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第二百八十六話 演者勇者と普通が決められた街9

「スティーリィちゃん……ごめんね……ごめんねっ……ボクの、ボクのせいで……!」

 涙が止まらない。サラフォンは、ただただ泣く事しか出来なかった。

 確かに先程まで、助けに来て欲しいと思っていた。ライト達なら気付いてさえくれれば何とかなる。そう信じていた。だが現実は目の前の倒れたスティーリィ。

 スティーリィが勿論単独でこの街に来るわけがなく、助けに来てくれたのだろう。その結果、こうなってしまった。今はその責任でサラフォンは一杯になる。でもどうする事も出来ない。

「皆……もういいよ……逃げて……ボクの事はいいから……逃げて……!」

 サラフォンの願いは、被害を最小限に留める事に変わっていた。もう二度と会えない仲間達が、せめて少しでも無事でいられる様にと。止まらない涙と共に、その願いを込めた。

 だが、その願いは「届かない」。何故なら、

「あ、先生発見」

 そもそも彼らは、まだ負けてなどいなかったからだった。むくり、とスティーリィは体を起こすと、

「んー……寝たふりしてたら本当に寝ちゃった」

 ふぁーあ、とあくびをして体を伸ばした。

「スティーリィ……ちゃん……?」

「先生、迎えに来た。一緒に帰ろ」

「無事……無事なんだ……良かった、良かったっ……! スティーリィちゃん!」

「わっと」

 ガバッ、とサラフォンはスティーリィに抱き着く。

「えーっと……よしよし」

 慣れていないのでどうしていいかわからないスティーリィは、何となくサラフォンの頭を撫でてあやす。だがその無意識の行動が、サラフォンの心を落ち着けていく。――希望が、生まれる。

「スティーリィちゃん、どうやってここに来れたの?」

 気持ちが落ち着いたサラフォン。いつまでも感動の再会をしている場合じゃないのはわかっている。事情を尋ねる。

「馬車で」

「この隠し部屋に馬車で!? 最先端!」

 天然が二人いると話が進まない良い例である。――二人でもう少し落ち着いて、状況を何とか整理する。

「先にハルを見つけて、戦闘になった」

「ハルと……?」

「そう。その時に言われた」


『負けたフリをして下さい。上手く私がサラの所に運ばれる様に手配させます』


「一応私、本気出せばハルにも負けないし、あの場でハルを無理矢理連れてく事も出来たけど、頭はハルの方がいいのはわかってたから、ハルの言う事を聞く事にした。結果として先生に会えた。流石ハル」

「そっか……って事は」

「動いてなければ、大体のハルの場所もわかる。――ライトが来てる。合流して迎えに行こう」

「うん!……でも、ここからどうやって出ようか」

 実際二人共、気を失った状態で連れて来られたのでここが何処だかわからない。強引にドアを破壊してもいいが、ライト達と距離があった場合合流に手間取る事になる。サラフォンは武器を当然持っていない。発見されずに時間は稼ぎたい。

「アルファスが事情を知って、出発前に仕込んでくれた」

 そう言うと、スティーリィは外す事の出来ない右腕の籠手をカチャカチャ、と弄る。すると中から数本の工具が出て来た。

「これだけあれば、先生ならいける」

 それは普通の工具。特別な仕様でもない、普通の工具。――でも今この瞬間、サラフォンにとっては強力な武器となる。

「任せて。――直ぐに出れるよ、この部屋から」

 工具を受け取り、ドアに向かうサラフォン。その背中が、スティーリィの目にとてもたくましく映ったのだった。



「イルラナス! 大丈夫か!?」

 宿で各々の部屋で休んでいたら、ロガンによって急ぎ起こされ、イルラナスの部屋へ来て欲しいと言われ、ライトはレナと部屋を出て、更にフリージアと合流し、イルラナスとレインフォルが居る部屋へ。部屋へ入るとレインフォルの姿は無く、イルラナスがベッドに横たわる女性に治癒魔法を使っている所であった。

「? その人は……」

「団長さん、僕が説明します」

 そこでロガンから手短に説明が入る。ドゥルペが水を貰いに行った先での出来事。つまり――戦闘が開始されてしまった事。レインフォルが居ないのは、ドゥルペの援護に出ているせい。

「それでこの人を……」

「ですが、時間がありません。いつまでもこの部屋でこの宿で自由に出来るとは思えない」

 そうなのだ。他人事ではない。当然ライト達にも刺客が来るであろう。――何より厄介なのは、今回の任務は刺客を倒せば終わりなわけではないという事。

 時間が無い。準備をする時間も、考える時間も。――俺は、俺達はどうすればいい?

「ライト」

 ギュッ。――フリージアが不意にライトの手を握った。その意味に直ぐにライトは気付く。――仲間がいる。優秀な仲間達がいる。信じて、託せばいい。信じていいはずだ。

「ロガン、イルラナス。二人はその人を連れて、ボガードさんを探して頼ってくれ。ボガードさんにその人を任せて、レインフォルとドゥルペと合流して更に俺達と合流がベストだけど……無理なら、四人で街から脱出して欲しい」

 冷静さを取り戻したライトが、直ぐに指示を出す。

「わかったわ。――でもライトさん、私達は必ず戻って合流するわ。貴方達を置いて逃げたりはしない」

「その通りです。――行きましょう、イルラナス様! 団長さん、皆さん、後程!」

 ロガンが女性を抱き抱え、イルラナスが治癒魔法をかけつつも、二人は部屋を後にする。――本当に、無理なら逃げて欲しい。巻き込んだのは俺なんだ。こんな所で駄目にさせるわけにはいかないんだ。

「俺達はハルとサラフォンの居場所を突き止める。強引な手段も仕方ない、二人を保護出来ればこっちのものだ」

「ただまあ、その居場所が手掛かりすらないのが問題なんだけどねー。どうしよっか」

「少し目立とう。知っていそうな人間に来て貰う」

 三人は部屋を出て、移動しながらライトが説明を続ける。

「まず、サラフォンとハルは同じ場所には居ないと思う。あの二人の性格を知っていようがいまいが、二人で居るより一人で居る方が精神的に不安になるし、不安になれば心の隙間に付け込まれ易くなる」

「ここの領主サマの狙いはラーチ家の権力だもんね、サラフォンを処分するわけがないからまあそういう手になるか」

「そうなると、ハルさんが何処かで監禁されていて、それを脅しにサラフォンさんが別の場所で――」

「普通ならそうだと思う。でもきっと今回は逆だ。――ハルが、必ず機転を利かせてる」

 あのハルが、いつでも冷静なハルが、追い込まれてただパニックになったりするとは思えない。ならば。

「サラフォンに一ミリも危害を加えさせない為には、嘘、演技、全てを利用して自分がレーヨさん側につく形を取るのがベストだ。勿論直ぐには信用されないだろうが、でもサラフォンを「手玉に取れる」のはハルだけだ。その話術知識を生かせば、向こうも騙される可能性は高い」

「つまり、ハルは案外フリーな感じで敷地内の何処かにいる」

「そして、その状態でサラフォンを助けた事を俺達が何とか知らせれば、向こうからこっちに来る事が出来る可能性もある。……勿論仮説に過ぎない。でも」

「あたし達は、その仮説に賭ける以外の方法が現状無い。――やるしかない」

 フリージアのその結論に、ライトは頷く。――そう、やるしかないのだ。

「そこで最初に戻る。少し目立とう、丁度良さそうな場所で」

「成程、監禁場所を知っている人間は流石にあの領主サマだけじゃない。世話する人間監視する人間管理する人間。多くはないけど少なくもない。おびき寄せてアタックなわけだ」

「そこで洗いざらい話して貰う。その人が知らなくても、知っている人間が誰かを喋ってくれるだけでいい。あたしとレナさんなら、多少人数多くても相手に出来る」

「うん、頼む。――俺達の目標は、まずはサラフォンの救出だ!」

 こうしてライト達は意思を確認し、駆け足で宿を後にするのだった。



「外が何だか騒がしいな。何かあったのか?」

「私は何も存じ上げませんが。確認して参りましょうか?」

「いやいい」

 ライト達が動き始めた事で、少しずつ騒ぎになりつつあったイシンマの街。領主レーヨの息子・ダイホウと、彼の「専属使用人」ハルもそれは感じ取っていた。――が、この街でそういった騒ぎが起きて鎮圧されるのは表沙汰にはならないが時折ある事であり、ダイホウは深くは気にしない。そしてダイホウが気にしない以上、ハルも動かず、今の自分の仕事である、ダイホウの部屋の掃除をしていた。掃除をするからダイホウには退出を願ったが、気にしないでいいと言われそのまま掃除を開始。

「…………」

 ダイホウは自分のベッドに腰掛けながら、掃除をするハルの後ろ姿を眺めた。

 領主の息子という立場、この街の中ならば欲しい物は手に入るし、自由に出来た。でも、今までこの街では手に入らなかった逸材が目と鼻の先にいる。――モノにしたい。ラーチ家の令嬢もいいが、それよりもこの女の方が良い。

 ベッドから立ち上がり、ゆっくりと後ろから近付く。その肩に手を伸ばして――

「お戯れはお控え願えますか」

「!」

 ――触れようとした瞬間、その言葉。ダイホウの手が止まる。ハルは背中を見せたまま掃除をしている。こちらを見ていないのに、その気配だけでダイホウが何をしようとしたか気付いた。

「私はあくまでレーヨ様との契約の結果、こうして貴方のお世話をしているだけです。「それ以上」の事をするつもりはありません」

 キッパリとそう言われ、伸ばした手の行き先を無くす。――同時に心の中で燃え上がる欲望。

 欲しい。何としても、自分のモノにしたい。――今すぐに。

「ハル、お前はわかってないぞ」

「何がでしょうか」

「母さんは、あのラーチ家の令嬢を、俺と結婚させる事で、確実にラーチ家の財力を手に入れようとしている。つまり、俺が嫌だと言えば、あのラーチ家の令嬢の身の保証が出来ない。それはお前が困るんだろう?」

「わかっておられない様ですね。――そんな反抗をして、レーヨ様がお許しになるとお思いですか? そして私抜きで彼女を動かすのは難しい。現状で、これ以上の事をするのは、貴方様にとってデメリットしかございません」

「それは――これを見ても、言える話か?」

 そう言われ、ハルは振り返ると、ダイホウの手には小瓶。中には白い液体が。

「毒だ。いざとなったら使っていいと、母さんに渡されてる。母さんも、お前を完全に信じてるわけじゃないんだ」

「それは契約違反です。その話が本当かどうか、レーヨ様に確認を取らせて頂きます」

「なら俺はその間にこれをラーチ家の令嬢に飲ませるだけだ」

「…………」

 嘘。ハッタリ。リバール程じゃないが、見抜く自信はあった。でも――断言も出来ない。もしも、もしも本当にあれが毒ならば。自分が席を外している間に、サラフォンにあれが行ってしまったら。そう思ってしまうと、体が止まってしまう。

「何、俺の言う事を聞いていれば、お前も美味しい思いが出来る。――もう一度言うぞ。俺のモノになれ」

 ダイホウはそのままハルを無理矢理抱き上げ、自分のベッドに放り投げるように押し倒すと、自らも馬乗りになった。ハルの襟元を両手で掴むと、

「っ……!」

 半ば強引に、上着を前開きにする。露わになる、素肌、下着、整った綺麗な体。

(サラ……)

 ハルは本能的に目を閉じ、唇を強く結んだ。――耐えなくてはいけない。耐えきれば、いつか必ず助けが来る。その希望は捨てていない。自分は汚されても、死ぬわけじゃない。親友の為に、親友が助かるのならば、自分は。

 ダイホウの両手が、ハルの体へと伸びる。そして――

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