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第二百九十九話 演者勇者と炎翼騎士6

「レナ! レナなんだろ!? 帰って来たんだな……!」

 宿を探すその足に、突然迫る声。レナを見て、驚きと喜びの表情で声をかけてくる。

「…………」

 一方のレナは、その男の顔を見ようともせず、ただ落ち着いたまま、黙って前を見ていた。仲間達も突然の事にレナと男を交互に見てしまう。

「レナ、その……知り合い、か?」

 埒が明かない。ライトは意を決し、レナに尋ねてみる。

「私は知らない。でも向こうが私を覚えてるって事は、知り合いなんだろうね」

 だが返ってきた答えは、まるで客観的な物。――え、何、どういう事なの、と思っていると。

「ちょっ、ちょっとだけ待っててくれ! な、ちょっとだけ!」

 男は手ぶりでもレナにストップの合図を出し、急いで駆けて行った。

「皆ごめんね、気にしなくていいから。行こう」

 そしてレナのそんな一言。戸惑う仲間達をけしかけ、まるで何も無かったかの如く進もうとする。――流石に無理がある。

「レナ、もしかして、この街って」

「レナ! レナー! よく帰って来てくれた!」

 そしてライトの問い掛けを無視し、その無理を押し通し先頭に立って歩き出すレナに、最初に遭遇した男が十名程人を連れて走って戻ってきた。今度は取り囲まれ、再び足が止まる。

「十年ぶりか? 元気そうで俺達も嬉しい。大人になったな……立派になったな……」

「心配してたのよ? でも、何処かで元気にしてるって信じてたわ! 久しぶり……!」

「その腕章……ハインハウルス軍になったのか! 凄いな!」

 集まった彼らは口々にレナとの再会を喜ぶ声を挙げる。年齢層も様々。

「…………」

 一方のレナは、やはり何も言わない。感情を押し殺し、ただ時が過ぎ去るのを待つかの如く。

「お待ちなさい」

 埒が明かない。――誰もがそう感じた中、一歩前に出たのはエカテリスだった。

「申し訳ないのだけど、レナは貴方方との再会にここを訪れたのではないですわ。私達ハインハウルス軍ライト騎士団の一員として、風神祭に関する祠の調査に足を運んだのです」

「そしてこの方はライト騎士団副団長にしてハインハウルス王国第一王女、エカテリス様。そしてこちらの方が団長にして勇者様であるライト様になります。お二人へこれ以上の困惑、無意味な足止めは許可出来ません」

 そのままリバールの補足付きでの名乗り。

「!? 王女様に勇者様!? し、失礼致しました!」

 流石にマズいと感じたか、謝罪と共に取り囲んでいた人達が少し間合いを置く。

「通達は届いていますね? この街の代表の方と明日にでも話をさせて頂きますが、今日は――」

「! 代表は私です、町長のモリダと申します」

 マークも通達をしてこの場は一旦切ろうと考え発言したら、取り囲んでいた人波の中に町長がいた。年齢は四十台半ば位だろうか。中肉中背の男性が。

「レナは、この街の出身なのです」

 そして悪いイメージを与えまいと感じたか、尋ねる前に自ら急ぎ口を開き出す。

「先程も口にしましたが、こうして十年ぶりに再会するまでは生きているかどうかすらわからなかったので、我々としてもつい」

 周りの集まった人達を見ても、彼が嘘を言っている様には見えない。レナは、本当にこの街の出身なのだ。そして十年ぶりに任務とはいえ、姿を見せた。

「王女様、勇者様は御存知でしょうか。レナはあの「炎翼騎士えんよくきし」レガリーダの娘なのです! この街を救ってくれた英雄、我々の伝説――」

「軽々しくその名前を口にするな!」

 モリダの説明を怒りの怒号で遮ったのはレナだった。先程までの無表情から一転、怒りの気迫で溢れている。

「アンタ達に……アンタ達が話せば話す程、父さんも私も汚れるだけ!」

「レナ、違うんだ、俺達は」

「何が違うの? 父さんを殺しておいて、どの口がそれを言うの? 虫唾が走る。何なら、今からあの世で父さんに弁明でもさせてあげようか、全員!」

 ガシッ。――レナは本当に右手で剣を握り、鞘から抜こうとした。それを止めたのは、

「レナ、落ち着いて。事情はわからないけどそれは駄目だ」

 ライトだった。一番近くにいたせいか、咄嗟に手が出た。

「…………」

 ライトとレナの視線がぶつかる。凍える程に冷たい目。時折敵側に見せる冷たい目が、いつも以上に厳しい。本当に手を離したら自分ごとライトは斬り殺されそうな気がしてしまう。……それでも、その気迫に負けず、その手を離さない。

 どれだけ時間が経っただろう。ほんの数秒がとても長い時間に感じた。――レナが、力を抜いたのがわかった。ライトも一度ぐっ、とレナの手を握ると、その手を離す。

「俺達は宿へ行こう。ドライブ、ソフィ、ハル、悪いけどモリダさん達を「丁寧に」自宅まで送ってあげてくれ」

「わかった」「わかりました」「承知致しました」

 この場を落ち着かせる為には、多少強引にでもレナとモリダ達を引き離すしかない。指示の言葉こそあれだが、ライトは今日これ以上レナに彼らを近付けさせない様に釘を刺す為、わざわざ見送り要因を用意した。意図を察した三人も直ぐに行動に移る。

「マーク、宿の手配をお願いしていいかな」

「はい」

 残りのメンバーは、それを封切りに宿へ向かって歩き出した。――レナも、無言でライトの隣でついてくる。

 宿へ到着すると、ひとまずはそれぞれ部屋へ。部屋割りはエカテリスとリバール、ハルとサラフォンとソフィ、ドライブとニロフ、

マークとネレイザ、そして、

「お疲れ様。――大丈夫か?」

「…………」

 ライトとレナである。――当初はライト、ドライブ、ニロフで三人部屋だったはずだが、マークが独断で手配する時に切り替えていた。レナを、ライトに託した形である。

 レナは無言でベッドに腰掛けていた。顔を俯かせ、何も発しない。

(レナの……出身地……過去、か)

 気になって当然の話である。明らかに円満な空気ではなかった。レナがここで体験してきた事が、レナの今の基礎を作り上げた。時折見せるあの厳しく冷たいレナの原点がここにあるのだとしたら、知っておきたい。

 何だかんだでレナの過去は何も知らない。正確にはハインハウルス軍にヴァネッサのスカウトで入る前の事は、彼女が語ろうとしなかった。何かある。今訊かなければ、一生訊けない気もした。

「さっさと終わらせよう」

「……え?」

 でもそれ以上に、自分の傷付いた過去を話すのには勇気がいる。その事をライトは重々知っている。だから。

「明日、祠の調査、さっさと終わらせて、この街を出よう」

「……勇者君」

「別にこの先この街にしばらく駐屯するわけじゃない。任務終わるまでの辛抱だ。だから、直ぐに終わらせて出よう。何、俺達が本気を出せばあっと言う間だ」

 触れられる様になるその日じゃないなら、まだ触れなければいい。触れないで生きていけるなら、また次の機会にすればいいだけ。

「勇者君、本気出すと何が変わんの?」

「ぐ……ぬ、応援の声量が三割増しだ! どうしてもって言うなら精力も三割増しにするぞ! 好きだろそういうネタ!」

「人を変態みたいにしないでくれるかな!? 勇者君自ら言うと逆に引くよ!?」

 そしてその時、もしも聞いてあげられるのが俺だったら、受け止めればいいだけ。――あの日君が、俺の話を受け止めてくれた様に。

「はぁ……ごめん。まさか私のせいで勇者君変態になるとは思わなかった」

「いやなってないから大丈夫だから」

 ふと見れば、表情も落ち着いていつもの雰囲気に戻っていた。

「何があったかは、訊かないんだね」

「気にならないわけじゃないけど、でも無理矢理聞き出す話じゃないから。俺は、今のレナにずっと守ってもらってきてた。レナの過去がどうであれ、レナはレナ。だったら、俺が焦って何かする事じゃない」

「なーんか、似たような台詞君に吐いた様な気がするなあ」

「だとしたら、今の俺の考えはわかるんじゃないか?」

 今の気持ち。君の気持ち。――勇者君、か。

「そんなに凄い話じゃないんだよ。君とフリージアみたいにドラマチックがあったわけじゃない」

「俺とジアだってドラマチックじゃないよ。寧ろ泥臭かったさ」

「泥臭かったとしてもさ、君にはフリージアがいた。……私の父さんは、もう死んでる。もう一度やり直す事は二度と出来ない」

「…………」

 確かにそれを言われてしまうとライトとしても戸惑ってしまう。ライトには、チャンスがあった。

「ああごめん、嫌味に聞こえた? 違うんだ、更に言えばさ、これも君と違うけどどうしてもやり直したいとか、凄い後悔してるとか、そういう事でもないのよ」

「……正式に、話、聞かせてくれるのか?」

「冷静になればそこまで隠すような話でもなかったよ。だったら、話しちゃうよ。……君には、ちゃんと話すよ」

 ポンポン、とレナが自分が腰かけているベッドの横を叩く。ライトは促されるまま、ゆっくりとレナの隣に腰かけた。

「まあまず大前提として、私は生まれも育ちもこの街。今から十年前に出るまではずっとここで暮らしてた。父さん――「炎翼騎士」レガリーダの一人娘としてね」

「俺が無知なせいかもだけど、その「炎翼騎士」ってのは有名だったの?」

「んー、どうだろ。正式に軍に所属してたわけじゃないから、本国まで名前が届いてたかどうかは知らないや。でも、多分この辺り一帯、それこそマスクド位の距離なら名前は知れ渡ってたかも。実際強かったしね。うーんと……まあ最低でもリンレイさん位の強さは持ってたんじゃないかな」

「それは強いな」

 隼騎士リンレイ、三大剣豪に次ぐ実力者と言われるヴァネッサの右腕。最低でもそのレベルなら相当である。

「一応私、その才能を受け継いだんだと思うよ。だから軍の中でもそこそこの位置にいれる。でも……まあ今もそうだけど、私自身は強さに興味なかったな。当時は特に軍に入るとかそもそも剣を持つとかまったく考えてなかったもん」

「戦いとは、無縁だったんだな」

「うん。母親は私が物心つく前に病気で死んじゃったみたいだからまったく記憶にないから、父一人娘一人の二人家族だった。でも別に不自由はなかったな。寧ろ」

「寧ろ?」

 ふーっ、とレナが息を吐く。少し遠い目をした。思い出しているのだろう。……思い出したくない事を。

「あの頃が、一番幸せだったんだと思う」

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