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第二百七十三話 誰よりも、君の幸せを願う23

「酷い……こんな、こんなのって……!」

 リンレイがその光景を見て、怒り、悲しみ、様々な不の感情を隠し切れない。

 それはまだアルファスが軍在籍、ヴァネッサの部隊所属時。――最近、協定を結び同盟国であったノゥヴィガ国。魔王軍討伐に対しての武力提供に積極的だったのだが、その提供された人員戦力に違和感を感じたヴァネッサはヨゼルドに許可を得て、ノゥヴィガ国に部隊を率いて調査の為に乗り込んだ。

 結果、ノゥヴィガから提供されていた兵力は、特殊な魔力手術によって大幅強化された物である事がわかった。――では何故それをノゥヴィガは隠していたのか。ハインハウルスが調査をしないと発覚しない品だったのか。

 答えは簡単だった。――到底、ハインハウルスが認められる様な内容の手術ではなかったからだった。

「副長! ここの実験場の責任者を発見、捕らえました!」

「おう」

 その報告と共に、アルファス――当時ヴァネッサ隊副隊長――とリンレイの前に、一人の男といくつかの資料が差し出される。

「何故だ……何故こんな真似をする! 我々は貴方方に戦力を提供していたじゃないか! 戦いを楽にしていたじゃないか!」

「何が楽に、だ。戦いの前に被害が出てんじゃねえか」

 資料を見れば、実験の成功率は大よそ二割。失敗した残り八割の結末は――あまりにも無慈悲だった。

「技術の向上に犠牲は付き物だ! それに将来的にはもっと成功確率も――がはぁ!」

 ばきっ。――リンレイが男の言い訳の途中でその拳で殴り飛ばした。

「ふざけないで! こんな幼い子供達の全てを奪っておいて、何が将来よ、何が――!」

 そう。実験の材料とされていたのは、ノゥヴィガの子供達。大きくても十二歳位から、小さい子はまだ五歳六歳位の子供まで。実験に成功すれば戦場に駆り出され、失敗すればその命を差し出す事になり。

 パシッ。――怒りのままに二発目を放とうとしたリンレイの拳を、アルファスが止める。

「アルファスさん!?」

「無意味に殴るな。殴っても――犠牲になった子供達が戻ってくるわけでもねえ」

「っ……!」

「言っておくが、俺だって腸煮えくり返ってるぞ。こんなクズ共生かしておく道理はねえと思ってる。でも色々聞かなきゃいけないし、何よりヴァネッサさんが我慢してる」

「!」

 ヴァネッサは他数名、ハインハウルス上層部と共に現在ノゥヴィガ王城へと乗り込んでいる。

「一番こいつらぶっ飛ばしたいのはあの人なんだから、あの人が我慢してる間は俺達も我慢しなきゃなんねえ」

「……はい」

 少し視線をずらせば、次々と保護されていく子供達。しっかりとした足取りの子もいるが、覚束ない足取りの子、目の焦点が合っていない子、担架で運ばれて行く子。――果たして、あの中のどれだけの子供達が助かるだろうか。

「副隊長、収容所にいた子供達は保護、治療を開始します。――ですが我々が到着した時には既に数名、逃げ出した様な後があって」

「一応周囲も探索しろ。――ただし気を抜くなよ。相手は普通の子供じゃねえ。襲われてやられたら意味がないからな。これ以上罪を重ねさせるな」

「了解しました」

「アルファスさん、私も行っていいですか?」

「ああ」

 リンレイに許可を出し、その背中を見送った後、アルファスは再び資料に目を向ける。

 外部から特殊な方法により魔力を注入、所持魔力を規格外まで増幅させる。圧倒的魔力を武器や体に纏わせる事により、個別の戦闘力の向上に繋がる。体に馴染めば成長と共に更なる向上が見込めるが、合わない場合は拒絶反応が確認され、成長に害を及ぼす場合がある。

「……大層な名前付けやがって」

 プロジェクトの名前は――「魔導戦士」。



 スティーリィが纏う圧倒的魔力。その危うさに、アルファスの過去の記憶が蘇る。

「忘れたつもりはなかったが……こんな所で魔導戦士の生き残りに遭遇か……」

 確かに見た目スティーリィの年齢からしても、辻褄が合う。

「何で知ってるの。まあいいけど。……その名前、嫌い」

「あん?」

「私は私。あの時の事とか死んでった皆とか今更いい。勝って私としてあり続けるだけ」

 ズバァァン!――再び激しい魔力を纏わせ、スティーリィは剣を振るう。アルファスは一旦回避するが、

「!?」

 回避した「後ろ」から、魔力をまるで鞭の様にしならせて飛ばしたスティーリィの斬撃が襲い掛かる。結果、一人相手に「挟まれる」。

(チッ……実戦で「借りる」と、ドヤ顔されんだよな……)

 対してアルファス、瞬時に「ソード・オブ・ワールド」発動。左手でも剣を握り、二刀流にチェンジ。前後からの攻撃を防ぎ切る。――ヴァネッサの様に何本も同時に召喚は出来ないが、一本だけならこの瞬時の時間にも対応出来る程の模写である。

「ったく、こうなりゃレンタルのオンパレードだ」

 更に二刀流になった所で、今度はフウラの「夢幻斬むげんざん」を発動。無数の空間斬撃をスティーリィに放つ。――ズバババァン!

「…………」

「自動でガードか。……極めるとそこまで出来るのかよ」

 が、魔力の壁が夢幻斬の発動場所に全て出現、綺麗に防ぎ切る。――スティーリィは、魔導戦士の完成形。それを感じる瞬間であった。

 そして思い起こされるウトソンの「相性が良い」というフレーズ。剣聖として、一般的な剣技ならば見切る事が出来るアルファスだが、血筋や特殊な品を使っての技は模倣出来ない。

 つまり、スティーリィの技は剣聖の技術での模倣や見切りが出来ないのである。三大剣豪と呼ばれた強者に勝つ可能性がある存在。

それが今のスティーリィだったのだ。

「ふーっ……」

 勿論だからと言ってスティーリィが圧勝するわけではない。あくまでスティーリィが勝つ可能性がある「だけ」。――アルファス、剣を仕舞い、再び一刀流に。

「!?」

 とスティーリィが判断した次の瞬間、既にアルファスはスティーリィの目の前に踏み込んでおり、斬撃を放つ。――ズバァン!

(っ……普通の人間の……動きじゃない……!)

 そこから怒涛のアルファスの斬撃ラッシュ。防戦一方になるスティーリィ。

「――っああああああ!」

「!?」

 そして完全に押し切られる前に、スティーリィはギアを一段階上げる。魔力の放出量が増え、更なる身体能力の強化に繋がり、アルファスを押し返す。――間合いが開き、アルファスが目にしたのは、

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!」

 息も荒いが、装備もひび割れ、顔も少しひび割れ、そこからも魔力が漏れ出すスティーリィの姿。――能力の強化と引き換えに、何もかもを失ってしまいそうな姿だった。

「それ以上は止せ。自分でもわかるだろ」

「私が壊れるから? 壊れてアナタが悲しい? そう思う位なら退いてもいいけど」

「退かねえよ。――寧ろお前が退かねえ理由がわからねえ。この家にそこまで思い入れあんのか」

「この家には無い。所詮私はお金で雇われただけの存在」

「なら――」

「でも約束した。必ず守るって。私が守ってみせるって。だから戦う。――セッテを守る」

「……!」

 客観的に見て、ここでスティーリィがセッテの為に戦ってどうなるのか。決して救われるわけではないだろう。――幼少期から魔導戦士として戦う事しか知らないスティーリィは、物事を深くは考えられない。だから何が正しいのかはわからない。

 でもスティーリィは約束した。この家にやって来た不思議な人に。自分を傭兵として戦力としてではなく、人として見てくれる人と約束した。必ず守ると。

 だからスティーリィは戦う。この戦いがセッテの為と信じて。――セッテが愛する人に、剣を振るう。それ以外の道を見つける術を持たずに。

(クソが……あいつは何処に行ってもあいつのままってか……)

 一方のアルファスも気付く。――目の前の壊れかけの剣士は、セッテによって心の扉を開いたという事に。

 もしも出会う場所が違ったら、目の前の彼女とは違う話が出来たかもしれない。セッテと仲良くなり、自分を通してヴァネッサに話をして、過去を見つめ直して未来へ違う道が開けたかもしれない。

 でもそれは「if」に過ぎない。現実はスティーリィが破れたらセッテはハインハウルス軍に捕まり、タタスキア家の関連者として罪を問われる立場になる。――スティーリィはその未来は望まない。自分がどうなっても、セッテを逃がす。

 つまり、アルファスとスティーリィは、この場で決着を付けなくてはいけない。――それ以外の選択肢が、消えていた。

「――わかった。なら俺も、この戦いを終わらせて、また一つ、罪を背負う」

 目の前にいるのは、過去の悲劇とそれに潰されかけつつも安らぎを初めて知った悲しい存在。――自分の手で終わらせる。

「行くぞ。……ここから、俺の全てを見せてやる」

 そしてアルファスは剣を握り直し、「身構えた」。



「おおおぉぉぉ!」

「ふっ!」

 キィンキィンキィンガキィン!――ウトソンとフロウの戦いも、激しさを増し始めていた。

 その大柄な体、大剣とそれを振り回す筋力技術で攻めるウトソン。対し、小柄な体、しなやかな太刀の鋭さ、速度と繊細さで攻めるフロウ。お互い一歩も譲らない。

「いい腕だ、でももうお前は死神じゃねえな! 寧ろ本当にお前は死神か?」

「嘘だと思いたければ嘘だと思え。そもそもその異名は好きじゃないからな」

 キィン!――激しく一度ぶつかり、お互いの間合いが開く。

「俺が噂で聞いた死神は、軍に尻尾振ってそんな殺気の欠片も見せねえ奴じゃないぜ! もし本当にお前だってんなら、この先の傭兵生活で自慢出来るな、俺が倒したって!」

 ブワァッ!――ウトソン、勢いをつけて再びフロウに襲い掛かる。その速度、威力。そして彼自身の実力は一級品。

「――ぐだぐだと五月蠅い奴だな」

 ガキィン!――フロウ、回避をせずその大剣を太刀で真正面から受ける。

「まあでもそうだな。もう捨てた異名ではあるが、それでも貴様の様な奴に倒されたとか自慢されるのは癪に障る」

 そして受けつつも、フロウは足の踏み込みの形を少しずらす。

「そんな事になる位だったら――復活したと噂される方がマシだ」

「!?」

 その瞬間、辺りが一気に「殺意」で埋め尽くされた。――フロウの気迫。それは正に死を予感させる物。……「死神」。

 ウトソンは油断していたわけではない。そして前述通りかれの実力は一級品。現に先程までフロウと互角の戦いを繰り広げていた。

 だがそれでも、微かにあった「驕り」。その驕りを、フロウの「覚悟」が縛り上げる。

「本物の死神と戦って勝って、自慢したいんだったな? チャンスをやる」

 フロウのその目を見た。見てしまった。自分の、何倍以上もの何かを背負っている目を。――死神の、目を。

 自分とて傭兵として戦場を渡り歩いて来た。命の危機に瀕した事もあった。十分な経験がある。なのに、その目は、自分の経験を赤子の遊戯の様に見ていた。

「レナの気持ちがわかるな。――兄者には、見せたくない私だ。……甘くなったな、私も」

「お前……一体……!?」

「自己紹介が必要か? 私は死神。戦場の死神だ」

 ズバァン!――そして次の瞬間、フロウの鋭い斬撃が迸るのであった。

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