第二百九十八話 演者勇者と炎翼騎士5
祠に結界を敷き終わり、ロッテンへと帰還。街の人達に祠に関して変わった様子はないか、お祈りの方法を間違えてないか等聞き込みを手分けして行ったが収穫は無し。
様子を見るべきかとも思ったが、結界自体は完璧。更にフエノガージの様子もこうなると気になってくるので、日程の事も考えて今日はそのまま宿へ。そのままここで一泊し、明日フエノガージを目指して出発の予定となった。
「ふぅ……」
そんな夜にレナは一人、街の静かなバーでアルコールを嗜んでいた。――遠征時、ライトから離れる事はほとんどないが、今回は団員全員+マークという大所帯。ライトもニロフ、ドライブ、マークと珍しく(!)男同士で盛り上がっていたので、まあ安全だろうと思いこうして一人で外に出ていた。
深い意味は無い。何となく一人でお酒が飲みたかっただけ。……深い意味なんて、無い。
「お隣、失礼しますね」
と、そんな声と共に隣に座る人が。
「……何してんの?」
「お酒を飲みに来ただけですけど。――マスター、彼女と同じ物を」
そう言って注文するのは、ソフィだった。出て来たグラスを優雅に口に運ぶ。――相も変わらず綺麗な所作だった。
「程々にしときなよ。あんた飲み過ぎると狂人化するんだから」
「わかっています。任務の途中ですしね」
まあ、実際その事をしっかり頭に入れて、飲み過ぎて溺れたりはしないだろう。
「それで、どうしたんです?」
「どうしたとは」
「今回の任務、少し様子が変ですよ。正確には、マスクドでマークの説明を聞いた辺りから、でしょうか」
「そう?」
「ええ。――団長も気にしてました」
「成程、これは勇者君の差し金か」
「違いますよ」
てっきり様子を見て着て欲しいと裏で頼んだのかと思ったら予想が外れた。――ならば。
「団長が気にしていたのは事実です。でも団長は無理矢理聞き出すのはしたくないと。レナが言いたくないのを無理に訊こうとは思わないと」
「そっか。……あれ、でもそれなら」
「これは私の独断です。団長の為なら、私は悪役になりますよ」
そう言って、悪戯な笑みをソフィが浮かべる。レナは溜め息。――やれやれ。本当に毒されてるなあ。
「まあ勿論、私も無理矢理聞き出そうとは思いません。話したくない事なんて、人間いくらでもありますよね」
「まー、中々フルオープンな人はいないわな」
「でも、そんなレナに私個人として、伝えておきたい事があったんです」
「私に?」
「ええ」
ソフィが再びグラスを口へ運ぶ。その綺麗な仕草に、やはり同性でも見惚れてしまう。
「私は、レナの事は大事な戦友だと思っています。それこそ、ライト騎士団に入る前から」
「入る前から?」
確かに入る前から面識はある。お互い、実力の高さもあり最前線で戦果を挙げていた。それがレナがライト専属の護衛になり、ソフィが軍を辞めかけていた所でライト騎士団に入る決意をし、今に至る仲ではある。
「私の「狂人化」を、初対面で色眼鏡無しで見てくれた貴重な一人なんですよ、レナは」
「あー」
初めて見た時の事を思い出す。――もう何年前だっけ。
「当時は今程コントロールも出来ませんでしたからね。他の部隊の人は勿論、自分の部隊の部下にさえ距離を置かれてました。勿論理解してくれている人は一握りですがいましたよ。王妃様とか、マクラーレンさんとか。でもレナはそことも違った」
「違ったっけ?」
「ええ。理解するとかしないとかじゃなく、あの状態の私を見ても特に何も考えなかったんです。疑問に思うとかそういうのじゃなく、普通に一緒に戦線を張ってくれました」
当時を思い出しているのか、ソフィは優しく微笑む。
「何も考えてなかったとは失礼な。私だって驚きはしたよ」
「でも深くは考えなかったでしょう?」
「まあそうだけど。そんな事気にしてたらきりが無いじゃん」
回りが強ければその分自分が楽になる。それだけだった。
「それが、あの時の私にとっては嬉しかったんですよ。変わった人だけど、でも私の事を受け入れてくれてるんだな、って」
「だから大事な戦友? 大袈裟だなあ」
「レナにとってはそうでも、私にしてみれば、です。だから」
少しだけ体を動かし、ソフィがレナを見る。
「私はレナが何を思っていても何を抱えていても、受け止める覚悟はありますから」
「…………」
そして真っ直ぐな目で、そう告げた。
「どうすんの? 私が実は大魔王ですとか、タカクシン教のトップですとか言い出したら」
「受け止めますよ。団長に内緒にして欲しいなら言いませんしね。――さっきも言いましたが、無理矢理聞き出すつもりはないです。どうしても言えない事は、やはりあるものですから。でも……言う事で伝える事で、報われる瞬間は、確かにあります」
「それはあんたが、勇者君に打ち明けた時の事?」
「根っ子で繋がってる、って言われたのは初めてでしたからね。この人なら、って思ったのは事実です」
ソフィは本当にライトを信頼していた。いやソフィだけじゃない。ライト騎士団は全員、ライトを信頼している。
「だから、考えておいて下さい。そして辛くなったら、いつでも。団長程じゃないですが、私も受け止めるつもりですから」
そう言って、ソフィはグラスに残っていたアルコールを飲み干すと、自分が飲んだ分の代金をそこに置き、先に店を後にした。
「…………」
再び一人になる。ソフィの言葉を、頭の中で繰り返してみる。
「ははっ、やっぱり駄目じゃん。誰にも言えないわこんなん」
そして、その結論に辿り着いてしまう。――何故ならば。
「だって――話しちゃったら、今までの勇者君の全てを否定する事になるじゃん」
そんなの誰が許してくれるだろう。誰が受け止めてくれるだろう。――絶対に、あってはならない。
「……私は、いつまでこうしていられるのかな」
その独り言を呟くと、レナも代金を置き、店を後にするのだった。
「中々の山道ですなあ」
ニロフのその感想は、ライト騎士団全員の感想であった。
ロッテンを出て、フエノガージへ移動中。マスクドからロッテンまでは普通に馬車で移動したし、そもそも街から街へは基本馬車で移動なのでライトとしては何も考えていなかった所、ロッテンからフエノガージまでは馬車は途中までしか行けず。理由は簡単で、馬車が進めないレベルの山道を越えないと辿り着けないからであった。
「地図で見る限り普通だったから予想外だ……」
「そうですね、確かに地図では分かり辛いです。――説明しておくべきでしたね、すみません」
「あ、いや違う、マークが悪いんじゃない。言い方悪かった、ごめん」
ふぅ、と呼吸を整えながらライトはマークに謝罪。――いかんいかん、立場に甘えて楽を覚えたら駄目だ。
「言い訳がましいかもしれませんが、僕としてもここまでのしっかりとした山道とは予想外でした。これはフエノガージは」
「陸の孤島に近いかもしれないな。防衛には向いているが追い込まれたら終わりだ。――長、布陣には気を配ってくれ」
「いや言いたいことはわかるけど俺達戦争に来たんじゃないからな」
直ぐに物騒な視点で見るのは止めて欲しい。
「にしても……後どれ位だ?」
会話しながら歩いても、山道という普段よりも厳しい足取りの気と疲れは中々紛れない。
「大体半分程度といった所でしょうな。――ライト殿、サラフォン殿、ネレイザ殿、大丈夫ですかな? 休憩を挟みましょうか?」
骨のおかげで体力的な疲れを感じないニロフが後衛職で体力に多少不安のある二人とライトを気遣う。
「ボクは大丈夫です」
「私も。――マスターは? 無理しない方がいいわ」
「いや、俺も大丈夫だよ」
実際大丈夫なのでそう言ったが、流石にこの流れで駄目ですは格好悪くて言えない。俺だけ駄目とか言えない。
「長、無理はしない方がいいぞ。いざとなったら俺がおぶって行くぞ」
「なら二番目は私が。団長、いつでも声をかけて下さいね」
「私も気功術があれば背負う事が可能です、ライト様」
「いや本当に大丈夫だから!」
嬉しいがライトとしてはこれではますます言い出せない。疲れたからおんぶしてくれとか。
「まったく、皆勇者君に甘いなあ」
と、少しだけ呆れ顔なのはレナ。
「そんな風に甘やかせてると、その内人間椅子とか用意して権力に溺れちゃうよ?」
「溺れ方が極端だなおい!」
悪趣味が過ぎる。
「ライトは権力には溺れませんわ。ねえライト?」
「まあ、俺は今の俺に出来る事をするだけだし」
少しだけ悪戯気味な笑みを浮かべたエカテリスの言葉。――権力なんて以ての外だ。いつこの生活が終わるかもわからないわけだし。
「…………」
そんないつも通りの受け答えをするライトを、レナがジッと見ていた。――え、何、と思っていると。
「それはレナだって十分にわかっているはずですわ。何せ貴女が一番ライトの近くに居るのだから」
「んじゃ、代わりに私が溺れようかな。勇者君におんぶして貰おう」
そう言ってレナは本当におんぶして貰うかの如く、後ろから抱き着く。
「助けはいらないとは言ったけど流石にレナをおんぶしては無理だぞ」
「えー、じゃあこの状態で勇者君が誰かにおんぶして貰えばいいんじゃない?」
「レナが普通に歩けばいいだけじゃないかな!?」
ぱんぱん、前で組まれてるレナの腕をライトが叩く。諦めなさいの合図。レナとて冗談、こういうのはよくある光景。そんないつも通りの話――
「……レナ?」
――かと思ったが、レナが腕を離さない。つまりライトに抱き着いたまま。
「どうした? 調子でも悪いのか?」
「別に。ただ勇者君成分をチャージしてるだけ」
「ちょっと! それだったら私だってマスターの成分チャージしたい!」
と、そんなレナの行動にネレイザが直ぐに反応し、レナに歩み寄りツッコミ。レナもやれやれ、と言った感じで離れる。これもよくある光景。……なのだが。
(レナ……どうしたんだ?)
ライトは違和感を感じていた。何が違うかと言われても具体的には言えないが、そのレナの抱擁は何処か寂しさを感じた。そう、まるでこれが最後の抱擁の様な。
「なあ、レナ――」
やっぱり今回の任務、レナの様子が少しおかしい。踏み込んで話してみようか。そう思って名前を呼ぶが、
「皆さん、この道が見えたという事は後少しになります。無事今日中には辿り着けますので、もうしばらく進みましょう」
マークのそんな一言に何となく掻き消される形に。確かにまだ山道ではあるが、先程までに比べてしっかりと舗装された道になる。
(……こういうのは、やっぱり皆の前じゃない方がいいか)
マークの一言は偶然だが、でもそう思い直す切欠になった。ライトもひとまずはフエノガージ到着を目指す事に集中する。――そのまま歩き続ける事更にしばらく。
「着いたー!」
サラフォンが声を挙げる。――フエノガージの入り口に無事に到着した。朝食を食べて直ぐに出発して今は夕方。要所要所で休憩を挟んだとはいえ中々長い行軍である。大丈夫とは言っていたがサラフォンやネレイザは疲れていた。……勿論ライトも。
「のどかな街並みなのですね」
一方で気功術のお蔭か疲れを見せないハルの感想。――確かに、マスクドやロッテンと比べて、「田舎町」というフレーズが似合いそうなのどかな空気が漂う街であった。
「何でもいいよー、もう今日は宿行って休むんでしょ? 眠くなってきちゃった。のどかでも近代的でも、人間ベッドがあれば寝れるよ。睡眠は世界を救う。寝れば友達」
「……レナさんって何であんなに寝てばっかりでプロポーション維持出来るの? 私からしたら信じられないんだけど」
「うーん……レナだからじゃないか?」
「おいそこの勇者君と事務官、私をびっくり人間みたいに言わない」
そんな会話をしながら実際に宿を探そうとした、その時だった。
「……レナ?」
その声は、ライト騎士団の団員ではなかった。偶々ライト達の横を通りがかった町人。
「もしかして……レナ、レナなのか……!?」
そして彼は、驚きの目で、レナを見たのであった。