第二十六話 演者勇者と手品師の少年6
「皆さん落ち着いて! 現在状況を調査中です! 被害等のお話がある方はあちらの列へ!」
「申し訳ありません、帰宅は少々お待ち下さい! 今身分証明の確認、お名前等を控える準備をしています! そちらが終了後になります!」
何人もの兵士の声が現場に響く。応援を要請、兵士を増員し、状況調査、観客等への説明、訴え等への対応にあたらせる。何処に犯人がいるかもわからない、公演をしていたトラル一座を含め、ひとまずは全員ここで待機――と言えば聞こえがいいが、監視中の状態。
「いつまでもここに全員を留めてはおけませんわね。私達は次の行動を早急に考えないと」
その全体の指揮を一旦マークに任せ、ライト、エカテリス、リバールは一般人に聞こえないように臨時会議を開いていた。
「犯人は……やっぱり、その……かな」
ライトはつい語尾が弱くなり、ハッキリと名前が出せなくなる。言わなくてはいけないのは重々わかってはいるのだが、無意識に弱めてしまう自分が情けなかったりもした。それでも向き合わなければならないという想いもあり、率先してその話題を出せたのかもしれない。
「ライト様のご心配は認識していますし、我々も同様の心配をしておりますが――それとは別に、私達騎士団が調査をするのはトラル一座に絞った方がいいかと」
リバールは事件発覚後の謝罪から頭を上げた瞬間に直ぐにスイッチを切り替え、冷静な軍師役として動いていた。
「それって客観的に見ても、ってこと?」
「はい。観客の方は身分証明が終われば、ここを帰しても調査が容易です。厳しくないとはいえ入国審査を受けて入国しているわけですし、一時的に城下町から出るのを禁じてしまえばそう簡単には逃げられません。なのでそちらの調査はこのまま兵士を総動員した方が速いでしょう。我々は本来の目的通り、トラル一座に絞るべきかと。こうなった以上、踏み込んで話す切欠にはなります」
チラリ、と仮設ステージの上で集まっているトラル一座の様子を見る。ネイの姿も――
「……あれ? ネイ、あの中にいる?」
パッと見、ネイの姿が見当たらないので、ライトはつい口に出してしまった。
「えーっと……ああ、あの後ろの方にいますわよ。大人の影に隠れて見えなかったんじゃなくて?」
「あ、本当だ、ごめん」
エカテリスの指摘通り、少し離れた奥にネイはいた。ここからでは流石に表情は伺えない。
「…………」
「リバール?」
伺えない……はずなのに、リバールはジッと、ネイの姿を見ていた。冷静な目で、確実にネイの姿を追っていた。
「――何にしろ、彼らに正式に話を訊きに行きましょう」
「でも流石に踏み込んだ話は出来ませんわね。普通に考えたら、彼らも被害者よ?」
「だよな……流石に団員の技術なら出来ますよね、は失礼だし俺があっちの立場だったら心外だし、犯人でもはぐらかせる」
このまま行き当たりばったりで行くしかないのか、と思っていると――
「団長! この騒ぎは一体……!?」
「うわー、なんだか面倒そうなことになってるねえ」
「レナ、ソフィ! 無事だったんだな、良かった」
フード付きコートの男を紐で縛って引っ張ってくる、レナとソフィの姿が。ライトは事情を手短に二人に説明。
「成程ねー、この人が騒いでも騒がなくても騒動が起きる準備がしてあったわけだ」
ぺしぺし、とレナがフード越しに男の頭を叩く。くっ、と男は分かり易く悔しそうな表情。
「それで、そっちはどうだったの?」
「この男、召喚術を使うモンスターテイマーです。街の外からそれなりに強力なレベルのモンスターを召喚、襲わせようとしていました。レナと私で撃退しましたが、前もって対策しておかなかったら大きな被害になったかもしれません。――こちら勇者様なのよ。観念して名前位名乗りなさい」
「戦闘中名乗ろうとしたら面倒とか五月蠅いとか言って名乗らせてくれなかったじゃねえか!」
そのやり取りを見て、「こっち」の時のソフィは若干天然気味だなぁ、とつくづく思うレナがいたりするのは余談である。
「まあいい、こうなったら奴らも道連れだ。――俺はワッケイン。はぐれのモンスターテイマーだ。あそこのトラル一座の団長のケンザーに金で雇われたんだよ」
「依頼内容は? 街をモンスターに襲わせろ、か?」
「ちょっと違う、流石に天下のハインハウルス本城相手に俺一人が騒いでもどうにもならないのはわかるからな。ちょっとだけ接触して、騒ぎになる切欠を作ってくれって頼まれた。時間も指定されてたよ。――それすら許さないようにこの二人が配備されてたから俺は捕まったけど」
時間指定でのモンスターでの襲撃騒ぎ。つまり、広場での嘘のモンスター騒ぎは、最初から予定通りのシナリオであり、それに信憑性を増す為にワッケインは用意されたと考えるのが妥当であった。結果としてワッケインこそ失敗しているものの、ライト達の初動は遅れ、騒ぎの収拾は失敗と言ってもいい状態となった。ある程度の情報を掴み、本当にモンスターに襲われる可能性――レナとソフィを送っていたとは言え、万が一ということはある――を考えていたのは、マイナスに繋がってしまったかもしれない。
「あなたに街を襲わせておいて、肝心のトラル一座の目的は聞いていますか?」
落ち着いた口調でソフィが問い詰める。
「知らない。でも金に関することなのは確かだと思うぜ。成功したら報酬は弾むって言われてたからな」
報酬、金。――盗まれた財布が嫌でも思い浮かんだ。調査の途中だが、あの騒ぎからしても、一つや二つではない。結構な量だっただろう。
「……報酬は、弾む、と言われたんですね?」
と、再度確認を入れたのはリバールだった。
「ああそうだよ。今更嘘言ったって仕方ないだろ」
「…………」
「リバール? どうしましたの?」
「姫様、ライト様、少し単独行動を取って宜しいでしょうか。急ぎ調べておきたいことが」
突然のリバールの申し出だった。ライトとエカテリスは一瞬顔を見合わせたが、直ぐに答えは決まる。
「必要な事なのでしょう? ここは私達に任せて、そちらをお願いするわ」
「ありがとうございます。出来る限り時間を掛けずに合流しますので、説明もその時に」
その言葉と共にザッ、と小走りに去ろうとするリバールを、
「リバール!」
ライトが不意に呼び止めた。――リバールが急ぎ振り返る。
「責任なんか感じないでくれよ。俺だって、俺達だって、無事に平和に解決したくて頑張ってるんだ、立場は同じだぞ。無理とか駄目だからな」
思い起こせばリバールがネイを気に留めた所から始まった今回の騒動、それでいて喰い止められなかった自責の念がリバールにはある気がしてライトは仕方がなかったのだ。だからこそ急いで自分の想いを伝えたかったのである。
「勿体なきお言葉。ありがとうございます、ライト様」
嬉しそうな笑顔とお礼を残して、リバールは走って行った。――信じるからな、リバール。だから、リバールも俺達を信じてくれよ。
「んじゃ、私達は私達で問い詰めに行こうかねー」
「この男の話が本当なら、そのケンザーという男を許すわけにはいきませんわね。収穫祭を楽しむ人達を狙うなんて言語道断ですわ!」
やはりというか、地元愛が一番強いエカテリスが、飛び抜けて怒り心頭であった。鼻息も荒く、睨みつけるようにトラル一座を見てズンズンと進んでいく。――勢いはいいが興奮っぷりにライトは不安になる。
「ソフィ、狂人化の気配はない?」
エカテリスを追いつつ、ライトは状況を確認。ベストなフォローの形を作るべきだと判断した。
「ないと思います。向こうから強引な手段に出るつもりは今のところないかと」
「出来る限りそのままでお願い。冷静に口を挟んでくれる役が欲しい。ああ勿論いざって時はいくらでも狂人化してくれ」
「承知しました」
「レナは……何て言えばいいかな、存在感をアピールして欲しい」
「存在感なら姫様で十分あるじゃん」
「いや、そういうのとは別に……こう、後ろで鋭く見てるぞ、正直に喋った方が身の為だぞ、みたいな空気が出せれば」
ライトのイメージは、時折レナがフッと見せた冷たさと言うか、威圧感と言うか、そういうものである。自分が受けたわけじゃなく、横で見ていただけでも圧倒的なオーラだった。あれを真正面から喰らえばかなりのプレッシャーになるに違いない、と思ったのだ。
「あー、私少々勇者君の横でやり過ぎたかなー」
レナは頬を軽くかき、一瞬目を泳がせて呟いた。
「あ、ごめん、無理だったり嫌だったりするなら断って欲しい。無理矢理やることじゃないから」
「ううん、大丈夫。私があいつら気に入らないのは事実だから、何処までやれるかわからないけどやれるとこまではやるよ」
ライトとしては先程のレナの呟きの真意を測る術はない。要所要所で色々な表情を見せるレナ。頼りになり、信頼すべき仲間で護衛であることに違いはないのだが、果たして本当の表情はその中にあるのだろうか、とふと思ってしまう。
「ほら、姫様到着しちゃう、私達も行こう」
と、レナの促し。確かに少しライトが作戦を話している間にエカテリスと距離が生まれてしまい、急いで詰める。――いかんいかん、今は目の前に集中せねば。
「トラル一座の皆様、初めまして。私はハインハウルス王国第一王女、エカテリス=ハインハウルスですわ。公演中のトラブル、ご苦労を察すると同時に、警備に当たっていた立場として謝罪致します」
半ば単身突撃気味だったエカテリスだが、到着してまずは冷静に口を開いた。この辺りは立場を持っての心構えが無意識に働いているのだろう。興奮気味の様子を見て、いきなり槍を振り回して「断罪ですわ!」とかを覚悟していたライトとしては、一安心すると同時に心の中でエカテリスに謝罪。――ごめんよエカテリス。ああでもそうなると国王様に対して断罪とか言い出すのは結構なレベルなのかな。
「それで、差し当たって今回のこの騒動に関して、代表の方とお話があります。出てきて頂けます?」
「代表は私です。ケンザーと言います」
ケンザーという男、衣装こそパフォーマンス用の派手な衣装だったが、落ち着いた口調、風貌、紳士の様な雰囲気を感じ取れた。
「ケンザーさん、貴方に会って頂きたい方がおりますの。――ソフィ」
「はい。――前に出なさい」
ぐい、と縄を引っ張り、ソフィがワッケインを前に出す。
「彼は――」
「ワッケインさん! 一体どうしたんです!?」
が、ここで予想外の展開が。エカテリスが説明する前に、ケンザーはワッケインの名前を呼び、その捕まっている状況に驚いたのである。つまり、自らワッケインと知り合いであることを今認めたのだ。
「あら、認めますのね? 彼との関係を」
「確かにワッケインさんとは今回の我々のパフォーマンスにモンスターテイマーとして一時的に参加して欲しいとお願いし、契約を結びました。でもそれがどうして彼が捕まることに……?」
「な……っ」
そう来たか。――大小あれど、ライト達の頭にはその言葉が過ぎった。
「彼は郊外からモンスターを召喚、街を襲わせようとしましたの。理由は、貴方と契約して、お金を貰えるから、と」
「馬鹿な! 私はあくまでパフォーマンス要員として契約したんだ、街を襲ってくれなんて頼むわけないじゃないですか!」
「ふ、ふざけんなテメエ! 俺を騙しやがったのか!」
怒りに任せて叫んだのは勿論ワッケインである。やってしまった内容は兎も角、ワッケインの証言が正しいのならば怒るのは当然である。――だがケンザーは冷静な表情を崩さない。
「私が頼んだのはモンスターを利用したサプライズ演出です。勿論テイマーされているモンスターですから人に危害を加える事はありません。……ない、という契約で、彼に仕事を頼んだんです」
「おいっ、あいつの言ってることはデタラメだ! あいつは俺に街を襲わせて、騒ぎを起こせって言ってきたんだ! パフォーマンスショーの手伝いなんかじゃない!」
「どうやら、彼と我々で認識の違いがあったようですね……彼のやったことは許されませんが、でも彼を巻き込む切欠を作ってしまったのは私なのかもしれません。その点に関しては、謝罪致します」
「テメエ、よくものうのうとそんな事が……!」
縄で囚われたままの状態で、そのまま喰ってかかろうとするワッケインを、ソフィがその縄でコントロール、喰い止めていた。
あらためてライトはケンザーを見てみる。表情は冷静に、それでいて申し訳なさそうにしていた。これがもしも演技ならば、ワッケインが捕まってしまったのを見て、直ぐにこの作戦に気持ちを切り替えた、ということになる。――油断出来ない。
「第一、もし私が彼に街の襲撃を依頼したとして――それを依頼する理由はなんです? 騒ぎになれば、公演は中止だ。我々には何のメリットもない」
「今回の騒動の最中、何件もの窃盗事件が勃発していますわ」
「観客の財布が盗みたくて騒動を起こしたと? 馬鹿な、リスクが大き過ぎるでしょう」
「それは……」
冷静に考えれば確かにそうではあった。ネイの件、ワッケインの証言からケンザーが黒幕の可能性は高いのだが、そこまでしてやった犯行は観客から大量の財布類を盗んだ、という結果。勿論犯罪として許されないのだが、大がかりな下準備にしては少々犯行の中身が薄い物があった。――何なんだ、この事件は。誰が、何の為に、どれが真実で、どれが嘘だ?
頭の整理が追い付かない。ライトは言い合いになる人間の表情を交互に見るだけで精一杯の状態。――すると、そこで一声上がった。
「はーい」
レナであった。わざとらしい挙手をする。
「他の人の話を訊いていいですか?」
「他の団員は何も知りませんよ、ワッケインさんと契約をしたのは私です、直接会ったのは私だけですから」
「それはこっちが決めることですから。一人だけでもいいんで。えーっと……じゃあそこの女の人」
「!」
レナが何気なく指名したのは――ネイの母親、トトアだった。明らかな驚きを見せる。
「直ぐ終わるんで、ちょっとだけいいですかね?」
「そ、その……私は……」
柔らかい口調のまま、それでもグイグイ迫るレナ。トトアの動揺は隠しきれない。視線を泳がせ、ネイを見て、オランルゥを見て、ケンザーを見て、またネイを見た。その目は子供を守る為に策を練る母親の様で、助けをすがる弱者の様で。
「ここでお話し辛いなら、別の場所でも――」
躊躇を許さないレナがステージに上がり、トトアに近付く。
「いい加減にしてくれ! 話なら私がすると言っているじゃないか! 一体何が――」
「私はあくまで「ハインハウルス」の騎士で、「勇者様の護衛」なんですよねー。その私が、一ミリでも疑惑を持つ人達に対して――躊躇をする理由なんてない」
「ぐ……」
最後の一言を言い放った瞬間、圧倒的威圧感がケンザーを、舞台を襲った。そのレナの言葉に、ケンザーは確実に怯んだ。――ライトの希望通りの威圧ではあるが、ライトとしてはやはり見ていて冷や冷やするものがあった。
「そこまで言うなら楽屋でも我々の宿でも何でも調べればいい! 我々が犯行に関わった証拠があるなら、突き出して貰いましょうか!」
ケンザーも意地を見せる。レナとの睨み合いが始まった。――さてどうする、とライトが思っていると。
「ライトさん! 大変です!」
「マーク! どうした?」
兵士達の指揮を執っていたマークが小走りでやって来た。
「財布が……盗まれたと思われる財布が、街の外れで見つかりました」
「そっか、わかった。悪いけど、引き続き調査を――」
「違うんです、おかしいんです」
ライトの言葉を、マークが遮る。――おかしい? 財布が見つかったのにか?
「盗まれた財布……全て、お金が一銭も取られていなかったんです。そのままの状態で見つかったんです」
事件は――またあらたな局面を迎えようとしていたのだった。