第二百八十一話 演者勇者と普通が決められた街4
突然の事態に、まるで時が止まった様な感覚を受けた。
「普通」が溢れた街で、広がる「普通」ではない光景。傷だらけで倒れた男、突然誰も居なくなった街並。ライト達も、その光景に動けないまま――
「っ!」
――いるわけにはいかない。そう最初に気付いたのは紙一重でライトだった。
「イルラナス、ジア、二人であの人の治療を! ロガン、イルラナスのサポートを! レインフォルはあの人から何かアクシデントが起きたらイルラナス達を守ってくれ! スティーリィ、ドゥルペ、レナはこのまま周囲を警戒!」
そのライトの指示に、全員が綺麗に従う。不幸中の幸い、倒れた男自身が罠とか危険な要素は無く、イルラナス達は順調に魔法による治療を開始。
「勇者君、リバール程正確じゃないけど、とりあえず周囲に怪しい気配は無いよ。というか気配自体が全然無い」
「そう……か」
見える範囲だけでなく、見えない箇所でも皆、建物の中に入ってしまったという事なのだろう。
「その人の様子はどう?」
「間に合いそうです。イルラナス様は勿論ですが、フリージアさんの腕も相当ですね。団長さんの人脈には驚かされます」
サポートに入っていたロガンが、安堵の表情を見せる。このまま後は安静にすれば……という感じか、と思った矢先。
「止まってくれ旦那様。レナ、旦那様を頼む。ドゥルペ、こちらに集中してくれ」
「はいよー」
「了解ッス」
レインフォルがそう指示を出した。レナがライトを庇いながら数歩後退、ドゥルペがレインフォルの代わりにイルラナス達の近くに。そしてレインフォルは単独、数歩前に出る。――視線の先には、
「え……?」
一人の老人――老人とは言っても、足腰もしっかりして、力強い足取りだった――が、こちらに向かって来ていた。
「止まれ。何者だ」
レインフォルが剣こそ抜かないが、警戒のオーラを出してそう問いかける。
「安心しろ。お前達に何かをしに来たわけじゃない。そいつを匿いに来ただけだ」
そう老人は告げると、レインフォルの横を通り抜け――レインフォルも大丈夫だと判断したのだろう――治療を施された男の所へ。
「何処の誰だか知らないが、いい腕だ」
そしてイルラナス達の治療の腕を褒めると、男を肩から担ぎ上げ、
「今日見た事は忘れろ。そして一秒でも早くこの街を去れ。――こいつの様に助かる保証も無いぞ」
「!」
そうライト達に警告すると、そのままその場を去ろうとする。
「待って下さい! この街、何が起きてるんですか!? 貴方は――」
「物分かりの悪い奴だな。知らない方が身の為だ、と言ってる。これだけいい腕をしている仲間を抱えてるんだ、大事にしろ」
逆に言えば、この老人はこの街で何が起きているかを知っている。それでいて、ライト達に関わるなと言ってきた。ライト達の身を案じて――少なくとも、悪い人間ではないのだ。
「俺達、仲間を探しに来たんです! この街で、消息を絶ったんです!」
そのライトの言葉に、老人の足が止まる。
「お願いします! 何か知ってるなら、教えて下さい……!」
頭を下げて懇願するライト。老人はそのライトを振り返って確認すると、
「ついて来い。ゆっくり話せる時間は無いぞ」
仕方がない、といった感じで許可を出した。
「! ありがとうございます!」
「おじいさん、そこのお兄さんは自分達が支えるッスよ。おじいさんは先導をお願いするッス」
その申し出に、老人は抱えていた男性を素直にドゥルペとロガンに任せる。
「僕らの事、見ても何も思わないんですね」
「フン、見た目が全てならこの街はこんな事にはなっとらんわ」
そのまま路地裏へと足を進める老人の後を、ライト達は付いて行くのであった。
「一応自己紹介しておく。ボガードだ」
路地裏を更に進み、途中の小屋に入った。小屋は狭く何もなかったが、床に階段が隠されており、降りると中々の広さの部屋が広がっていた。ベッドもあり、負傷していた男性はそこで寝かせた。そこで老人は名を名乗る。――ライト達も自己紹介をした(勇者である事はまだ隠した)。
「教えて下さい。この街に何が起きてるんですか。明らかに普通じゃない」
「普通じゃない、か。――この街で普通じゃないのは、お前達や儂の様な人間の方だ」
食い入る様にライトが本題に入ると、ボガードは少しだけ目を反らし、言い聞かせるようにそう呟いた。だがそれも一瞬の事で、直ぐに真っ直ぐにライト達を見る。
「半年前の事だ。この街の領主が消息を絶った」
そして、意を決して語り出した。
「気さくな男で、町人からも慕われてた。消息を絶った理由は不明。街の人間は心配をして、領主の無事を帰還を願った。まあ当たり前だな。でもいつまでも領主不在のままでは居られない。代理として現在の領主になったのは、領主の妻。名をレーヨ」
突然消息を絶つという不可思議な事件が発端ではあるが、でも現状この街の様になる理由にはならない。ライト達は話の先を待った。
「レーヨは街の人間に呼び掛けた。夫が帰ってくるまでの間、それまでの辛抱だと。だから皆も協力して欲しいと。この街を必ず良い街にする。無力な自分の為にその為の協力をして欲しいと」
慕っていた領主の妻の切実な願い。町人達も協力を惜しまない姿が想像出来た。
「ふーん、じゃあ黒幕はその領主の妻じゃん」
と、その先すらも今の流れで言い切ったのはレナだった。冗談で言っている様子は見られない。どうして、という視線をライトが向けると、
「今の言葉を思い返してみ? 前半は兎も角、後半は自分が領主になった後のマニフェストだよ。つまり、もう夫は見つからない。成り代わる気満々だった。消息を絶たせた後どうしたかは知らないけど、少なくとも消息を絶たせる段取りを取ったのはそいつと見た」
「お前の言う通りだ赤髪。というよりも、今やこの街に住んでる人間は皆そう思ってる」
「思ってるなら叩きに行けばいい。弱くても群れれば可能性はある」
スティーリィが「らしい」意見をあっさりと述べた。だが、
「成程。それに気付いた頃には、もう叩きに行ける状態でも数でもなくなっていた。そういう事なのですね?」
ボガードより先に否定をしたのはイルラナスだった。
「私自身は好まない方法だけど、統治の手腕の一つに、適度に縛る、という方法があるわ。制限を設け、でもギリギリ耐えられなくもない程の制限。寧ろ一部には守りさえすれば裕福になる様な仕組みにする。そして何よりも、逆らった時どうなるか、を分かり易く厳しくすれば、逆らおう、反抗しようと思う者は居なくなる。少数逆らった者を見せしめにしてしまえば余計に」
「政治に頭が回るのもいるか。大したもんだ。――ほとんど正解だ。そしてこれがこの街の仕組みだ」
ボガードがパラリ、と一枚の紙をライトに手渡す。そこには、
「起床六時……朝食七時……農作業開始八時……何のスケジュールですか?」
一日の流れが記された紙が。時間と内容がしっかりと書き込まれている。朝起きる時から夜寝るまで。
「それが儂の今日の一日だ。そこから外れた行動は許されない」
「規則正しい生活ッスね。おじいさんが健康そうなのも頷けるッス。……あれ? これの何が駄目なんスか?」
そう、それは一見ただの健康と規律によい規則正しい生活のスケジュール。……だが、今までの会話の流れで、数名は直ぐに察する。「そこから外れた行動は許されない」。
「まさか……これが、強要されてる……!?」
「ああ。それがレーヨが実施した政策だ。住人全ての生活内容を管理し、自分の理想の街を作り上げる。規律正しい生活を強制する事で、特徴は無くとも思い通りの街になる。あの鐘で住人が消えたのは、あれが次のお告げ、こいつを配布する合図だからだ。それを受け取らない、それに背いた人間は見せしめの形で処罰される。その男の様にな」
ボガードが促したのは助けた傷だらけの男。その意味を把握した時、ライトは背中がゾッとした。――先程助けた男は、どの程度決められたスケジュールからは外れたかはわからないが、外れたから命に関わる様な罰則を受け、放置されたのだ。
確かに厳しいスケジュールではない。でもそれに従わなかった時に厳しい罰則。それが住人全てに強いられている。そんな街が、そんな状態が広がっているのだ。
「あたしは自分が強いとは思わないけど、でもあたしよりも断然心の弱い人ね、レーヨさんって人は。個性は人の魅力なのに、その個性を殺させる事で、自分の地位を安定させるなんて」
ボガードのスケジュール表を見ながら、フリージアも厳しい意見を放つ。
「だが、手腕があるのが事実だ。そうでなければここまでこの街はならん。儂も気付いた時には手遅れだった。儂に出来るのは、こうやって死にかけの奴を匿う事位だ。――それもいつまで出来るか」
「おじいさん、襲われたりしないんスか?」
「今の所はな。気付かれてないとは思えん。老害のやってる事と見逃されているのか、今日明日にも襲撃されるのか。――覚悟は出来てる」
よく見れば、この部屋には武器らしき物もいくつか。いざとなったら戦う気もあるのだろう。一矢報いて――終わる覚悟があるのだろう。
「儂が話せるのはこの位だ。再度言う、この街から出ていけ。――消されるぞ」
本気で言っている。今までの話からも、十分それが伝わる。……でも。
「でも、仲間を見捨てるわけにはいかないんです。――諦めません。ボガードさんにも迷惑をかけません」
退くわけにはいかない。それを聞いたらますます、だ。――ボガードにも、ライトの想いが伝わり、
「お前達の仲間は、どんな人間だ?」
溜め息と共に、そんな質問をしてきた。
「ラーチ家っていう、良家の娘と、その幼馴染です」
「なら奴らに利用価値があるな。悪い様には恐らくされない、寧ろ優遇されて扱われるだろう。レーヨに一人息子がいる、それに宛がわれる可能性もあるな。――お前等の実力は知らんが、下手な行動はその仲間達の身を亡ぼす事になるぞ」
だがボガードの最終警告、提案は撤退だった。重ね重ねライト達を想っての言葉なのは良くわかった。――なら、どうしたらいい?
「ライト。ボガードさんの言う通り、退くなら今しかないと思う」
「ジア、でも」
「そして――踏み込むのも、今しかないと思う。中途半端な動きは、この状況では悪手。勿論あたしはライトの判断を尊重する。だから、遠慮なく言って」
フリージアが、寄り添う様にそう進言する。付いて行く。そう言ってくれるのが、フリージアにそう言って貰えるのが嬉しかった。
「勿論私達も旦那様の決定に従うが、でも敢えて言うなら、旦那様は何の為に私達を連れて来たんだ? 言っておくが、私はその辺の小さい国一つ位なら一人ででも戦って勝つ自信があるぞ。ならこの街一つ位なら」
「私も別に今更どんな敵でもいい。ライトが帰るなら私一人で先生を助けてもいいし」
「うーわ、臨時メンバーでも喧嘩っ早いのしかいないじゃん……まあどっちにしろ私は選択肢なくて勇者君守るだけだけどさあ」
そして、仲間達の後押し。――答えなんて、最初から決まってた。だからその後押しが嬉しかった。
「行こう、ハルとサラフォンを助けに。領主様の所に、乗り込む」
その意見に、全員が頷いた。――大丈夫、必ず助ける。だから、待っててくれ二人共。
「ボガードさん、ありがとうございました。俺達、行きます。勿論ボガードさんの事は言いません」
「……その右手の通路を抜けると別の出口に繋がる。そこから行け」
ボガードもそれ以上は言っても無駄と判断したか、止めては来なかった。軽くお辞儀をして、この隠し部屋を後に――
「死ぬなよ」
――そのボガードの声援を背に、ライト達は行くのであった。ドアが閉まる音と共に、静寂が部屋に訪れる。
「…………」
ライト達の顔を思い浮かべる。真っ直ぐな目をした男達。この街ではすっかり消えた、勇気ある若者達。その背中を見送る事しか出来ない自分。
「……儂はどうしたらいい? どうしたら、納得して貰える?」
誰にも届かないその独り言を、ボガードは小さく呟くのであった。
隠し部屋から続く階段を上がると、入って来た時とは違う路地裏へと繋がっていた。本通りに出ると、お告げとやらの時間は終わったのか、また街は普通に賑わっていた。――普通。
「……この全てが指示通りの賑わいだと思うと、ゾッとしますね。この人達も出来れば助けてあげられるといいんですが」
ロガンの呟き。――確かに、この街の人達は本当はどう思っているのだろう。ボガード曰く裕福になっている人もいるらしいが。
「勇者君、欲張っちゃ駄目だよ。私達の目的はハルとサラフォン。――もしその先があるなら、それは国王様の仕事だよ」
「……そうだな」
相変わらず鋭く、でもライトを想ってレナが釘を刺してくる。――そう、まずしなくちゃいけない事をしなくては。そう思って、道を歩いていると、
「こんにちはー、皆さん」
一人の女性に、突然笑顔でそう挨拶されたのだった。