第二百八十四話 演者勇者と普通が決められた街7
「まさかのドレスコードとはね……こんな理由で着たくはなかったよ私」
「こんな理由じゃなくても基本着たがらないだろレナは」
「……時折君はそうやって反論出来ない事をサラッと言うよね」
初めてのドレスコードの時も相当嫌がってたじゃないか。そういえばあの時はまだサラフォンが加入前で、あれが切欠でサラフォンは騎士団に入ってくれた。――無事でいてくれよ、二人共。
さてライト達は夕食時を迎え、ホテル備え付けのレストランへと招待されているのだが、何とドレスコード必須だと言う。当然そんな物は所持して来ていなかったがレンタルがあるので借り、全員着て足を運んで来た。
「この……変な感触は……違和感しか無い……!」
「我慢なさいレインフォル。似合ってるのだから、堂々としてればいいの」
ちなみにドレスに一番嫌気を出しているのはレナよりもレインフォルだったりする。着慣れていたイルラナスに手伝って貰ったが動きが何処かぎこちない。
「そうッスよー、レインフォル様凄い綺麗ッス。自分部下で鼻が高いッス」
「お前が……堂々としてるのが腹が立つ……! 何でそんなに普通に着てるんだ……!」
一番天然ギャグに走ってしまいそうなドゥルペが着こなしていたのは余談である。
席に案内され、コース料理が始まった。――変な味はしない。普通に美味しい。
「ねえライト、ライトってもう高級料理とか食べ慣れた?」
と、食べ始めて少ししてフリージアがそんな事を尋ねてくる。
「いや全然だよ、少しは口にした事あるけど違い云々はわかんない。――どうした?」
「あたしも別に食べ慣れてないから、どの位なのかがわからなくて、この料理が。美味しい事は美味しいんだけど」
「ふむ」
演者なので別に食べ慣れていないライト、高級食に興味が無さそうなレナ、性格からしてこちらもあまり手を出して無さそうなフリージア、元々のお国柄、食糧難だった元魔王軍チーム。詳しい人間が――
「レインフォル様、駄目ッスよ。スープのすくい方もあるんス。そしてこう、音を立てないで――」
「ぐ……何なんだお前は……お前を……お前を、スープの出汁にして煮込んでやりたい……!」
…………。
「……ドゥルペって、貴族か何かか?」
「へ? 違うッスよ。団長さんの所に来て余裕出来たので、前々から興味があった人間界の料理とか歴史とか勉強しただけッス。それでマナーも知ったッスよ」
謎の逸材過ぎる。
「良い食材とか使ってると思うッスよ。ただまあ、作り方が基本に忠実で、オリジナリティは無いッスね。国王様とかエカテリス様とかは自分なんかより厳しい評価、出すんじゃないッスかね」
「言い換えれば、料理すら普通、か……」
こんな所にまで謎の拘り。一体何がこの街を――彼女を、そうさせているのか。
「いかがですか、料理のお味は」
と、そこで姿を見せたのは、その「彼女」であった。
「美味しいですよ、凄く。舌は肥えてないので、細かい違いはわかりませんが」
「まあご謙遜を」
実際細かい違いがわかってるのがドゥルペだけなので謙遜でも何でもないのだが。
「――この街は、不思議な街ですね」
「と……仰いますと?」
「何て言いますか、平等性が強いというか、ここまでそういうのが感じられる街は初めてだったもので」
ライトは言い方を工夫して、レーヨに探りを入れてみることに。
「そう言って貰えると嬉しいですね。私が目指す街は、皆が平等に、安心出来る街なので」
一方のレーヨは、ライトの評価に嬉しそうに笑った。――今の言葉が、素直な誉め言葉として受け取って貰えるのか。
「何故この様な街を目指して?」
「……知っているんです。上に立った者の失敗例を」
だがその笑顔も、そのライトの質問でフッと消える。何処か遠い目をして、レーヨは口を開く。
「その人の事、元々は私も尊敬していました。でもある日、その人は自分の才能に溺れ、道を見失い、全てを失ったんです。――ショックでした。その事実にも、その人を尊敬していた自分にも。だから決めたんです。私は同じ過ちを繰り返さない。繰り返さない為にはどうしたらいいのか、誰もが過ちを犯さない場所とはどういう場所なのか」
「それが、この街?」
「勿論、まだまだこれからではありますけれど。安定させて維持させて。長い道です」
表情は穏やかだが、でもその目が語っている。決意は固いと。――政策の中身は兎も角、彼女は本当にそれが街の為だと信じてやっている。それが何となくだがわかった。
「私も、上に立った者の失敗例を知っています」
そこで口を開いたのはイルラナスだった。――イルラナスの知る、「失敗例」。
「その人は、自分の考えを信じ、それが全てであるとし、下々の者を「ちゃんと」見ようとしていませんでした。いいえ、下々の者だけではありません。自分の考えにそぐわない者は、どれだけ近くにいても、排除に迷いは無かった。一時はそれで良かった。それで圧倒的な力があった。でもそれは、本当に一時だけでした。今はもう、衰退の道を突き進み、その原因に未だ気付く事もない」
「…………」
「貴女は……近くにいてくれている人の意見を、真摯に受け止められていますか? 拒む事無く、沢山の人の想いを、受け入れられていますか?」
そのイルラナスの問い掛けに、数秒、わずか数秒、沈黙が生まれる。――近くにいる人の、意見。
『奥様。考え直して下さい。奥様のやり方では、この街は、この街の人々は、栄えません。――何故旦那様が街の人から慕われていたのか。それをもう一度、よくお考えになって下さい』
「ええ、勿論。皆が安心して暮らせる街にするのが、私の使命ですから」
が、再び笑顔で、レーヨはそう答えた。
「そうですか。素敵な街になる様に、陰ながら応援していますね」
その笑顔に、イルラナスも笑顔で応える。言葉の裏がまったく見えない。王女は伊達ではないという事か。
「皆さん、宜しければこの街にお住みになりませんか?」
と、間髪入れずレーヨはそんな誘いを持ち掛けて来た。
「見た所、腕に覚えのある方達でしょう? 貴方達の様な実力者にもぜひこの街に住んで欲しいと思っていたんです。勿論、実力相応の暮らしや見返りはお約束します」
「お誘いと評価は嬉しいですが、あくまで俺達の今の目的は人探し、行方不明の仲間の捜索です。まずはそれに専念しないと」
「ああ、そうでしたね。――では、それが終わったらもう一度考えてみて下さい。それでは」
レーヨは笑顔で軽く頭を下げると、その場を後にした。
「――野心家だねえ」
姿が見えなくなってのレナの第一声がそれだった。
「私達の事情を知ったうえで、私達を引き込もうとしてる。この優遇もその一つだったんだろうね。この街を自分の理想に更に一歩近付けるには、更なる「力」が必要だと知ってる」
「それに自信家。仮にあの人がハルさんとサラフォンさんを「ラーチ家」という力欲しさに連れ去ったとして、その上であたし達を勧誘してる。どうにか出来る自信があるのよ。ライトの部屋を監視しようとしてたのがいい例。……何があったらこの街、あの考えに辿り着くのかしら」
「僕は尊敬していた人、というのが気になりますね。普通で考えたら前領主、旦那さんなんでしょうけど、もっと奥深い何かがありそうな気がします」
各々がレーヨに関しての考察を語る。
「…………」
「旦那様? どうした?」
が、ライトはそこで素朴な疑問に辿り着いてしまった。レインフォルが気付き尋ねると、ハッとした様子で全員を見る。
「本当に、あの人一人でやったのかな」
「……どういう意味だ?」
「あの人が領主になって、半年。あの人の思い通りに行き過ぎてる気がする」
これだけ圧倒的な街作り。もっと時間がかかりそうな気がしたのだ。……つまり、
「裏に、大きな協力者がいる。ライトさんはそう言いたいのね?」
「うん。――皆聞いてくれ。多分、思ってる以上にこの街は危険なのかもしれない。俺達はハルとサラフォンを救出して、直ぐに脱出しよう。それだけなら、皆の実力ならなら出来るはずだ」
「なら、明日からちょっと強引に行こっか。――ほら言ったじゃん、とりあえずぶっ飛ばせばどうにかなるって」
「ぶっ飛ばしてどうにかしようなんて俺言った!?」
決意を新たに夕食を平らげ、その夜は更けていくのであった。
「さて、明日も早い……というよりも、団長さんは明日にも決着をつけるつもりだから、今日はもう寝て休もう」
夕食後、個々の部屋に戻った後。こちら、ロガンとドゥルペの部屋。
「そうッスね。……あ、でもちょっとだけ水が飲みたいッスね。貰ってくるッス。ロガンもいるッスか?」
「いる……けど、大丈夫かい? 僕が行こうか?」
「大丈夫ッスよー、子供じゃないんだから迷子になったり物に釣られて帰って来なかったりしないッスから」
ははは、と笑いながらドゥルペが部屋を出る。――ドゥルペが自分で挙げた例がどっちも怖いとは言えなくなるロガンだった。
一方のドゥルペ。階段を降り、厨房と思われる場所をヒョイと覗くと、二名程まだ何か作業をしていた。
「あのー、すみませんッス」
「え!? あ、は、はい、何でしょう?」
「何か飲み物……水でいいんスけど、貰えないッスか。自分の分と、仲間の分と二人分出来れば」
応対してくれたのは若い女だった。上司だろうか、奥にいる男に視線を送り、許可を求める。上司の男が頷いた。
「し、少々お待ち下さい」
少し待つと、女が水の入ったガラスのボトルと、コップを二つ持ってきた。ボトルの中には薄いレモン色の水が――
「? 普通の水で良かったんスけど、何スかこれ?」
「あ、あの、それは」
「特別なブレンド水です。健康にいいと評判で。寝る前に飲むとよく眠れますよ。味も少し爽やかな味がします」
言い淀んだ女の代わりに、上司の男が説明してくれた。
「へー、凄いッスね、そんなのあるんスか! わざわざありがとうございますッス!」
「ど、どうぞ」
そう言って手渡してくる女の、
「? 大丈夫ッスか? 調子でも悪いんスか?」
手が震えていた。コップ同士が震えのせいでぶつかり、カンカンと音が鳴る。
「い、いえ、大丈夫です」
「無理は良くないッスよ。お仕事大変なんスか? ちょっとでも変だな、と思ったら休んだ方がいいッス。体は大事ッスよ。折角美味しいお料理作れるんだから尚更ッス」
「え?」
「お姉さんから夕飯で食べたスープの匂いが他の人よりも強く感じるッス。あのスープはお姉さんが作ったんスよね? 丁寧に作られてるのが良くわかったッス。料理には人柄も出るッス、お姉さんはきっと優しい人ッス」
「!」
その指摘に女が驚く。竜人であるドゥルペ、嗅覚は人間よりも優れていた。結果、その事実を突き止めたのだ。
「私が……優しい……」
「あ、いつまでもお姉さんに持たせておいて申し訳ないッス。ありがたく頂くッス」
ドゥルペはそのまま、女からボトルとコップをヒョイ、と受け取る。
「あ……あの!」
「? 何スか? あっ、もしかしてこのお水もお姉さんのオリジナルッスか? じゃあちょっと今一杯飲んで感想を言うッス!」
とくとくとく、とコップに薄いレモン色の水が注がれる。ドゥルペはそれを口に――
「あ……あ、あの……その……!」
「頂きますッス!」
「! 駄目ーっ!」
女が止めた時には遅かった。ドゥルペはコップの水を綺麗に飲み干していた。
「? あ……あれ……? な、何だか……目の前がぐるぐる……」
直後、ドゥルペはふらつき始め、
「……きゅう」
ドサッ。――その場で倒れてしまったのだった。