていない様子が伺えてメンバーはほっと一安心した。――仲間に嫌な思いなどやはりさせたくはないものだ。
「とは言っても、私もあまりちゃんとした事はわかってないんだけどね」
ふむ、とレナが腕を組んで考え込む。
「あの時は特別例年に比べて魔力が多く流れ込んでいたから私が正巫女になる機会があって、儀式の時に違和感があったけど他の人は気付かなくて、帰ったらどーん、だったから」
「レナも被害者だもんな……」
ライトとしても他の皆よりも時間かけて話を聞いているので、レナがそれ以上を知っている様には見えなかった。
「父さんが戦って何かに気付いた可能性はあるけど、それももう聞けないし、後は」
「町長のモリダって奴か。よしアタシに任せろ。二、三発殴れば吐くだろ」
「ソフィ待ってストップそれ違う意味で吐いちゃうから!?」
狂人化がまだ切れないソフィをライトが無理矢理喰い止める。――怒る気持ちはわかるが手を出したら駄目だっての。そもそもこれ以上隠し事をしてるという保証もない。
「皆さん、夜までお待ち頂けますか。このリバール、闇夜に紛れて」
「紛れて何をするつもりなんだよ!?」
さっきの戦闘中はメイド服のままなのにいつの間にか装束に着替えていた。何でだよ。
「あ、あの、何だかんだでボクの方がそういう薬とか作れるかもしれないですから、今から頑張ります!」
「頑張らないでサラフォンそれが一番怖い!」
モリダ家爆発の未来が見えた。――さて後は誰を止めればいいんだとライトが考えていると。
「別にいいよ、大丈夫だってそんなに気使わなくても。私が訊きに行った方が早いし分かり易いでしょ」
呆れ顔で軽く溜め息をつきながらレナがそう切り出した。
「さっきも言ったけど、私としては早くこの街から離れたいから。確かにあの人ともう当時の話なんてしたくないけど私が行った方が話すでしょうし、その為ならちゃんと動くって」
「レナ、本当に大丈夫なんだな? 無理はしてないんだよな?」
「心配性だなあ勇者君は。でもそれじゃいざとなったらいつもみたいにキスして止めてよ」
「何その止め方!? というかいつも所か一回もそんな事してないよね!? あっ違う、違うぞ皆、そんな目で見ないでくれ!」
「何かこの三人で歩いてると感慨深いというか、不思議な気持ちになるな」
「まだ僕が居なくなってからそこまで期間空いてないですって」
「でもあの頃はマーク君がまだ悪い女に騙されて追われてた頃だったし」
「何ですかその事実無根な情報!?」
「レナ、アルテナ先生の前でその弄りは絶対駄目だぞ……」
フエノガージの街道を、ライト、レナ、マークの三人で歩いていた。目指すはモリダの家。
なんやかんや(?)でモリダに話を聞きに行く事が決まり、念の為にグループ分けして他のメンバーは当時の事を他に何か知っている人がいないか聞き込みに。で、モリダの家に行く事になったのがこの三人。……普段ならネレイザが譲らない所だが、現状が現状なのと相手がマークなのもあり、あっさりとライトの隣を今回は譲った。
「でもまあ、ネレイザは凄い良くやってくれてるし助けられてるけど、やっぱりマークにも俺は戻って来て欲しいな。戻れるチャンスはありそう?」
「そう言って貰えるのは嬉しいし僕も戻る気はありますけど、流石にまだ早いですよ。焦らずともいつかは。それまでは、ネレイザを頼って下さい」
そう笑ってマークはライトを嗜めるが、
「でもさ、やっぱり焦る気持ちはあるよ。……俺は、何処かで勇者じゃなくなるからさ」
「……あ」
忘れてしまいそうなでも根本的な事実だった。――ライトは、本物の勇者が見つかった時点で、勇者ではなくなる。一般人に戻るのだ。それがいつなのか。明日なのか十年後なのか。わからない。わからないが、
「まー、ハインハウルス諜報機関もそこまで間抜けじゃないだろうからねえ。関連物は見つけてるから、いつかは見つかるだろうね」
「だよ、な」
レナの冷静な言葉に、何とも言えない気持ちになる。ライトもマークも、表情こそ変えないもののレナも。
「悲しいねえ。マーク君戻ってきたらもうライト騎士団は無いかも。勇者君居なくなったら私も護衛の意味ないからもう居ないし、ソフィも軍辞めちゃうし、サラフォンも家に帰るし、ニロフはガルゼフ様の所に行くし、ドライブ君も軍には居なくなるだろうし、紆余曲折あってお城も崩壊」
「その紆余曲折って何があったの!? 今の俺に何があるの逆に!?」
マークが帰ったらそこは更地だった。――ホラーである。
「それでも、俺がやる事は変わらないよ。今出来る事を勇者としてやるだけ。その間にマークが戻って来てくれたら、笑顔で迎えるよ」
「僕も、出来る限り頑張りますよ。もう一度、ライト騎士団として活動する為に」
出来るか出来ないかはわからない。でも、目指す物が一緒なのは良い。――仲間だから、いつまでも。
「その時はアルテナ先生も一緒でしょ? とか思ってたら違う女連れて来てたりして」
「そんな事しませんから! 必ず彼女と一緒に来ますよ!」
「おー……」「おー……」
ぱちぱちぱちぱち。――ライトとレナ、二人共マークに拍手。マークも恥ずかしさが込み上げる。
「兎に角、目の前の事に話を戻しましょう! レナさん、モリダさんはどういう人ですか?」
「そうだねえ。あの頃から町長だった、結構な実力者だよ。私としては勿論信用出来ないけど、今でも町長って事は、この街の人には未だ認められてるって事でしょ。そういう才能があるんだと思う。まあこの十年の事は知らないけど」
「この街を大きくしようという野望が当時はあったんだろ?」
「だね。――何で現状維持で人は満足出来ないんだろうね。今が平和なら、それでいいよ私は。……何でだろね」
「……レナ」
レナの横顔は、モリダ個人への怒りよりも、一定数いるそういった思想の持主への悲しみが垣間見えた。
「まあでも、街の風景は十年前と然程変わってない。流石に懲りたのかな、危険な真似はしてなかったんだと思うよ。勿論確認は必要だと思うけど。――町長なら祠に足を運んでると思う。どうせ正巫女云々取り決めの関係で一回は行くはずだから」
「それじゃ、その時の様子を詳しく訊いてみましょうか」
見えてくるモリダの家。再び広間へ案内され、マークが事情を説明する。
「そうですか……申し訳ない、思い当たる節はありません。その時に何か異常があれば報告していますから」
「まーそうだろね。もうアドリブでこの街守ってくれる人はいないわけだし」
「レナ」
ぽんぽん、とライトが隣に座っているレナの手を軽く叩く。――嫌味を言いたい気持ちはわかるが、それを言っていたら今は話が進まない。……レナは溜め息。
「勇者様、お尋ねして宜しいですか?」
「どうぞ」
「レナは……勇者様の側近に、相応しいですか? 立派にお役目をこなしていますか?」
当然向こうとて十年前のレナしか知らない。気になる所はやはりあるのだろう、そんな質問をしてくる。
「勿論です。――俺はレガリーダさんの事はわかりませんが、でもレナは軍でも指折りの存在です。俺にとって、絶対の護衛で仲間です」
ライトはモリダの目を見て、力強くそう言い切った。
「……そうですか。それを聞けて安心しました」
ふーっ、とモリダが息を吐く。その表情からは言葉通り安堵が垣間見えた。
「我々はレガリーダに無理をさせてしまった。だからせめてレナが少しでも幸せに生きていてくれたら。そう思っていたので」
「よくまあぬけしゃあしゃあと」
「レーナ」
ぽんぽん、ギュッ。――ライトは今度はレナの手を握る。……レナはやっぱり溜め息。
「でも心当たりがないのなら仕方ないですね。一旦これで失礼して――」
「……そういえば」
マークが上手く切り上げようとした、その時だった。
「あ、いえ、確かに祠は何の違和感もなかったんですが、祠の裏手に、今まで見た事ない様な岩があったんです。何故か目に留まる岩で、でもその時は然程気にせずにいたんですが」
「祠の裏手に岩、ですか」
もしもそこに何かギミックが仕掛けられていたとしたら。一連の事件の収束に繋がるかもしれない。
「勇者様、私が案内します! それで宜しいですか?」
と、モリダの申し出。――ライト達は顔を見合わせ、言葉無くとも意思を確認。そして、
「わかりました、それじゃ案内をお願い出来ますか?」「改めてこっちで確認するからアンタは来なくていいよ。疑わしいし」
…………。
「あれぇ!?」
全然意思確認出来てなかった。ライトとマークは同行の方向だったのにレナはお断りの方向だった。気持ちはわからないでもないが。
「今のはゴーの流れじゃないの?」
「何処が? 絶対違うでしょ」
「レナさん、気持ちはわかりますけどここは穏便に……」
かくして、モリダを引き連れての祠の再調査が決定したのであった。




