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第三百話 演者勇者と炎翼騎士7

 朝、目が覚めると、キッチンから朝食の良い匂いがする。――些細な幸せだが、でも大事な幸せだ。

「でもいつかこの幸せもお前が結婚して家を出るとかなったら感じられなくなると思うと俺はもう不安で不安で!」

「うーわ朝から面倒」

 親一人子一人――レガリーダとレナの親子の、朝食の風景。

「第一この光景は偶然でしょ。私が朝早い人間で尚且つ最低限の料理が出来るから」



「ちょっとストップ」

 始まったレナの話を、

「勇者君流石に止めるの早過ぎじゃない? 謎解きゲームじゃないんだからトリックが会話に隠れてるとか無いよ?」

 速攻で止めてしまったライト。……というのも、

「料理出来るのは知ってるけど……レナが朝早い人間?」

 任務が無ければいつまでも寝ている、隙あらば昼寝しているレナしかライトは知らない。朝早い任務だとライトが起こしに行った事もしばしば。

「あー、そこか。うーんと、当時は今みたいに寝てばっかりとかじゃなかったんだよね。まあ色々あって夜の寝つきが悪くなっちゃってさ」

「そっか。ごめん止めちゃって。続けてくれ」

 察するにその理由も何かしっかりとした物があるのだろうが、必要ならば今流れの何処かで話してくれるだろう。ライトはそう考え直してレナの話を聞く事に。



「今日も確か依頼こなすんだったよね?」

 「炎翼騎士えんよくきし」の名はこの辺りでは有名であり、彼のその実力を見込んでの依頼が絶えない。この街周辺は勿論、隣町やこの地方では一番大きな街であるサルマントルまで出向く事も日常茶飯事。

「ああ。なんでも鉱山の道中にキングラット(大型のネズミ型モンスター)が巣を作っちまってて通れなくて困ってるらしくてな」

「ふーん。一人でやるの?」

「ああ。キングラットは中々手強いからな、直ぐに対応出来るレベルの人間は俺しかいない。数日待てばサルマントル通して数名来れるんだろうけど、数日待たせるのも悪いからな」

「別にいいじゃん、やってもらうんだから数日位待って貰ったって。父さんが無理しなくても」

「ははは、無理じゃないさ、余裕だ」

 実際彼はこの手の話で怪我を負ったりした事はほぼ無かった。圧倒的な強さの持ち主だった。

「あれならレナも一緒に来るか? 俺の剣捌きを見せてやるし、その気があるなら俺の剣を教えてやるぞ」

「私はいい。父さんを否定はしないけど、私は命のやり取りでは稼ごうとは思ってないから」

 実際当時のレナは、才能があるだけで剣を握る事も魔法を放つ事もしなかった。

「そうか。まあ、お前はお前の道を行けばいいさ」

「うん。――あ、これお弁当。食べる時間位は作れるでしょ?」

「おう。いつもありがとうな」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 その背中を見送る。当たり前だが居ない間はレナ一人になってしまうのだが、その事に不安を感じた事はない。――彼は、必ず帰って来るから。心配をかけない、宣言通りの時間内に必ず帰って来るからだった。

「あっ、レガリーダさん、お早うございます! この前はありがとうございました!」

「いえいえ、あの位大した事ないですよ。また何かあったらいつでも言ってくれたら」

 家を出て直ぐすれ違った隣人に、お礼を言われる。――彼は慕われていた。その実力も人柄も。彼をこの国の勇者だと言う人間も一人や二人では無かった。

「……ふふっ」

 レナにとっては、それは誇りだった。レガリーダ本人よりも、誇りに思っていた。

 自分が将来そうなれるかと言えばそれは否。自分の性格は自分が良く知っているし、例え才能が受け継がれていたとしてもあそこまで強くなれる保証もない。そもそも自分が度々口にしている様に、剣で生きていくつもりは無かった。

 それでも、彼の娘である事実を胸に、最低限恥ずかしくない様な生き方はしたいと思っていた。何をしたいかはまだ何も浮かばないが、でも将来の自分を見て、レガリーダが喜んでくれたらいい。

「さて、私もささやかながら今日も頑張りますか」

 レガリーダが出ている時は、家事をこなし、週に数回街の学校に通った。面倒だから学校とかいい、独学でどうにかすると最初は言ったが、これに関してはレガリーダに押し切られた。友達百人作って来いと言われた。――学校の生徒は百人に満たなかったのは余談だ。

 そして学校から帰ったら、数日の遠征以外の時はレガリーダを出迎える準備。食事の用意をして、風呂を沸かして。食事の時はレガリーダがこなした任務をまるで冒険譚の様に話す。自分の方は変化はないのだが、それでも何があったのか聞きたいと言うレガリーダに一日の事を話す。――そんな時間が、好きだった。

 勿論この先一生この生活が続くわけじゃない。自分もそう遠くない未来に成人する。――まあでもその時はその時だ。今はこの時の流れに身を任せて過ごしたい。

 それが、物心ついた時からのレナの想いであった。



 そしてレナが十四歳の頃、その出来事は始まった。

「レナ! レナ! ニュースだ、ビッグニュースだ!」

 バァン、と勢いよくドアを開けてレガリーダがそう叫びながら帰宅する。

「いや五月蠅いっての。どしたのよ」

「今年の風神祭、フエノガージから正巫女が選ばれる事が決まったぞ!」

 風神祭では、祭を祝う行事の中で数名、その祭の象徴の一つである「正巫女」というのが選ばれる事になっており、選ばれた女性は祭当日、伝統の儀式を行う名誉ある役柄で、若い女性達の憧れの存在であった。

 実際の所サルマントルから選ばれて終わりなのがほとんどであり、偶にマスクドから選ばれたりもしていたが、一番の田舎であるここフエノガージから選ばれる事はレナが覚えている限りでは一度も無かった。そのチャンスが来た、という事なのだ。

「へー、珍しい事もあるんだね。モリダさん賄賂でも送ったんじゃないの?」

「安心しろ、あいつは金運無いからな、そんな金は微塵も持ってないし、この街の運営も俺が定期的にチェックしてるからそんな余裕がないのは把握済みだ」

「……あの人何で町長なん? もう父さんがやれば?」

「おっ、レナがどうしてもというなら立候補するぞ! レナの為にこの街を――」

「わーわー恥ずかしいから止めて冗談だから!」

 選挙活動で関係ないレナまで支援をお願いしそうで怖い。

「何でも今年は計測した所、フエノガージの祠に多く魔力が流れてきているらしくてな。初めての光景らしくて、それならばフエノガージからも巫女を出すべきだという話になったんだ。という話をモリダが持ち出したから、俺が更に押した」

「うーわ、地元愛はいいけどずるくない? 父さんが言ったら向こうだって断り辛いじゃん」

 レガリーダの貢献度は高い。その彼に言われたらそれなりに融通が利かされてしまう。

「偶にはそういう事をしてもいいだろ。フエノガージに魔力が流れてきているのは事実だしな。そして何より、親として自分の娘が正巫女に選ばれた事を自慢して、この目に焼き付けておきたいんだ」

「まったく、やりたい放題なんだから……まあいいけど」

 …………。

「……あれ? ちょっと待って」

 レガリーダの言葉の中に気になるフレーズがあった。親としてなんちゃらかんちゃら。

「もしかして、折角の機会だからって私を正巫女に仕立て上げようとしてない?」

「いや、そんな事はないぞ」

 違った。気のせいだった。驚いたが一安心――

「そもそもフエノガージから選ばれると決まった時点で正巫女がレナになるように話をつけてきたから、もう既に決定してる」

「おーーーーーい!」

 ――全然安心出来なかった。寧ろ一歩先を行かれていた。

「フエノガージから選ばれるのはいいけど何で私なの!? 何で既に決定してるの!?」

「俺の娘だからですけど何か?」

「開き直ってるし!」

 まったく悪びれず胸を張ってレガリーダは言い切る。

「父さん私がそういうのやりたがらないの知ってるでしょ……やだよ見世物になるみたいで。面倒だし」

「皆の憧れだぞ? そんなに嫌か?」

「うん嫌だね。私は祭なんてちょっと出店で食べ物摘まめればそれでいいもん。皆が憧れるのは父さん一人で十分」

 この辺りは、この頃からレナの性格は変わっていない。――レガリーダはふぅ、と軽く息を吐くと、

「お前に見せたい物があるんだ」

「何? 酒屋のバンジャさんの浮気の証拠とか?」

「それはまた今度な。今見せる物じゃない」

「あるんだ!?」

 レガリーダは部屋の奥へ行くと、綺麗な薄い箱を一つ持ってきた。促されたのでレナは開けてみると、

「これ……正巫女の服じゃん」

 見覚えのある衣装がそこに。一瞬レガリーダがもう自分の為に用意したのかと思ったが、よく見てみると少し年代を感じさせる品だった。新品ではない。――となると。

「これはな、お前の母さん――ミナが着た物だ」

「!? 母さん、が……?」

 物心付く前に他界しているレナの母。思えばレガリーダも彼なりの気配りなのか彼女の事を話そうとした事はほとんどなかったし、レナも訊こうとも思わなかった。

「俺はな、ミナがこの格好で正巫女になっている姿を見て、一目惚れしたんだ」

「母さん、正巫女だったの?」

「フエノガージ出身で、唯一の正巫女経験者だったよ」

 そう言うレガリーダの顔は、その頃を思い出しているのか、少し恥ずかしそうな、寂しそうな。――こんな表情、レナは見た事が無かった。自分が愛した人だ。思い出が沢山あって当たり前だろう。わかってはいたが、その事に改めて気付かされた。彼は自分の父親であると同時に、一人の男性だったという事。

「だから何だろう、娘のお前が正巫女になったら、なんて何か勝手に運命感じちゃったんだよ、悪かったな。――本当に気乗りしなかったら、断ってくる。嫌々やる事じゃないしな」

 そうレガリーダが謝罪する横で、レナは吸い寄せられる様に、その服を手に取っていた。――自分の知らない母の姿。知る必要がないと思っていた母の姿。その一欠片が、今目の前にあった。

「父さん」

「何だ?」

「母さんの事、聞かせてよ。どんな風な人だったのか。どんな風に知り合えたのか」

「レナ……そうか。――お前の母親は、最高に素敵な人だったよ」

 そう言ってレガリーダは、ミナの事をゆっくりと語り出した。そして――この翌日、レナは正巫女の役を受ける事を決めたのであった。

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