第二百七十一話 誰よりも、君の幸せを願う21
「……?」
何かがおかしい。――セッテは屋敷内に広がる違和感を感じ取っていた。
タタスキア家の屋敷に越してまだ日は浅いが、この屋敷が一日どういった感じで動き、ここに住む、ここで働く人達がどういった過ごし方を基本しているかはわかってきた。
「若奥様、お早うございます」
「お早うございます。――重たそうですね? 大丈夫ですか?」
「これでも体力は結構あるんですよ。お気遣いありがとうございます」
すれ違った使用人の一人が、両手で大きな箱を持って運んでいた。他にも数名、忙しそうに荷物を運んでいる姿。まるで引っ越しの準備の様な、何かの整理の様な。
「スティーリィは何か聞いてますか?」
「何かって?」
「お屋敷でもう直ぐ何かがあるとか、何かハプニングがあったとか」
「何も。あってもどうせ私にはわからない。私は戦う事しか出来ない。今の私はセッテを守る事が仕事。それだけ」
右手にあげたお菓子を持ちながら、スティーリィは答える。――スティーリィは基本セッテの近くにいる。お菓子をあげたり、空いた時間に本を読んであげたりすると(スティーリィは読み書きが出来ない)喜ぶので、何となく妹が出来た様なそんな存在になっていた。――スティーリィがどれだけ強いのか、セッテにはわからない。
「あ、トニックさん!」
と、少し遠目にトニックを発見。速足で近付く。
「セッテさん、お早うございます」
「トニックさん、何かあったんですか?」
「何か……とは?」
「皆さん何か忙しそうですし、普段と違う感じがして」
「そうですか? そんな事は……ないですよ」
そう言うトニックの目が、一瞬泳いだ。――その直後。
『下手糞。私にはセッテに気付かれない様にセッテを守れって言う癖に』
「!?」
それはスティーリィの口パク。それを解読出来てしまい、今度は明らかな動揺を見せてしまう。
「トニックさん……?」
「ああ、すみません。――大丈夫です、何でもないです」
「でも――」
「父さんに呼ばれてて。急ぐのでまた」
そう言うと、トニックはその場を無理矢理終わらせて歩いていく。
「――セッテさん!」
だが、少し歩いた所で、トニックが再びセッテを呼ぶ。
「僕は、何があっても、貴女を幸せにしますから! 守ってみせますから!」
そして真剣な表情でそう告げると、今度こそこの場を後にした。
「……トニックさん」
勿論残されたセッテには不安しかない。トニックが安心させる為に告げた言葉も、拍車をかけるだけ。――本当に、何があったんですか?
「セッテ、大丈夫」
「スティーリィ?」
「私はセッテを守る。それしか出来ないけど、だからこそ、それだけは絶対」
そう、何処か優しい目でスティーリィは告げる。本気の想いを不思議と感じ取れて、信じていいと思えた。
「ありがとうございます。なら――私も、いざという時はスティーリィを守りますよ」
「? 私を……守る?」
「そう。私も、スティーリィを守ります。スティーリィの様に格好良くじゃないかもしれないけど、でも何かあったら」
初めて言われた。自分を守るなどと。自分はそんな存在じゃないのに。そんな事有り得ないのに。――そんな事で、喜んだらいけないのに。
「セッテは変わり者」
「良く言われた様な気がします。でもそれでこそ私、セッテですから」
そのまま、何となく手を繋いで、散歩をした。――まるで、本物の姉妹の様に。
「どれだけ凄い屋敷でも、犯罪の結果かと思うと驚きも何もないな」
「そんな!? 勇者君私の生きがいを返して!?」
「もっと違う事に生きがい感じて俺の横!」
要はタタスキア家の立派な屋敷を見ても、ライトの例の口癖が出ない事に対するレナとの夫婦漫才である(別にライトはやりたいわけではない)。
というわけで、朝。改めて距離を置いて、タタスキア家の屋敷が望める位置にライト達は布陣。バルジ隊とライト騎士団とアルファスとフロウ。
「んじゃ、最終確認します。――細かい処理は多々あれど、ここまでの戦力を集めての武力での制圧はこれが最後、つまり今回が最終決戦にするつもりです。無論、これだけのメンバーなら十分に出来る話っす」
バルジがライト達を集め、そう切り出し始める。
「逃げ道は全て塞ぐ。迅速にかつ大胆に。周囲を取り囲むメンバー、敷地内で戦うメンバー、屋敷内に突入するメンバー、主力の自分達はその三分割にしたいっすね」
「俺とフロウは屋敷内に突入させてくれ」
直ぐに直訴したのは、アルファスだった。真っ直ぐな目で、バルジにそう提案する。
「俺達はその為に今回の作戦に参加した。――お前の任務の足を引っ張る様な真似はしない。約束する。その上で、そのまま中に突入させてくれ」
「了解っす。――アルファスさんの剣を疑う事はないっす。宜しくお願いします」
「ああ」
アルファスとフロウがまず屋敷内に突入が決定する。
「私と勇者君は周囲かなー。この前の様子からして絶対に兵力揃えてるでしょ相手。念の為に周囲で」
「了解っす。いざという時は周囲の指揮をそれじゃお願いします。自分はとりあえず敷地内に行って状況を見ます」
「マスターが周囲なら私も周囲ね」
「そうなの? いいんだよネレイザちゃん無理しなくて」
「無理の欠片もしてないわよ! 事務官なんだから側近なんだから当然なの!」
「我も周囲に待機致しましょう。いざという時は周囲にいた方が魔法は効果が出ますからな」
「ボクも周囲でお願いします……接近戦よりも狙撃と魔道具でサポートなら周囲なので。あっ、皆さんに必要そうな魔道具は色々用意してありますので、どれでも持って行って下さい」
「アタシは当然庭に行くぜ。この前の感じからしてもあの広そうな庭に敵がうようよいるんだろ。ぶった切ってやらあ」
「俺も庭へ行こう。周囲は長達に任せる」
「私も庭に行きますわ。――リバール、状況に応じてアルファス達の突入のサポートを」
「承知致しました。――アルファスさん、フロウさん、屋敷に特殊なギミックが仕掛けられている場合は同行致します」
「私はでは周囲の近接役及び状況に応じてライト様、バルジ様の連絡の架け橋等を担当させて頂きます」
こうしてあっと言う間に各員の役割が決まる。
「じゃあ待機していても仕方ないので、行きます。――改めて皆さん、宜しくお願いします」
バルジの挨拶と共に、ついに決行。――まずは周囲担当がバルジ隊の兵士を連れて綺麗にかつ屋敷内にバレない様に布陣。隙間なく取り囲む。
「突入」
取り囲み完了後、バルジを先頭に、パンファ、ソフィ、ドライブ、エカテリス、リバール、アルファス、フロウが敷地内へ。
「!? あの、どちら様で――」
「我々はハインハウルス軍っす。今からこの屋敷及びタタスキア家に対しての強制捜査を行います。これが令状っす。皆さん申し訳ないですが、その場から許可なく動かないで――」
「来たぞ! ハインハウルス軍だ! やれ!」
直後、何処からともなく武装した傭兵達が正面、左右と三方向から一気にバルジ達目掛けて襲い掛かって来る。
「いや、まあ、覚悟はしてたんすが、もうちょっと位落ち着いていて欲しかったっすね。――散開」
そしてそのバルジの一言で、否応無しに戦いが始まる。バルジ達もまずは三方向に展開。個々の才能で勝るバルジ達と、数で押してくる傭兵達。
(数が考えてたより多いな……ここで手間取るとこれは駄目だ。中が手薄準備不足とは到底思えない)
戦いながらもバルジは考える。指揮官としてただ戦うだけでは駄目だ。ここまでの戦力が用意出来ている。失敗など有り得ない。この戦力を上手く使うには。
「皆さん、当初の予定通り、自分、パンファ、アルファスさん、フロウさん、リバールさんは屋敷内部へ行きます。――王女様、ソフィさん、ドライブさん。暴れてくれますか?」
それは傍から聞いたら可笑しな頼み事である。今でも十分、三人は「暴れている」。――だが、
「いいですわ。バルジ達は中へ急ぎなさい」
「へっ、そうこなくっちゃなぁ! やりがいがあるぜ!」
「任せろ。この程度どうと言うことはない」
ボワッ!――それぞれ風魔力、聖魔力、紋章の力を高め、三人は本気度を上げる。客観的に見て三人では到底対応出来ない数を相手に、三人で対応し始める。
「じゃ、突破しますよ」
その戦闘音を背に、バルジ達は数名を蹴散らし正面突破。屋敷の玄関を壊す様な勢いで開け、中へ入ると――ガキィン!
「おーっと、やる気満々過ぎるっすね」
瞬間、女性騎士が魔力が籠った騎士剣をバルジに向けて振り下ろし、バルジがガード。
「隊長!」
パンファが直ぐに横から女性騎士に攻撃を仕掛けるが、バッ、と直ぐに間合いを取られ回避。その一連の動きだけで察する。――外にいた傭兵達とはレベルが違う。適当に蹴散らして終わりに出来る相手じゃない。
「チッ、お早い到着だぜ。外にいる雑魚共じゃやっぱり相手にし切れねえか」
そして姿を見せるもう一人の中年男性。こちらも背中に剣を背負った傭兵風だが、風格の違いを感じ取れる。
「バルジ。パンファとリバール連れて、ボス叩きに行ってこい。ここは俺とフロウで抑える」
それを感じ取ったアルファスが、直ぐにバルジにそう提案。
「いいんすか?」
「いいも悪いもそれが普通だろ。令状持ってる隊長はお前だ。お前がここで足止め役になってどうすんだ。俺個人の目的は兎も角、そこを抑えないと作戦成功にならねえだろ。行ってこい」
「じゃ、お願いします。後で迎えに来るんで」
「おう」
そのままバルジ、パンファ、リバールが奥へと走る。――中年騎士と女性騎士はバルジ達を追わない。それ程の存在感をアルファスあとフロウが醸し出している。中途半端な動きはお互い致命的になる。それがわかっていた。
「一世一代の大仕事とはこの事かもなあ。流石ハインハウルス軍、いい駒揃えてやがるぜ」
そのまま二対二で対峙。お互い武器を持ち直した、その時だった。
「――スティーリィ! スティーリィ、駄目です!」
「セッテさん駄目だ! こっちは危ない!」
バァン!――そんな声と共に、奥へと続くドアが開き、姿を見せたのは、
「え……アルファスさん、フロウさん!?……どうして」
「よう。久々だな――「クソ餓鬼」」
セッテとトニックだった。そしてアルファスは――セッテの事は、見ていなかった。