第二百九十三話 幕間~真実はいつも一つ! 辿り着けるかは別の話!
俺の名前はテリー。ハインハウルス本国で一番の売り上げを誇る新聞「ハインハウルス・タイムス」の記者だ。
先日、イシンマで領主が連行されるという大きな事件が起きた。元々領主だった夫を排除し自らが領主となり、強引な政治統治を行っていたとの事。勿論そこが一番の話題だが、俺が注目しているのがそれを解決したという勇者様一行だ。何でも、その勇者様一行にはハインハウルスに長く健在する名家・ラーチ家の令嬢が参加しているらしい。
実を言えばラーチ家の令嬢は謎に包まれている。というのも、理由はわからないが表舞台に滅多に出てこないのだ。偶然お目にかかれた人の証言によれば、綺麗だったとか、不思議な物を持っていたとか、近くのメイドが凄かったとか色々噂がある。
だから俺は、イシンマの事件を通して、ラーチ家の令嬢の謎を解いてみようと思った。勇者様、ラーチ家、二人が関わった事件、そして解決へ。――これが全て上手く書ければ、更に「ハインハウルス・タイムス」の売り上げは伸び、記事を書いた俺は出世間違い無しというものよ。
待ってろよ、真実はいつも一つ! この俺がスクープを暴き出してやるぜ!
早速だが俺は城下町に足を運んでいた。地道な取材が大切だからな。
「……でもな」
驚く程にラーチ家の令嬢に関しての情報は無い。この国にラーチ家があるのだから情報があっても良さそうな物だが。
ただ逆に勇者様の顔は割れている。名前はライト。「ライト騎士団」という騎士団を結成して、団長として活躍。その騎士団にラーチ家の令嬢もいるらしい。
そして勇者様は時折普通に城下町を歩いているらしい。ただ一人で歩いている事は少なく、必ず美女が隣にいるとの事。その美女がラーチ家の令嬢という可能性も十分にある。
「! 噂をすれば……!」
向こうから歩いてくる青年。間違いない、勇者様だ。そして隣には……隣、には……?
「!?」
そこで俺は衝撃を受けた。隣にいる女の、圧倒的ビジュアルに。――綺麗だ。綺麗過ぎる。整った顔立ち、見事なプロポーション、醸し出されるオーラすら美しい。あんな美人が世の中に存在するのか。
「すみません団長、無理言って一緒に来て貰って」
「何言ってるのさ、ソフィと二人で街に行くのも久々だからね、俺からお願いしたい位だよ」
俺が見惚れている間に、二人は俺の前を楽しげに会話をしながら通り過ぎた。手を取ったりはしていないが、距離は近く、まるで恋人同士の様で。――ま、まさかあれがラーチ家の令嬢か!? 姿を見せないのは、あれ程綺麗だと頻繁に姿を見せると逆にハプニングが起きるからか!?
「あ、忘れ物。ごめんソフィ、ちょっと待ってて」
「はい」
と、青年が美女から離れた。――チャンス!
「あの!」
「はい、私ですか?」
返事をする仕草も優しい表情も、全てが俺を虜にする。――耐えろ、耐えるんだテリー、今は取材に来てるんだぞ!
「自分、こういう者でして」
「新聞社の……記者の方、ですか」
「はい。今、イシンマの事件を追っていまして。事件解決に、勇者様とラーチ家のご令嬢が関わってるという噂がありまして、その真意を確かめたくて、少しお話が伺えたらと」
「お話、ですか……確かに解決に導いたのは団長……勇者様と率いる一行ですが、今回は私はあまり関わっていなくて」
「関わっていない……やはりご令嬢ともなると、危険な行為は厳禁ですか!?」
「え? ああいえ、そういう意味合いではなくて」
「成程、そうなるとラーチ家として後方から支援……もしかして、勇者様とご婚約とか!? 勇者様が羨ましい、こんなに綺麗な人と……!」
「あの、ですから」
「ソフィ、お待たせ……ってどうした?」
「団長、この方が私とどうしても話がしたいと。でも何か誤解もしている様で、私としてはお話出来る事は何も無いんですが……」
「ふむ。――すみません、行かなきゃいけない所があるので、もういいですか? 彼女も困ってるみたいですし」
青年が割り込んで来て無理矢理俺の取材を拒もうとする。――くっ、邪魔させるものか! 確か勇者様だった気がするけど今はそんな事はどうでもいい! この人と、もっと話がしたい!
「そう言わずに、少しだけでいいんです! 二人で、何処かでお話出来たら――」
「あ」
どん。――俺は少し強引に青年を押し退けて美女に迫る。ここは強引にいかなければ逃げられる。この機会を逃すわけには……ガシッ!
「え?」
不意に美女が俺の手首を掴んだ。――来た、これは俺の押しが効いたか? 二人で話せる場所は……ギュウウウウウ!
「って痛えええええ!? 痛い痛い手首痛い!?」
気付けば俺の手首がもげそうな勢いで握られていた。握っているのはあの美女――
「おいテメエ、何調子こいて団長押し退けてんだコラァ」
「え……」
――ではなく、眼光の鋭い、殺気溢れる女だった。顔も服装もプロポーションも先程まで目の前にいた美女と同じなのに、今俺の手首をもごうとしている女は別人だった。何を言ってるのかわからないと思うが。
「話なんて無えって言ってるだろうが、ああ!? 折角「私」が団長と二人で出かけるの楽しみにしてんのに、邪魔してくんじゃねえ! ぶちのめされてえか!? というかぶちのめす!」
「ソフィ、落ち着いて、大丈夫! 俺はどっちのソフィと居ても楽しいから!」
「ホントか? すまねえな団長、こうなると「私」に戻るのに時間かかるから、とりあえずこいつぶちのめしたらどっか行こうぜ」
「違うぶちのめすのを止めてって言ってるんだけど!?」
「痛い……手首超痛い……」
何とか謝罪して許して貰い、青年と美女の背中を見送った。危うく二度とペンが握れなくなる所だった。まあ確かに俺も何処か見境が無かったかもしれない。それに、あの攻撃力を持った女性がラーチ家の令嬢とは考え難い。他を当たって――
「……うん?」
と、あらためて辺りを見てみれば。
「すみませんニロフさん、お休みの所わざわざ付き合って貰って」
「いえいえ、我で良ければいつでもお手伝い致しますぞ。寧ろネレイザ殿こそ休み少なく頑張っておられますからな、仲間として手伝うのは当然というものでしょう」
身なりの整った美少女と、仮面をつけた謎の存在が。――そこで思い出すラーチ家の令嬢の噂。何かいつでも不思議な物を持っているらしい。美少女と不思議な物。これはもしや。
「……いやでも」
不思議な物というより最早不気味な存在だった。街中を堂々と歩く仮面。俺と同様その不気味さに遠巻きに見る人間もいれば、
「あっ、ニロフさんこんにちはー! 今度いつお店来てくれるの?」
「そうですな、任務も落ち着きましたし、近日中に顔を出しましょう」
「やったー、待ってるね! ライトさんも一緒にね! ライトさん、優しいから私達の間でも人気なの!」
「わかりました、声をかけておきましょう」
……親しげに話す人間もいた。え、この街に結構馴染んでる? ますます意味がわからないんだが。
「我に何かご用件ですかな?」
「ぬわぁ!?」
と、気付けば怪しい仮面が俺の横に。いつの間に。滅茶苦茶近い。怖い。
「ああ失礼、驚かせたかったわけではないのです。敵意も感じられませんしな。ただ視線を感じてはいたので」
「あ……ああ、こちらこそすみません。実は自分、こういう者でして」
「ほう、新聞記者の方」
「先日のイシンマで起きた事件を取材しておりまして、もしかして貴方、ラーチ家のご令嬢と関係がおありじゃ」
「成程成程、そういう事でしたか。そうですな、まず我自身はイシンマの事件には今回関わっておりませぬな。ですが我のこの仮面、実は――」
「ニロフさん? そんな事よりも、マスターと一緒にそんなに頻繁にフラワーガーデンに通ってるの? 私事務官として把握してないんですけど」
「…………」
…………。
「あっあんな所にマーク殿が!」
「えっ嘘っ!――ってそんな手に引っかかるかぁ!」
ガシッ!――美少女は仮面を逃がさない様に、俺が着ていたローブを掴んだ。
「……ん?」
俺が着ていた……ローブを……?
「っていつの間に俺こんなローブ着たんだ!?」
よく見ればさっきまであの仮面が着ていたローブだった。そして肝心の仮面が居ない。何かの技法だと思うが俺には見抜けない。というかそんな事よりも、
「ニロフさん……言い逃れする為に、民間人とグルになるなんて……!」
美少女が俺の……俺のじゃないけど、兎に角着ているローブを離そうとしない。
「白状しなさい! ニロフさんとはどういう契約を交わしてるの! そしてマスターはどの位あのお店に通ってるの!?」
「知らないよ何の話だよ!? 俺が訊きたいよ何これ!?」
「そう……この私に勝負を挑むなんて……これでも魔導殲滅姫の肩書は捨ててないのよ……?」
「誤解だあああああ!」
「はぁ、はぁ……とんでもない目に遭った」
あれから美少女の尋問は暫く続き、俺が無関係だと証明出来るのに物凄く苦労した。俺も記者として取材が大変なのは百も承知だがこんなタイプの苦労は予想外だ。
今日はもう帰ろうかな。……そんな事を思っていると。
「ん?……あれは」
街中を堂々と歩くメイド服姿の女が一人。長い銀髪が際立つ高身長の美人だった。服装、髪、容姿、スタイル、どれを取っても人目を引く美人だ。
「待てよ」
ラーチ家の令嬢の近くには凄いメイドがいる。その事を思い出した時、俺の中で繋がった。――彼女がきっと、ラーチ家の令嬢に仕えるメイドだ。あれだけ際立つ存在感、間違いない!
「あの!」
俺は確信し、急ぎ近付き声をかけた。
「はい、何でしょうか?」
「自分、こういう者です。貴女が仕える主に関して、取材をしたいと思っていまして」
「! 私の主に関して、ですか?」
「はい、とても素敵な方だとお伺いしてるのですが、中々拝見するチャンスもないので」
ガシッ。
「素晴らしい心意気です。そこまで姫様の事を想っているとは」
「姫……様?」
そう呼ばれてるのかな?
「そうですね、まずは入門編として、座学の時間を用意しましょう。今日は私、あまり時間がないので五時間程しか教鞭出来ませんが」
「え、いや、取材がしたいだけで、座学とか……って五時間!? 時間が無くて五時間って何!? ちょっ、待っ……アッー!」
「おはようございます」
ガチャッ。――朝のライト騎士団団室。いつも通り定例として一度は全員集まる時間。ライトが部屋に入ると。
「長、長を疑うわけじゃないがイシンマの事件は長とレナの話で全てか?」
ドライブが新聞を読みながらそんな質問をぶつけて来る。
「そうだけど、どうした?」
「いや、この新聞がな」
ドライブがそのまま新聞を手渡してくる。そこには、「イシンマ事件の裏側、ラーチ家の令嬢関与か」という見出しで、
「……どういう事?」
エカテリスの素晴らしさが延々と書き連ねられていた。エカテリスもイシンマの事件には参加していない。というか本当にエカテリスの素晴らしさについて書かれているだけでイシンマの事件など見出しがそうなっているだけで微塵も触れられていない。
「姫様のファンクラブの会報みたいになってんじゃんこれ。何だかリバールが書いたみたい……」
と、ライトの横から覗いていたレナが何となくそう言った時だった。――ズダダダダダバァン!
「エカテリスっ! エカテリスはここか!?」
息を切らして団室に突入して来たのはヨゼルドだった。手には同じ新聞が。
「国王様、何が――」
「書いてあったんだ、この新聞に! 普段は垣間見せないけど、本当は父親、ハインハウルス国王ヨゼルドの事を敬愛してるって! パパ、愛されてたんだなやっぱり! エカテリス、パパもエカテリスの事大好きだぞぉぉ! 朝のスキンシップをしよう! 何処かな!」
ズダダダダダ!――団室にエカテリスが居ないのを確認すると、ヨゼルドは走り去って行った。無言で見送る面々。
「……そういえば、まだリバールとエカテリス、来てないな」
「今日は来ないんじゃない? 三つ巴の追いかけっこだよ、きっと」
ちなみにこの新聞は直ぐに差し替えられ、激レアグッズになったとかそうでないとか。




