第三百三話 演者勇者と炎翼騎士10
「――んで、私はこの街とこの街の人と「炎翼騎士」っていう肩書に嫌気が刺して、この街を出た。あまりやりたくは無かったけど、生きてく為に一番手っ取り早い才能は剣と魔法だったから、傭兵紛いの事でその日暮らしを転々としてたら、王妃様にスカウトされてハインハウルス軍に入って、それで今に至るって感じかな」
「成程、な……」
今のレナがどうしてこういう性格なのかがライトとしても何となくわかる話だった。肩書とか権力とかそういった物に「溺れる」人間を人一倍嫌う。時折見せるあの圧倒的冷たさと威圧は、そこから生まれた物だったのだ。――悲しい事に。
「まあでも俺は、レナが正しいと思う」
だから、ライトはハッキリとそう言い切った。――今のレナの、冷たさ以上に優しさを知っているから。
「レナのお父さん――レガリーダさんは、凄い人だったと思う。立派な人だったと思う。でもその優しさに甘えるだけじゃ駄目だ。例えその人より力が無くても、でも自分に出来る事を一生懸命やって、初めて優しくして貰える事を覚えなきゃ。ましてやその優しさに溺れて肩書を自分の物の様に利用するとか絶対駄目だろ」
何か一つ、ほんの一つ歯車がズレていたら、レガリーダは今も生きていたかもしれない。でも、この街はそのチャンスを逃したのだ。頼る事だけを覚え、共に歩む事を忘れたから。
そしてその結果、娘を――レナを、悲しませたのだ。誰よりも。
「うん、レナが怒るのもわかるよ。さっさと調査を終わらせて、サルマントルに行こう。それでいいか?」
「……勇者君」
そこでレナがボフッ、と一歩、ベッドで更にライトの近く隣に座り直し、ライトの目を見る。
「本当に、私が正しいと思ってくれる?」
「ああ」
「この街の人と、私の二択になったら?」
「それはレナだろ。この話を聞かなくたってレナだ」
「勇者君は、私の」
「味方だよ。絶対に」
だからライトも目を反らさずに、そう言い切った。
「――ふふっ、馬鹿だなあ勇者君は」
数秒後、レナは嬉しそうに笑いながらそう言った。
「駄目だぞー、簡単にそういう事断言したら。それに君は今勇者様なんだから、街の人の事も考えなきゃ」
「勿論考えるさ。でも、どうしてもレナとの二択になったら、って話だよ」
「じゃあさ、私とネレイザちゃんとハルとの三択だったら?」
「その質問はずるいだろ!」
「三人全員って言えばいいじゃん。寧ろ他の団員も全部って。――よ、ハーレム団長!」
「勝手に祭り上げないでくれ! それこそそんな肩書いらないよ!」
あっはっは、とレナは笑う。いつものレナだった。――でもあの三択でレナを選んでたらどうなってたんだろう。
「ま、でも嬉しかったよ。――ありがと」
「っ」
そう言って再びお礼を言うレナの顔は、とても穏やかで澄み切っていて。――本当にあの三択でレナを選んでたらどうなってたんだろう。
「あ、ねえ勇者君、一個我儘言っていい?」
「内容によるな」
「色々始める前にさ、父さんにお参りに行きたい」
「? あそこに立て札があったぞ、「英雄レガリーダの墓」と。立派な建物だった、あそこじゃないのか?」
ドライブの指摘。確かに看板があり、その先には綺麗な教会が建てられていた。
「あれはこの街の人が勝手に作ったやつ。私が行きたいのは私ん家にあるやつね」
そう説明しつつ、レナは止まる事なく先導する。
ライトに語った程ではないが、レナは簡単に自分とこの街の関係を説明した。結果として同意を得られ、一行は任務前にレガリーダの墓前にお参りに行く事にしたのだ。
「実際あそこには父さんは居ないよ。事件の後、亡骸らしい亡骸なんてほぼ無かったからね。ま、そういう意味じゃ私の家のもそうなんだけどさ」
「でもきっと、レガリーダの魂がレナが作った方に宿っていますわ。だって娘が、レナが自分の為に作ってくれた物ですもの」
「ありがとうございます、王女様。そう言って貰えると報われます」
そんな会話をしつつ歩いていると。
「はい、あちらに見えますのが私の生家となってまーす」
何の変哲もない、普通の一軒家が見えてきた。生前称えられて多くの依頼もこなしていれば大きな家に住めただろうが、本当に有り触れた普通の一軒家で、まるでそれがレガリーダの性格を表している様にも見えた。
「うん、破られた様子は無いね」
そのまま入るのかと思いきや、レナはドアに手をかざして何かを確認していた。
「念の為に魔法で防壁を敷いておいたのよ。あの頃はもうこの街に帰ってくるつもりは無かったけど、でも街の人に勝手に入って欲しくはなかったからさ。ま、強引にぶち壊そうと思えば出来たはずだけど、そこまでする根性は無かったみたいだね」
と、疑問が顔に出ていたか、レナはライトにそう説明してくれた。
「はい、それじゃ皆さんどうぞ。最も、この街を出る時に殆どの物は処分しちゃったから何も出来ないけど」
改めてドアを開け、全員で家の中に入った。確かに家具すら殆ど無いので、家の中が想像よりも広く感じた。
「ごめんね勇者君、というわけで私の当時の服とか下着とかもここにはもう」
「そんな期待を持って来てはいませんけど!?」
そう言ってライトをからかうレナは、普段のレナだった。――ああ、俺に、皆に話せた事で気が楽になってくれたかな。
「それで、あれが私が作った父さんの墓」
促された先には、手作りの小さな墓があった。――流石に十年の月日は長く、薄汚れていたが、
「我の浄化魔法を使って良ければ直ぐに綺麗に出来ますぞ」
「ありがと。お願い出来る?」
「お花も用意してきました。最もこの街の花屋で買って来たものなのですが」
「花に罪はないよ流石に。ありがと、ソフィ」
全員の気遣いもあり、直ぐに綺麗になった。改めてレナを中心に、その墓の前に集まる。
「父さん。久しぶり、っていうか十年間ほったらかしにしてごめん。どうしてもここに帰って来る気になれなくてさ。今日だって任務が無ければ来なかったし」
そしてレナが話し出した。少しだけ恥ずかしそうに、でもハッキリとレガリーダに向かって語り出す。
「今私、ハインハウルス軍にいるんだ。父さんの才能を受け継いだお蔭で、結構な事を任されて貰えてるよ。それに、こんな私にも仲間が出来た。一緒に騎士団として活動してる。――勿論、私と一緒に活動出来る位だから一癖も二癖もある人ばっかだけど」
チラッ、とレナは振り向いて全員を見渡し、悪戯っぽく笑った。
「でも、私に裏表なく接してくれるいい奴らなんだ。いつまでこの活動が出来るかはわからないけど、でももうしばらくは皆と一緒にいる事になりそう。だから、心配しないで」
そう言い切ると、ゆっくりと目を閉じて、祈りを捧げる。――直後、その閉じたレナの瞳から、
(あ……)
一粒の涙が零れるのを、ライトは見てしまった。いやライトだけではない、この場にいる全員が見た。直後、
「え」
全員が自分のポケットからハンカチをレナに差し出していた。――いや間違ってはいないがタイミングがドンピシャ過ぎる。
「ちょっ、大袈裟大袈裟。ハンカチ位流石の私だって持ってるっての」
目を開けてその光景を見たレナは一瞬驚いた後、笑い始めた。
「にしてもニロフ辺りが率先するかと思ったら全員同時とはねー。まさかのネレイザちゃんまで」
「なっ、確かにレナさんの事はあまり好きじゃないけど、でもこういう時位ハンカチ貸す位の気持ちは私にだってあるから!」
「わかってる、ありがとね。――皆も、本当にありがとう」
そう言ってお礼を言うレナの瞳から、もう一度涙が一粒零れるのであった。
「勇者様、王女様、いらしてくださってありがとうございます! 昨日は申し訳ありませんでした」
レナの生家訪問後、一行は任務の為、話を聞く為に町長モリダの家へ。そのまま広間へと案内される。
「粗末な物しか無くて申し訳ありません、何せ田舎なもので……」
「お気になさらず。何も接待をされに来たんじゃないんですから」
そう言ってライトはモリダを嗜める。ライト達は総勢十名。椅子もかき集めてきたのか、デザインもバラバラだったが、
「…………」
明らかに中心に、他よりも高そうな椅子が二脚置いてある。いやまあ、これに座るのは。
「姫様」
「ありがとう、リバール」
自然な仕草でリバールが引いた椅子に、エカテリスが腰かける。そしてもう一脚は、
「ライト様」
ハルが自然な仕草で椅子を引いてライトを促した。……まあそりゃそうだよな。建前上はどうしても俺だろう。仕方ないか。
「ありがとう、ハル。……でもその前に」
ガシッ。
「え?」
無意識か意識してか、一番離れた椅子に座ろうとしていたレナの腕を掴み、連れて来る。
「気持ちはわかるけど、レナは俺の隣にいなきゃ駄目だろ。どんな時も、だ」
「……はぁ。まあ、そりゃそうだわな、うん」
レナも諦めたのか、大人しくライトの隣に座った。この件に関してはネレイザも流石に何も言わなかった。
「……本当に、勇者様の側近になったんだな、レナ。鼻が高いよ」
と、モリダが感慨深げにレナを見てそう零した。
「アンタにそんな事言われても嬉しくとも何ともない」
「わかっている、お前が俺の事を恨んでいるのは。許してくれとは言わない。でも、これだけは信じてくれ。俺は、俺達は、お前が今こうして生きて再会出来た事を嬉しく思ってるんだ。生きていてくれた。それがな」
「…………」
レナは表情を変えない。ただ冷たく、モリダを見据えていた。
「失礼。今回の件で事務引継ぎを担当していますマークといいます。事前に頂いている情報との照らし合わせ、スケジュールの確認がしたいのですが宜しいでしょうか?」
と、スッ、と自然とマークが冷静な口調で割り込んで来た。マークなりにレナを想った上での行動だろう。そのまま今回の任務についての話が始まる。
事案に関しては目新しい話は無かった。祠周辺でモンスターが謎の活発化。特別原因があるのなら風神祭の前に処置して欲しい。
「調査は予定通り行いますが、ロッテンの方が規模が大きかった事を考えると、フエノガージは更に大きい可能性もあります。より時間をかけて調査をした方がいいと思います。僕、ネレイザを中心にリバールさんやニロフさんにも助力をお願いしたいです。――ライトさん、王女様、それで宜しいですか?」
「構いませんわ」
「俺も、マークの案に任せる。――モリダさん、終了次第また報告に来ますので」
「ありがとうございます。どうか祠を、この街を宜しくお願いします……!」
ガッ、と頭を下げるモリダ。方法は兎も角、昔からこの田舎町の「田舎」の脱却の為に、この街の為に必死なのだろう。
「俺からもお願いしていいですか?」
「勇者様、自分に出来る事ならば何でも――」
「これ以上、レナを悲しませないで下さい。怒らせないで下さい。……苦しめないで下さい」
「!」
「……勇者君」
明確な返事こそしなかったが、申し訳なさそうな表情でモリダはライトとレナを交互に見た。……これで大丈夫かな。
こうして一行は、紆余曲折あったが最後の祠の調査へと向かうのであった。




