第二十八話 演者勇者と手品師の少年8
「そんな……オランルゥさん、どうして……!?」
ネイの目前で刺され、倒れたリバール。あまりにも呆気なく倒れたまま、ピクリとも動かない。
「へへっ、これで大丈夫だな。死体はここの奴らに処理して貰うか。その位のルートはあるだろ」
軽く笑い、そう言い放つオランルゥ。――その姿はもう、ネイの知っている、ネイの尊敬しているオランルゥではなかった。
(僕が……ヒーローになりたいなんて思ったから……? 僕が頑張らなければ、ケンザーさんも、オランルゥさんも……お母さんも……悪いのは、僕……?)
目前でのあまりにもショッキングな光景に、ネイは言葉すら出なくなり、思考は絶望的になり、自分を追い詰め始めていた。何も考えたくなくなり、心が音を立てるように壊れかけた――その時だった。
「はいそこー、殺人未遂で現行犯。更に罪が増えちゃったねえ。これだけ証人がいればもう言い逃れ出来ないかなー」
耳に届く、緊張感を感じさせない、そして聞き覚えのある声。ハッとして声の方に顔を上げて見れば。
「勇者様……!」
先程の声の主であるレナが一歩前に出る形で、それに続く形でライト騎士団の内、ライト、エカテリス、ソフィ、リバールが立っていた。
「……って、あれ? え?」
ネイは自分の目を疑う。――リバールが、ライト達と一緒に立ってそこにいる。更に言えば、刺された傷も一つとして見当たらない。
「どういう……ことだ……!?」
それは他のトラル一座の団員全ての疑問の様子で、特に刺した張本人であるオランルゥは驚きを隠せない。――馬鹿な、確実に刺した。急所を刺した。手に感触も残ってる。どうしてあの女はあそこに……!?
ハッとしてリバールが「倒れていた」場所を見てみれば、剣が突き刺さった布の麻袋が。
(俺が刺した瞬間、あれを身代わりにしたってのか……!? この女、何者だ……!? まったく気付かなかった……)
オランルゥは、自分の技術に自信はあった。――リバールは、その自信と技術を呆気なく欺いたのだ。
「トラル一座の副団長様でしたね。――随分自分の自信があるのか、私を馬鹿にしているのか……それとも、両方ですか?」
「っ……テメエ……!」
リバールが放つその言葉は、先程リバールを刺す直前のオランルゥの言葉と同じ。オランルゥはその挑発に大きな苛立ちを当然覚える。――最初からリバールはオランルゥに刺されることで、手っ取り早い罪を一つ作って、確実に捕まえる方法を選んだのである。
「あなたの自信は知りませんが、私を馬鹿にするのは止した方がよいかと。私はただの使用人ではありません」
「何……!?」
「私は、世界一エカテリス姫様を敬愛する使用人なのです!」
ばばーん、と胸を張って言い放つリバール。その瞬間――ライト、エカテリス、レナ、ソフィの四人が大小あれどズルッ、とズッコケそうになる。
「リバール……私を敬愛してくれるのは嬉しいのだけど、今は真面目な話をする所じゃなくて?」
「至って真面目です」
呆れ顔のエカテリスに、言葉の通り至って真面目に返事をするリバール。……一気に緊張感が解れるライト騎士団の面々であった。
「さて、あらためての自己紹介が必要かしら? ハインハウルス王国第一王女並びにライト騎士団副団長、エカテリス=ハインハウルスですわ。――貴方達の罪は明白です。大人しくなさい」
「ぐ……」
エカテリスから放たれるその王族たる気迫は圧倒的で、何人ものトラル一座の団員がたじろぐ。――それでも。
「おい団長、少し下がっててくれ」
「え?」
「「やる気」のある奴が多分何人もいるな。人数の多さを武器に強行突破のつもりだな。――レナ、団長を頼むぜ」
「はいよ。そっちは思う存分暴れてきていいよ」
「任せろ」
ソフィが狂人化していた。ソフィ自身もそれで気付いたか、戦って無理矢理逃げよう、という空気にトラル一座はなりつつあった。
愛用の両刃斧を持ち直し、ゆっくりと一歩ずつ近づくソフィ。一、二歩進んで武器を振れば当たる、といった距離まで近づいたその時、
「うわああああ!」
近くにいた方から順番に三人が、ソフィに切り掛かった。――戦闘開始の合図であった。
「へなちょこが! 死ぬ気で殺す気で来やがれ!」
ブォン、ガキィン!――その三人の攻撃を、わずか一振りでソフィは全て打ち返す。人数差など物ともしない、圧倒的な実力を見せつけた。
「く、くそっ!」
「やらせませんわよ!」
ズバァン!――そのソフィの攻撃後の隙を狙った一人を、エカテリスの槍に纏った風が思いっきり吹き飛ばした。
「ソフィ、背中は任せて貰えるかしら」
「ありがたいです。姫様もこいつら相手なら存分に暴れられるでしょう? アタシに遠慮せず好きなだけどうぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きますわ。お灸を据えないと気が済みませんの」
お互い背中越しで取り囲まれた状態の会話だが、二人共口元に笑みを浮かべる余裕があった。その気迫に、取り囲んだはいいものの、一歩が踏み出せないトラル一座。
「行くぜ!」「行きますわよ!」
当然、そうなると先に動くのはソフィとエカテリスである。――こうして、ソフィとエカテリス対、トラル一座の殲滅戦が始まった。
「さて。折角ですから、決着を付けませんか?」
「チッ……」
一方で、リバールとオランルゥは、一対一で対峙する形になっていた。改めて剣を握り直すオランルゥに対し、リバールは礼儀正しく立ち、その目をジッと見ていた。その姿はこの場所には違和感の、正しき使用人の姿。
(もう油断しねえ……こんなよくわからない女に負けてたまるか……!)
意識を足に集中し、オランルゥは再び高速で移動。リバールの背後に回る。
オランルゥは自分の実力に自信があった。意識を集中させることで常人を越える速度、感覚。隠密、暗躍といった行動に適した才能を持っており、持っていた自信は決して自惚れではないレベルの実力である。――ガキィン!
「!?」
先程と同じく、背中から真っ直ぐ高速に剣を突き刺す。確実に背中は捉えていた。この位置、この速度で止められるわけがない。事実先程は綺麗に突き刺さった。その状況下で鳴った金属音。――リバールが、短剣で横から「リバールの背中を守るように」オランルゥの剣を防いだ。
「遅いですね」
「ぐ……!?」
要は、まるでもう一人リバールが増え、その増えたリバールが元のリバールの背中を守った。――少なくとも、オランルゥにはそう見えたのである。
(混乱の魔法か……!? いやそんなのを使った様子はなかったし、使われたとしても俺はそこそこの耐性持ちだ、簡単に喰らうわけがない……!)
実際、リバールは混乱の魔法を使ってはいない。が、オランルゥは状況に混乱する。その間にもリバールは次の行動に移る。――ヒュン!
「が……っ」
気付けば今度は背中を見せていたリバールが消え、代わりにあらたなリバールが低めの体制からオランルゥの腹部を蹴り飛ばす。勿論ガードなど出来るはずもなく、勢いのまま吹き飛ばされると、短剣を持っていた方のリバールが追撃。オランルゥもギリギリ反応するものの、回避はし切れず、腕に斬撃が入る。
「くそ……っ、そういう、ことか……!」
間合いが開き、体制を立て直すと、リバールは一人。――オランルゥは、謎が解けた。
「俺の実力を測った上で……弄んだのか……!」
リバールは分身したわけではなかった。オランルゥの身体能力の高さ、動体視力の高さを利用し、その能力に敢えて合わせることで、ギリギリ自分の速度、動きを認識させ、まるで二人に増えた様に見せていたのである。――要は、ライトにこの技を使っても、リバールが単純に消えた様にしか見えない。ある程度リバールの動きが追えたオランルゥだからこそ嵌る罠であった。
「別に弄んだつもりはありません。スマートに勝ちたかっただけです」
「ふざけんな……! そういうのを弄んでるって言うんだよ……!」
「そこまで仰るなら――少し、弄んで差し上げましょうか」
ふぅ、と一息つくと、リバールは何処からともなくもう一本、短剣を取り出し、二刀流となる。特別身構えることなく、タッ、と軽く地を蹴ると、
「がはっ……」
リバールは「三人に」増え、オランルゥに同時に斬撃。今の手負いのオランルゥに対処する術はなく、再びリバールが一人に戻ると同時に、ガクッ、と力なく膝を付く。――今度の技は、オランルゥにも見抜けなかった。わかったのは、自分の実力が、まだリバールが隠し持っている実力と大きく開いていたということだけ。
「あんた、何者だ……そこまでの実力は、裏稼業の人間でもそう見つかるもんじゃねえ……その力があれば、もっと違う世界で、いくらだってのし上がるだろうよ……どうしてそんな恰好で、そんな事してんだよ……!?」
「理由、ですか」
『まってお父さま! ねえ、あなた、わたしのせんぞくのしよう人になってくださらない?』
『……え?』
『あなたのそのぎん色のかみ、すごくキレイ! 目もとってもやさしい目をしてるもの! 名前を聞かせて? わたしはエカテリス、エカテリス=ハインハウルスよ。あなたは?』
『私、は……』
「自分を選んでくれた人がいる。自分を必要としてくれている人がいる。その人の為に生きるのに、何の躊躇いがいりますか? 自分自身の為だけに生きている、貴方とは違う。理解して欲しいとも思いません」
「――そうかよ」
ドサッ。――その言葉を最後に、オランルゥは倒れた。
「オラオラ、そんな生半可な攻撃じゃ、アタシのカウンターで無駄死にするだけだぞ! 気合が足んねえなあ!」
「貴方達は戦闘を適した練習をしてきているわけではないのでしょう? 無抵抗の人間を傷付けるつもりはありません、投降なさい」
オランルゥとリバールの決して長くない一騎打ちの間に、ソフィとエカテリス対劇団員の戦いも終幕を迎えようとしていた。勿論圧倒的なソフィとエカテリスの実力によって。――彼らはオランルゥよりも断然戦いに向いていなかった。勝ち目など最初からなかった。
そして、それを察して――最後の足掻きに出る人間が一人。
「……フン」
トラル一座団長、ケンザーである。部屋の隅にてオランルゥ、劇団員の戦いを見ていた彼は、不意にそこからバッ、と部屋の中心の床に向かって液体の入った瓶を投げた。この状況下で、床に液体を撒こうとする。――リバール、ソフィの二人がいち早く企みに気付く。
「馬鹿が! 無駄死にってのはそういう意味じゃねえんだよ!」
「これ以上の失態を犯すつもりはありません!」
火炎瓶か毒瓶か、割れたら最早自分道連れの広範囲攻撃。防ぐ為に動くリバールとソフィ。紙一重の勝負――と思いきや、その瓶は、空中に上がるまだ途中の時点で、
「っ!」
パシッ。――何者かによって、キャッチ。被害は食い止められた。誰よりも早く、その瓶を取ったのは意外な人物だった。
「……もう、止めましょう、ケンザー」
「トトア……!」
ネイの母親で、トラル一座の一員で、この戦いにはまた別の端で参加していなかった、トトアであった。その瓶を持ったまま、ゆっくりとケンザーの前に立つ。
「ここで止めた所で、間に合うかどうかは私にもわからない。でも、それでも私は、これ以上トラル一座の名前を汚したくはないの」
「お前も同意していただろう! 今更何を!」
「そう、同意した私も許される存在じゃない。寧ろ間違ってるとわかっていながら同意してしまった私は、みんなより罪深いかもしれない。それでも――トラル一座を始めた頃の輝きや思い出を、これ以上無くしたくないのよ! あなたにだってまだあるでしょう、夢を追いかけていたあの頃の思い出が! 少しでも、ほんの少しでもいい、残っているなら――罪を認めて、償いましょう」
真っ直ぐな目でケンザーを見るトトア。一方のケンザーは、怒りとも絶望とも取れる、ライトが最初に感じた紳士とはかけ離れた目でトトアを見ていた。説教をされた怒りか、裏切られた絶望か、はたまた両方かわからないが、その渦巻いた複雑な感情は、ケンザーの体を浅はかで戻れない行動に動かした。
「そんなに償いたいなら、あの世で勝手に償ってろ!」
ケンザーは持っていた剣を振り上げ、そのまま迷いなくトトアに振り下ろした。
「お母さーん!」
再び響くネイの叫び。そして――