第二百八十八話 演者勇者と普通が決められた街11
「剣か……槍か……」
それはまだサラフォンとハルがハインハウルス国に仕官する前。ハルは街の公園で一人、武芸の本を読み漁っていた。
幼馴染のサラフォン。ラーチ家の令嬢でありながら、魔具工具師として圧倒的な才能を持っていた。だが、それ以外の事に関しては兎に角駄目の一言に尽きた。そんなサラフォンの傍で、ハルはこの頃、特に自分が何とかしなければ、という使命感を感じていた。
元々家で幼い頃から家事をしていたハル、生活スキルは既にバッチリであり、勉強も嫌いでは無かったのでその辺りも何の問題も無かった。そして後足りない物は何か、と考え、辿り着いたのは戦闘力だった。いざ、という時に武力で守れる力も欲しい。
運動神経は良かったが、生まれは普通の農家。武芸とは無縁の家であり、その辺りの知識は無縁だった。なので、独学で何かを会得しようと思い、色々読みふけっていたのである。自分に合う武器は何か。
「女の子が、難しい顔で難しい本読んでるのねー」
その声にハッとすると、本を読む自分を笑顔で見ている一人の女性が。――いつの間に。まったく気付かなかった。本に集中していたせいか。
「……誰ですか?」
「ああ、心配しないで、怪しい人じゃないわ。通りすがりのお姉さんよ」
「そうですか」
笑顔でそう語りかけて来る女性。大した用じゃないだろうとハルは再び武芸書に目を落とすが、
「折角だから自己紹介しましょ? 私、ミナエル。貴女は?」
この場から直ぐに離れるつもりはないらしい。自己紹介された。ハルは視線を女性に戻し、
「ハルです」
自らも名を名乗った。――流されるままについ名乗ってしまった。知らない人に。
「ハルちゃん、冒険者か何かになりたいの? それとも軍に仕官したいの?」
「違います。誰かをいざという時に守る力が欲しいだけです」
それ所か初対面のミナエルに、不思議とペラペラと口を開いていた。何だろうこの人、と思いつつも何故か警戒心が沸いて来ない。
「理由が素敵! それで武芸の本を読んでたんだ。ふむふむ」
そう言うとミナエルはハルの手を取り、にぎにぎ、と軽く握る。やはり何となくされるがままのハル。
「うーん、ハルちゃんなら剣でも槍でも、確かに何でも器用に使いこなせそうだけど……ねえハルちゃん、気功術って興味ない?」
そしてミナエルは、ハルにそんな提案をしてきた。
「気功術?」
「うん。具体的には、こういうの」
と、そこでミナエルは偶然周囲に落ちていた、片手サイズの岩を発見。それを持ち上げ、軽く宙に投げると、
「ほいっ」
ドガッ!――右手で軽く殴り、粉々にしてみせた。初めて見るその光景は、ハルにとっては中々衝撃の物。まったく力を込めていない右手で軽く岩を粉砕。普通の人間が出来る技ではない。
「これが気功術。体内に流れる気をコントロールする事で、一時的に特定部位に気を集めたり高めたりして、常人を越える力を発する事が出来るの。ほら、これならいざっていう時武器が無くても、変わらない戦闘力が出せるでしょ」
「確かに……」
「ハルちゃん、きっと才能あると思うんだ。私風来坊だからいつまでこの街にいるかわからないけど、いる間、ハルちゃんが望むなら、教えてあげる」
ニコニコと屈託のない笑顔でそう提案してくるミナエル。――ハルは素朴な疑問が生まれる。
「どうして出会ったばかりの私に、そんな話を?」
「うーん、この技、あまり使いこなせる人間って居ないんだ。だから才能がありそうなハルちゃんを見てテンション上がっちゃったのが一つ。もう一つはね、ハルちゃんなら間違った使い方はしないかな、って思って」
「間違った……使い方?」
「誰かを守る為に使うんでしょ? 誰かを傷付ける為じゃなくて。その理由、好きだなあ、って思っちゃったから。――どう? まずはお試しだけでも」
その日から、ミナエルが街を離れる少しの間、ハルはミナエルから気功術を教わった。ミナエルが去った後も、ミナエルの教えを守り鍛錬を続け、いつしか珍しい「気功拳闘士」という肩書も手に入れた。
そして、月日は流れて――
「ミナエルさんが……ハルの、師匠……!?」
予想外の繋がりだった。知り合い所か師弟関係。
「えっハル、何の師匠なの? メイド? ハリセン? 国王様調教? クーデレ?」
「気功術です。そう長い間ではありませんが、師匠はラーチ家の近くに滞在していた頃があり、その時既にサラと親しくしていた私は気功術を教わりました。後ご希望でしたらレナ様を調教しても構いませんが」
「冗談ですすみません」
ハルのお仕置きが怖いレナはすぐさま謝罪。――その様子を見て、ミナエルが楽しそうに笑う。
「面白いお友達、沢山作ったんだねえ、ハルちゃん」
「ご無沙汰しております……と、悠長な挨拶をしている暇が今はありません、申し訳ありません。――師匠はどうしてここに?」
「ライトくんには話したけど、御存知私は風来坊。今はこの街でレーヨさんのお世話になってる所。……って事は、ライトくんが探してた仲間って、ハルちゃんの事か」
「サラもです。――師匠がいるなら話が早いです。何か御存知ありませんか?」
「知ってるよ? サラちゃんが捕まってる場所」
「!?」
何の迷いも無くミナエルはそう返事をする。――知ってる? 知ってるだって? サラフォンの事を知っていながら、その監禁場所を知ってるだって……?
「教えて下さい! 私とサラは、騙されてこの街に軟禁されているんです! 直ぐに脱出して、この街の現状を――」
「うーんそっか、まあそうだよね、そうなるよね」
だが少し冷静さが欠けていたか、ハルが必死に喰いつく。それに対し、何処までも緊張感が感じられないミナエル。――何だろう。この感覚、誰かに似て……
「…………」
「何か言いたげだね勇者君?」
「いや何でも」
思ってた以上に近くに居た。何処までも緊張感がない人間が。……でも、もしレナと同じような性格なんだとしたら。
「うーん、ごめんね、ハルちゃん達には教えられないなー」
根っ子の部分をさらけ出す事はなく、悟るのは難しい、という事になる。――嫌な予感がした。
「師匠! 冗談を言っている場合じゃないんです!」
「いやいや、冗談じゃなくてさ。――ライトくんには言ったよね、私はレーヨさんの相談役だ、って。簡単に裏切るわけにはいかないんだよねえ」
「っ!」
つまり、ミナエルはレーヨが過度な政治を行っているのを知った上で、協力していた、という事になる。
「ミナエルさん」
「なーに? ライトくんのお願いでも駄目かなー。他の話なら――」
「貴女、俺に言いましたよね? 「困ってる人を助けてあげよう、って思うのは変?」って。そう堂々と俺達に言ってきた貴女だからこそ言いますね。――困ってる人を騙して更に追い詰めるのは、変ですよ」
「…………」
そのライトの一言に、ミナエルから笑顔が一瞬消える。
「そっか、格好いいなあ、ライトくんは」
だがまた直ぐに笑顔になって、そんな感想を述べる。そして、
「でもね、世の中格好いいだけじゃまかり通らないでしょ? 例えばさ」
ヒュン!
「今ここで君が死んだら、何を言っても塵となって消えるだけだもん」
「!?」
既にミナエルは、ライトの後ろに立っていた。ライトの背中に手を当てた瞬間――ズバァン!
「ぐっ!?」
「ライト様!?」
「つぅ……この女!」
ライトはレナと共に吹き飛ばされていた。――いや違う。レナがライトを庇ったので一緒に吹き飛ばされたのだ(最後の暴言はレナである)。
「ったく……大丈夫、私も勇者君もそんなにダメージはないから!」
「まあ、そうだろうねえ。その護衛の子、反応良かったし咄嗟に反撃までしてくるし。私も直ぐに「消す」つもりは無かったし」
言い方を変えれば、いつでもライトなら消せる。その言葉に、ライトは気を入れ直し、レナは更に気を入れ直すが、
「……師匠、何故ですか?」
ハルがその場から動けないでいた。
「だから言ったでしょ? 今私はそういう立場なんだもん。それで? ライトくんはハルちゃんとどういう関係なの? ただの仲間? それとも――」
「大切な方です」
ズバァン!――迸る衝撃破。ライトは一瞬目を背ける。……ハルが、ミナエルに向かって攻撃を放った。
「私にとって、ライト様は大切な方です。その方に手を出されるのであれば、師匠であろうとも、私は許すわけにはいきません」
ハルがその場から動けないのは――怒りで一杯だからだった。動けないのは、一瞬だけだったのだ。
「ライト様、レナ様。――サラを、宜しくお願いします」
「ハル、それは」
「私は、この人を許すわけにはいきません。弟子として、一人の人間として。私が、決着を付けます」
ズバァァン!――ハルはライトの返事を待たずに、地を蹴った。ミナエルに掌打、勢いで壁が壊れ、二人はそのまま外へ飛び出す。
「ハル! くそっ!」
再び選択肢を迫られるライト。だがもうここには自分とレナしかいない。戦力を分散はこれ以上出来ない。――ならどうしたらいい?
「レナ」
「ん? どうする? 確かにハルに託されてはいるけど、向こうにはフリージアもいるし、あのミナエルって女未知数だし、ハルの援護の案も――」
「もしもレナがミナエルさんの立場だったら、どうされるのが一番困る?」
先程感じた様に、レナとミナエルは似ている気がした。だからライトは意見を求める。
「ふむ、そうだね……ハルに落ち着かれる事かな」
「それって」
「だって明らかにハルを挑発してたでしょ。ハルに怒って欲しかった。ハルと戦いたかった」
「…………」
ハルと戦いたかった。――何の為に?
あの場でハルが冷静なままだったら、そのままサラフォンの救出へ向かう。ミナエルを説得し、共に向かう。ハルをもし罠に嵌めたいなら、その方が都合がいいだろう。だが彼女は、今この場での戦闘を望んだ。
ミナエルはハルの師匠。ハルの性格は知っているだろう。一人で戦う事を選ぶ事も、予測しているとしたら。
「……まさか……いやでも」
最初に会った時の真実の指輪の意味。もしも、そこまでも可能なのだとしたら。
「レナ、あくまで俺の予想なんだけど」
ライトは自分の仮設を手短にレナに話す。
「ふむ。――筋は通ってる。百パーセントじゃないけど」
「もうでも賭けるしかない。俺達が行くのは」
「親玉の所ってね。――了解。行こう」
覚悟を決めた二人は、親玉――レーヨの所へと向かうのであった。