第二百九十四話 演者勇者と炎翼騎士1
燃え盛る火炎。まるで全てを呑み込んでしまいそうなその炎は、人々に絶望を与えるのには十分過ぎた。悲鳴が走り回り、諦めの椅子に座り、最後の温もりを確かめ合い。
でもその人は、その炎を何処までも冷静に見ていた。落ち着いた足取りで、その炎に向かって歩いて行く。
「待って! 無理だよ、もうどうにもならない!」
だから止めた。どんなに彼が強くても、それは自殺行為にしか見えなかったから。
「決めつけるのは早いさ。俺の強さは知ってるだろう? 俺は「炎翼騎士」、あんな炎、焚火と変わらないさ。――あれを倒したら飯にしよう。あれの残り火を使ってバーベキューだ」
「冗談言ってる場合じゃないから! お願い、逃げよう……! 二人でなら、逃げられるでしょ!? それなら、可能性あるでしょ!?」
「それは俺が耐えられないよ。この街の皆を見捨てて、この先生きてくなんてな」
「見捨てた!? 最初に見捨てたのは――」
「大丈夫」
ポン。――頭を、優しく撫でてくれる。変わらぬ温もりが愛しくて、辛い。
「俺はお前を見捨てたりしない。必ず帰ってくるよ。約束だ」
そう言い残し、その人は再び歩き出した。燃え盛る炎の先へ。終焉の中へ。
しばらくして、炎は消えた。人々の命は救われた。その人は、この街の英雄になった。称えられた。――必ず帰ってくるという約束が守られる事のないままに。
それが、眠りに落ちると過ぎる夢。
覚める事のない、消える事を許さない、今の全て。
「では、資料を配ります」
イシンマ騒動もすっかり落ち着いたある日、ライト騎士団団室。新たな任務が下り、事務官ネレイザ進行での会議が始まっていた。
「ふぁーあ」
「レナさん、スタート直後に欠伸で緊張感無くすの止めて貰えませんかね……!」
「そこに眠気があるから。眠いんだよー」
「朝も昼も夜も寝ておいて何言ってんの!?」
当然の怒りを放つネレイザを、いつも通りあっけらかんとスルーするレナ。――何だよその言い訳。山を登る登山家じゃあるまいし。
「というかネレイザちゃん、私は資料いいよ。後で勇者君に要約して読んで貰うから」
「馬鹿な事言ってないで自分で読みなさいよ!」
「えー、だって文字が見た事ない字で読めない」
「資料がどう見ても上下逆さま!」
相変わらず緊張感ゼロでぐだっていたレナを無理矢理正し、資料を持たせ、ネレイザが再び話を再開する。
「この度、サルマントルで毎年開催されている「風神祭」という祭りに、王女様が招待されました。この祭はサルマントルで崇められている風の神様を称える祭でして、今回風の魔法を得意とする王女様が招待された形となりました」
「以前から興味はあったのだけれど、中々スケジュールが合わなくて。今回やっと向こうの招待に応えられる形になりましたわ」
民を想う人気の王女様。向こうからしたらエカテリスが風の魔法が得意なのは偶然なのだが、こじつけでもやはり来て欲しいと熱望していたのだろう、それにエカテリスが応える形となったのだ。
「王女様が招待されるに辺り、護衛として私達ライト騎士団が同行します。マスターに関しては、王女様の同伴者としての役割も加わっています。向こうにその旨を伝えた所、勇者様もぜひとの事なので、問題なく歓迎されるでしょう」
「ネレイザ、このもう一枚の封印の祠の調査というのは、祭に関係しているのですか?」
しっかりと早く資料を読み込んでいたソフィからの質問が入る。確かに最後の一枚は、一見参加する祭とは無縁の案件の様に見えるが……
「今回の公務任務においての懸念事項なんです。風神祭において、近辺の代々祭られている祠に前もってお参りをし、それで祭当日にサルマントルで本殿でお参りをするのですが、その祠周辺のモンスターが最近活発化しているらしくて、念の為に調査が必要となっていまして」
「えー、それわざわざゲストの私達がやるのー? 地元民でその位やれるでしょ。それでどうにもならなかったら中止すればいいんだしさぁ」
「最後まで手を貸すという方向性を考えないんかいこの眠気お化け! マスターの側近でしょ!?」
「私は勇者君守れればお腹一杯だし」
実にレナらしい考えであった。――だが。
「まあまあレナ殿、資料をよくご覧になってみては。特に祠の調査を担当している街に関して」
「街? サルマントルじゃないの?」
「サルマントルと提携している近くの街が祠の管理は担当しているのですよ。その街の名前に思う所があるのでは」
祠の管理を担当している街は、マスクドだった。そう、マスクドと言えば。
「何だっけ? 美味しい名産品でもあった?」
ガクッ。――レナのその発言にドライブを除く全員が大小あれど座っていた椅子から転げ落ちそうになる。
「長、俺も覚えが無いぞ。すまない、忘れているだけかもしれないが……覚えていたら共に椅子から転げ落ちれたんだが」
「いやドライブが知らないのも無理はない話だよ。ドライブ入る前の話だし。というか別に知ってても椅子から転げ落ちるのは強制じゃないから」
真面目と天然が混じると考える事が怖い。――というよりも、マスクドと言えば。
「オホンオホンオホン!」
ネレイザがわざとらしく咳払い。明らかにレナを見て咳払い。
「ドライブ君が知らない……ネレイザちゃんが強調する……勇者君がスケベ……」
「思い出すヒントに俺のスケベいらないっていうか俺のスケベを当たり前として断定しないでくれるかな!?」
と、ライトのツッコミを他所に考える事十数秒。
「……あ、そうか。マスクドって」
ついにレナが思い出したのだった。――そして数日後、ライト騎士団はまずマスクドへ向けて出発する事になった。
マスクド。――地方都市の一つであり、中規模の街。雑な言い方をすれば、特別何か際立つ様な街ではない。では何故ライト達がこの街に注目したかといえば。
「ようこそマスクドへ。王女様、勇者様、御足労頂きありがとうございます。そして……お久しぶりです、皆さん」
街の門を越え、出迎えてくれたその存在こそ、である。
「マーク! 元気そうで良かった」
マーク。ライト騎士団の前事務官でネレイザの兄。彼が現在在籍している街こそ、ここマスクドだったのだ。
「ライトさんも。騎士団の活躍は、この街にもしっかり届いてます。僕としても鼻が高いですよ。――ネレイザは大丈夫ですか? 迷惑を掛けたりしていませんか?」
「大丈夫。事務官として、マークと同じ位良くしてくれてる。頼りにしてるよ」
と、肝心のネレイザの姿が見えない。――振り返ってみれば、一番後ろで「事務官として」立っていた。
「なーにらしくない事してんの」
「あ、ちょっ!」
――のを、レナが無理矢理引っ張ってマークの前に連れてくる。
「今更ネレイザちゃんが何したって驚かないよ。散々見てきたから馬鹿にしてもつまんないしね。ほれ」
とん、と更にレナがネレイザの背中を押す。
「あー、うー……マスター、王女様、ごめんなさい、失礼します。――お兄ちゃん、久しぶりっ!」
そして最後の理性を振り絞り、ライトとエカテリスに断りを入れると、ダッシュでマークに抱き着いた。
「っと! 久しぶり、ネレイザ。元気そうで何より。皆さんに迷惑かけてないかい?」
「大丈夫よ! だって私、お兄ちゃんの妹だもん!」
マークが軽く頭を撫でると、ネレイザは嬉しそうに甘えた。その様子を温かい目で見る団員達。
「長、あれは本当にネレイザなのか?」
と、唯一マークを知らないドライブからの質問。まあわからなくもないが。
「ネレイザだよ。結構なブラコンなんだ」
「そうか。――家族か。いいものだな」
育ての親、兄弟分の親友達と絶対の別れを決め、それでいて本当の親の顔すら知らないドライブのその言葉は、少しだけ切なく重く。
「だね。ああいう風にどんな家族もいつまでも仲良く出来たら幸せだよねえ。――幸せになれる家族なんて、結局一握りで、幸せになれなかった家族は、過去を振り返ってばっかだけどね」
と、いつの間にかライトの横に戻っていたレナがそんな言葉を漏らす。その言葉はドライブとは何処か違うが、やはり何か切なく重い。
何かあったのか、と尋ねようかどうしようか迷っていると。
「祠の調査に関してはまだ日にちがありますから、今日はまずは宿で体を休めて下さい。ご案内します」
マークがそう切り出したので、そこで話が終わる。ネレイザも落ち着いたか抱擁を終えていた。
「それから、皆さんに会って頂きたい人がいまして。宿の前で待って貰っています」
と、先導中のマークがそんな事を告げてくる。――会って貰いたい人?
「いやー、マーク君も地方で羽を伸ばしてついに結婚か。送り出して良かったのかも」
「ちょっ! お兄ちゃんは私に黙ってそんな人作りません!」
「うーん……なんかどっちの言い分もわかる様な気がする」
マークに恋人が出来ても可笑しくないし、出来なくても可笑しくない。矛盾した考えではあるが。
「マスターまで! じゃあもしそうだったら……その、責任取ってくれるの!?」
「責任……っていう程は取れないけど、ネレイザに素敵な人が出来たら精一杯お祝いするよ、団長として」
「違わないけど違うーっ!」
頭に「?」マークを浮かべるライト。その様子を客観的に見て笑ってしまいそうになる者、微笑ましく見守る者、心の中で安堵する者等、周囲には色々いたり。
そんな会話をしながら歩いていると、大きな建物が見えてくる。マークが用意してくれた宿だろう。そしてその宿の前に、一人の女性が立っていた。
「皆さん、お久しぶりです」
笑顔でそう挨拶してくるのは、流石に予想外の人物だった。
「え……アルテナ先生!?」
「その節は大変お世話になりました」
アルテナ。――元ケン・サヴァール学園所属の教師で、騒動に巻き込まれ、無実は証明出来たものの学園を辞め去った。だが教師を辞めるわけではなく、教師の道は捨てないと力強く宣言していた。
「私、この街の出身なんです。だから今、この街で教師をしています」
「そうだったんですか……元気そうで安心しました」
マークが会わせたいというのもよくわかった。予想外だが嬉しい再会だ。それぞれ思い思いの挨拶を交わす。
「長、ライト騎士団の年表とかないのか? 今度学習しておく」
「居なかった期間の事を知らないのは当たり前だから反省とかいらないから!」
またしても知らない期間の話なのでドライブが真剣にそんな申し出。――真面目なのはいいんだけど。
「お久しぶりね、ネレイザさん」
「? 私の事知ってるの?」
と、もう一人事件当時まだ未所属だったネレイザに、アルテナが挨拶をする。
「勿論。学生時代の貴女は実力が飛びぬけていたからよく覚えてるわ。筆記の成績も良かったし、それに……それが努力の結果なのも、よく知ってる」
「……!」
ネレイザが驚く。ケン・サヴァール時代の自分の「努力する姿」を見られていた事に。
「それに、マークからも貴女の事はよく聞いてるから」
「お兄ちゃんから?」
そう言うと、アルテナが何処か促す様な合図をマークに出す。するとマークはアルテナの横に並び立ち、
「その……実は僕ら、結婚を前提にお付き合いをしているんです」
そう、恥ずかしそうにでもハッキリと宣言したのであった。