第二百九十二話 演者勇者と普通が決められた街15
「演劇としては楽しめたけど、こちらとしては期待外れかな」
パニックになる住民で溢れる街並みの中、一人落ち着いた空気を纏わせて戦いの様子を眺める男が一人。
「しかし今回はこちらの手落ちもあったかもな。もっと早く神の名を……「タカクシン教」の名を出しておけば良かった。これではキュレイゼの事を笑えないな、俺も」
やれやれ、といった感じで身を翻し、歩き出す。もうこの街に用は無い。事態を最後まで見る事なく、男は迷わず歩き――
「神様って、そんなに甘くないわよー?」
「!?」
――その道中で、そんな声が聞こえた。ハッとして周囲を見ても、相変わらず慌てる住民達の姿しかない。――では誰が?
「面白い。この俺とやり合おうとしてるのか。――その声、覚えたぞ」
そう呟くと、男はそのまま街を後にするのであった。
「大型のモンスターを大勢で倒すって、ロマンがあるよね。私は基本、一人でしか戦わないから憧れちゃうなあ」
緊張感の無い空気を纏って、ミナエルが現状を見て感想を述べる。――ミナエル。
ハルの気功術の師匠であり、偶然この街で再会するも、意思を通じ合えず、決裂。ハルはけじめをつける為に一対一の戦いを挑んだ。ハルは強い。そのハルの師匠だから、当然強いのだろう。
それでも、ハルを信じていた。心の何処かで、絶対にハルが勝って来る。そう信じていた。それなのに、戦った相手が平然とした顔でそこに居る。その意味。
「……ハルは」
「うん?」
「ハルを……どうした? どうして貴女がここに?」
でも、尋ねないわけにはいかない。覚悟を決めてライトが問う。
「ハルちゃん? いやー、強かったよハルちゃん。私が知らない技とか編み出しててさあ。あれだけ強くなってくれたら、師匠冥利に尽きるよ、うん」
「だから――」
「でもさ、私は師匠。師匠が弟子に負けるとか格好悪いじゃない? 歯向かう弟子を放っておくとか――恰好悪いじゃない」
「っ!?」
穏やかな笑みでそう告げるミナエル。その笑顔の裏に、一瞬凍る様な恐怖を感じた。――まさか、まさか。
「お前……ハルを……ハルを……!」
「ハルちゃんを私が消したなら……君はどうするの?」
「許すわけないだろ! このまま終わるになんてさせるかよ!」
「ふむ、そうやって強い仲間達に頼んで、龍の次は私と一大決戦か。君に覚悟があるなら、それもいいかもね」
「っ……!」
「ライト、これ以上戦況を悪くするわけにはいかない。あたし達まで負けるわけにはいかないでしょ」
怒りのままに動きそうになるライトを、フリージアが横から宥める。――そう、ただ怒ったって仕方がない。落ち着け、落ち着け、まだハルが「終わった」って決まったわけじゃない。俺はどうすればいい?
「勇者君、落ち着いて。――私は君の仮説を信じてまだここに居るんだよ?」
「!」
そのレナの言葉でライトは直ぐに冷静さを取り戻した。――そう、ハルがミナエルとの一騎討ちを望んだ時、考えた仮説。俺が冷静さを失ったらそれが通らなくなる。
「ミナエルさん」
「なーに?」
「俺は、ハルを信じてます。最後まで、ハルを信じてますよ。――取り乱した奴が何言ってるんだって思うでしょうけど、でも俺には、それしか出来ないから」
目を反らさず真っ直ぐとミナエルの目を見て、ライトは告げる。――数秒後。
「成程、ね」
「……え?」
ミナエルが今度は悪戯っぽく笑う。――するとその背後から。
「はあああああっ!」
ガッ、ドガガガガッ!――不意に現れた人影が宙を舞い、龍に乱舞を浴びせると、
「痛いっ!?」
パシィ!――ミナエルをハリセンで叩いた。
「何それハルちゃん、その技も私知らない!」
「おふざけが過ぎます。寧ろこれ一発で済ませてあげる事に感謝して下さい」
「ハル……!」
ハルだった。ミナエルの横に並びツッコミを入れた後、華麗にジャンプ、ライトの隣に。
「ライト様、御安心下さい。――この人に、一杯食わされたのです」
「やっぱり、そうだったんだ……!」
ライトがハルと合流した直後、ミナエルと遭遇し感じた事。――ミナエルは、ハルを試している。この追い詰められた状況で、何をするかを試している。ミナエルは、この街云々ではなく、ただ自分自身の想いのままに動いている。
ハルが師匠とする人が、ライト達から見て悪に加担する様な人間じゃないと仮定すると、その仮説が生まれた。ならば、ハルが認められたら、彼女は敵ではなくなる。そう信じたのだ。
「ごめんね、見定めたかったんだ。成長したハルちゃんと、そのハルちゃんが信頼するライトくんがどんな人で、どんな仲間なのかを。――中途半端な感じだったら本当に師匠としてケジメをつけようと思ったんだけど、想像以上に強くなってて、想像以上に強い気持ちを持ってて、びっくりしちゃったかな」
そう言って、再びミナエルが笑う。その笑顔の裏に、今度は微塵も恐怖を感じない。寧ろ安らぎすら感じた。
「……良かった」
ミナエルは、敵ではなかった。まだ色々思う事はあるし、「問わなくてはいけない事案」も残っているが、とりあえず安堵で力が抜けそうになる。
「ミナエル……何故!? 何故ここに来て私を裏切るの!?」
一方で自暴自棄になっていたレーヨが、再び怒りを露わにする。レーヨはミナエルは相談役だと言っていた。この街の状態もきっと相談していたし、その実力から戦力としても数えていただろう。彼女からしたら、確かに裏切りなのかもしれない。
「ん? 私いつレーヨの仲間になったっけ?」
が、ミナエルからしたら、そんな事はまったくなくて。
「相談には乗ってあげてたけど、同意はしてないし、もう直ぐこの街も出ていくつもりだったし、何より――こういう結果が見えてたし」
「なら何故っ――」
「言ったら止めた? 止めないよねー。私が言ったって。もうどうにもならなかったんだよ、この街も、貴女も。私に出来るのは、せめて誰かが来てくれるまで、最悪の事態を防ぐ事位だったから」
ふぅ、と少し呆れ顔で溜め息をミナエルはつく。
「私を……馬鹿にして……っ! どいつもこいつも、私を一体誰だと!」
「変わらんな、その口癖」
「ボガードっ! お前も――」
「お前の憧れていた存在は儂は知らんが、儂はお前を「レーヨ」だと思っている。それ以外の何だと?」
「え……?」
「他人の目を気にせず、自分の道を選べば良かった。それだけだ。もしお前の憧れの存在がお前をそうさせたのならば、お前のそれは憧れではない。ただの束縛だ」
「あ……っ……」
がくっ、とレーヨが膝をつく。彼女なりに、何かに気付いたのだろう。――遅過ぎる、悟りかもしれないが。
「さてと。それじゃ、一応責任取って、私も参加させて貰おうかな。皆、宜しくねー」
そう言うと、ミナエルは地を蹴り、龍へ向かって突貫を開始するのだった。その動きも実力も圧倒的であり、そして……
「勇者殿、その仲間達、ミナエル殿。この街を救ってくれた事、感謝する。――身分を隠していた事は、心より詫びさせて貰う」
ボガードがライト達に向かって頭を下げる。
「頭を上げて下さい、ボガードさん。貴方の気持ちも立場もわかります。――傷は大丈夫ですか?」
「お蔭様でな」
ボガードもレーヨを庇った時に負傷したが、命に関わる程の怪我ではなかった。応急処置を済ませ、こうして挨拶に来ていた。
結局ミナエル参戦後、そう時間もかからずに戦闘は収束した。周囲の建物に多少の被害は出たが、住人に被害は出ず、レーヨも死ぬ事は無かった。
現在レーヨは精神的にも衰弱しており、逃げる心配はないが、一応拘束して監視中。――というのも、彼女が暮らす屋敷の地下から、夫、つまり前領主が監禁された状態で発見されたのだ。こちらは当然肉体的にも相当衰弱しており、緊急での治療が施されている。措置はギリギリ間に合うとのこと。……逆に言えば、もうしばらくそのままだったら命も危なかった。
ライトは直ぐに伝令を飛ばし、今はハインハウルス本城から正式に仮の統治役が手勢を連れてこちらへ移動中。レーヨの身柄、そして今後の引継ぎをしてライト達は無事ここでの滞在を終える予定となっていた。
「ボガードさんはこれから」
「儂は死ぬまでこの街を見届ける。旦那様の回復の可能性も十分あるからな。旦那様へレーヨ……奥様を止められなかった責任も兼ねて仕えるつもりだ」
「そうですか。何かあったら言って下さい。力になれる事があると思います」
そう言ってライトは勇者チケットを一枚、ボガードに――
「止してくれ。それは儂が貰う物じゃない」
――手渡そうとするが、ボガードはそれを拒否した。
「これ以上の助力は無用だ。気持ちだけ頂いておく。――それで廃れる様なら、本当にそこまでだ」
「……わかりました。再構を祈ってます」
ボガードなりの覚悟を感じた。これ以上は言っても無駄だと思ったライトは、素直に手渡すのを諦める。――ボガードは礼儀正しくライト達に頭を下げると、その場を去って行く。治療中の「旦那様」の元へ行くのだろう。
「ふーっ、これで一件落着かな。めでたしめでたし」
パンパンパン、と手を叩いて笑顔で終わりを告げたのはミナエル。確かに事件は収束し、ライト達もハルとサラフォンを救出し、終わった様な気もするが、
「そういうわけには参りません、師匠」
ハルがスッ、と冷静な口調で、ミナエルの前に立つ。そう、わからない事がいくつかある。――主にミナエルに関してだ。
「ミナエルさん、俺もです。訊きたい事があります」
「ほむ。何かな?」
「貴女程の実力があれば、こんな事になる前にどうにか出来たんじゃないですか? ハルとサラフォンが軟禁されているのも知っていたはず。わざわざ俺達を待たなくても、二人を助けて、どうにかする事が出来たんじゃないですか?」
最初からレーヨの味方をする気が無かったのなら、もっと違うやり方があったはずなのだ。なのに何故あそこまで遠回しなやり方を。ハルを試したいという理由はわからないではないが、それにしても、である。
「買いかぶり過ぎだよー、流石に私一人じゃ無理だったって」
ひらひら、と手を挙げてお手上げのポーズをミナエルは見せた。
「では質問を変えます。――貴女は、何者なんですか?」
「へ? 自己紹介すればいいの? 名前はミナエル、旅の気功術師。ハルちゃんの師匠」
「それが本当ならば、この指輪を使った時点で俺が見えるはずなんです」
ライトはスッ、とミナエルに真実の指輪を見せる。
「真実の指輪といいます。魔力を込める事で相手の名前や職業、状態などが見れる勇者の装備です。――初めて貴女に会った時使わせて貰いましたが、ミナエル、という名前しか見えなかった」
「一生懸命隠したからね。ハルちゃんの師匠だってバレたら話がまた変わって来ちゃう」
「確かに隠蔽する事は可能です。でもその場合、旅の気功術師、という肩書は残るはず。レーヨさんの相談役、という肩書が見えても良かった。なのに貴女には何も見えなかった」
「その心は?」
「貴女が、勇者に関わる何か、もしくはそれ以上の存在だから効果が発揮されないから。――違いますか?」
「!」
ライトの仲間達はそのライトの仮説に少なからず驚きを見せたが、
「成程、そういう考えに達するかー」
ミナエルは一切の動揺を見せず、うんうん、と頷いてみせる。
「でも、その質問に対する返事もノー、かな。私は旅の気功術師。それ以上でもそれ以下でもないし、仮にそれ以上だったとしたら」
「……したら?」
「隠しておいた方がワクワクするでしょ?」
無邪気な笑顔でミナエルはそう結論付けた。裏を感じさせないその笑顔。これ以上は追及するのは無理なのだろう。
「まあでも、必要以上に気苦労をかけちゃった事は事実だから、それに関しては謝るね。それから、こんな回りくどいのはもうしないよ。ライトくんがこのまま頑張って行くなら、次会った時も私は味方だよ」
「……わかりました。信じます、その言葉」
「うん」
スッ、とミナエルが手を差し伸べてきた。ライトは促されるがまま握手を交わす。その手の温もりが、何処かミナエルの言葉の真実を裏付ける。そんな気がした。
「憧れは時に、人を盲目にして、狂わせる」
さて手を離そうか、という時に、ふっとミナエルは真面目な表情になり、語り出す。
「君は「憧れの勇者様」でしょ? 狂っちゃ駄目だし、誰かを狂わせたら、駄目だよ。君の憧れは、軽くないからね」
そして全てを見透かした様にそう告げると、また笑顔になり、今度こそ手を離した。ライトは何か返事を言おうとするが、
「それじゃ、今度こそ私は行くね。また何処かで会おうね、皆」
有無を言わさない様に、ミナエルは歩き出して――
「あ、そうそう。――元気そうで何より」
ポン。――フリージアの肩を軽く叩くと、そう告げた。……って、元気そうで何より……?
「っ!? まさか貴女っ――」
バッ、とフリージアが振り返った時、もうそこにミナエルの姿は影も形も消えていた。
「……ジア、どうした?」
「あの人の声、何処かで聞いた事ある気がする、って言ったでしょ? 思い出した。あたしが瀕死になった時、あたしを助けてくれた人の声に良く似てた」
「!」
未だにフリージアがハインハウルス魔術研究所で瀕死になった時、回復出来た根本的な理由はわかっていない。フリージア曰く、不思議な声が聞こえて、その人が力をくれたとの事。
「その声の主が、ミナエルさん……?」
「確証はないけど……でも、そんな気がする……」
「…………」
結局、本当は何者なのかはわからず。謎が残ってしまった。
「まあいいじゃん。皆無事だったんだし。勇者君の敵にならないって言ってたんだし」
「……レナ、今実は中身がミナエルさんとかになってないよな?」
「んなアホな」
表面上の言動が良く似ているからつい。
「さあ旦那様、旦那様は公務があるんだろう? 二人共無事なんだ、それの支度に入ってくれ。私達は私達で帰る支度をするさ」
と、レインフォルのそんな促し。……ああでも、なんか、でもさ。
「……提案なんだけど、皆も一緒に今回の公務、合流しないか?」
「ライトさん? 私達はでも」
「ここまで一緒に頑張ってくれたんだ、皆ライト騎士団の仲間だよ。一緒に行きたい。駄目かな?」
こうしてイシンマの街の騒動は、ライトの新たな功績と、一握りの謎を残して、幕を閉じるのであった。