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第三百二話 演者勇者と炎翼騎士9

「嘘でしょ……? 何で……?」

 先程まで自分達がいた祠の方角から激しい火の手が上がっている。そして街に雪崩れ込むモンスター。対して前夜祭で浮かれていたフエノガージの街並。状況が悪夢となるのに時間は然程かからなかった。

「っ!」

 そんな中、レナは冷静に走り出す。頼れるのは当然一人しか居ない。

「父さん!」

「レナか! 無事だったか、良かった」

 レガリーダである。既に街中に入って来ていたモンスターと交戦を開始していた。

「祠から帰ってくるまでは何も無かったのか?」

「うん。でも違和感があった」

「違和感?」

「祠の空気が何か……変っていうのかな、兎に角わからないけど何か普通じゃなかった気がする」

「……そうか」

 一瞬険しくレガリーダは考え込む様子を見せる。そして、

「まずは安全の確保だ。パニックになって無意味に逃げ回っても助からない。避難所へ集めないとな。――モンスターは俺が抑える。レナ」

 パシッ。――レガリーダは、あの日レナに貸した剣を再びレナに渡す。

「逃げ遅れた人達の誘導を頼めるか?」

「わかった」

 そこから二手に別れ、レナは町人を兎に角避難所へ逃げる様に誘導。レガリーダは単身モンスターと戦い続ける。

(父さん……絶対に、無理はしないで……!)

 レナは走った。町人の無事が、レガリーダの無事に繋がる。彼の負担を減らす為に、走り続けた。

「うわあああ!」

「!?」

 と、不意に聞こえる悲鳴。ハッとして見れば、

「来るな……来るなぁ!」

「モリダさん!」

 町長のモリダが、モンスターに追い詰められていた。レナは剣を抜き、

「ふっ!」

 ズバシュッ!――モンスターに切り掛かる。レナ、初の実戦である。

「レ、レナ……?」

「そんな所で腰抜かしてる暇があったら走って逃げて!」

 そこからレナとモンスターの一対一の戦い。経験不足を受け継がれた才能とセンスで補い、

「はあああああっ!」

 剣に炎を纏わせ一刀両断。初めてとは思えない程スマートな、レナの勝利であった。

「レナ……そうか、レガリーダの……炎翼騎士えんよくきしの娘だもんな……」

「まだそこに居たの!? さっさと逃げてって言ったじゃん! 父さんの負担を増やす気!?」

「す、すまない、レナが戦ってくれていたからつい」

「私は父さんじゃないんだから守りながらなんて戦えないの! 早く!」

 怒り混じりで促され、やっとの思いでモリダは逃げて行く。――レナも辺りをもう一度見回るが、辺りにはもう人は居ない。

「よし」

 念の為に避難所へ。全員避難しているかの確認をする為に。――レガリーダに託された任務を、遂行する為に。

「全員避難してる!? 姿が見えない人とか居ない!?」

 避難所で声を出して回る。幸い逸れて行方不明といった事案は発生して居ない様子。――これなら。

「モリダさん、ここをお願い。私は父さんの所へ行く。全員無事だって報告してくる」

「ま、待ってくれレナ、レガリーダが離れて戦ってる今、もしもここにモンスターが来たら」

「はぁ!? 知らないよそんな事、私だって戦いは素人なんだよ!? 自分達で何とかしてよ!」

 レナにしがみ付く様に立ち塞がるモリダ。追い詰められて頼れるのがレナしか居ないという判断が彼から冷静さを失わせていた。

「兎に角どいて! それともモリダさんが父さんの所に行く!? 無理でしょ!? だから私が行くの!」

「大丈夫だレナ、その両方共心配はいらない」

 その声にハッとすれば、

「父さん!」

 レガリーダだった。大きな傷もなく無事に戻って来ていた。流石の強さであった。

「モリダ、町人は全員確認出来るんだよな?」

「あ、ああ、おかげで大丈夫だ」

「そうか。――レナ、大変だっただろ。良くやってくれたよ、ありがとう。ごめんな、危ない目に合わせて」

 レガリーダはチラッとレナの剣を見てそう笑顔でレナを褒める。――レナが戦ったのも察したらしい。

「私は大丈夫。それよりも父さんが」

「俺も取り敢えず見える範囲のモンスターは駆除して来た。だから一時的には大丈夫だとは思うが……原因を叩かないと時間の問題かもしれん」

「じ、時間の問題!? どういう事なんだ、それってまさかこの街が」

 焦ったモリダの問い掛けをレガリーダは否定をしない。フエノガージ、壊滅の危機なのだ。

「俺は祠へ行く。きっと何かしら手掛かりがあるはずだ。――モリダ、万が一の時は、全員を連れてロッテンまで逃げろ。そこでサルマントルに救援を要請するんだ、いいな」

「っ……」

「レナ、お前は――」

「私も行く」

 大よそ何を言われるのか察していたので、レナは先にそう申し出る。

「私も行かせて。父さんと一緒に。父さんの娘だから」

「……レナ」

 レガリーダは迷った。当然一人で行って、レナは他の皆と一緒に避難させるつもりだった。だが目の前の自分の娘は、今までに見た事が無い位強い目をしていた。その目を見て、返事を戸惑ってしまった。

「毎日見てたはずなのに、知らない事があるもんだ」

 自分の娘が成長するっていうのはこういう事なのかな、と少しだけ緊張感を忘れしんみりしてしまう。――俺は、お前の親で良かったよ、レナ。

 そのままレガリーダが、決断を口にしようとしたその時だった。――ドォォォォン!

「!?」

 響く重低音。ハッとして外へ出てみれば、

「嘘、でしょ……何あれ……」

 レナが驚きの声を隠せない。声ならずとも、レガリーダも驚いていた。

 一体何メートルあるだろう、全身を炎に包まれたの巨人がゆっくりとこの街に向かって歩いて来ていた。前述通りの大きさなので、一体現時点でどの程度この場所と離れているか目測などつかない。

 ただハッキリと分かる事が一つだけ。――圧倒的危機。それが迫っている。

「父さん、あれはもう無理だよ、こっちに来る前に――」

「いや、それも無理そうだな。街の周囲がもう炎に囲まれてる」

「!?」

 レガリーダはその炎系統の実力の高さから感じ取っていた。既に、この街があの巨人の炎で囲まれている事。

「レガリーダ……頼む、助けてくれ……! お前なら、お前なら出来るだろ!? お前がいるから、あの祠だって大丈夫だって俺は言ったんだ……! だから」

「!? モリダさん、それどういう事……!? もしかして、あの祠に今年魔力の流れが来てるのって、駄目な兆候だったの……!?」

 ガッ、とレナがモリダに詰め寄る。

「チャンスだったんだ! いつもいつもこの街だけ端扱いで! この街には炎翼騎士が居るのに! これが成功すれば、一気にこの街が大きくなる、俺達が一生懸命お前達を称えてた意味がやっと出来る!」

「な……!」

「……そうか、そういう事だったか」

 驚きを隠せないレナと、冷静に事情を呑み込んだレガリーダ。

 今年祠に魔力の流れが来ている現象は異常であり、町長であるモリダには危険が前もって知らされていた。だがモリダはそれを逆手に取り、レガリーダが居るから大丈夫、寧ろレガリーダの存在のせいだと独断で主張、今年の正巫女の権利を一人分手に入れたのだ。この街を発展させる為に。発展させ――自らの存在を、大きくする為に。

 そしてレガリーダには誤魔化して内容を伝え、大切な娘――レナが正巫女になるという「餌」を吊るして意識をそちらに向けさせた。疑われずに済む様に。結果として、今この現状が生まれてしまったのだ。

「レガリーダ、炎翼騎士なんだろう!? この街の象徴なんだ! あれを、お前ならこの街を救えるだろ!? 俺達は、お前の為に、今まで一生懸命……!」

「ふざけんな! 父さんは好きで炎翼騎士になったわけでもこの街を大きくしたかったわけでもない! ただ生まれたこの街が好きだった、母さんと出会えたこの街が好きだっただけ! 誰が称えてくれってお願いした!? 誰が私を正巫女にしてくれって頼んだよ!? 勝手に祭り上げて何とかしてくれ!? この事態を招いたのは父さんじゃないでしょ!? お前が――」

「レナ」

 ポン。――怒りのままにモリダに詰め寄るレナを、レガリーダが優しく止めた。

「ありがとうな。俺の為に怒ってくれて。でも、大丈夫だ」

「大丈夫って、何が――」

「あれは、俺が止めてくるよ。俺は負けない」

 そう言ってレガリーダは、再びその炎を冷静に見定める。

「レナ、避難所を頼む。モリダもな」

 そして落ち着いた足取りで、その炎に向かって歩いて行く。

「待って! 無理だよ、もうどうにもならない!」

 だから止めた。どんなに彼が強くても、それは自殺行為にしか見えなかったから。

「決めつけるのは早いさ。俺の強さは知ってるだろう? 俺は「炎翼騎士」、あんな炎、焚火と変わらないさ。――あれを倒したら飯にしよう。あれの残り火を使ってバーベキューだ」

「冗談言ってる場合じゃないから! お願い、逃げよう……! 二人でなら、逃げられるでしょ!? それなら、可能性あるでしょ!?」

「それは俺が耐えられないよ。この街の皆を見捨てて、この先生きてくなんてな」

「見捨てた!? 最初に見捨てたのは――」

「大丈夫」

 ポン。――レナの頭を、レガリーダが優しく撫でる。変わらぬ温もりが愛しくて、辛い。

「俺はお前を見捨てたりしない。必ず帰ってくるよ。約束だ」

 そう言い残し、レガリーダは再び歩き出した。燃え盛る炎の先へ。終焉の中へ。

「父さんっ!」

 勿論レナは諦めない。必死にしがみ付こうとするが、

「えっ――」

 ふわっ、どさっ、バタン。――レガリーダの魔法だろう、優しく吹き飛ばされ、避難所の中へ。そして避難所のドアが固く閉ざされた。

「父さん、開けて! 父さん! お願い!」

 無理矢理こじ開けようとしてもドアはびくともしない。ドンドンドン、という音だけが悲しく響き渡る。

「モリダさん! 外はどうなってるの!?」

「町長! 俺達は助かるのか!?」

 一方で状況がわからない町人達がモリダに詰め寄る。モリダは茫然自失で座り込んでいた。

「レガリーダが……レガリーダが行ってる……」

「そうなの!? なら大丈夫なのよね!?」

「炎翼騎士だもんな、レガリーダは、俺達を守ってくれるもんな……」

「頼むぜ、炎翼騎士……俺はこの街を出て行くなんてごめんだからな」

 何を言ってるのこいつら。父さんはこの街を守る為に生まれたんじゃない。お前達の為に生まれたんじゃない。父さんは――!

「お前等っ――!」

「レナ!」

 怒りのままに怒鳴ろうとした所で、モリダがレナにしがみ付く様に近付いて来る。

「もし……もし、レガリーダに何かあったら、この街を頼む……お前は、レガリーダの……炎翼騎士の娘……次の炎翼騎士は、お前なんだから……」

「は……!?」

「皆聞いてくれ、レナは強かったぞ……俺を助けてくれたんだ……!」

「ちょっと、何を言って、今そんな話――え?」

 ハッとして周囲を見れば、皆期待の眼差しでレナを見ていた。新しい希望の存在を見ていた。その目は、「炎翼騎士」を見る目で、もう「レナ」を見ていなかった。

「っ……はは、あはは……そう、そうなんだ」

 そして、レナの心が壊れた。――今のレナが、生まれた瞬間だった。

「ねえ。結局の所――「炎翼騎士」って……何?」

「レナ……?」

 涙を流し、でも半笑いでそう問いかけてくるレナの姿。その姿に委縮し、レナの問いに答えられる人間はこの場には居なかった。

 しばらくして、炎は消えた。人々の命は救われた。レガリーダは、この街の永遠の英雄になった。称えられた。――必ず帰ってくるという約束が守られる事のないままに。

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