第二百七十四話 誰よりも、君の幸せを願う24
「隊長、こちらです」
タタスキア家の屋敷内に突入し、遭遇したスティーリィとウトソンをアルファスとフロウに任せて移動中のこちらバルジ、パンファ、リバール。パンファの先導により、一つの部屋の前に。屋敷の主、そしてタタスキア家の主であるカモウ、ルルイの夫婦が居ると思われる部屋だった。
コンコン、と律儀にノックをして、
「失礼します。ハインハウルス軍です」
更に律儀に落ち着いて挨拶をしながら、バルジは部屋の中に。部屋の中にはパンファの案内通り、夫妻が普通に居た。
「お騒がせしてすみません。何分令状持ちなんで抵抗されちゃうと戦闘になっちゃうもんで」
「いえいえ。終わったらお引き取り下さるのでしょう? なら構いませんよ」
はっはっは、と大らかにカモウが笑う。その様子、まるで他人事の様で。
「あーすんません、お二人は城までご同行願えますか。色々お話聞かなきゃだし」
実際の所は逮捕なのだが、バルジは落ち着いたトーンでそう切り出す。
「ああ、それでしたら代理の者を行かせます。それでいいですか?」
そして本当に「逮捕」だと認識していないのか、カモウはそんな事を言い出した。――バァン!
「ふざけるな! こちらが下手に出れば――」
「パンファ、落ち着け落ち着け」
その態度に怒りを滲ませ、詰め寄るパンファをバルジが宥める。――パンファと違いバルジは落ち着いたまま。
「えっとですね、色々金銭関係の犯罪の容疑が掛かってるんすよ。なので本人でないと」
「タタスキア商会の件ですか? それでしたらこちらに非はないはずですよ? お調べになったでしょう?」
「あーいえ、そうじゃなくて、この家に、貴方達夫婦に容疑が掛かってるんです」
「それこそご冗談を。我々は何もそんな事はしていませんよ。――あれでしたら令状でこの屋敷を調べて下さい。それでもしも証拠が出る様でしたら、城に赴きましょう」
何処までも大らかにカモウはそう応対する。――何も出てこない。その確信を持っている。
「これを見なさい」
その確信に、パンファが怒りを滲ませながら切り込む。徹底して調べた証拠のコピーをカモウの前に並べる。
「ふむ、成程成程。確かに疑いたくのもわかる書類ですね。でも、これも私達「夫妻」が何かした、という証拠じゃない。この家に仕える部下達が、この家を想って勝手にやった事の可能性がありますね」
「まだ白を切るつもりか……っ! ここまで出て来て、自分達は無関係だと!? 有り得ないでしょう!」
「いやいや、世の中意外とそういう偶然があったりしますよ」
カモウはまだ笑顔を消さない。追い詰めているはずのパンファが、手玉に取られている様にまで見えた。――さてどうすっかなあ、とバルジが考えていると。
「それでしたら、こちらはいかがでしょう」
「!?」
その声は、夫妻の後ろからだった。――リバールである。突然の登場に流石に夫妻も驚きを隠せない。
「おや、驚かなくても。令状があるので調べていいと仰ったじゃないですか」
「た、確かに言いましたが、流石に突然過ぎます」
それはそうだろう。夫妻じゃなくても今のリバールの登場は基本誰でも驚く登場である。
「え……と、それで、何か証拠が出たとでも?」
「御覧になりますか?」
リバールが手にしていたのは帳簿でも書類でもなかった。一通の封筒。
「流石ですね、前もって準備していたのでしょう。このリバールを持ってしても、書類の類は一切見つかりませんでした。なので代わりの品をご用意させて頂いた形です。――ご同行願えますね?」
「!?」
そして封筒の中身を見て、初めてハッキリとカモウは顔色を変えた。
「……隊長、あれ何ですか?」
「……いや、俺も知らないんだけど。リバールさんにいざっていう時は任せて大丈夫って言われたから任せたんだけど」
助かった、という想いと恐るべし、という想いが同じ位の割合で湧き上がるバルジとパンファだったり。――本当に中身は知らないのだが、リバールなりに用意しておいた、確たる証拠と同等の品なのだろう。
「……ふーっ」
一方で大きく息を吐き、ゆっくりと立ち上がるカモウ。観念したのか、と思っていると、
「犯罪は、本当に罪なのでしょうか」
と、突然哲学的な事を言い始めた。
「確かに法律で定められている以上、「犯罪」と呼ばれる行為に手を染めていたのは事実かもしれない。でも私達は誰も傷付けていない。寧ろ我が家と交流を深めている人達、我が家に仕える者達とその家族、沢山の人達を幸せにしている。――その結果がこれでは、幸せの意味が無いではないか」
「いやいや、別に犯罪に手を出さなくても誰かを幸せには出来るんすよ、この国なら」
「大切な人をもっともっと幸せにしたいと思うのは当然だろう。その結果が誰も傷付けない犯罪だったんだ。これの何処か罪だと」
「誰も傷付けない犯罪なんて存在しません! 貴方達の犯罪は、必ず何処かで誰かを傷付けています!」
再び苛立ったパンファが少し強い口調でガッ、とカモウに迫る。それでもカモウは動じない。
「ならばそれは、傷付いても誰も困らない人間達だ。そんな人間、放っておいてどん底に落ちてもいいだろう」
「だから、そういうのこの国には無いんすよ。――とりあえず続きは城に行ってからにしますか」
キリがない。バルジもそう判断し、半ば強引に連行に入る。パンファが二人の両手を縛る。抵抗はしなかったが、
「――この国は、間違ってる」
カモウは、口を開くのを止めない。
「そんな綺麗事を目指して国が上手く行くわけない。私達の様に、上手く立ち回って大切な人を幸せにするのが間違いだなんて。私の方が余程国王として政治が出来る。この国をより良い国に変えられる。――無能な国王とその兵士達だ」
「その減らず口、いい加減閉じて貰っていいっすか。というか黙れよ犯罪者」
瞬間、バルジの口調が崩れた。表情こそ落ち着いたままだったが、いつもの飄々とした口調が崩れた。
「さっき言っただろ、この国なら犯罪に手を染めなくても幸せに出来るって。その国で犯罪を犯さないと誰かを幸せに出来ないあんたの方が余程無能だ」
「だが私は」
「少なくとも俺は証明して貰った。違う、「俺達」は証明して貰った。裏路地を這いつくばってた俺達を、幸せにすると「あの人」は導いてくれた」
『は……テメエみたいのが国王だと……!?』
『うむ。予想外にイケメンで驚いたかね?』
『っざけんな! 偉そうにあの城から見下ろしてるだけの存在に、俺達の何がわかる! 俺達は――』
『っ……ゴホッ、ゲホゴホッ!』
『!? パンファ、しっかりしろ、クソッ!』
『差し当たって話をする前に、彼女の病気の治療が出来る施設へ行かないかね? このまま放ってはおけない病気だろう?』
『……っ!』
『君に機会を与えたいんだ。君の努力次第で、君も彼女も幸せになれる。そういう機会をね。――この国は、そういう国なんだ。そういう国に、していかなくてはいけないんだ。君達が望めば、その手を汚さなくても、ちゃんと幸せになれる。そういう国の、王になるんだよ私は』
「あの人を――あの人が作り上げたこの国を、崩すことは許さねえ。必要の無い犯罪に手を染めて、家族すら道ずれにしたその罪の重さ、味わってこい」
「隊長……」
それ以上はカモウにも口を挟ませず、バルジはパンファを促し、再び連行を開始。
「……ふーっ。中々犯罪って消えないっすね、国王様。でもま、俺達頑張りますよ。幸せにしてくれた、貴方の為に」
バルジはそう呟くと、直ぐにパンファの後を追うのであった。
「っ……ふーっ……うううう!」
ピキピキッ!――スティーリィの全身のひび割れが広がり、漏れる魔力の量も増える。最早異常現象とも捉われそうなその姿。
(短い人生だったな。でも、最後ちょっとだけ、楽しかったな)
自分がもう限界なのは誰よりもスティーリィがわかっていた。アルファスを倒しても、自分はもうそれ以上は立ち上がれない。だからこそ――確実に、アルファスだけは倒す。
「…………」
一方のアルファスも、スティーリィが全てを込めてくるのがわかり、自分も全てを込める。剣を両手で握り、ゆっくりと身構える。
「……!?」
その姿に、スティーリィは驚く。――何の変哲もない、実にシンプルな構え。剣を始めたばかりの初心者が始めて身構えるようなその形。
だがその構えに、全てが込められていた。整った空気。威圧も気迫も無いが、でも剣を握る人間として、原点にして頂点の様なその姿に、スティーリィも心が震える。
これが、アルファスが剣聖として極めた全てである。――「斬る」。技の名前も特殊なギミックもない。剣士として、その剣を握り、全身全霊を込めて、振るい、斬る。鍛錬の末、経験の末に会得したそれは、圧倒的集中力と精神力とを引き換えに、全てを斬る。
「っああああああ!」
先に動いたのはスティーリィ。こちらも持てる全てを使い、壊れていく体で剣――最早剣とは呼べない様な、言うなれば「兵器」とでも呼べそうな品――をアルファスに向けて突貫しながら振るう。自分が壊れるのを恐れない。全ての覚悟を背負い、振るう。
「――行くぞ」
刹那遅れて、アルファスが動く。地を蹴り、スティーリィに向かってその剣を振るう。
その剣が、全てを斬った。時間・空間・音、本当に何もかもを斬った様なその感覚。実際そこまでは斬れないが、でもその斬撃を目の前にしたスティーリィは、そんな気すらした。自分の攻撃は一ミリも届かない。その斬撃で、スティーリィの攻撃、装備、スティーリィ自身。全てが斬られた。
ドサッ。――やがてお互い足を止めた直後、スティーリィは倒れた。
「……ふーっ」
息をゆっくりと吐いて、アルファスは剣を仕舞う。――汗を拭う。一歩、一ミリ行動を間違えていたら確実に自分がやられていた。それ程の相手だった。
「悪かったな。あの日、助けてやれなくて。お前にそんな人生を歩ませたのは――まあ根本的には俺らのせいじゃねえが、それでももう少し早く動けてたら助けてやれたかもしれねえ。それは事実だから」
そして振り返る事無く、スティーリィにそう告げる。
「謝罪なんて……いらない」
一方で、既に声は弱くなっていたが、スティーリィはそう答える。
「他人を……羨ましいと……思ってない。これが……全てだった。私の全て……だった、から。後悔も、ない。強いて言うなら……あの人との、約束、守れなかった。貴方に負けた事、位」
彼女はどんな人生を歩んで来たのだろう。その異質な力で一人、きっと歩いて来た。戦う力しかない彼女は、それでも後悔をしていないと言った。――後悔。
「お前、強いな。俺なんかより、ずっとだ。俺はお前を倒せても――お前より、きっと強くなれないよ」
その胸に刻まれた後悔で、俺は生きてる。今日の事も、またずっと後悔し続ける。――俺は、それでいい。
そして戦いが幕を閉じる。お互いセッテを幸せにする為に戦った、すれ違いの戦いが、幕を閉じた。