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第二百八十七話 演者勇者と普通が決められた街10

「大丈夫! 必ず、必ず助かりますから!」

 負傷した女を背負い、更に励ましの言葉をかけながらロガンがイシンマの街を走る。イルラナスは共に走りながら可能な限り治癒魔法を使う。

 宿を出て街に出て、ボガードを探す。――兎に角、落ち着いた場所で治療をしないと治る物も治らない。体力が少ないイルラナスでは、走りながらでは満足な治癒魔法も使えない。その結果、こうして街まで足を運んでいるのだが、

「どなたか! ボガードさんという方をご存知ありませんか! ううん、ボガードさんじゃなくてもいい、彼女を休ませて治療する場所を提供して下さい!」

 その姿は、イシンマの町人からしたら「イレギュラー」。関わったら普通ではなくなる。だから、見えない振りをしなくてはならない。――イルラナスの言葉が、街を通り抜けても、誰の耳にも留まらない。

「イルラナス様、無駄です。彼らは、きっと聞かないです」

「っ……どうして、目の前に苦しんでる人がいるのに……自分さえ良ければ、それでいいの……!?」

 レーヨによって完全に支配されているこの街には、イルラナスの正義も優しさも届かない。普段ならば気遣ってあげたいロガンだが、今はそれ所でもない。

「行きましょう、イルラナス様。これ以上遅れると――」

「イシンマの人々よ、よく聞きなさい!」

 そしてロガンがイルラナスを促そうとした直後、何処までも突き抜けるような力強い声が響き渡った。――イルラナスだ。先程までとは、まるで別人の様な力強い目をしていた。

「貴方達は操り人形じゃない、一人の個性ある存在! 自分の意思を、しっかりと持ちなさい! 自分の歩く道は、自分で決める、それが当たり前でしょう! 今が辛いなら、見過ごすのが辛いなら、勇気を持って立ち上がりなさい! 私は――私達は、この街の惨状を、許すつもりは到底無い!」

「……イルラナス様」

 圧倒的覇気を出して、イルラナスが叫ぶ。困難があろうとも人間と手を取り合って生きていく事を決めた様に、戦って欲しかった。その手助けをしたかった。諦めないで欲しかった。その想いが、生まれつきの王女としてのオーラとなり、響き渡る。

 先程まで見て見ぬ振りをしていた町人達が、流石にイルラナスを見る。その圧倒的オーラに、視線を外せない。

「……ボガードの爺さんなら、この裏路地を行けば多分会えるよ」

 そしてついに、そんな一言が聞こえてきた。

「ありがとう! ロガン、行きましょう」

「はい!」

 ロガンとイルラナスが、促された裏路地へと駆けていく。その姿を見送る「だけ」の町人達。そして、

「――ここまでかな。この街も、あの女も」

 そう呟く一人の男が居た事には、誰も気付かないのであった。

 


 目を閉じていても、荒い息遣いが聞こえる。――自分をベッドに押し倒して、馬乗りになっているダイホウの息遣い。その息遣いが近付く。その手が近付く。

 これからされるであろう行為を前に、一秒でも早く終わる事を願う事しか出来ない。ハルは、悔しさを表情を出さない様にするので精一杯だった。――ガチャガチャ。

「…………」

 そのドアノブの音に、一瞬ダイホウの手が止まるが、今はそんな事どうでもいいと言わんばかりに再びダイホウの手は動き始め――ガチャガチャガチャ!

「チッ! 五月蠅い、誰だよ! ここを、俺を誰だと思ってんだ!」

 バァン!――流石に集中出来ないと、苛立ちを募らせながらダイホウはドアを開けた。早く続きに戻りたい。その焦りが、些細な確認を彼に怠らせ、ドアを素直に開けさせた。

「こんにちはー」

 ドアの先にいたのは、淡い赤髪が特徴的な若い女騎士だった。笑顔で挨拶をしてくる。誰だ、何しにここへ、と訊く前に、女騎士は軽く背伸びして、部屋の奥を確認する。

「はい、現場確認、最悪一歩手前。――勇者君、ゴー」

 そして女騎士――レナは、軽くステップを踏み、後ろへ後退。直後、横からライトが勢いよく姿を現し、

「がはぁ!」

 バキッ!――勢いのまま右手ストレートをダイホウの顔面にクリーンヒットさせる。ダイホウは転がりながら部屋へ強制的に再び入る形となる。

「ライト様……レナ様……!」

 ハルがベッドから起き上がり、驚きの表情を浮かべる。

「無事で良かった、ハル。――無事、だよな?」

 ライトとレナはそのまま一度部屋の中へ。

「はい邪魔、どいてどいて」

 レナが邪魔だったのかダイホウを足蹴にしたのは余談で、

「あ、違う、逃げられたら困るんだ。こっちねこっち」

「お、お前等……こんな真似を……!」

「殴られただけで良かったじゃん。私なら、ハルに対して持った欲望の権化、この場で切り落として再起不能にしてもいい位だけど」

「!?」

 そんな会話といつもの威圧を織り交ぜながら更に把握し易い位置に足蹴にしたのも余談である。

「はい、大丈夫です。まだ何もされておりません。ありがとうございます。でも、どうやってここへ」

「再確認して決めたんだ。全員無事で、ちゃんと助けたいって」



「……ねえ、ライト」

 宿の部屋を出て、作戦――まずは全力でサラフォンの救出へ――を決め、いざ、という時。フリージアが口を開く。

「? ジア、どうした? 何か気付いたのか?」

「一度同意しておいてあれなんだけど、本当にこれでいいの?」

「え?」

「あたしが知ってるライトは、こういう時――不確定要素が多い時、もっと確実に全員を助ける方法を選びたがる。ハルさんが無事なのは、推測の域を出ない。もしかしたら……の、可能性も十分にある」

「…………」

 わかっている。だが躊躇している時間は無い、考え直していたら本当に誰も救えない。だから――

「頼ってって、言った」

「!」

 そして見透かされたライトの心の隙間に、フリージアが優しく入り込む。

「ライトが皆の為に強くなれる様に、あたしもライトの為に強くなれる。――我儘言って。その我儘、あたしは叶えてみせるから」

「ジア……」

 そのフリージアの言葉で、改めてライトの決意が固まった。――ありがとう、ジア。お前が幼馴染で、近くに居てくれて、再会出来て、本当に良かった。

「――俺とレナは、ハルを探して助けに行く。ジア、サラフォンの方、頼めるか?」

「任せて」

「レナもごめん、それでいいか?」

「流石にここで駄目って言える程空気が読めない女じゃないよ私。――確かに私は現実案を推すけど、まあでも勇者君が頑張るなら、その勇者君を守るのが私の仕事だから。私だって流石にハルもサラフォンも両方心配だしさ」

 結論は出た。――やるしかない。

「んじゃ改めてちょっとひと暴れしようか。何か知ってそうな奴が出てきたら最優先でとっ捕まえて。抵抗したら正当攻撃で」

「初めて聞いたぞその正当攻撃って言葉。というか自分で言っておいてあれだけど、本当に出てくるかな、知ってる人」

「出てくるね。領主がレーヨに代わって数か月。そんな簡単に統率が取れる軍勢が出来上がるわけがない。緊急事態になれば穴は開くよ。そこを突く」

「レナさん程じゃないけど、あたしもここの人を見れば何となく知ってそうかどうかはわかる気がするから。何にせよ急ごう」

「よし。――二人共、ありがとう。頑張ろう!」



「――というわけで、サラフォンの救出にはジアが行ってる。ジアの強さと頭の良さは俺が保証する、必ずいい結果に動かしてくれる」

「わかりました。――私達も直ぐに行きましょう。私はある程度の場所しか掴んでいませんが、その様子ですと」

「俺達もある程度まで、かな。でも数日居てくれたハルの存在は大きい。――きっと見つけられる、助けられる。行こう!」

「はい」

 こうして無事にハルを救出したライトは、直ぐにサラフォンの救出に――

「ちょっと待った」

「レナ?」

 ――行こうとした所で、レナに止められる。

「ハル。少し、少し位なら、大丈夫だよ、うん」

 そしてそう言って、レナはハルの背中をポン、と軽く押した。すると直後、

「え……ハル!?」

 ハルの目から、大粒の涙が零れ始めた。ライトが戸惑っていると、

「ほれ」

 今度はレナがポン、とライトの背中を軽く押した。ハルとの距離が近付く。直後、ハルがライトに抱き着いて――泣き始めた。

「ありがとうございます……! 助けに来てくれて……本当に……!」

「……ハル」

 そこで遅ればせながらライトも気付く。――不安、だったのだ。しかも色々と失ってしまいそうな現状。当たり前の話だった。

「すみません……信じて、待っていたんです……! でも、でもっ……!」

「うん。もう大丈夫。――遅くなって、ごめん」

 静かに泣くハルを、ライトはあやす様に抱き締めた。そのまま少しだけ、静かな時間が流れたが、

「――お恥ずかしい所をお見せしました。もう大丈夫です、ありがとうございます」

 スッ、と離れたハル。その顔は、いつもの冷静なハルに戻っていた。――自分だけが泣いている場合じゃない。その目が語っていた。

「よし、行こう。――ハルが一緒なら、絶対に大丈夫。だから必ずサラフォンを助けて、皆で戻ろう」

「はい」

「あ、待ってハル。これどうする? 一応ここまでは私やったけど」

 ハッとして見れば、縄で縛られ、おでこに「私は使用人に手を出そうとした変態です」と書かれた紙を貼られたダイホウが。ライトがハルをあやしている間にレナが暇で(!)やったらしい。

「…………」

 ハルは数秒間、ゴミを見る目でダイホウを見ながら考えると、

「ちょ、待っ……ごふぉあああああ!」

 ドガッ。――ダイホウの股間を蹴り飛ばした。気功が練ってあったかどうかはわからないが、どちらにしろ言葉では表現出来ない痛みが走った事は、同性のライトには良く分かった。自業自得ではあるので同情は出来なかったが。……ダイホウは悶えた後気絶した。

「ちぇっ、ハルがやらなかったら私がやろうと思ったのになー。ねえ勇者君、実際あれどん位痛いの? 今度ちょっと位どこか触らせてあげるから試させて」

「絶対に嫌だ!」

 ちょっと触れる位じゃ割に合わない。――なんてのはどうでも良くて。

「お待たせ致しました。――急ぎましょう」

 これでこの部屋には用は無い。三人で部屋を出て、小走りで移動を開始すると、

「どうもどうもー、色々騒がしくなってるんだね」

 何処からともなくそんな緊張感の無い声でライト達の前に立ち塞がったのは、

「ミナエルさん……?」

 ある意味謎の存在であるミナエルだった。騒ぎを聞きつけてやって来た。彼女はレーヨの客という立ち位置、という事は、ライト達にとっても敵――

「!? 師匠……!?」

「やー、久々だね、ハルちゃん」

 ――と思った所で、ハルの口から予想外の言葉が飛び出したのであった。

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